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三大公爵家━━━━それは我がヴェロニド王国が誇る、貴族社会の牽引者である。代々国王陛下の治世を支えてきた彼らを知らぬ者はこの国にはいない。そんな名門公爵家の血を引く者は何処にいても注目の的であった。それは当然、学園内でも同じことで…
「ねぇご覧になって!ガブリエル様にリファンヌ様よ!!」
「なんて絵になるお二人なんだ…」
「素敵ですわ…」
ほぅ、と息を漏らす令息令嬢達の視線の先にあるのは学園内の庭園に佇む二人の少年少女である。
少年の方は名をガブリエル・フォーレ・オルレアンという。三大公爵家が一家、オルレアン家の嫡男である。ご婦人方も羨む指通りの良い黒髪と同色のまつ毛に縁どられたラピスラズリのような瞳、そして何よりその精悍な顔立ちと柔らかな物腰は世の令嬢達を騒がせている。
一方、そんな彼と顔を突き合わせて話し込んでいる少女。彼女は名をリファンヌ・セレスト・ペリゴールという。ガブリエル同様三大公爵家が一家、ペリゴール家の嫡子である。風に靡く長髪は銀糸のように煌めき、ルビーのような瞳は何やら悩ましげに細められている。人形のように整った彼女の顔立ちはしかし、人を寄せつけない。結果、彼女は知らずの内に高嶺の花的存在として扱われていた。とは言え彼女も世の令息達の注目の的だ。その艶やかな唇で隣にいるガブリエルに何かを伝えているようだが、一体どんな言葉が紡がれているのだろう……
「きっと、僕達には想像もつかないような事を話されているのだろうな」
誰かがポツリと言ったが、それは正しくその場にいた者全員が心に思っていた事であった。
さて、そんな注目の的たる高貴な二人はというと━━━━
「だぁかぁらぁ!!このままだと、あのぽっと出の栗毛野郎に可愛い可愛いベアちゃんを取られるって言ってるのよ!!」
「アンヌお前……とうとう妄想癖まで付いたのか?」
ある意味本当に『僕達には想像もつかないような事』を話していた。
「妄想癖なんて無いわ!私をなんだと思っているのよ」
「馬鹿だと思ってるが何か?」
「何ですって…!?この、このっ……あんぽんたん!」
「俺、学年首席だけどな」
「うぐっ…で、でも!!歴史と統計学の成績は私の方が上だったわ!!」
「でもお前、数学零点だっただろ」
痛いところを突かれたアンヌは「ぅ…」と頭を抱えるも、直ぐに言い訳を思いついたのか余裕を取り戻した。美しい銀髪を掻き上げ艶然と微笑んで見せる余裕っぷりである。
「何よ、そんな事?ちょっとミスをしただけじゃない」
「そうだな。氏名欄に『ベアトリス・ジョゼ・ペリゴール♡』とか血迷った事を書かなければ満点だったもんな。リファンヌ・セレスト・ペリゴール嬢??」
「血迷ってなんていないわよ!ベアちゃんがもし本当に私の妹だったら…っていう素晴らしい想像をしていただけよ!!」
「おい、さっきの『妄想癖なんて無いわ!』ってのは何だったんだよ!人の妹でガッツリ妄想してるじゃないか!!」
堪らず声を荒らげたガブリエルに、アンヌは再び髪を掻き上げ微笑むと…
「良いわガブちゃん、この話はもう辞めにしましょう。お互いを傷つけあうなんて人として良くないことだと思うの」
「俺は何ひとつ傷ついてないから続けても良いけど?」
「すみません辞めてくださいお願いします」
今にも土下座をしそうな幼馴染を尻目に、ガブリエルは頭を抱えた。世の令息達よ、目を覚ませ。アンヌが高嶺の花だなんて間違っている。高嶺どころか、むしろ道端の雑草だと声を大にして言ってやりたいくらいだ。知らぬが仏とは正にこの事だとガブリエルは深く息を吐いた。