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転生重ねて巡る星

作者: 音霧カナタ


「ワシはまだ本気を出していないから……」


 御年71歳独身の老人が、病室のベッド上で死に瀕している。無縁にして金欠、夢も持っておらず、享楽的で刹那的で退廃的な人生の行く先にあったのは、深く静かな絶望だった。


「うう……本気を、出せなかった……出す気力もなかった……ワシは死んで当然じゃ……孤独じゃ……熱を入れて生きていなかった……」



『そうですね。糞みたいな人生だったようですね』



 老人のベッドの傍に立つ謎の白髪美少女は、辛辣な言葉を突きつけた。


「ふぁっ!?(じいさんはショックで入れ歯が落ちた)ふぁれしゃひしゃま!? ふぁひのへひゃひひふほまひ!?」

『私は魂プランターのプランナー職駆け出し800年の新人、叢雲カスミです。本日は貴方の命日でして、羽虫が来ないよう見張りに来ました』

「ふぁふひ……(じいさんは入れ歯を付けた)羽虫?」



【おやおや。私の事を虫呼ばわりとは中々の挨拶じゃあないか】



 カスミと対照的に黒一色のゴシック衣装に身を包んだ低身長の美少女がベッドの下から這い出てきた。まるでゴキブリである。


「な、ナースコール!! 不審者が、年金を奪われるぅうう!」

【はっはっは。死にかけなのに活きが良いねえ】


『こいつは私達と競合他社、主な管轄は剣と魔法のファンタジー世界。貴方を血みどろの戦場巡りの人生にご招待するために来た、この地球にとっての害虫よ!』



 老人はナースコールを押した! しかし時間が静止しているため物質を動かすことは出来なかった!


「わ、ワシをどうするつもりじゃ!?」

【貴方を異世界に転生させて、強力な魂に育て上げて我が社の利益にしたい。今なら特典としてチートスキルを、本来1つの所をなんと2つ授けよう! 意のままに何にもせず女の子に惚れこまれるし浮気もされない、無双で雑魚どもを一方的に蹂躙できる。貴方のこれまでの人生よりも遥かに面白い冒険が待っているぞ】


『騙されないで!』

【いや騙してはいないのだが……】


 老人は大声でナースを呼んだ! 老人の病状が悪化した! 老人は死にそうだ!


「死ぬ……たひゅけて……」

『ええい、転生の権利は、対象の承諾ない場合こちらが優位と言う契約! 老人、いえ、奥生巡(おくいめぐる)、貴方は次の人生、魂のステータスを上げて私たちの利益になりなさい、逝ってこい!』


「うっ」


 こうして、奥生巡は死んだ。


【惜しいなあ。異世界転生の主人公にするには打って付けの人物だったのに。けど、次の人生も失敗したらまた勧誘すればいいか。じゃあね零細企業の万年新人存在霞君】


『このやろ〇すぞ』





 奥生巡は転生した! 彼は赤ん坊になっていたが、意識は老人だった。


(な、なんじゃこれは……はっ、あれはつい最近アルバムでも見た、ワシの母……)


 彼は母の愛を一身に受けてすくすく育ち、マシな人生のため、全力の本気で毎日を生きていくことになる。






転生から約30年後。



『なあんで死にかけているんですかねえ??』


 不機嫌の二乗という滅茶苦茶な方程式があるとすれば答えは今のカスミの顔だろう。巡は日々本気で生きるために学業も本気で挑み続けて、東大(東西南北中央日本大学)には10浪していた。母には「ババア」呼びで意識は毎日カリカリしているし、睡眠不足を薬で補っていたため、血管も体付きもボロボロになり心筋梗塞3分前である。


「本気でやり過ぎて……この様……」

『普通10浪の半分以下で生き方を見直そうとか思わないのですか……大体毎回惜しいの下位ラインばかりで貴方才能と言うか勝負強さがてんで無いじゃないですか。労働も奉仕もしていない、バカ高い予備校費用も全部家族負担で威張り散らして何にもしない、何の成果も出さない。単なるニートより貴方酷いですよ。さっきの自分だけ迷惑被って死んでいく人生の方が遥かにマシです』

「やめて……正論で撲殺しないで……」


【そうだよ存在霞君。正論は現代のエクスカリバーだ】


 積み上がった参考書やゴミなどの山から飛び出てきたのは異世界の勧誘者。巡は「ゴキブリ娘」の単語が頭に炸裂した。


【こんなに頑張っているのに不条理にも死のうとしている……哀れだなあ。だが異世界なら君は無双出来る。こんな剣も魔法も夢も希望も未来もない世界など捨てて転生してしまおうじゃあないか】


『黙れ根暗ゴキブリ! 我が社が倒産したら地球含む銀河系も消滅するんだから! これ以上の魂流出や大量消滅はマジで危ないから! てなわけで今度は価値ある魂になって帰ってこおおおおい!』


 こうして、奥生巡はまたも死んだ。


【君たちの世界だって剣と魔法の闘争世界にすれば、魂は飛躍的に良質に充実するのにねえ。永遠に戦えるよう魔王や魔神を用意したりすれば、回収効率も上がるのに】

『万年戦争世界なんて悪趣味な場所に送り込もうとしないでくれる? 夢も希望もないのはそっちの方じゃないの。可愛い女の子と無双の力だってある程度楽しませたら即魂搾取するための疑似餌じゃない』

【失敬な。彼らは無尽蔵の女と敵もない刺激もない世界に飽きて勝手に消えるだけさ】




 奥生巡は再び転生した!! またしても赤ん坊からのやり直しだったが、今回の彼には秘策があった。本気で生きる方向性が勉強だと自分には向いていない。ならば別ルート。本気かつ怠惰に生きていけるかもしれない世界……それは!



『これで3回目の死ですかあ、ふへへ』


 顔つきは笑っているのに目は見ているだけで死にそうになるほど怖い。と言うかもう死にかけているのだけど。


「aaai,hyuaaa…hohooo…」

『首吊っているから洞に反響する声にしか聞こえないわ。ねえ、あなたが死んで転生して今に至るまでに20年ちょい。私にとってはついさっきの事なんだけどね、転生するたびに若くして死んでいるみたいなんだけど? スジ骨ヨボヨボザウルスの時は70歳超え。横幅BIGワイド不摂生魔人は30手前。で、今回は20代半ば。因みに自分で死んでいるみたいだけど理由は何?』


「ネットの誹謗中傷」


『いきなり発音良いわね。悪口書かれるような容姿には見えないけど?』

「あることない事、僕の事が気に入らない奴らが酷い事ばかり書く。僕はイケメンになって有名人になった。だが妬みや僻みの声ばかりが目立ってしまって終いには誹謗中傷だ。そいつらに思い知らせるためにノイローゼの僕は首吊って後悔させてやろうとして」


『死ぬ前に後悔させなきゃ意味ねーでしょうが!!! お前折角転生させてんのに毎度ふざけてんのかアアッ!? お前の母さんだってお前産むの大変なんだよ! 10カ月も腹の中に住まわせた挙句しばらくは育児ノイローゼで死ぬほど夫婦げんかして、やり繰りのために服も買えずに習い事もさせて新聞も我慢させてお出かけもロクに出来ねえ10年過ごして、それでもそこまで育て上げてんだよ! 顔の見えねえ他人の言葉に耳貸している無生産な暇あったら家族の声に耳貸してこいボケえ! 次の転生は生産性ある道を選ぶんだな!』


 こうして、奥生巡はまたしても死んだ。



『……あれ、アイツが出てこない?』


【(流石にあのガチ説教中に出るほど野暮じゃないよ)】




 奥生巡は再び転生した! 心なしか離乳食を美味しく食べることが出来た! 生産性ある生き方。それはつまり、魂を増やす行為なのではないか? 巡の思考は巡る。「よし、いける!」思わず赤ん坊の姿で叫ぶと、目の前の母は余りの驚きで失神した。




『お前そろそろ魂の流刑地に放り込んで搾りかすにしてやろうか??』


 20歳の巡。夜の繁華街路地裏にて、体中に100か所もの刺し傷を受け失血死1秒前。


「違うんです。俺は魂を増やそうとしたんです……俺は女性と関係を持って、大家族を築き上げようとしただけなんです。というより今までの転生で俺は一回も欲望に身を任せたことが無かった。その草食的思考がメンタルの脆さに繋がっていたんだと考えて、欲棒の赴くがまま頑張ってみたんです」


【そして浮気を重ねる事8股。ううん、その股間のヘビが大蛇なら差し詰め八股ノオロチだねえ】


闇に隠れて現れた転生勧誘者。これまでの中でも一番マシな登場なのに台詞が酷い。


「でもそれがバレて、逃げた先で、待ち伏せされて8人から思い思いの刃物で刺しまくられました。僕はもう死にます。転生もしません。いっそ搾りかすにしてくれ……もう童貞じゃないから未練もな―――」


『冗談じゃない! もう転生を3回もさせてコスト結構かかっているんです! このままでは私のノルマ達成が出来ずに減給ですよ! 買いたかった物沢山あったのに極貧生活です! 歴史に名を刻む偉人クラスになるまで何度だって復活させるから死ぬ気で頑張ってください!』


「俺の意志で死ねない!! 助けてそこのゴキブリ娘さん!!」

【ワタシ・ゴキブリ・ダカラ・ワカンナーイ】

「ごめんなさいマジで助けて名前分からないの!! ぐふっ」


 こうして、奥生巡は(以下略)。






 その後も転生は続き、死亡も続く。


「バスガス爆発って一回言ってみたか(超爆発音)」


【FXが何かしらないが、分不相応な事をしないのが長生きのコツだよ】


『雷に当たる確率が宝くじ買った時に転用出来ればいいのにね』


【ところで異世界の漫画や小説が大量にあるのは私達の工作員が、君たちを異世界に行くよう仕向けるためと言ったら信じるかい? ……あっはっは! 嘘に決まってるじゃないか! そうやって簡単に騙されてはいけないよ】


「クマとの戦いは7頭までが限界だった……」


『秘密結社のスパイとは大胆ねえ』


【宗教家の長になったら内ゲバで死亡ねえ。異世界なら(以下略)】


「研究中にバイオ虫に刺されて…」


『存在しない妹が押しかけてって何それ??』


「こんな世界爆発させてやりたかったのに!」


【そろそろ異世界行く気になった?】


『政府の暗部調べて射殺かあ』


「まだ医者の道は果てしない……」


『そんな爆弾よく作れたわね』


「FOOOOOOOO高層ビルダイビーング!!!」




そんな転生や経験を引き継ぎに引き継いだ結果、総数200回。



「もういっそ殺してくれよ……」


 奥生巡の精神は限界だった。200回の人生の記憶や知識が染みついてなおも生き返る。最早彼にとって完全なる死こそが安寧なのだ。天国や地獄のある世界よりも、死んだら全てが無になる方を深く望んでいる。


 地獄があるとして、死んでも死にきれない今こそまさに地獄なのかもしれない。


『コンコルド効果って奴よ。このままでは私の出世は永遠に閉じてしまう。どころか即首……水槽管理人から水槽内の魂ちゃんに降格しちゃうわ……うう、折角出世できたのに……』

【こんな自分勝手な子よりも私の方に付いて来ないかい?】

「それも良いかもって思い始めた」

『駄目よ、まだまだ、まだまだ貴方は輝ける』


「お前に俺の気持ちが分かるか!? 赤ん坊から毎回スタートするんだぞ!? 好物のウナギを食うまでに10年かかって、母だと理解している大して美人でもない女性の乳首を吸う気持ちがお前にわかるか!!!? 理解しているから無邪気に振舞えない気持ちが分かるか! 小学生の頃は行動範囲も狭いし大学生になってもかったるい講義ばっかりでよお! 貯蓄やら将来への備えやらの知識もあるから『じじ臭いね』とか同級生に笑われる俺は魂がおじい様なんだよなあ!! だが次こそは」


『魂が空っぽのクセに言うじゃない。当初の目的だった「本気で生きる」はまだ達成されていないんだから頑張りなさいよ』

【はっはっは。じゃあ僕からのアドバイスだ。思い切り長生きしてみな。君の心はそれで折れるから】

『あっ、このやろ、余計な事言うな!』




 ゴキブリ娘のかわいらしい笑顔に釣られて、巡は長生きに神経を費やした。




 睡眠時間を長くとり、運動を適度に行ない、勉強は……知識が染みついているので必要なし。そうして貯蓄も家族も増やして幸せな老後に突入した。75歳。まだまだ壮健で、転生によるストレスも癒えた。


「やっぱり、真っ当に生きる事こそが大事なのだろうか。ゴキブリ娘ちゃんは、異世界に行くよう勧めていたし、【心が折れる】と言ってたけど……今のところ何も心が折れることはないぞ?」



 そうして迎えた80歳、巡は重篤な病に伏していた。これから死ぬことにはさしたる興味もない。転生が終わっても続いても良いと……以前まではそう思っていた。


【どうだい。異世界に行く気になったかな?】

『……』


 珍しくカスミは難しい顔で黙り込んでいる。ゴキブリ娘は陰湿な笑みを浮かべていた。


「……滅びるんだな。この地球は」


 80歳の誕生日。テレビに流れた彗星落下の知らせ。それはとても大きくて質量を持つ、光速の彗星が地球に激突し、落下の衝撃波や熱によって人類はおろか生命全てが終わるというものだった。巡が死んだ二ヵ月後には目視で確認できるようになるという。


『そうよ』

「未来は、繋がらないんだな」

『……ええ』

「……なるほど、だから何度も転生出来たのか……回数制限なしに。魂のシステムがどうなっているかはわからんが、推測だと消費型……真っ当な人生程、転生費用も安く済む。終わる世界で少しでも魂の利ザヤを稼ぐために、俺に延々無意味な投資をしてきたのか」


【ようやくこの新人霞君の思惑を理解したんだね。そうとも、この地球は滅びる。数十億もの魂が消滅して回収出来なくなるんだ。カスミ君の割り当てられた地球はね、そういう運命にあるんだよ。別の地球はそんなことにはならないのにね】


「だからワシを異世界送りに執拗に誘ったのか」

【消えてしまうくらいなら、闘争と倒錯と快楽に堕落が付き纏う異世界の方が、くすみ汚れる魂でも、0よりかは価値があるだろう? リサイクルさ。どうだい、チートスキルは2つから3つにしてあげても良いよ?】


『好きにしなさいよ……どのみちもう終わり。この世界はどうすることも出来ない。あんな彗星を何とかする術は』


「カスミ。転生はまだできるか?」


【……へ?】

『あんた……』


 巡は老体を起こして、これから死ぬ人間が決してしないような、ギラギラと煮え滾る瞳でカスミを見据える。


「1つ……心当たりがある。捨て鉢に全てを滅ぼそうとするためにしていたことが、まさかこんな役に立つとはな」




 奥生巡は転生した!




 目が覚めると赤ん坊になっていて、母親が抱きかかえてきた。


「母さん。話があるんだ」


 そして母は卒倒した。生まれてすぐに流暢な日本語を喋った我が子を恐れはしたが、錯乱する事も見捨てることもない。これは巡が50回目の転生時に試して分かっていたことである。


 以後、10日で立ち上がり、20日で離乳食、50日で生えそろった乳歯で鰻を食べた。


 神童として話題になったが、巡は脳内で着々と計画を練り続けている。



 7歳、夏のある日に電車を使って都内某所の古めかしい屋敷に辿り着く。鍵代わりの機械に18桁の番号をよどみなく入力すると、扉が開いた。肉を引きちぎる番犬が5頭いたが、好物のジャーキーと苦手な匂いの香水でこれを突破。屋敷内に入り、研究者たちに見つかった。


「だ、誰だこの子は!? どうやって入って来た?!」

「油断するな、こんな子供でも博士を狙う鉄砲玉かもしれない」


 麻酔針や銃を構える研究所員たちが、7歳の巡を取り囲む。しかし、所詮は生白い肌の温室育ち、1歳の頃から背丈と筋肉を両立させる体作りに徹してきた巡は、クマを倒した経験をその身で実践した。彼の全盛期は本来28歳がピークなのだが、7歳の今、黒帯程の実力を再現できている。


 急接近からの顎打ち、体を捻ってドロップキックなど、7歳の戦いではない。


「強い、なんだ、こいつ」



「騒々しいぞ、なんなんじゃいったい」


 狼狽する研究員たちの奥から、面倒臭そうな声がする。それは巡が最も会いたかった人物であった。



「お久しぶりです、炸裂博士」

「……はて、59年生きてきたが、君のような怪物と出会ったことはないはずじゃが?」


「俺は奥生巡。かれこれ200回程、転生を繰り返してきました。自棄になって大勢の人間を巻き込もうと爆弾政策に狂っていた時間軸、様々な爆弾の論文の中で貴方の名前を知りました。……そしてその思想、野望の事も含めて」


 研究員たちが銃を構えた。


「やめろ。子供の戯言じゃ、慌てるなみみっちい」


 炸裂博士の声で、すぐにおろした。


「言って見ろ小僧、お前は何を知っておる? 言い当ててどうするか……興味がわいてきた」

「貴方は本来、軍事産業の復権を目指していた。脆弱な日本にも武器は必要と提言し続けた。そしてそれを作り出す技術も、博士の天才的頭脳もあった。……だが博士は60歳でこの世を去った。世間ではほんの1分程度で終わるニュースでしたし、俺も当時は何も思わなかった。……だけど、真っ当に生きることにして医者になった時間軸、偶然あなたのカルテを見た。大腸ガンでしたが、まだステージも低く、転移もない。にも拘らず医療ミスで死んだ……私はその時、何か裏があると思った」


 大腸がんを言い当てたことに炸裂博士は驚いている。


「警察に転生した時はその辺りも調べた。でもどういうわけか情報は巡ってこなかった。3度目に警視総監になった時、ようやくその事実を知りえた。貴方がここにいたことも、政府から危険因子として扱われていたことも。そして大腸がんで入院した際、医療ミスと偽って暗殺されたことも……」


 しんと、黙り込んだ大人たちに遠慮はせず巡は話を続ける。


「博士の寝室にある2段目引き出し奥の日記は丁寧でしてね。その日の研究結果は勿論、パスワードも書き連ねていた。だから俺は今日、この日のパスワードを知っていた。偉くなった後に家宅捜索して見つけました」


 炸裂博士は脂汗を流している。全て言い当てられているからだ。パスワードは万が一、漏れる可能性はある。だが日記帳の存在やその位置に関しては誰にも教えていない。目の前の子供は何なのか……博士は恐ろしい物を見る目に変わっていった。


「博士……貴方は極秘裏に、地球を破壊するための爆弾を作り上げようとしている。恐らくあと20年で完成にこぎつける。日本が兵器を外部に向けられない、それでも日本を侵略の魔の手から守るため、攻めてきたら刺し違えるための最終兵器を作り上げようとした。この屋敷の地下4階に爆薬を入れる器がある。俺の夢だった、世界を滅ぼす爆弾が。あんの糞悪魔から解放されるために滅ぼそうとした、俺の悲願。……ですが本題はここから。今から約70年後、その爆弾が人類のために必要になる局面が来る。俺が計算した限り、その爆弾が完成したら危機を回避可能なんです……だから博士」


 巡は隠し持っていたメスを取り出した。


「俺に大腸がんの手術をさせてください。4回、転生で医者になり、ゴッドハンドとも呼ばれた俺の英知の全てを懸けて治します。病院へは行かせない」


 博士はその迫力と、イカレ具合と、59年生きていて最も刺激的な人物に出会えた喜びに打ち震えた。以後、博士は完璧に病を治し、研究に没頭した。爆弾の完成と同時に博士は亡くなり、以後その爆弾は延々屋敷内で眠り続けた。そして……




【あーあ。無事にやり切った顔をしちゃってまあ……】


 彗星は遥か木星、冥王星、その先の宇宙空間で爆弾の迎撃に合い超爆発を引き起こした。地球にも電波障害などが巻き起こったが、被害は人類全滅に比べたら可愛い物である。


 そして奥生巡の人生も終わりに差し掛かろうとしていた。


「どうだカスミ……この魂でも満足できないか??」

『人類数十億人救っておいて価値なしなら私の基準はおかしいわよ』

【警視総監、ゴッドハンドなどでは満足していなかったけどね。残念だよ巡君。君は異世界に来るべきだった。数多の命を救えたはずだった】


「それはもう、別の誰かに頼んでくれ……ワシはもう、十分、……マジで十分すぎるほど生きた。もう眠りたい。カスミ、もう転生はさせてくれるな。安心して眠るからな……じゃあな」


 ふぅ。と魂が息に乗って吐かれたのだろうか、巡はその生涯を終えた。



『……世界を滅ぼそうとしていた転生もあったはずなのに、何で心変わりしたのかしら』

【200回も転生したんだ、関わる人間の種類も多さも尋常ではないだろう。そういう人たちの生きる世界が消えると知った時、彼の心に火が付いた。それだけの事だよ。……ああああああ!! 長生きさせて絶望させてからの闇落ち転生物語がパーだよ!!! 彼以上の逸材はそうそういなかったのに! 万年新人、今度は君を泣かせてやるからな!】


 ゴキブリ娘が去り、カスミは上司から呼び出されて報告をした。


 その結果、魂の無断使い込み、往復過労死、魂虐待の罪で本来は2801年間コキュートス行きを命じられるはずだったが……消滅する魂を救う人間を排出した功績で相殺された。また、不当に滅びの定めにあった地球を割り当てた監督官には310年の減俸が命じられた。


 奥生巡だった魂は本来、消滅して潰えるはずだったが、その偉大な行為を称えられて並行世界の地球に姿を変えた。地球としての意識はなく、緩やかに数十億年意識を安らかに眠らせて、幸せな消滅を迎えたのであった。



転生重ねて巡る星  完

 お久しぶりです。死んだふり改め、音霧カナタ、久しぶりに小説家になろうに投稿させていただきました。当小説は、別サイトの登録人数が一定数達成した記念として産声を上げました。1年程待たせたにもかかわらず着想から書き終りまで1週間も経っていないことは私らしいライブ感です。が、煮詰めたら小難しい方向に進んでしまうのでちょうどいいかもしれませんね。


 さて、今後は何をするか。実は一定数記念はあと一個ありまして……それがなろう小説のリブートです。虚無った作品を再構成していきます。多分きっちり計画しても紆余曲折ありありで真っ直ぐに進まないかもしれません。楽しんでいただけるのと同時に、私が楽しく書けるよう努めたいと思います。


 当小説は当初、最後の転生で「悪の独裁者になって超日本化し異世界に攻め入ろうとしたら暗殺される」なんてオチを考えていましたが、それだと上手い事着地出来ないからと今回の筋書きに変えました。上手く着地出来ていたら幸いです。ゴキブリ娘の名前は……すまん、考えていません。何か必要だったら出そうと思っていたのですが、カスミの後押しあってゴキブリ娘で定着しました。私は悪くない。全てあの滅茶苦茶な悪魔の仕業です。


 ではまた次の機会にお会いしましょう、さようなら!

 

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