予想外の行動
(なによ、なによ、なによ、なんだったのよアイツ)
声に出さないように手で口を押さえながらヘレンは心で呟く。
今ヘレンは一人、日陰さす薄暗い陰気な校内のいくつか有るうち最も不人気で知られる中庭に儲けられたベンチに腰を下ろしていた。
ここは多分どのシーンでも出てこなかったハズだとヘレンはうららの記憶を思い出す。どのシーンでも使われなかったのならゲームに関わる主要キャラは来ないハズだ。図書館はもしかしたらまた彼が来てしまうかもしれない。
(この陰気暗さが落ち着くわ……)
ヘレンは空を見上げて口を大きく明けながらため息を盛大にはく。
今だけは、はしたなくても何しても良いだろう。
アクシルとの遭遇から一週間、ヘレンは運命の強制力に辟易していた。
早速翌日にはヘレンが男を誑かし何か企てていると噂され、挙げ句噂を聞いたらしいルイスはなぜかどす黒いオーラを醸し出しやたらとヘレンに突っかかってくるようになってしまった。
それが、めちゃめちゃ怖い。
流石に10才でも王族。将来王となる覇気はあるようだ。
そんなことをおもいつつも怖いのでヘレンは当然ルイスから逃げた。
するとまた、ヘレンとルイスの不仲が流れ、それを聞いたルイスが益々不機嫌になるという悪循環が起こる。
まったくもってヘレンの言い訳を聞いてくれないルイスを見ていると、将来の断罪場面はこうなると示されているようでげっそりしてしまう。
(そもそもあの場面を誰が見ていたのだろうか)
「そうだよね?俺も気になってたんだそれ」
「そうよ、そうなのよ!私、何にも悪いことしてないのにルイスはルイスで人の話を聞いてくれないし……って!あなたは!!」
声の主にヘレンは驚き飛び上がる。
「やあ、またあったね」
相変わらずヘレンちゃんは心の声が口から出るようでと、切れ長の目を細めた彼は、そう呟き胡散臭い笑顔でヘレンの横に腰かけた。
「ちょっ!ちょっと、なんでここにいるの!?ちょっと近づかないでよ!また私、悪役令嬢としての噂が広まるじゃない」
と言うかまた心の声が出てたのかと焦るヘレンとは裏腹に、穏やかな仕草で足を組む。
「別に良いんじゃない?君がちゃんと悪役令嬢してくれないとカトリシアは幸せになれないんだから」
胡散臭い笑顔はどこに言ったのか、アクシルは無表情で呟きじっとヘレンを見る。
「ただね、ヘレンちゃんがカトリシアを苛めてまたカトリシアが一人で泣くのは嫌なんだよね」
(な、なんなのよ!なんなのコイツ。せっかくの私の推しメンの一人だったのに……)
「そんなの、そんなの……」
グッと手に力が入る。
「そんなの!知らないわよ!私は誰も苛めたりなんかしないし、ルイスとだって婚約破棄しようと頑張ってるわよ!それなのに勝手に周りが私を悪役令嬢に仕立ててるんでしょ!私だって好きで悪役令嬢してるんじゃないわよ!」
カトリシアの幸せのために悪役令嬢をやれと言ってきたり、カトリシアが一人で泣くのは嫌だと言うアクシルに腹が立つ。
カトリシアさえ泣かなければ、私はどうでもいいと言われているようじゃないかと思えばヘレンの目には涙が浮かぶ。
(断罪される恐怖なんて知らないくせに……)
5歳の時に思い出した記憶はヘレンにとって恐怖だった。
まだ何もしていないのに、自分は将来人の恋路を邪魔したという理由だけでコテンパンにやられ罪を着せられ全てのものを取り上げられどこかに追いやられるのだ。
だから必死でルイスとの婚約破棄だって目論んできたのに運命はそれをよしとはしてくれなかった。
それだけじゃない。
どんなにあがいてもヘレンには明るい未来などないんだと、次々にヘレンの思いを無視されてきた。
今だってそうだ。
悪役令嬢の噂が立ったせいで、ろくにヘレン自身をちゃんと見てくれる人は居ないし、ルイスだって人の話を聞いてくれなくなった。
「私だって幸せになりたいわよ……」
ヘレンの視界が歪み、頬に暖かいものが流れる。
思わずうつむいてアクシルから顔を隠そうとすると、その行動はアクシルの両手によって妨げられた。
「ごめんね。君を泣かせたかった訳じゃないんだ」
そう言ってアクシルは優しくヘレンを抱き締めた。