やってしまった
やってしまった。
ついやってしまった。
オープニングをみて取り乱したからといって、さすがにこれはひどい。
何度も言うが酷すぎる。
入学翌日早々ヘレンは教室で一人頭を抱えていた。
「って、……ですわ」
「いや。私は……って聞きましたわ」
「いや……らしいよ」
ヘレンの後ろでヒソヒソ声が聞こえたため、ヘレンが振り向けば、ヒソヒソ話していた者たちはびくりと肩を震わせ、ヘレンに苦笑いしながら散っていった。
(ううう、最悪)
そもそもあれは完全に油断した自分も悪いが、ルイスも相当悪いと思うとヘレンは再び教室で頭を抱えた。
(よりによってまたこの展開がくるなんて……)
ルイスめとヘレンは心で罵詈雑言で罵る。
結局運命の強制力が強すぎて、昨日のヘレンが意識を失っていた辺りの出来事からヘレンは一瞬で悪役令嬢となりうる噂をたてられてしまった。
(恐ろしい顔をして私以外の女性と話していた殿下に私がしがみつき迫っていた……か)
確かにルイスは昨日ヘレンの意識がない間の顔が怖いからと言っていた。それが誰かに見られていたようで、どうやら必死で殿下にしがみつく婚約者と言う風にとらえられてしまったらしい。
そして、運んでいたルイスはその必死な形相をみてげっそりしていたことが嫌々ヘレンをあしらっていた様に周りには見えていたらしい。
「はぁ……」
軽くため息を付き席を立てば自ずと視線はこちらに向かってくる。
(耐えられない)
ふらふらとヘレンは教室をあとにした。
どこか、どこか一人になれるところ……
(もしこのまま強制力が働いてくれていたとしたら確かこの時期は……)
ヘレンはうららの記憶をあさる。
確か、オープニングが始まってからの数年間はチュートリアルの時期設定されていたはずだ。属性について、パズルのやり方について等ひとしきり主人公に説明がある。主人公がそれらの説明を聞き終え、ある程度のパズル戦の回数をこなしレベルを一定まで上げると必然的に5年後ーとテロップが流れてくる。
因みに学院生活は成人と見なされる18才までの8年間行われる。
流石に運営側も10才ごろすなわち日本では小学生から色恋をさせるのは気が引けたのだろう。チュートリアルと言う名目で早めに学院に入学させるけど、本当のメインストリーはある程度の年になってからとなっている。
一応真実の恋とはと考えられる年齢迄は、パズルだけしか出来ないのだ。
これは幼少期のキャラが見れてちょっと嬉しいというファンのためのサービスでもあったのだが、今のヘレンにしてみれば良い迷惑以外の何者でもない。
(まあ、でも昨日は取り乱しちゃったけど、結局まだ私にも5年の猶予があるのよね)
ぼんやり歩いているとヘレンは目的の場所に到達する。
チュートリアル中は主人公が絶対来ることが出来ない、ロックされているステージ。
―――図書館。
入って周りを見渡す。
(良かった、誰もいない)
いたとしても図書館でのおしゃべりは駄目な筈だ。
そんなに露骨にヒソヒソされずに済むだろうとヘレンは窓際に設置されているテーブルスペースに腰かけた。
窓際のテーブルに腰かけ周囲をぐるりとヘレンは見渡した。
壁と言う壁一面に分厚いものから薄いもの、魔法専門書や巷で流行りのロマンス小説などさまざな種類の本が並んでいる。
壁紙には採光を目的としたであろう小さな窓がいくつか有り、そばにはテーブルがおかれている。
(このつくり、図書館はやっぱり全国共通図書館よね)
そう思うとヘレンは心なしかほっとする。
16才の時雨うららも良く町の図書館に通っていた。
ここよりは小さかったが、それなりの種類の本があり、なにより受け付けにいた図書司書のお兄さんが中々のイケメンで……。
(お兄さん見るために通ってたのよねー)
本当は本なんてろくに読まなかったのに、お兄さんを間近で見たくてよく本をかりていた。懐かしいとヘレンはクスリと笑みをこぼし、窓の外を見る。
今日もこの世界の天気は晴れ渡っている。
(さて、せっかく図書館に来たんだし)
窓から目をはなしヘレンは再び図書館内をぐるりと見渡す。
(私も気分転換に本でも読もうかしら。確かゲームで……)
恋パズで一瞬だけ出てきたスチルが頭をよぎる。
(ずっと気になってたのよね、アレ)
確か、この辺りがスチルの風景として書かれていた筈。
窓際から少し離れた壁側。ひっそりと種類が違うのになぜかそれはゲームの中でそこにあったのだ。
目的の付近に立つとヘレンはゆっくりと探す。
(ひから始まるから……)
ひっひっひっ、ふーっとヘレンは本の頭文字を呟きながら順に指を宛ながら横にずらす。
「ひっ、ひっ、ひっ、ふーじゃなくてひっと、あった!」
薄っぺらいけれど、茶色や黒のハードカバーの中で唯一ピンクの色をして存在感を放つそれを見つけヘレンの瞳が輝いた。
「これだ!」
目的の本にてを伸ばせば、同じタイミングでもうひとつの手が伸びてきてぶつかる。
「へ?」
「え?」
思わず手の主を見れば、ヘレンは既視感に襲われる。
サイドがわずかに長い黒髪で、紫のキリリとした切れ長の目。
割りと整った顔立ち。
ヘレンより頭1つ高い身長。
どちらかというと黒目の服装。
(こ、れって……)
思わずヘレンは目の前の人物をみて固まれば、目の前の人物も同じように固まっているようだった。
「あ、えっと……ヘレン、ライラット様……だっけ?」
名乗ってもないのに目の前の少年はヘレンに問いかける。
「あ、えっと……はい。あの……えっと、アクシル・ラディ様ですよね?」
これまたヘレンも同じように名乗られてないのに名前を呼べば、アクシルと呼ばれた少年は瞳を大きく見開く。
「えっと、俺……名前言ったっけ?」
少年が驚きを隠せないながらも声を出せば、ヘレンはハッとしてしまう。
「あっ、えっとあの……」
(そうだ、名前を名乗らないで相手の名前を呼ぶなんて)
自分が名乗らなくても名前を呼ばれたことを忘れ、思わず名前を言い当てた事を後悔してしまった。
「いえ、あの……ほら、カトリシア・ラディ様は可愛いって殿下がこの間教えてくれて。えーっと、それでその気になってたらお兄様が居るみたいな事がわかって……えっと、兎に角殿下が知ってて」
とりあえず、困った時の無難王子。
無難攻略キャラと言えどルイスはちゃんとした王子だ。入学前から既に何家の誰が入学しているとか、してないとか時々ヘレンに呟いていたような気がする。
腹黒無難攻略キャラではあるもののキチンと王子としても機能していて、実は割りと優秀なのだとヘレンは評価していた。
それに、大抵は王子の名前を出せば皆良くわからないが無理にでも納得してくれていた。
ゴメンルイスとヘレンは心でなんとなく謝りつつアクシルの様子を見つめる。
「ああ、そう言う事でしたか。貴方はお飾りでも殿下の婚約者ですしね」
お飾りでも
その言葉に妙にカチンとは来たものの、ヘレンは我慢した。
確かに、お飾りには違いない。どうせいずれ断罪、婚約破棄される身だ。
それに、昨日の今日でヘレンとルイスの不仲説は大分出回ってしまったようだしアクシルはきっとその噂を聞いた上でそう言ってきているのだろう。それより今はアクシルがなんとなく納得しくれた事の方が大事だ。
まさか前世のゲームの記憶が有るから貴方を知っていますとも言えないし、それになんたって彼はヒロインであるカトリシア・ラディの義理の兄アクシル・ラディなのだから。
変に関わらない方が良いに決まっている。
⭐️閑話休題:勇敢な少女A⭐️
「あの……殿下、恐れ多くも……」
朝、クラスにいくとルイスは突然少女Aから話しかけれ振り向く。ここは学園、いかに王族であっても余程の無礼を働かないでくれる限り身分は平等だ。ましてやクラスメイトなら話しかけても問題ない。
しかし、一気に周りの目が少女と殿下に集まる。
「ん?なんですか?」
にこりと優しく柔和にルイスは微笑む。
身分平等をうたわれてもここでの品性はそのまま社交界に繋がるのをルイスは心得ている。
「あの、昨日ライラット様が殿方の寮にいかれたとお噂が……」
その一言でルイスはピントくる。
「ああ、アレはその。僕が行けないんだ。僕がヘレンの前で他の子と話しちゃったからヘレンに怒られてしまっていたんだよ。だから少しだけヘレンとお茶してただけなんだ」
妬きもち妬かれるくらい好かれててこまったね、でも痴話喧嘩する程仲良しだから気にしないで。
そう言う意味で少女Aに言ったつもりだったのに、一体彼女はどう受け取ったのだろう。
その後ルイスは痴話喧嘩どころか、ルイスにしがみつくヘレンと嫌々あしらうルイスは不仲だと噂を聞きため息をついた。
(確かにしがみつかれて迫られてたけどさ……)
婚約破棄をと、ルイスは遠い目をして空を見つめていた。
(僕らは不仲なんかじゃない……よ)
ルイスが小さくため息をついていたことを誰もしらない。
⭐️⭐️⭐️
噂の原因はルイス。
そして尾ひれがついた。