ラスボス悪役令嬢
デュランがつれてきた医者からの診察を受け、ヘレンが救護室からでてくると、そこにはアクシル達の姿はもうない。
聞けば、流石にラディについての取り調べも有るため彼らは一旦城に連行されたようだ。そして、今回の一件でカトリシアは退学することになったらしい。
ゲームのアクシルルートの好感度マックスバージョン通り、カトリシアとアクシルの話は内容こそ違えどここでエンディングを迎えたらしい。
「……取り調べ、だけですよね?さっきした約束まもってくれますよね?」
不安そうな瞳でヘレンがルイスを覗き込めば、ルイスは優しくヘレンの頭を撫でた。
「不服だけど約束は守るよ。俺がヘレンの約束破ったら婚約破棄なんだろ?」
眉を潜めて言うルイスにヘレンは頷く。
「住む所なんですけど……」
「大丈夫。彼らにはちゃんと生活出きるところを与えるだろ?まあ、場所は監視の目的も有るから、俺が運営する領地の極極一部にはなるけどね。カトリシア嬢も領地運営出きるまでの爵位じゃないから問題はないだろう」
そこまで聞いてヘレンはほっと胸を撫で下ろす。
折角お互い思いが通じ逢い、右往左往しながらも無事にハッピーエンドまでたどり着いたのだ。このぐらいの結末にシナリオを変えたところで何もバチは当たらないだろう。
「爵位があるけれど、カトリシア様は学院卒業までいらっしゃらないんですね」
ポツリとヘレンが呟けば、ルイスはしかたないだろうと呟き返す。
「流石に彼女が学院に最期まで居続けるのはちょっとな。ラディ家の事があるから肩身は狭いだろうし、腐ってもここは貴族社会の縮図とも言える学院だから後ろ楯がない彼女には針のむしろだろう。けど、望む形で彼らは一緒に居れるから良いんじゃないか?それに、これでヘレンのラスボス悪役令嬢なんていう悩みもなくなったんだよね?これからは――」
「だけど、ヘンちゃん惜しかったねー」
「ん?」
「アクシルについて調べてたらさ、こんなものも出てきたんだよ?」
突然サータスがルイスの話を遮り、ズイッと2人の間に入って来た。
「!サータス!今ヘレンと今後の――」
「まあまあ、外堀を埋める話は別に後でいいじゃん。それより見てよヘンちゃん!」
「外堀?」
不穏な言葉にヘレンが思わず聞き返すも、サータスはそれを無視してヘレンの目の前にピラリと絵姿をさすしだす。見れば3枚のイケイケなおじさまと呼ぶにはまだ早い男性の絵姿。
しかも割りと皆ヘレン好みでそろっているので、思わず絵姿を仰視してしまう。
「こ、これは?それより外堀を埋めるとは?」
「アクシルがね、どういうわけか問題のある婚約破棄された元侯爵令嬢の婚約者を、探してるって噂もあってさ。事実を確かめていたらこの3人の名前が浮き上がって来たんだ」
ヘレンの質問は完全無視で話すサータス。けれど、サータスの話を聞いてヘレンはハッとする。
(……もしかして、本当に私のために少しでもいい終わりを探そうとはしてくれていたの?)
そうであれば、アクシルは心から悪い人ではなかったのかもしれない。
過去に縛られず、ゲームの世界に拘らず、違う時に出会えていたらきっと彼ともっといい関係がつかめたのかもしれないとふっとヘレンは苦笑いをこぼす。
「ねえ、ヘンちゃんはこの中ならどの人のお嫁さんになりたい?」
唐突にサータスが絵姿を指差せば、ヘレンも思わず答えてしまう。
「え、えっと……私、割りと大人の男って感じの人がタイプだったりするんで、条件的にはこんな感じで、こんなで、でもって………大人な事を言われたりしたら……イチコロかもー」
テヘッと頬を染めつつ、思わずにやつくヘレンが前を向けば、サータスが怪しい満面の笑みになっている。
「なんでわらっーー」
「へー、ヘレンは大人の男がよくって、大人な事を言えばイチコロなんだね?」
サータスがなぜ笑っているのか。それが聞きたかっただけなのに、途中でゾワリとするような低い声に言葉をさえぎられる。その声にヘレンはからだの芯から底冷えするような恐怖に包まれてしまった。
「え……あ………」
ギギギギと体をきしませてヘレンがサータスから声の方に目線を向ければ、ヘレンの世界は闇に包まれる。
「俺もヘレンをエスコート出きるくらいに頑張ってたんだけど、絵姿によそ見されるとはまだ頑張り不足みたいだね。あと、何度でも言うけど俺は婚約破棄しないし、しないし。勿論これはヘレンに対しての縁談ごとじゃないよね?それから、ヘレンにはちょっと今後について話があるんだけど」
ねえ、ヘレンと微笑む顔には絶対零度の瞳があやしく煌めく。
「や、これは……あの……」
固まるヘレンを尻目にルイスはサータスに絵姿を貸すよう告げた。
「はいっ!これだよ。因にアクシルはヘンちゃん用に考えてたみたいだよ?勿論ルイとヘンちゃんが婚約破棄する前提で探してたみたいだよー」
これ以上ない綺麗な満面の笑みでサータスはアッサリ絵姿を余計な言葉と共にルイスに全て渡してしまった。
(な、な、なに余計なこと!!)
「ふうん、やっぱりあの虫だけは捻り潰しておこうかな。……これは男爵や子爵達だね。でも、俺の記憶がおかしいのかな?今は確かこの人達後妻を所望してた気がするよ?なあ、デュラン?」
「そうですね。そして皆様若い方がお好きな方々ばかりで……」
(ひいいいいい。なにその情報!!ってか、デュラン様いつの間に!?と言うか、アクシル達に温情をかける約束したばかり……)
焦るヘレンににこりと笑うルイスはもはやいつものルイスではなかった。絵姿はくしゃりと無惨にルイスの手で握り潰される。
(いやぁ!!ただ黒いだけの恐怖の腹黒王子降臨!)
口を塞ぎながらもヘレンが心のなかで恐怖に絶叫すれば、ルイスはさらににこりと微笑むが決して絶対零度の瞳はわらっていない。
「ヘレン、やだなぁ。黒いだけの恐怖の腹黒王子なんてちょっと一国の王子に向かっては失礼だよ?」
スッとルイスは近づくとヘレンを担ぎあげる。
「そう言えばヘレンはラスボス悪役令嬢だったんだよね?」
担ぎあげられればヘレンとルイスの顔の距離はグンと近づく。
「いや、ラスボス悪役令嬢になりたくなかったから――」
「で、アクシルに倒されたんだよね。それで、その後は俺に断罪されなきゃいけないんだっけ?」
ルイスの背景は黒いのに綺麗な笑顔にヘレンは冷や汗を流しながらゴクリと唾を飲み込む。
「そうだなぁ、ヘレンは確かに俺にちょっと失礼な事が多すぎるからソロソロそれは反省してもらわないといけないよね。俺もヘレンに甘すぎたのかな?ヘレンも侯爵令嬢だからそれなりに王家に対するマナーが出来てると思って、ヘレンが落ち着くまで王妃教育を待ってて貰ったんだけど……」
その言葉に担がれながらもヘレンはビクリと体を跳ねさせる。
「王、妃……きょ、いく?」
「勿論あるに決まってるよね?ただ、今までヘレンの気持ちが落ち着かないようだったから待っててもらってたんだよ?でも今回の一件で取りあえず落ち着いたでしょ?」
「え、でも……私、婚約破棄……」
「しないし、させないって言ってるよね?そろそろヘレンは俺の婚約者だって自覚してもらおうか。それこそ絵姿なんかによそ見しないくらいに自覚してもらおうかな?」
「え……」
固まるヘレンを担ぎながら、ルイスはサータスとデュランに目配せして歩きだす。
「ああ、王妃教育が嫌なら、俺の部屋で2人っきりでまた婚約破棄をかけて昔みたいに勝負する?そうだな……あ!野球拳で勝負しようか?2人っきりで。ねえ、俺のラスボス悪役令嬢様」
人を一人担いでいるとは思えないほどにこやかに軽い足取りでルイスが自室に向かえば、ヘレンはラスボス悪役令嬢じゃないですうううと半泣きの叫び声を廊下にこだまさせていた。
「いいの?アレ不健全」
呆れたように救護室に取り残されたサータスはデュランに言えば
「あんな風に念押しされたらなあ。殿下には婚約破棄していただきたくないから」
とケロリと答えられてしまった。
「……ルイってヘンちゃんに対しては本当に見境ないからね」
あの目配せでルイスは
『お前らが邪魔しに来たら俺は負ける。本当に婚約破棄になったら恨んでやる』
目でそう訴えていた。
「流石にヘンちゃんとルイが婚約破棄はつまんないからなあ。ここは邪魔しにいくの我慢かな?」
「……白々しい。お前がああなるのがわかっていて殿下をけしかけたくせに」
今度はデュランが呆れた様にため息を吐く。
そんなデュランをみてサータスはケラケラと笑いながら
「ばれたー?まあ、いいじゃん。僕らは言われた通りに殿下の幸せの為に、残った外堀埋めるお仕事でもしに行こうか」
とデュランの、背中を押すのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
……本音を言えばここで完結にしようかと思っていたんです。
ただ、まだあんまりイチャイチャしてないなーって
でも需要があるのかなー?って
悩み中です。
取りあえず、次からはその後の彼らと番外編です。鬱展開は今のところない予定です。
よろしければまだお付き合いいただけたら幸いです。




