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ニューゲーム

「で、なぜヘレンが一人で学園に登校しているんですか。僕の記憶だと今日は一緒に登校だったのでは?」


 地のそこを這うような、こちらを睨み付けるような、何よりも背後に悪魔でも召喚しそうなオーラを身にまといルイスがこちらをみて仁王立ちしている。

 ヘレンは思わずルイスは闇属性だったかしらと首を一瞬捻りかけたが、今はそんなことどうでもいい。


「あら、私は一言もそれで良いですとお伝えしてませんわ。勝手に父と貴方がそう思ってただけでしょう?」

「そうだとしても、そもそも10を越えた年頃の令嬢が一人で馬をかけるなど言語道断です。道中貴女に何かあったらどうしてたんですか」

「どうって……」


 確かに若干後先考えずに行動したのは悪かったとは思っているけど。

「べ、べつに貴方に関係ありませんわ。それより、さっきから小言ばかりで。ルイス様はお子様なだけでなくお母様見たい」

「なっ!」

 言葉につまるルイスは放っておき、ヘレンがにっこりと隣にたつデュランを見上げれば、デュランはプッと小さく笑っていた。

(ああ、笑顔も素敵……)

 思わずうっとりしてしまう。



 デュラン様は恋パズにもバッチリ出てくるキャラクターの一人だ。

 設定ではゲーム開始時26才。若くしてその実力と才能を王家に買われ第一王子である無難攻略キャラのルイスの世話役兼執事を勤める。

 シルバーのサラサラした髪に薄紫の瞳。

 優しく、端整に整ったお顔だち。

 耳も癒される低めのイケメンボイス。

 恋パズでもものすごーく人気はあったのだが、残念な事にデュラン様は学園内では王子ルートで発生するパズルの説明か王子からもらうアイテムの説明の時位しか出て来ないのだ。

 なので、ゲームファンの間では攻略出来ないのに人気をほこる彼を崇高なモブと称し称えていた。

 そしてまさに私のドストライクな優しく落ち着いた大人の男で、私も崇高なモブとデュラン様を称えていたうちの一人である。


「へぇー。僕は無難攻略キャラでデュランは崇高なモブですか。で、モブとは?」

「モブはストーリーには直接関わらない重要じゃない非攻略キャラとでも言えばいいかな?それでもデュラン様は、モブには見えないモブ。まさに崇高!ああ、デュラン様にもお会いできるし、早朝から家を抜け出て王子よりもはやく学園について私の勝ちよって言えるなんてなんて今日は素敵な日なの!」

「……へえ。そう、ヘレンは僕に内緒でそんな勝負をしてたの」


 その声にヘレンがやっと現実に戻り、はっとして振り向けばそこには青筋を浮かべているようにも見える特大の胡散臭い笑顔を顔に張り付けた無難攻略キャラのルイスがたっていた。

「!!」

「ヘレン?君の負けだよ?」

 ほら、僕の方が先に学園に入ったからねと胡散臭い笑顔のルイスは既に門の向こうにたっていた。

 対するヘレンはまだ門の外。ああなんてコッタイ。

 後悔先たたず。

 どうやら余計なことを自分はくちばしってしまったとヘレンは盛大に後悔する。 



「さあ、ヘレン・ライラット嬢勝負は僕の勝ちだ。恒例の約束守ってくださいね」



 ニッコリと微笑むルイスをみてヘレンはギギっと壊れたからくりのように空を仰ぐ。


 時刻は7時過ぎ、既に光輝く爽やかな朝になっている。


 一見すると平和な学園に、爽やかとはかけはなれた絶叫が響きわたった。







「さあ、ヘレン。 ()()()()()()登校しましょうか」


 恒例の約束もといヘレンにしては罰ゲーム、婚約継続サセテクダサイを言わされたあとルイスに引きずられる様にして学園の門のなかに入る。


(うううっ、こんなはずじゃなかったのに)

 ヘレンの目尻にうっすらと涙が光る。

(ああ、門が、門が遠くなる)


 good-bye私の幸せ。

 welcomeラスボス悪役令嬢の私。


 若干ポエムのような呟きを心で呟きつつ、結局婚約破棄出来ずに入学を果たすヘレンがふと門を見上げると、見たことのあるスチル同様その景色にはうっすらとニューゲームとかかれている気分になる。


(やっぱりニューゲームなんて認めたくない……)


 ルイスに引きずられたまま、ぼんやり空を眺めてふとヘレンはあることに気づいてルイスの手を払った。


「ヘレン?」

 怪訝そうな顔でルイスが振り向けば、ヘレンは門へと駆け出だす。

「そう言えば、結局ルイス様と登校することになってしまったので、デュラン様に父へちゃんとルイス様と登校したと証言してもらえるよう伝えて来ます!」


 そうだ、結局ルイスに破れて一緒に登校するのだからせめて父に怒られる事態だけは避けておきたい。

 ヘレンだって無駄に父に怒られたくはない。

 デュランに言付けを頼めば……そう思ってルイスから離れて門に近づいたとき、不意に一陣の風が巻き起こる。


「きゃあっ」


(きゃあ?)

 自分以外の女性の声にヘレンが振り向けば、ヒラリと爽やかな朝の光のなか空に舞うリボンが視界に入る。

 そのリボンはルイスの元へゆっくりと落ちる。


「っと」

 ルイスがそのリボンを手に取ると、途端にヘレンの心臓がドクリと脈打つ。

(ちょっ……そ、れ)

 急に身体が重くなったような気がして、うまく動けなくなったヘレンの前をフワリと黄金色の髪をたなびかせて一人の少女が通る。

「すいません、リボンが風に飛ばされて……」

 ドクン

(えっ、あ……)

「ああ、これは貴方のリボンだったんですね」

 ルイスがリボンをそっと一人の少女に渡す。


 ドクン

 ドクン

 ドクン


 煩く、そして胸を締め付ける嫌な思いがヘレンをその場に縛り付ける。ヘレンの頭の中は警報音が鳴り響く。


 目が一人の少女をとらえて離さない。


 黄金色の腰まで伸びた長い髪。

 透き通った青い瞳。

 柔らかな優しそうな顔。

 そして眩しく光輝く朝。


 ありがとうございますと柔らかなほほ笑みで少女がルイスにお礼を言えば、同じく柔らかな顔でルイスも答える。


「どういたしまして。お嬢さんが愛らしいから風がいたずらしたのかもね」


 ルイスのその台詞を聞いた途端、ヘレンは今度は大量の汗が吹き出る。


(こ、こ、これは……)

 ヘレンは目の前が真っ暗になってきたような気がする。

 そんなヘレンに気づかず、2人は2、3言葉を交わすと少女が誰かに呼ばれ再びかけ去っていった。



 かけ去る少女の背中を目でおいかけ、ヘレンは絶望する。この流れ、このやり取り、この雰囲気………。


(まんまオープニングじゃない!)


 少女が完全に立ち去った後もヘレンはしばらくその場から動けなくなってしまっていた。




 オープニングは爽やかな朝の出会いから音楽がながれ始まる。

 先ほどの一連の流れは音楽こそ流れてこなかったものの、まさにオープニングそのものだった。

(恐ろしい運命の強制力……)


 これを強制力と言わずなんていう。


「ヘレン?ヘレンってば!」

 ぐにゅっという音とともにヘレンの頬に痛みが走り、ヘレンは現実にひき戻る。

ひゅ()ひゅいふひゃま(ルイス様)?」


 ヘレンの両頬が痛いのはルイスにつねりあげられているからで、いつの間に移動したのかヘレンとルイスはどこだかわからないが、質素ながらも広くて質のよさそうな家具が配置されている自室よりは少し手狭な部屋にいた。

「ヘレン?君はいつもわりと可愛いほうだと思うけど、さっきまでの顔はなんだか……」

 そういってルイスはヘレンから顔をそらしつつ、頬から手をどかしてくれた。

「な、なによ。なんだか、なんですの?」

 完全に意識は現実にもどり頬をさすり軽くルイスを恨めしそうに睨みながらヘレンが言えば、ルイスはなおもヘレンから気まずそうに視線をずらし答える。

「いや、うん。もう普通の顔に戻ってるからいいよ。うん。うん、だから大丈夫」

(何言ってんだコイツ。まあいいや……)

「それよりここはどこなの?」


 先ほどまで、ヘレン達はまだ門の所にいたはずだ。

 そこであのオープニングという名の運命の強制力を見せつけられて……。

 運命の……。

「ヘレン!ヘレン!顔!顔怖いから‼戻ってきて!」


 再びヘレンが先ほどの事を思い出しかけているとルイスが慌ててヘレンを現実に引き戻しにかかる。

「ヘレン、その顔は本当にもうやめて!」

 そう告げた後ルイスはコホンと咳ばらいをする。

「あの、ごめんねヘレン。ヘレンの顔がその……あまりにも……だったから、皆の前にさらせなくて……」

 チラリとルイスはヘレンを盗み見る。その顔は若干申し訳なさそうだ。


(何なのよ?)

 ヘレンが不思議に思って眉間にしわを寄せれば、ルイスはポリポリと頬をかく。

「その……ごめん。ここ男子寮の僕の部屋」


 小声でつぶやいたルイスの言葉を理解してヘレンは再び固まる。

「い、今、なんて?」

 震える声で聞き返せば先ほどまで申し訳なさそうにしていたルイスの顔は、心なしか楽しそうに目が細められ口角は少し持ち上がっているような気がする。前言撤回。コイツ絶対悪いと思っていない。

「えー、だから、男子寮の僕の部屋。僕とヘレンは今僕の部屋で二人っきり?あ、そうそう学園に来たから僕に影はついてないよ」

 だから本当の二人っきりとささやきながら若干笑顔のルイスがコテンと首を傾ける。

「な、なんですってえええええええ」


 一気に状況を理解したヘレンは真っ青になりながらルイスに詰め寄りその襟首をつかむ。

「な、なに考えてるのよこの変態腹黒無難キャラ王子。男子寮でしかもあんたの部屋に私がきて、さらに二人っきりなんて万が一目撃されたら、どんなうわさが立つかわからないじゃない!それに、私の乙女の体裁が疑われるかもしれないのよ!若い男女が部屋で二人っきりなんて……あんたなんかとうっふん、あっはんしたような噂が立った日には……」

 一気にまくしたてるようにルイスに詰め寄ったヘレンの目じりには涙が光る。


 貴族の若い男女が二人っきりで部屋にいるというのは体裁があまりよくないのは周知の事実だ。

 実際、若い男女で二人っきりになり、蓋を開ければそういう関係だったというのはよくある話だ。それゆえに今までもまだ幼いながらでもルイスとヘレンは二人っきりで部屋で過ごすという事はなかった。

 もちろん婚約をかけた勝負の時も、必ず二人の会話が耳に入らない程度でも誰かしらそばにいたのだ。

 剣の勝負の時ですらルイス曰く見えないところに影と呼ばれる人はいたらしい。


「……いや、別にいいのでは?」

 ルイスが襟首をつかまれながら呟けば、ヘレンの瞳に炎がともる。

「よ……よく。良くなんてあるかああああ!」



 ドゴオッっと音を立てて、ヘレンの拳がルイスの腹部に直撃する。


「ルイス様の馬鹿!そこまで変態腹黒無難だとは思わなかったは!ルイス様なんか大っ嫌い!!」

 そう叫ぶとヘレンは猛ダッシュして部屋を後にした。

★閑話休題:ヘレンに逃げられたルイスのその後★


「ルイス様、やりすぎです。それに嘘を言わないでちゃんと一応管理人さんたちに許可取ってから運んだっていえばよかったんじゃありませんか?私だって影としていたのだし」

おなか大丈夫ですかと言いつつも、冷ややかな視線をルイスに突き刺す。

「いや、だって」

ぷっくと頬を膨らませてルイスはそっぽを向いた。

「だってじゃないですよ。いくら無意識にライラット様が、早く婚約破棄しなくちゃとつぶやき続けていたからって……」

「それだけじゃない。無難腹黒王子退散、無難腹黒王子退散とかも言い続けてた。しかもあんな怖い顔で……」

だからヘレンに意地悪少しぐらいしたっていいんだとつぶやくルイス王子にデュランはため息をつく。

「とにかく、ライラット様に意地悪し続けると今より嫌われますからね。いつかちゃんと二人っきりじゃなかったって説明して上げてくださいね」

そういってデュランは再び影の仕事に戻っていった。

「……別に今だって嫌われてない」

小声でルイスはそっと自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

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