それはね
(あ……れ……?)
ボンヤリとヘレンが瞳を開ければ視界は薄暗い。
「ここ……」
どこ?
声を出そうにもなぜかカラカラででない。
それならばとヘレンが回りを、見ようと体を動かすもヒンヤリと濡れた服が重く、身体中にチクチクとした痛みが走り思わず顔が歪む。
「っ!……わた、し……」
痛みに耐えながらゆっくりと上体を起こし、回りを見渡せば薄暗い中でも少しずつ視界は慣れどこに居るのかが分かる。
少なくともここはルイスの部屋ではない。
ゴツゴツとした岩壁に囲まれているため辺りは薄暗いようだ。良く良く見れば岩と岩の間からはまだ日が差して居るため、落ちてからは差程時間は経っていないようだった。そこまでわかると、ようやくヘレンは先程の事をゆっくり思い出す。
(テラスごと落ちてよく私は無事だったわね)
あのテラスは学院裏の草原にある湖側に位置し、その景色を一望出きるように作られていた。つまりテラスの下は湖になっている。そのお陰で多分湖に落ち、こうして湖の端にある岩場に流れ着き助かったのだろう。しかし、そのせいでヘレンの制服はビショビショだった。
「湖に落ちて、運良くここまで流れ着いた的な?」
若干呑気な事を考えつつ、ヘレンはもう一度岩壁をみた。
「助かったはいいけど、どうしよう……」
と言うか、テラスからここまでの距離ってきっと結構あるわよね。よく生きていたと思いつつ、ヘレンが立ち上がろうとしたその時。ぐにゃっとした足元のおかしな感触に気づく。
「ゔっ……」
(ゔ?)
聞き覚えのある声に、そろりと足元を見た瞬間ヘレンは思わず飛び上がってしまった。
ヘレンの足元のおかしな感触。それは――
「るるるるるるるるルイス様つっ!」
(やばいよ!やばいよ!やばいよ!!)
先程までヘレンが踏んでいたもの。それはルイスの頭だった。
(ど、ど、どどどど、どうしよう)
よりによって王子を。
婚約者を。
無難攻略キャラをヘレンは足で踏んでいたのだ。
(いや、落ち着いて!落ち着いて私!)
「ルイス様!ルイス様!」
踏んでしまった事も合わさって若干同様しつつも、ヘレンはしゃがみこみルイスに声をかける。しかし、ルイスからは依然反応がない。
「ルイス様ってば!」
強めに身体を揺するも反応が無い。
(まさか……)
「ルイス様……うそ、まさか……」
(まさか、そんな……)
最悪な事態がヘレンの頭の中をよぎり、急速にヘレンは身体中の血が抜けていく様な感覚に襲われる。
「……ルイス、ルイスってばああ」
「……ごめん、ヘレン。起きてたんだ」
ヘレンが泣き出しそうな声を絞り出してルイスを呼んだ瞬間、ルイスはムクリと起き上がり
「ごめん、実はヘレンに踏まれた辺りから起きてたんだけど……。何か起きるタイミング逃してさ。心配した?」
と苦笑いしながら告げてきた。
「……」
ヘレンが急に黙り混むため、ルイスが恐る恐るヘレンを見れば、ヘレンはポロポロと大粒の涙を溢しはじめたのだった。
「へ、ヘレン!どうした!?何処か痛いの!?」
そんなヘレンを見て更に慌てふためくルイスにヘレンは突然無言でガバリと抱きついた。
「ヘレン!?」
「……て、い」
「ヘレン?」
「さいっ、てい」
「……ヘレ」
「心配、したんだからあぁ」
ヘレンはルイスに抱きつく腕に力をこめ、彼の胸に顔を埋め肩を震わせた。
そんなヘレンをルイスもきつく抱きしめ返す。
「うん、ごめんねヘレン」
そうして、そっとヘレンに優しく呟いた。
――どのくらい時間が経っただろう。
ヘレンとルイスがしばらく抱きあってそうして過ごしていると、ヘレンはルイスの胸から顔をゆっくりとあげる。
「……殿下なんて、嫌いです」
その顔には涙の跡がのこり、目は赤く少し腫れぼったくなっている。暗闇に目が慣れてきたルイスはそんなヘレンの顔をみて、第一声に反して愛しさを感じてしまっている自分に思わず苦笑いをこぼしていた。
「ごめんね、ヘレン」
「謝ってもダメです。嫌いです」
嫌いと言うも、ヘレンは再びルイスの胸に顔を埋める。
「うん。ごめんね」
そんなヘレンにルイスは頭を優しく撫でる。
ヘレンもそれを受け入れているようで、尚も抱きついている手に力を入れてきた。
「……殿下が死んだかと思ったんです」
「うん、大丈夫。生きてる」
「っでも!……怖かったんです!」
「うん。わかってる」
「……殿下、嫌いです」
「俺はヘレンが好きだよ。ずっと好き」
そう言えば、顔を真っ赤にしたヘレンがガバリとルイスから離れる。
「こ、こ、この状況で、そ、そんな事いいます!?」
「うん?別に何時でも言うよ?」
だから、と今度はルイスが離れたヘレンに手を伸ばし抱きしめる。
「だから、俺だってテラスから落ちかけたヘレンをみて心臓が止まると思ったんだからね」
と、ギュッとヘレンをキツく抱きしめてきた。
そこで、ヘレンはハタと気づき再びルイスから離れる。
「そう言えば!ルイス様はカトリシア様を抱いてらっしゃいましたよね!カトリシア様は!?」
もしかしたら彼女はまだ岸に流れ着いてはいないのかもしれないと、ヘレンは再び不安になる。
「ん?カトリシア嬢は大丈夫。ちゃんと会場で手当て受けてると思う。多分……」
「多分って……。でも会場に居るんですね?」
ヘレンがそう言えば、ルイスはコクンとうなずき返す。
それならば良かったとヘレンは胸を撫で下ろす。
「ところで、ルイス様はどうしてここにいるんですか?」
テラスの亀裂が生じたあの時、確かにヘレンは亀裂の向こう側にいたルイスとカトリシアを見た。
カトリシアが無事ならば、ルイスだって会場内に無事に残っていたはず。
「ああ、それはね――」
ルイスはヘレンの疑問にゆっくりと答え始めた。
まだ、まだ頑張れる……はず。
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