罰を与えようか
何をするわけでもなく無言が続き、静寂だが和やかに時が2人を包むテラス。
そこでヘレンは額に妙な汗を浮かべつつ、目の前でご機嫌にお茶を飲んでいたルイスを盗み見ていた。
(よくわかんない展開になってる)
ヘレンは和やかな静寂に耐えきれず、こっそりと下を向きため息をついた。
回りを見渡せば、そこは白と翠を基調としつつ自然で溢れ、それなのに高級感までもがそこに加わり、まさに学院の人気を誇り恋パズでも人気な背景にランクインする程のテラスが目に写る。
実際ここは最終的な段階で、恋人同士のイベントでも良く使われていたような気がする。勿論キャラ同士愛を囁く様なイベント背景で使われていて、そこにはヘレンの姿は全くなかった様な気がしたのだが――。
とにかくそんなところに居るとなると、ラスボス悪役令嬢道を避けるために今まで頑張っていたヘレンにしてみれば、なぜかご機嫌にも見えるルイスと一緒に、学院で人気のテラスでお茶をしているこの状況は気が気でなく落ち着かなかった。
もしかしたらまたラスボス悪役令嬢に繋がるイベントに巻き込まれるのではないか……。ましてや一緒にいるのはアクシルがカトリシアとついになるように狙っている無難攻略キャラなのだし。
それに、どちらかと言うと色々避けるようになってからは不人気な日の当たらないじめじめとして人が寄り付かない場所ばかり行っていたせいで、そちらの方が落ち着くようになっていたのだと気づきヘレンは思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。
――だけど、どうしてこの状況になっているのか。
チラリと前を向けば優雅に紅茶を楽しむルイスと、なぜか向かいあって座っている。ヘレンとルイスを隔てるのは目の前の小さなテーブルのみで手を伸ばせば簡単にルイスに触れられる程に距離が近い。
ヘレンの目線の先にいるルイスは相変わらず暮色の髪はサラサラで、いつの間に延びたのか手足はスラリとのび、椅子に軽く腰かける彼は仕草1つとっても優雅で大人っぽい。最近の彼はお子様だと言っていたあの頃より、本当に大人っぽくなってしまっていてヘレンは妙にどぎまぎしてしまう。
(……本当に王子様みたい)
いや、実際はちゃんと王子なのだが。
そんなルイスからヘレンは目をそらし、紅茶に口づけながらルイスを意識しないようにこの状況はどうしたものかと頭をひねる。
この間ルイスの部屋でなぜか押し倒されたヘレンは、これまたなぜか間に入ってきたデュランに担がれ部屋に早急に送り届けられつつ、よく日からはアクシルについての対策をとるためにルイスと話し合いを行うので指定したところに来てほしいと告げられた。
一人でアクシルと対峙してきてヘレン一人ではアクシルにかなわない。それどころかアクシルと関われば関わるほどラスボス悪役令嬢としての道に的確に軌道修正がかけられ進まされている。でも、だからといってそもそものラスボス悪役令嬢になるきっかけのルイスの手を借りるのは、不本意ではあるのだが……。一人でアクシルと関わるよりはましだろうと了承したのだ。
(話し合いというか、これじゃあただのお茶よ、ね?)
もう一度ヘレンはルイスをチラリと見つめた。
よく日ルイスの指定してきた場所に行けば、なぜか今日のようにお茶セットがすでにおいてあり、お茶を進められただけでその日は特に話し合う事もなく解散となった。
そしてそのよく日も同じだった。ただ、前日と少し違ったのはお茶の間にルイスと軽く簡単な世間話をしたことぐらいで、それをここ数日繰り返し今に至るのだ。
ルイスとのお茶自体は何もトラブルはない。しかし、カトリシアに人前で平手打ちした一件やルイスとこうして大した会話もないのに一緒に過ごしているおかげで、この数日間でヘレンに対する悪評とも呼べる周りの生徒の噂話が、再び囁かれるようになりそれを聞いていたヘレンはうんざりしていた。
(もしかして……)
はっとヘレンは思いつく。
(もしかして殿下もアクシルに意識操作されていて、それでこうして私とお茶をしているふりして私が悪役令嬢になるように軌道修正をかける手助けを?だからこんなところで私を引き留めて――)
「そういうわけではないからね。まずそんなこと俺はヘレンにしないし、そもそも王族に魔法なんてかけたらそれこそ打ち首ものだからね。それから悪評というか、まあ聞くに耐えないような噂については……うん、まあ、ちょっと時間がかかるけどちゃんと治めるつもりで手を打ってはいるよ?ただ、その……その間はヘレンには嫌な思いをさせることもあるかもだからそれはごめんね」
ルイスがヘレンの心の声を遮るように口を挟めば、ヘレンは不思議そうに首を傾げた。
「……私、ちゃんと口を押さえていましたよね?」
ヘレンが思っていることをつい口走ってしまう癖にたいして指摘を受けてからは、いろいろ対策を練っていた。おかげで無意識に口走るようなことはなくなったと思っていたのにとヘレンが首を傾げれば、ルイスは苦笑いを小さく浮かべる。
「あのね、婚約者としてヘレンを5歳から見てたんだよ。それなのに、あんなへっぽこな陰険で頭行かれてる害虫と一緒にしないでくれる?ヘレンが何を考えているのかはある程度はわかってるつもりだよ」
そういってそっとルイスはヘレンの頬をなぞる。
その手が無駄に色っぽく感じてしまいヘレンは思わずたじろげば、ルイスの優しい暁色の瞳は楽しそうに細められ、暮色の髪はサラサラと揺れた。
その姿も、ヘレンの頬をなぞる仕草も全てが攻略キャラと呼ばれるにまさしく応しく、ヘレンは高鳴る胸を誤魔化すように頬を赤らめて顔を反らした。
(だから顔も仕草も無駄に王子すぎるのよ!)
「だって王子だからね」
「!私の心の声に反応しないでください!そ、それより。アクシル様の対策はどうするんですか!?」
クスクス笑うルイスをしり目に取りあえず不覚にもルイスにときめいてしまったことを、何とか誤魔化したくてヘレンはルイスの手を払い、アクシルについてを話題に振れば、今度はルイスは露骨に怪訝そうな顔をした。
「今、そんな話しするの?ヘレンは害虫駆除が好みとか?」
「え?いや、そんな趣味ないですけど……」
なぜ?とヘレンが首をかしげれば、困ったようにルイスは眉を下げる。
「ねえ、それよりヘレン。前にも言ったし勿論ヘレンがちゃんとわかってくれるまで言うけどさ。俺を見てヘレン」
再び真っ直ぐヘレンを見つめルイスの手はヘレンの頬から耳へと動く。
その動きがくすぐったくて恥ずかしくて、思わずヘレンが顔を赤らめつつ首をすくめてルイスを軽く睨めば
「っ、ヘレン。……ズルい」
良くわからない声がルイスから呟かれ思いっきり顔をそらされてしまった。それにともない手も外されヘレンはホッとした。
(ズルい?私、ズルい?)
ルイスにズルいと言われ、ヘレンは再びハッとした。
(確かに……私はズルい)
思えば、ラスボス悪役令嬢になっているのはルイスと婚約しているからだとルイスを避けに避けまくっていたのに、今度はアクシルと言うヘレンにとって強敵が現れたからといって今度はルイスを頼ろうとしている。
ああ、そうか。
(殿下が何も言わないのは、私がズルいのをお見通しだったからか)
だから彼は何も言わずに、ただ、ただ、ヘレンがルイスに謝るのを待っていたのかもしれない。それがもしかしたら殿下の温情――
「ヘレン?ヘレンってば!そこ、それ、考え方大分違うからね。そもそも、俺今までヘレンが言ってた事は確かに少し悲しかったけど、あんまり気にしてないし本当にあの虫けらは嫌だと思うから何とかするけど。そもそも、ヘレンと一緒に居たいから今は時間稼ぎしてただけで……って、それは置いといて。ヘレンはどうしてそういう方向にかんがえるのかな?」
後半はぶつぶつと呟きになりつつもルイスはヘレンの思考を止める。
「……殿下、心の声に参加しないでください」
「いや、だって放って置いたらヘレンが変な方向に進むからややこしくなるし。と言うか、俺がこの間言った言葉すらもう忘れてるよね?」
「この間……って、あの……」
そう言えばとヘレンは色々思い出しかけて突如回想を打ちきった。
「殿下、あれは何かの戯れですよね?」
「……なんで、戯れ扱いになるかな?」
ルイスは盛大にため息をつくとがっくりと肩を落とす。
「あのねえヘレン。俺はヘレンが好きなの!ヘレンがいいの!ヘレンと居たいの!ヘレンはハッキリ言わないとわかんないみたいだから言うけど――」
「でも、そんなのおかしいじゃないですか!私は今まで殿下を避けてたんですよ?私がラスボス悪役令嬢になりたくなくて!」
ヘレンはうつむいてグッと拳を膝の上で握った。
「それが、今度はアクシル様に一人だと敵わないから殿下を利用しようとしているんです。自分だけのために……」
私はズルいんです。
小さく呟くヘレンに、再びルイスの盛大なため息が聞こえヘレンはピクリと肩を震わす。
きっとこんなに簡単に掌を翻してばかり居るから殿下に呆れられている。ヘレンがそう思っていると別にそれでもいいんじゃない?と不機嫌なルイスの声が聞こえて思わずヘレンはルイスを見る。
「そんなヘレンと一緒にいたいと思っちゃったのは俺なんだし。ただ、ヘレンは自分が都合よくってズルいって気になるなら……そうだね、ヘレンには罰を与えようか」
「え?」
「だってそうすれば今までの事は気兼ねなく、俺に頼ってくれるでしょ?」
ルイスはヘレンを見て優しく微笑んだ。
お久しぶりの方もはじめましての方も、ブクマ、評価ありがとうございます。
取りあえず3日までは連日更新できますが、そのさきはちょっと未定です。
相変わらずすいません。




