穴ください
(穴、穴ください)
むしろ誰か私を埋めてください。
ヘレンはプルプルとベッドの片隅で体育座りをしてどんよりとした空気を放っていた。
(なんたる失態……)
目覚めた後からのルイスの話を纏めるとこうだった――
どうやら図書館でアクシルと遭遇したヘレンは、アクシルに闇魔法の意識操作をかけられたらしい。
らしいと言うのは、ヘレンには図書館でアクシルと遭遇したところまでの記憶しかない。しかし、その後ヘレンの一部の様子を知るルイスの話ではアクシルからの魔力をヘレンから感じたのと、ヘレンには似合わない黒曜石のイヤリングがされていたことからそれをしたのはアクシルだと言うルイスの予想だ。
そして、意識操作されたことで豹変したヘレンは何を思ったのか今朝方ワザワザルイスの教室の前でルイスを奪うなと嫉妬心丸出しで騒ぎ、挙げ句カトリシアをひっぱたいたようだ。
(これでラスボス悪役令嬢はもう避けられないわ)
よりにもよって公衆の面前の前で、カトリシアをひっぱたくなんて……。
チラリとヘレンはルイスを見る。
良くわからないが彼はどことなく嬉しそうでソワソワと先程からヘレンを見てくるのはなぜだろう。
(ああ、きっと……)
そういうことか。
ヘレンは一人納得する。
アクシルルートでなくルイスルートであるならば、ゲームではそろそろカトリシアとルイスはいい感じの好感度になっているはずだ。
そして、もう少ししたらアクシルは卒業し、本格的にルイスとカトリシアはくっつきだす。そうなればルイスとカトリシアの恋路を邪魔する婚約者のヘレンを消すために、今回のヘレンの醜態ともいえる騒動はルイスにとっては嬉しいできごとだろう。
なんたって、堂々とヘレンと婚約を解消するための口実になるのだから。
はあ、と小さくため息をつきヘレンは更に思いを巡らせる。
今なら穏便に婚約を解消してもらえるかもしれないと。
「……殿下」
ヘレンはベッドから出ると、ベッドサイドの椅子に座ったままのルイスに向かい床に正座し両手をそっと床につけた。
そんなヘレンをみてルイスはぎょっとした顔をして椅子から立ち上がろうとしたが、それを止めるようにヘレンは声をだす。
「殿下、今回の騒動による私の醜態および殿下の思い人であられるカトリシア様への暴力深く反省しております。ですから、どうか罰として婚約を解消してください!」
そういって頭を床につく程下げようとした瞬間、がしりと蒼白な顔をしたルイスに肩を捕まれてしまった。
「ちょ、ちょっとまってヘレン!!まって!!」
捕まれた肩にこれでもかとルイスの手が食い込み、正直痛いとヘレンは顔を歪ませる。それなのに、顔面蒼白なままでルイスは更につかんだままの肩を揺さぶりだした。
「まって、まって、まって、まって、まって!!」
グワン、グワンと揺さぶられ、何をまてと言うのだろうか?
むしろちょっとまって欲しいのはヘレンの方だとヘレンはグワングワンと揺れる頭で思ってしまっていたのだがルイスの揺さぶりは止まらない。
「ヘレン!ヘレン!!ヘレンってば!!」
「殿下!ライラット様がまた気絶されそうですから!!」
ルイスの揺さぶりに終止符を打ってくれたのは、他でもないそばで一部始終を見ていたデュランだった。今もなおヘレン!どうして!と声をあげるルイスを押さえ込むデュランは神だとひそかにヘレンは心で尊ぶ。
(た、助かった……)
そしてクラクラ回る頭とウプッと込み上げてきそうな口を抑えヘレンは息を整え声を何とかしぼりだす。
「で、殿下……ウプッ。な、なにするんですか……ウッ」
ヨロヨロとヘレンが声を絞り出せば、ルイスはデュランから逃れ再びヘレンの肩をがしりと掴んできた。
「いやいやいやいやいやいや!!何するって、何言ってるのって、ヘレンが何言ってるの!?」
捕まれた肩に再びルイスの力が込められ痛い。しかし、それ以上にルイスの顔が怖いので、思わずヘレンはヒッと声をあげてしまったのは悪くないはずだ。
「……殿下、お気持ちはわかりますが取りあえず落ち着いてください。ライラット様が怯えてますから」
盛大なため息を吐きつつデュランがヘレンに助け船をだせば、ルイスの目はクワッと音がしそうな程見開かれる。
「いやいや、落ち着けないからこれ!ってか、ヘレン!ねえ、何?なんなの?まだ意識操作かかってる?ねえ、ねえ!?」
ルイスの顔がドンドンヘレンに近づく。
その顔は本当に怖い。
(いや、こっちがなんなのって聞きたいデス)
ルイスから顔を背け、ヘレンはルイスを押し返すように抵抗すればルイスの顔はドンドン凶悪さを増していく気がする。
なんだったらこのまま悪魔でも召喚できそうな雰囲気も漂ってきて、ヘレンがただただ怯えていればスッとルイスの手から力がぬけた。
不思議に思ってそっとルイスを見れば彼はヘレンの肩に手を乗せたままうつむいているではないか。そしてその背後にはやはり黒いオーラがただよっていた。
「……ねえヘレン。ちょっとさ、数分前を思い出してみて」
低く唸るようなルイスの声はなぜか数分前を思い出せと告げてきて、ヘレンは首をかしげる。
(数分前?)
えーっと……。
「デュラン様が殿下が私の肩を揺するのを止めてくださいました」
「……その前」
(前?)
うーんと……、どこまで前だ?とヘレンは唸る。
覚えて居る数分前は気絶していただけのような気がするのだが。
「気絶して、ました?」
「その後!」
若干顔をあげ睨むようにルイスはヘレンを見つめてくる。その顔は本当に怖い。
(その後??)
「え?えっと……殿下がいて……」
目が覚めたら組敷かれました、と言えずヘレンが言葉につまると突然ルイスの片手がヘレンの両頬を摘まむように掴んできた。
「ふぐっ……」
思わず変な顔になり、変な声が出してしまったヘレンは驚きつつもルイスを睨めば、逆にさらにルイスに睨まれビクリと肩を震わせる羽目になってしまった。
「……ねえ、ヘレン。俺は目覚めたヘレンに何て言ったか覚えてる、よね?だって数分前の事だし。覚えてなきゃおかしいよね」
グッとヘレンの両頬を摘まむ手に力が入ってくる。
「俺はヘレンに対して襲いたいとも言ったよね?別に女の子なら誰でもそばで寝てれば襲いたくなる訳じゃないんだよ?ヘレンだから襲いたいんだけど」
わかる?とルイスの顔がヘレンに近づく。
「それから、他の男から装飾品もらったから怒ったよね?と言うか怒ってると言ったよね?俺の贈り物は全て拒んでた癖に。他の男からのだけ受けとるとかありえないって、これは俺のヘレンに対する嫉妬ね。ヘレンにだけ向ける独占欲だよ」
これもわかる?
「最後に、ヘレンに俺を男として見てって言ったよね?意味わかる?ヘレンを好きだからだよ?好きって意味わかる?それなのにどうして、どうやったら婚約破棄の話しになるの?どこをどうねじ曲げたらカトリシアが俺の思い人になるわけ?ヘレンの頭はまだ意識操作されてるのかな?」
ヘレンの両頬を摘まみつつ、ルイスはニッコリと笑うが目は全然笑っていなし背後のオーラは先程より比べ物にならないほどどす黒かった。
「ねえヘレン?意識操作されてるならその魔法とかなきゃだよね。俺が是非その意味わからない思考に繋がる魔法を解いてあげるよ」
「あ、ふや……ひゃはってはいふぇふ」
いまだに、頬の手は外されていないため正しく発音出来なかったのだが、ルイスには通じたらしい。ほぼ涙目でなんとか反論した内容は、怖い笑顔のままのルイスの背後の闇を深くした。
「ん?かかってるよね?先ずはその口にかかってる操作魔法から解こうか」
(そんな魔法ありません!)
ヘレンの心の反論むなしく、ルイスはヘレンをそっと優しくかつ手早く床で再び組み敷いた。
不定期すみません。
大丈夫、2人の後ろにはあきれ顔のデュラン様が盛大なため息をついて立ってるので既成事実は成せないはず……




