虫のいい話
カトリシアを宥めつつ、ヘレンは自分も落ち着こうと2人はいつぞやの校外裏にある草原に来ていた。
別に不人気な場所になりそうもないような場所なのだが、校舎からは遠いため学院の生徒は滅多な事でここには来ない。
平民は平民で貴族に会ったときの対応がめんどくさいと、やはり滅多な事では学院裏どころか学院にすら近づかないので、結果この草原には人がいなかった。
故に、ここならば盗み聞きなどだけではなく、誰かに出会うイベントも起こらないだろうとヘレンは考えたのだった。
「で、カトリシア様は一体何が悪いとお思いなのですか?」
出きるだけ穏やかに、でも心のなかではカトリシアはアクシルと実は共犯で、またなにかイベントがおこるのではなのではないかという疑念を抱きつつ声をかける。
(私は嫌な女だわ……)
流石にこんな気持ちは悪役令嬢過ぎるかもしれないが、カトリシアとルイスがともにいる場面を度々目撃しているため、どうしてもカトリシアに対する複雑な思いが抜けきれなかった。
声をかけつつヘレンは自己嫌悪に陥り目蓋を伏せる。
「……私は、お兄様がライラット様を陥れて殿下に婚約破棄させようとしていたのを知っていました」
ゆっくり、それでいてしっかりカトリシアはポツリポツリと言葉を繋ぐ。
「ライラット様には嘘のように聞こえるかも知れませんが、私は……私は殿下に相応しくありません。皆が流している噂は嘘です。あれはゲームによる影響なのです」
カトリシアの発言に、ヘレンはアクシルがヘレンと同じ転生者であることを思い浮かべていたが、何も言わないヘレンの反応を見てカトリシアは自分の話がヘレンにとって理解できないものだとみなされていると思ったようだ。
「お兄様には前世があるのです。前世はニホンと言う国で生き、この世界はお兄様の前世ではゲームだったそうです。この世界はつくられたゲームなのだとおっしゃられていました。だからもともと決まったシナリオの中にある選択肢を、間違わなければ幸せなエンディングが見えてくると常々おっしゃられていました」
カトリシアはそういうと、信じにくい話ですよねと困った顔でうつむく。
「私も最初はお兄様が何を言っているのかわかりませんでした。それでも、お兄様に言われた通りの事をしていれば、お兄様が望んだとおりになっていったんです。お兄様が望んでいるのは私が殿下と結ばれ、隣国の姫になること……。お兄様は私が隣国の拐われた姫だとおっしゃるのです。私が姫に戻るには殿下と……。でも、それはライラット様を陥れて初めて成り立つことだったんです」
言葉を濁しながらも話すカトリシア。そういわれ、ヘレンの瞳から光が消える。
「そう。私があなたたちに陥れられるとわかってて、貴女はアクシル様に協力していたと……。そんなにあなたは幸せの全てを手に入れたかったのね。私がいろんなことで苦しんでいると分かっていてあなたは、あなたたちはなおも私から全てを奪う気でいたと。私があなた達の思った通りに陥れられてさぞ滑稽だったでしょうね」
ヘレンの口から冷ややかな声が紡がれる。
「それは違うんです!!」
ヘレンがカトリシアを睨みつければ、カトリシアはヘレンの言葉を遮り否定しつつもヘレンのその瞳におびえていた。
「何がどう違うというの」
ヘレンからヘレン自身が思った以上に低く冷ややかに、それでいて憎々しげに声が絞り出される。
「私は、ラディに向かい入れられた時から全てを失いました」
そうつぶやくカトリシアの消え入りそうな言葉にヘレンは思わず睨みつけたままの視線でカトリシアを見る。
「あなたが、全てを失った?あなたは何も失っていないじゃない。適当な事をおっしゃらないでくださる?」
(全てを失わなければいけないのは私なのに!)
カトリシアは何をいっているのだろうか。そう思えば、ヘレンの心の中は黒い感情で覆いつくされた。そんなヘレンに気づきカトリシアはヘレンを見て力なく笑った。
「私は一度全てをうしなっているんです」
だからと言って許されるわけではないのですがと言葉をつづけた後、カトリシアは語りだした。
「私はもともと何も持っていませんでした。親に捨てられていましたし、孤児でしたし。けれども、そんな私に親みたいな人、兄弟みたいな友人、たくさんの孤児の仲間が幸せをくれました。私にはなにもなかったけれど、彼らに与えてもらった幸せを持てました。だけど……それはラディに引き取られた時に全て奪われ私にはまた何もなくなったんです」
カトリシアは再びうつむき、ポケットから薄汚いアヒルのマスコットを取り出した。
「それなのにまたすべてを失った私に、お兄様だけが唯一希望をくださったんです。だから私はもうお兄様という希望を失いたくなかった。私がお兄様のいう事を聞いていれば、お兄様は私のそばにいてくれる。私の希望は失われない。だから私はお兄様の考えを知っていてもお兄様にしがみついてしまったんです。本当は決して貴女を陥れたかったわけじゃないんです」
今更だし、いけないことだと分かってはいたんですがと、カトリシアはアヒルのマスコットを握り締める。
「私にはまた全てを失う恐怖には耐えられなかったんです」
そう力なくつぶやくカトリシアの声に、その光を失った瞳に、その表情にヘレンははっとしてしまった。
ヘレンは前にそんな表情をして過ごした人物を知っている。
他でもない、ヘレン自身だ。ヘレン自身がそう思い、失う恐怖におびえ過ごしていたのだから。
そして一つの疑問が頭に浮かぶ。なぜ今更カトリシアはこんな事をヘレンに言っているのか。
「なぜ今更?」
疑問は口をつく。
「……今更。本当に今更ですよね」
カトリシアはヘレンに向かい合う。
「私は、お兄様をお慕いしています。私にはお兄様しかいないんです。お兄様さえいてくれれば私は姫になるなどどうでもいいんです。けれど、お兄様はそうじゃない。お兄様は私と殿下が結ばれること以外興味などないんです。だから……詳細はわかりませんが、お兄様が望んだ運命に近づく何かが行われるようなのです。私にはそれがいつおこるかわからないんです、でもそれが何か恐ろしいことのようで、それをなんとしてでも止めたいのです」
カトリシアはヘレンにひざまずき頭を垂れる。
「今までの行いを許してくださいとは言いません。罰は私が全て受けます。貴女が私をゆるせないのはわかっています。それでも、アクシル・ラディの計画をとめてください。彼が……彼がこれ以上王家に不敬を図り罪にとわれないように!かなり勝手なお願いだとは重々承知しております。それでもどうかお願いします」
どうか……と地面に届くまで頭をさげひざまずきカトリシアはヘレンに懇願し続ける。
「私じゃ、私じゃお兄様を止めることができないんです」
下げられた頭はすでに地面についていた。
懇願するカトリシアの肩は小刻みに震えている。
そんなカトリシアをみてヘレンは小さくため息をはいた。
「……ずいぶん虫がよろしいお話ですね」
吐き捨てるように呟いたのはヘレンの本音。
「私が困るのはゲームだから、お兄様がいなくならないならと無視できて、貴女の大切なお兄様が今度は犯罪人になろうとしているから止めてくれなんて。それになせ私?」
「それは……。お兄様がライラット様に特段執着しているから……。人に興味がないお兄様はライラット様だけにはこだわってるので、ライラット様ならと思って……」
(そりゃ、私も転生者だからよね)
カトリシアの言葉にヘレンは心で反論する。
彼はヘレンに執着しているのはカトリシアが思っているような理由ではないだろう。むしろ転生者だから警戒されているのだ。ストーリーから外れないように。
逆にヘレンから見ればアクシルはカトリシアに執着しているように見える。
(恋は盲目とは良くいったものね)
それでも、カトリシアを利用できる今はチャンスかもしれないとヘレンは思いかけていた。
多分来年のアクシル達の卒業迄には彼はきっと動き出すだろう。
恋パズでの断罪イベント。全てのキャラが揃うそのときに行われる。
アクシルはヘレン達より年上なので彼が卒業する時に合わせ断罪イベントは一度執り行われるのだ。ただし、その時ヒロインがアクシルの好感度によってストーリー及びヘレンの運命は大きく変わるのは問題なのだが……。
(でも、この状態ならもしかしてアクシルルートなのかもだわね)
ずっと無難攻略王子ルートだと思っていたが、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。それならこのイベントを乗りきれば……。
ヘレンは決意を固める。
これはチャンスだ。
「そんなこと、あり得ないわ」
「え?」
「まあ、貴女のお兄様がどうなろうが正直私にはどうでもいいわ。だけど、私はこれ以上あなた達に陥れられたくはないの」
「……はい」
「だから――」
ヘレンはカトリシアを冷たく見つめながら告げた。
虫のいい話しにはのってやる気は全くないが、ヘレンだってアクシルの陰謀が止められるなら止めたい。
それはラスボス悪役令嬢などなりたくはないから。決してアクシルやカトリシアのためじゃない。
そのためにはアクシルの動きをしる唯一のカトリシアの協力もヘレンには必要だ。
だからヘレンはカトリシアに静かに告げる。
「貴女のお兄様は止めましょう。ただし、貴女が私を裏切ることは許さない」
と。
昨日頑張ってたけど、掲載今日になってすいません。
暗いシーンて筆が進まなくて……←言い訳
ちょっと、暗い話&胸糞話が続きます。
そのあときっと、多分……なので、引き続き読んでいただければ幸いです。
ブクマ、評価ありがとうございます!!
感謝でくらい話を乗りきります!




