釣れた宝石
「はい、こうやって、こうやって、それからこう投げてください」
スラスラと竿に餌をつけ、ヘレンの手に竿を渡してきたデュランは、こうですと投げる真似をする。
「え?あ、こう?」
真似をして勢いよく竿をヘレンが振れば、どうしてなのか餌をつけた紐は手前にポッチャリと情けない音を立てて落ちていってしまった。投げ方は知識としてはあるが、実際にしてみると想像以上に難しかった。
なんと言ってもミニゲームとしての釣りを経験してはいたが、実際ヘレンもうららもリアルな釣り経験はゼロだ。
因みにミニゲームの釣りもデュランに教わり、そして釣竿をかりてここでしていた。
採れるものは魚や魔法に関するグッズで、魚はお金にすることが出来たり魔法グッズの材料になったりしていたのを思い出す。
今思えばどうでも良いことなのだが、魔法グッズはどうやって餌がついているこの小さな針でつれたのだろうかと、思わず首をかしげてしまった。
「うーん、それだと魚はきませんね」
こうです。と釣糸を手繰り寄せながらデュランはヘレンの手を失礼しますと握ってきた。
「え……」
握られたデュランの手は温かく、大きい。
「ライラット様、こうです」
デュランの身体の近さや、握られた手にドギマギしてしまいつつ、デュランの身振り手振りの指導のもと今度は餌がついた糸はシュッと切れのよい音を立てて湖に飲み込まれていった。
「すごい!」
すごいですデュラン様!とヘレンがデュランを見上げれば彼はやはり優しく微笑んでいた。
(うっ……い、イケメン!)
流石崇高なモブと賞されるだけはある。
「ライラット様は少しは気分転換になられましたか?」
ヘレンがデュランを若干頬を染めながら眼福眼福と見つめていると、デュランは微笑みのまま問うてきた。
(あ、気にしててくれたんだ……)
それだけでヘレンの心はどこかで満たされるような気がしてくる。
「私ごときを心配してくださって、ありがとうございます」
思わず言葉が口をつく。
「いえ、殿下が大切にされているライラット様だから気になったんですよ?」
(殿下が私を大切に?)
一瞬ルイスの顔が過るがそれは本当に一瞬だけで、自分がまだ婚約者であるがゆえにそう言っているのだと直ぐにきづいた。
「……殿下が私を気にかけているのは政略的な婚約者だからですよ。もしくは体裁ですかね?まだ一応婚約者ですし。……でも直に気にかけることはなくなりますわ」
先程の殿下とカトリシアが脳内に甦る。
多分、ゲーム通りの展開できているならば2人は既に惹かれあっている。仮装舞踏会でのルイスの熱をもった瞳は今はカトリシアに向けられているのだろう。
あの日はたまたま、彼は間違ってヘレンにあの瞳を向けただけだ。間違ってもヘレンが大切だからじゃない。
……きっとそうだ。
5歳から彼と婚約破棄をかけて勝負してきた。
だからわかる。
ルイスはゲームに出てくるルイス・エバンヌのような王子では多分ないだろう。
けれど、ここはゲームの世界。やはり完全にそう信じられなかったし、信じてはいけない。信じればうららのように絶望しかまっていない。
(運命の強制力があるから……)
「殿下に限ってそんなことはないですよ」
「え?」
うつむきかけていたヘレンはデュランを見れば、彼は困ったように笑っていた。
「俺の知るルイス・エバンヌ殿下は少なくとも貴女を体裁だけで扱う方ではないですよ。本当に貴女だから大切になさっていらっしゃります」
「私、……だから?」
「はい。身の程をわきまえず更に差し出がましくライラット様に進言をするとすれば、もう少しライラット様は殿下の御心を信じてもよろしいかと」
「御心を信じる……。でも、殿下は私と一緒に過ごす運命にはないです。あの方の運命はもっと素敵な、それでいて国のためにもなる運命の女性が――」
「ライラット様が隣にいるという運命の選択肢はないのでしょうか?ライラット様がいるだけで彼の……ひいては国のためになると」
言葉を遮られ、驚きの瞳でヘレンはデュランを見つめる。
「運命は必ずひとつだけなのでしょうか?」
「え?」
「例えばですよ、実家が代々公爵家の長男として恵まれた環境で育っていて、次期公爵になるのが運命だと言われていた男がいるとします」
唐突にデュランは話し始める。
「彼は公爵になるのが本当の運命。けれど、一人の……どうしても守りたいと思った人に出会ってしまい男は公爵家の反対を押しきって爵位継続を放棄してその人の元に行きました。これって彼が運命を自分で選んで変えた事になりませんか?」
「……」
「その男が守りたいと思った人が極悪な環境に居たのは男と会うための運命だったのですか?その男がいたせいで、その男の運命のせいで、守りたいと思った人は極悪な環境にいたのですか?それならその男が最初からいなければ守りたい人はもっと良い環境にいれたのですか?」
「……それは違うと思います。たまたまその男の人が守りたいと思える人と出会って、本当はもしかしたら極悪な環境に居続けないと行けない人の運命から救ったんじゃないですか?」
「それなら運命は選べるし、変わるってことですよね?」
「そう、です……ね」
「ライラット様は殿下がお嫌いですか?」
再び唐突にデュランはヘレンに質問を投げ掛ける。
ルイスが好きか嫌いか。
そう問われれば、ヘレンは考える。
(別に、嫌いでは……ない)
彼を特段嫌いになる要素などない。
ただ、好きにはなれない。
ルイスが悪いわけではない。ただ、好きになればラスボス悪役令嬢の破滅の運命がやってくるから。
それにこんな運命 でなければ、きっと本当に心からヘレンはこの世界を楽しめていただろう。
もしかしたら今頃ルイスと出会えたことを、婚約者として過ごすことを素直に喜べていたのかもしれない。ヘレンにとってルイスはそう言う存在。
「殿下の事は嫌いではないんです。ただ、ただ私は全てを失うのがこわいんです」
「ライラット様殿下がお嫌いではないのなら殿下と寄り添う運命を選んでみてもよろしいのではないかと。殿下は貴女から何も失くしませんよ?」
「でも……」
(怖いものはこわい)
「……デュラン様。公爵を捨てたその方は、自分が持ってるものを捨てるのはこわくなかったのですかね?もしも、守りたいと思った方が拒否されたらその方は何もなくなるじゃないですか」
「そうですねぇ。きっと公爵を捨てるのは怖かったと思いますよ?それでも、彼はやらずに後悔はしたくなかったんですよ。後で、ああしておけば、こうだったらがすごく嫌だったんでしょうね」
「そう……その方は勇敢ですね。今は幸せ、なのですかね?」
そう呟けばデュランの目は優しく細められる。
「彼は例え守りたい人に拒否されて全てを失っても、やりたいことをやれたのできっと幸せでしたし、いまも幸せですよ。幸いな事に守りたいと思った人は守れているようですから」
そう答えるデュランの顔は幸せそうだった。
「ライラット様は保守的になってる今のままで、幸せですか?」
(幸せ………か?)
ラスボス悪役になりたくない一心でルイスを避け、人から隠れ、自分がしていないことを自分のせいにされ。
幸せかと聞かれれば間違いなく――
(幸せなんかじゃないわ)
「私は……」
幸せなんかじゃない。
それなのに私は何を失いたくないのか。
なんでこんなに必死になっているのか。
ヘレンの視界がじわりと歪む。
それと同時に、突如持っていた竿に思いっきり引っ張られてしまった。
「え?あ!」
「ライラット様!引いて!引いてください!」
強く引っ張る竿にヘレンが引きずられかければ、慌ててデュランがヘレンを支える。
「ライラット様、竿離さないでくださいね!」
「は、はい!」
「くっ、これは大物ですよ!一気に行きますよ」
せえのとデュランと共に釣糸を引き上げれば、スポーンと獲物と共に釣糸は水面から空高く舞い上がる。
引き上げた反動でヘレンがデュランを下敷きにする形で2人は後ろに倒れ込んでしまった。
「デュラン様!すいません!」
「いえ、俺は大丈夫です。ライラット様は?」
「私も……って魚は!?」
2人が釣糸の先端を見れば針には何もついていない。
逃げられた、2人がそう思った瞬間。
ヒュルルルルル
スコーン
「!」
「ライラット様!?」
小気味いい音で落ちてきた物は見事にヘレンの頭を直撃したのだった。
「い、いったぁぁ」
頭を抑え半泣きでヘレンが落ちてきたものを見れば、そこにはなぜかキラキラとした腕輪がひとつ転がっていた。
「もしかして……釣れたのって」
頭をさすりながらヘレンが腕輪を取る。
「いや、でもあれ結構引きが良くって……。腕輪とか、初めて釣りましたよ。人生って何が起こるかわかりませんね」
ポカンとした顔でデュランは呟く。そしてヘレンの方にデュランが顔を向ければ、ヘレンも全くだわと頷き2人はお互いの顔を見合わせて吹き出した。
人生は何が起こるかわからない。
その日ヘレンとデュランはこれでもかと大量にアイテムを釣り上げお腹を抱えて笑っていた。
昨日はあげられませんでした。
すんません。
今日はもう一話あげるためにもブクマ、評価お願いします!
やる気ください(土下座)




