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デュラン

(泣いたって無駄なのに……)

 そんなことはわかっている。


 何度自分がこの世界に生まれたことを後悔すればいいのだろう。

 もとより、自分が生まれた意味は?

 前世だけではなく、なぜ今も自分が思った通りに生きることは出来ないのだろうか。

(理不尽だらけだわ……)


 ヘレンは力なく立ち上がり、歩き出す。

(理不尽だらけよ)

 何で私がこんな目に会わないと行けないの?


 しばらく目的もなく歩き回ると、ヘレンの目の前にはどこかで見たことがある景色が広がる。

 見たことがある景色。だけどヘレンにとってそれが何を意味するのかなんて、今はどうでも良いことのように思えた。


(どうせ私がどこにいたって、何をしてたって運命(ラスボス悪役令嬢)がついてくるわよ)


 眼前に広がるのは静に煌めく水面が一望出来るような崖。

 学院の裏にある草原の端は崖があり、その下は湖になっていた。どうやらヘレンは無意識にそこに来ていたらしい。


 崖から湖までは結構な高さがある。


(……落ちたら怪我じゃ済まないわよね?)


 それでも、ここから落ちたら楽になれるのかしら……。


 そう思い、ヘレンはフッと笑ってしまった。

(そう言えば、うららの時もそんなことを思った時期も有ったわね)




 治療が苦しい割には上手く進まずに居た時。

 ふとうららは自分の身体に繋がれている管などを全て引きちぎったら楽になれるのかと思った事が有った。

 まだ16才の自分はどうしてこんな目に会わないと行けないのか、自分は一体何を悪いことをしたのかと。


 だからうららは全てを引き抜いた。

 鼻に纏わりつく管も、身体に入れられた管も全てを取り除いたのだ。



 結果は散々だった。



 医師や看護師には怒られ、両親には泣かれ、再び痛い思いをしてまた同じように管で繋がれ、更には身体を拘束された。


 逃げようとしたうららには逃げられないどころか更に手痛い思いが待っていたのだ。




(あんな思いは、嫌だわ)

 ヘレンだって、全てを拒否して逃げればより悪い状態になって強制力が纏わりついてしまうかもしれない。

 先ほどのアクシルにされたことを思い出す。


 見たくもない現実を無理やり突き付けられ、なにも悪いことをしていない自分のせいにされていた。最後にヘレンが命じたと少女の一人は叫んでいたが、それを聞いた彼は一体どう思っただろう。

 表情までは確認できなかったがきっと……。


 ゲームでは彼は悲しそうな表情を浮かべていたような気がする。

 そしてカトリシアに言うのだ。

『僕が守るよ』と。


 そんなことを思い出し、再びヘレンの視界は盛大に歪む。


(それなら私はラスボス悪役令嬢の運命を受け入れれば楽になる?)



 そう思うもわかっていた。答えはnoだ。

 うららは運命を受け入れ結局全てを失くした。それは決して楽にはなれなかった。

 ヘレンだって運命を受け入れた所で全てなくし、終わるのだろう。きっとそれも楽ではないかもしれない。


(私に楽はゆるされないの?)


「なんて理不尽なのかしら」


 力なく笑うとヘレンは崖ギリギリに座る。

 落ちても運命。

 落ちなくても運命だ。


 風はそよそよと流れていく。

「このまま消えたい」

「いや、それはだめですよ」


 ふいに優しく低い声が頭上から降り注ぐ。

 驚いてヘレンが見上げれば、ヘレンの顔を覗き込むようにそこにはデュランが立っていた。


「ライラット様?そこにいらっしゃると危ないですよ?あなた様に何かありましたら我が主が悲しみます」

 そういうのと同時にデュランは優しく流れるようにヘレンの体をふわりと持ち上げると崖から離れる。

「デュ、デュラン様!?」

 流石にそんなことをされれば、ヘレンの真っ赤な瞳は見開き、瞳と同じくらいにヘレンの頬は赤く染まる。

 しかし、当のデュランは涼しい顔でヘレンを抱き上げたまま歩き出す。

「デュラン様!あの!」

 耐えきれず、ヘレンが声を上げればデュランはにこりと優しく笑う。

「私に様は不要です。それよりライラット様、先ほどもお伝えしましたがあのような場所にいてお怪我でもなされたら、我が主は本当に手が付けられないくらい悲しむのでやめてくださいね」

 そういうと彼はヘレンを優しく下ろす。

「こ、ここは……」

 下ろされた場所を見てヘレンは目を再び目を見開く。

「ライラット様はこちらに来たことがおありでしたか?」

 ヘレンの反応を見て、今度はデュランが驚いたように目を軽く見開く。


(来たことがあるというか……)


 ヘレンは目の前の景色に目を配る。

 先ほどの崖ほどではないが、湖と岸までにそれなりに崖と呼べるほどには落差がある。しかし、ここは落ちないようにしっかりと柵もあり、足場も整えられている。そしてご丁寧にベンチまで崖に設置されている。

 それはまるでここで魚でも釣るかのような、まさに釣り場と呼ぶにふさわしい場所だった。


 ここへは来たことはある。しかし、もっと的確にいうなれば、ここに来たのはヘレンではない。

 ここに来たのはうららが操作する、カトリシアだ。

 ここは、恋パズに出てくる唯一ストーリーに関係なくデュランに会える場所。

 いわゆるミニゲームの場所だ。


 ヘレンは場所からデュランに視線を移す。

 よく見れば彼はいつもルイスのそばにいる時のようなかっちりとした燕尾服ではなく、喉元のボタンを軽く開けたクリーム色のシャツだけの姿で、下もくつもカジュアルな装いだ。

 そしてどこから出したのだろうか、彼の手には竿とバケツが握られている。


 ゲームの時も思ったのだが、いい男はどんなかっこをしていても、何を持っていても様になるようだ。

 そんなヘレンの視線に気づいたようでデュランは困ったように笑う。


「こんな格好で失礼しました。今日は何となく息抜きで来ていてその、たまたまライラット様をお見掛けして、心配になってしまったもので……」

 差し出がましいことをして申し訳ございません。

 丁寧に頭を下げるデュランにヘレンは慌てて手をぶんぶんと振り回す。


「そ、そんな!やめてくださいデュラン様は何も悪くないんです!む、むしろご心配をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。その……なんというか、色々気持ちがふさぎ込んじゃって気分転換したくて……」


(気分転換というかか本当は消えたかったけど……)

 うつむくヘレンの声は徐々に小さくなる。

 何となく握った手には力がこもり、指先が白くなる。


「ふむ、気分転換ですか。それはとんだ邪魔をしてしまいましたね。けれどライラット様に危ない気分転換はさせ続けられませんし……。ライラット様は釣りなどしたことはおありですか?」

 なおもうつむくヘレンにデュランは唐突に竿を渡す。

「へ?」

「気分転換に釣りはいいですよ。ライラット様がよろしければしてみませんか?」

 驚いて顔を上げればデュランはヘレンにまぶしいほどやさしい笑みを向けてきた。

明日はいっぱいあげられるといいなぁ


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