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若干の卑怯

 ついにこの日がきてしまった。

 ヘレンはまだ夜が明けぬ窓の外をみてため息をつく。

 時刻はまだ3時。


 あと数時間でゲームが始まる学園入学となる。

 婚約破棄できずにすでに5年の月日が流れていた。

 その事実にヘレンは盛大にため息をついた。現に最後の悪あがきとばかりに入学の前日まで婚約破棄をかけてルイスと勝負をし負け続け、ダメ押しで婚約破棄を願い涙で訴えてみたけれどまったく効果は得られなかった。さらにさらにライラット家家長である父にまで土下座して訴えたが、すべて惨敗に終わっていた。


 ちなみに、学院への入学を辞めたいと父に申し出たところ大変長ったらしいお説教とともにより一層厳しいレッスンやルイスと会う時間を増やされてしまい入学取り消しは露のように儚く消えさった。同様にルイスとの婚約破棄を父に申し出ると決まって翌日ルイスと会うことになってしまうので父にはもう何も言えなくなってしまっていた。それなのに諦めきれず、前日悪あがきで涙ながらに訴えてしまったら案の定、父はその意見を一蹴したあげく登校初日はルイスと行くように仰せつかってしまったのだ。


(冗談じゃない。誰があんな腹黒王子となんか行くもんですか)

 これ以上ルイスと近い距離になってやるもんかと、ヘレンはふんと鼻息を荒げた。

 万が一一緒に登校してしまえばルイスの思うツボのような、負けたような気分に襲われてしまう。


 彼はこの5年間まったくヘレンの勝負に手を抜いてはくれなかった。それどころか婚約破棄を願うヘレンとの勝負を軽くあしらうようになってしまっていた。まったくかわいげのないお子様王子である。



「しかし、まずいわ。このままでは本当にゲーム通りに私はラスボス悪役令嬢になってしまう」

 恐るべし運命の強制力。


 ちなみに、婚約破棄をかけた悪あがきの連続でライラット家ではメイドたち身分の低いものに喚き散らしたり、威張り散らしたりしていないのに、なぜかヘレンはゲームの筋書き通り完璧な傲慢知己で高飛車令嬢認定されてしまっていた。


「このまま理不尽な運命に翻弄されてたまるものですか」


 再びヘレンは時計に目を向ける。

 時刻は4時。


 確かオープニングは……。

 ヘレンはうららの記憶を探る。

 ここまで来てしまったら、婚約破棄を目標に掲げつつ、ヒロインや攻略キャラにとにかくひたすら会わないように、日陰に生えるカビやキノコのようにひっそり学院で生息していくしかない。




 恋パズのオープニングは爽やかで、かつ明るい音楽とともにまぶしい光の中ヒロインと無難攻略王子ルイスが出会うところから始まった気がする。そして、出会い頭から悪役令嬢は悪役令嬢として登場していたような気もする。


(という事は……)

 ヘレンは二人が出会うまぶしい朝にその場にいなければいい。

(そうよ。ルイスと一緒に登校してはいけない。ヒロインと鉢合わせしてしまう)


 父の言いつけは破ることになってしまうが、学院に行ってしまえばしばらくは屋敷に帰ってこれない。怒られたとしても、怒りの手紙が送られてくるだけだろう。

 それに、一緒に行くことになっていると思っているルイスをうまくすれば出し抜けるかもしれない。


 ヘレンよりも遅く登校してきたルイスにこういえばいい。

 わたくしよりも遅く登校してきた貴方は負けよ。これで晴れて婚約破棄の書類に印を押していただけますわよね!と。


 もちろんどちらが早く登校するか勝負などとはルイスには言っていない。言っていないが、人生はいつ運命をかけた勝負が始まるかわからないものだ。

 若干卑怯だとは思いいつつも、これしかないとヘレンは学院に行く準備をさっさとはじめ簡単にメイドにわかるように置手紙をしたためた。

 大きな荷物はあとで学院に送ってもらえばいい。今はとにかく一刻もはやく学院に着くことが大事だ。

 思い立ったら吉日。音をたてないようにヘレンはそっと屋敷を抜け出した。




(ううっ、寒い……)


 ヘレンは屋敷を抜け出し一人で学院に向かい馬を走らせる。

 時刻は多分5時位だろう。学院までは馬を走らせれば2時間程かかるはずだ。


 次第に外がゆっくり明るくなってきた。

 この国にはゲームイベントの兼ね合いできちんと四季が設定されていた。今は春。朝はやはり肌寒く、ヘレンは外套を強く握りしめる。


 暁の空は誰かの瞳を彷彿させてくる。

 5年間。

 5年間バッドエンドが怖くてそれを避けるために必死だった。

 もしかして、ここはゲームの世界とは違うのかもしれないと思わなかったわけではないが、やはりバットエンドが怖すぎて違うと言いきれない日々だった。


 そのせいか結果は今一振るわなかった。

 それどころか、高飛車、傲慢ちき、ワガママなどシナリオでかかれてた通りのキャラクターにヘレンが意図していなくてもなってしまった。


 もしも、そんな運命がなければ暁色は素敵な一日の始まりにしてくれていただろうか?そんな考えがふっと頭をよぎるも、ヘレンは頭をふってその考えを打ち消す。


 もしもなんてない。

 変な期待は絶望に繋がるだけだ。

 うららの記憶が警告をならす。


(ルイスがさっさと婚約破棄してくれていたらきっとまだベットで安心して寝れていたのに)


 グッと唇を噛みしめヘレンは外套と手綱を引く。

 何かの役にたつかもしれないと、ヘレンは乗馬の練習もがんばってきた。それが、まさか入学の日に役に立つとはと思わず苦笑いしてしまった。





 ―――――馬を走らせること数時間。

 ヘレンの目の前にはオープニングに一番最初に出てくるきれいな白い門がある。

 この門にタイトルとニューゲーム、コンテニューの文字が出てくるのだ。

「いくわよ!破滅回避!目指せ婚約破棄!」

 ニューゲームよ!


 意を決しヘレンが門をくぐるために馬から降りようとしたそのときだった。

「ヘレン!君は一人で一体なにしてたんだ!」

 突然の大声に思わず驚き馬上で体制を崩してしまう。


(あ、ら……)


 長時間寒さ残る明け方を馬でかけてきたせいでかじかんだ手足が絡まり、加えて慣れない長時間の乗馬で体はこわばっていたのがいけなかった。

 あれよあれよと反転してしまった視界のすみに、先程の空のような暁色の瞳が大きく見開かれ慌てふためいているような姿がスローモーションでうつる。


 これはと案外冷静な自分がああ、落馬すると現状を弾き出す。


「っ!」

 ヘレンは間も無くやってくるであろう痛みにそなえとっさに目をつぶるも、その痛みはいつまでたってもやってこなかった。


 それどころか逆にふわりと優しくつつまれる。

「……?」

(あれ?)


「ライラット様お怪我は有りませんか?」

(ん?)

 ヘレンがそっと目を開ければ、そこには心配そうにヘレンを覗き込む薄紫の瞳と目があった。どうやら落ちかけた体は地面にタックルするのではなく、薄紫の瞳の持ち主に優しく抱き止められたようだ。



「えっ……あ」

(誰?)

 とっさのことでヘレンは思わずその腕の中でポカンとしてしまった。


「ヘレン!大丈夫か?」

 聞きなれた声がして、ヘレンは思わずそちらをむけばそこには先ほどまで反転していたルイスが不安そうな顔をしている。勿論今は反転していない。


「デュラン、良くやった。ありがとう」

(……デュラン?)

 ルイスの言葉を聞いてギギギギと油の切れたからくりの様にヘレンはもう一度先程の薄紫の瞳の持ち主を見る。


 シルバーのさらさらの髪。

 薄紫の瞳。

 柔らかく端正な顔つき。

「ライラット様?」

 優しいイケボ。

 そして、今は彼の腕のなか、と言うよりお姫様抱っこ状態。


「あ、な、たは……もし、や。デュラ、ン、様?」

「はい。ご挨拶がこのような形になり申し訳ありませんライラット様。私は第一王子であらせるルイス様直属の執事兼世話役をさせて頂いているデュランと申します」

 以後お見知りおきをとデュランが優しく微笑めば、ヘレンの冷たくなった頬は一気に熱をもつ。


(間違いない!間違いない!間違いない!)

 デュランの腕のなかでヘレンはプルプルと震え出す。

 その様子に思わずデュランとルイスは頭にハテナを浮かべ互いに顔を見合わせた。


「へ、ヘレン?」

 ゆっくりルイスがヘレンに触れようとてを伸ばせば、ヘレンはがばりと顔をあげた。その瞳はキラキラと輝いている。

 そのさまに思わずルイスはびくついて手を引っ込める。

「ヘレン?」

「きたきたきたきたきた!キタヨこれ!きたー!!崇高なモブきたー!」


 両手を握りこぶしにして空に高く掲げて叫ぶヘレンに、ルイスとデュランは固まっていた。

もう後がないヘレンさんは悪役令嬢まっしぐら?

ここまでお読みくださりありがとうございます。


ブクマ、評価が本気でうれしいです。

ありがとうございます。土下座。

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