運命
「今日は天気が良いわねえ」
ヘレンは校外の草むらで大の字になって寝転んでいた。
「このまま私、日本に召還されないかしら?」
まあ、こんな格好で召還されても誰もうららだとは気づいてくれないだろうけれども。
「今日は天気がいいわ」
空は快晴。
それなのにどうしてだろうとヘレンは首を傾げる。
先程から頬に雨が当たるのはなぜだろう?
視界が歪むのはなぜだろうと。
わかってはいた。
自分は泣いているのだと、だけどなんとなくそれを認めたくなくてずっと雨のせいにしていたのだ。
(この世界では何にでもなれない。運命は決められた通りにしか進まないのよ。私は………ラスボス悪役令嬢だから)
仮装舞踏会から数日―――
ヘレンは舞踏会でのことを必死に忘れようとしていた。
少しでも気を抜けばうっかり思い出してしまうルイスの男らしい成長と繋いだ手は、ヘレンの想像以上に頭の中をルイスへの感情で埋め尽くそうとしてくる。
(だめ!ダメだから!)
万が一ルイスを好きになどなってしまえば、きっとゲームのヘレンと同じように嫉妬に駆られもしかしたらヒロインであるカトリシアに酷いことをしてしまうかもしれない。
そうなれば間違いなくラスボス悪役をまっとうすることになり、ヘレンには絶望しか残されない。
(これはきっと運命の強制力の仕業よ!)
惑わされてはいけないとヘレンは気を引き締める。
そもそもうららの精神年齢は16。彼はまだ15才。日本で当てはめるならルイスは中学生、ヘレンは高校生だ。
そう思えばなんとなくまだ恋愛対象にしては行けないと自制が働く気がするとヘレンは思えた。
早く、とにかく早く婚約破棄しないと。
気持ちは焦るが、ヘレンはルイスに今は絶対会いたくないと一人自習がてらに久しぶりにやってきた図書館で頭を抱えていた。
そしてらルイスのことで知らず知らずに頭がいっぱいになっていたせいで、ヘレンはうっかり姿隠しの魔法をかけ忘れていたことを忘れていた。
(いっそのこと学院を退学か休学してしまおうかしら?)
そう思いながらに本棚に本を返していたときだった。
「やあ、ヘレンちゃん。久しぶり」
突然背後からゾクリとする声が聞こえ振り向こうとしたのと同時に、ヘレンの体は本棚とその声の主に挟まれ身動きがとれなくなる。
「――っ、アクシル様」
身動きが取れないため、結果的に振り向けず背後の人物にヘレンは低めの声で呼び掛ければ、アクシルはピンポーンと声を出す。
「正解だよ、ヘレンちゃん。会いたかったよ?君いつも見えなかったから」
耳元で聞こえる声はどこか不愉快だし、言われてヘレンは気づく。今日は姿隠しをしていなかったと。
(しまった……)
焦りを押さえて出来るだけ冷ややかに声をだす。
「私はできればお会いしたくありませんでしたわ」
「そう?それは残念」
(不愉快だわ)
背後からアクシルが退く気配は全くない。むしろ密着しそうな距離がヘレンに不快感だけを与えてくる。
「何が、残念よ。この間カトリシア様との買い物は私をイベントに巻き込みたかったからでしょう?貴方に関わると私はラスボス悪役令嬢に追い込まれそうになるから嫌よ」
ヘレンが苛立たしげにそう答えれば、アクシルはクックと楽しげに喉をならしているのが気配でわかる。
「追い込まれそうになるんじゃないよ。ラスボス悪役令嬢になって欲しいんだ。言ったでしょう?俺はカトリシアを姫にしたいんだ」
急にヘレンは肩を捕まれクルリと無理やり体の向きを返させられる。
その為否応なしにアクシルと向き合うことになった。見ればアクシルの顔は笑っている。
「それに言ったでしょう?ヘレンちゃんにとって酷いエンドにならないようには協力もするって。だからヘレンちゃんもちゃんと悪役して?」
「っ!そんなの勝手だわ!私は、私が好きなような生きたい!また何もかも失うような人生なんて真っ平ごめんよ!」
力を込めてアクシルを押し退けようとするも、アクシルはピクリとも動かない。
むしろどんどんヘレンとアクシルの身体は密着していく。
「ちょっ!やめて!離れて!!」
暴れようと身体に力を入れ、声を荒げればアクシルの大きな手でヘレンは口を塞がれる。
「ヘレンちゃん、煩いよ。ここは図書館だよ」
そう囁いたアクシルの顔はもう笑っていない。
「それに、君は運命からは逃れられないんだよ。目をそらしちゃダメだから。見て?君が運命から逃げようとしても運命は運命だから勝手に動き出すんだよ」
そうアクシルに言われ、ヘレンの頭の中に黒い思いが急に渦巻く。
「ほら、ここから見てごらん?」
アクシルの体は少し離れ図書館の惑に行くようヘレンは誘導される。そして、窓の外を見るように促される。
窓の外からは割りと人気な中庭が見える。
(あれ?この中庭って……)
どこかで見たことが……
「ほら、君の運命が始まったよ」
アクシルの声になんとなく視線を中庭に集中させると、そこに金色の髪を棚引かせた一人の少女が現れる。
(あれは……カトリシア様?)
なぜカトリシアを見るのか、それがどうしてヘレンの運命の始まりなのか?
(もしかして……!)
ヘレンがアクシルが何を見せようとしているのかがわかり、慌ててカトリシアに窓から声をかけようとすればアクシルに口を塞ぐように抱きしめられその動きを止められた。
「黙ってみてて。ほら」
視線をカトリシアに向ければ、いつ現れたのか5人の少女がカトリシアを取り囲んでいた。
「カトリシア様は婚約者でもないのに、随分ルイス様に馴れ馴れしいですわ」
一人の少女が声を荒げれば、他の少女は全くだと頷く。対するカトリシアはただ黙ってうつむくだけだ。
そんなカトリシアにしびれを切らしたのか少女達は口々にカトリシアを大声で罵りだした。
(酷い……。あんなのただの言いがかりじゃない!)
ヘレンはアクシルの手を何とか振りほどこうとするも、一向にその手は緩まない。
それどころか痛いくらいにヘレンを締め上げる。
「ヘレンちゃん。黙って見ててって言ってるでしょ?これは姫になるために乗り越えなきゃいけないイベントなんだ」
(!!)
カトリシアに目を向ければ、少女達は何も言わないカトリシアに今度は次々と手をだし始めていた。
「あんたなんか、ルイス様に似合わないのよ!」
「侯爵令嬢とか言ってるけど、貴方は拾われた平民なんでしょう!」
「アクシル様にも馴れ馴れしすぎるのよ!!あなたがいるとアクシル様は迷惑なのよ!」
一人の少女がアクシルの名をだせば、カトリシアはキッとその少女につかみか駆る。
「お兄様は関係ない!」
それが少女達の怒りを更にかったようだ。
カトリシアは突き飛ばされ、地べたに這ったその時だった。
「お前達何している!」
突如怒声が聞こえたかと思えば、ヘレンの目には見慣れた暮色の髪を振り乱し走ってくる姿が写る。
(ルイス……様)
「お前達、一体何をしている!」
ルイスは地べたに這っているカトリシアを抱き起こすと少女達に向き合う。
すると少女達が慌てて声をだす。
「で、殿下!私達はヘレン様に言い付けられたのです!」
「ヘレン様がカトリシア様を気にくわないから、痛め付けて来なさいとおっしゃられたのです!」
「私たちは時期王妃様に逆らえません!」
そう言ってバタバタと蜘蛛の子散らすように少女達は去っていく。
その様子をヘレンはただ、ひたすら窓から眺めさせられているだけだった。
(え?……私、何も……何も………)
「そう、ヘレンちゃんは何もしてないよね。でもね、運命はヘレンちゃんが言い付けたって言うことになってるんだよ。ゲームだってそうなってたでしょ?」
いつの間に緩められたのか、ヘレンの口も身体もアクシルから解放されていたのにも関わらず、ヘレンは動けないでいた。
「わかった?ヘレンちゃん。君は運命からは逃げられないんだよ。それに見てごらん?」
フッと視線をアクシルの手によってルイスとカトリシアに戻される。
ヘレンの目に写るのはカトリシアを優しく抱き止めるルイスと、ルイスに寄りかかるカトリシア。
「ほら、あの2人もちゃんと運命でつなかってるでしょ?ここはゲームの世界なんだって」
これでわかったよね?とアクシルはヘレンの耳元で呟くと図書館から出ていった。
(……)
そこからヘレンの記憶はない。
どうやって歩いてきたのか、気づけば校外にあるいつぞやの草原で大の字になって空を眺めていたのだった。
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