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男の子からの男

「……」

「……」


(き、気まずい)


 あれからいったいどれくらいの時間がたったのだろう。彼はいまだにずっと固まっていた。


 しかも、ただ固まっているだけならヘレンはそっと彼から離れられた。それなのに残念な事に、ルイスはヘレンを抱きしめたまま固まってしまっている。

(……仕方ない)

 ヘレンは自分に言い聞かせる。


 包帯を軽く頭に巻いただけだから誰が見ても彼はルイス王子その人にしか見えない。そんな王子が赤いキノコ女を抱きしめてかたまっているのだ。

 これは人目を集めるのは時間の問題だろう。

 そう判断したヘレンは固まるルイスを、取りあえずなんとか引きずり自力でテラスのベンチに連れてきたのだった。


 幸いなことに、仮装で浮かれている生徒達の目には晒される事はなかったと思う。


(流石に王子には姿隠しであっても、闇魔法なんてかけられないし。けど、重かった……)


 自分よりも背が高くなったルイスをここまで引っ張って連れてくるのは、か弱い女の子にしてはさすがに骨が折れる。ヘレンはなんとかもがいてやっとのことでうでから抜け出すと、同じベンチに腰かけてしばしの休憩をとることにした。


(やっと解放された……)

 ルイスの腕の力が強すぎて、抜け出すのにも一苦労だった。

 お陰で衣装が少しだけよれてしまったし、ウイッグは若干乱れてしまっていた。


 因みにテラスにはベンチが1つ、しかも2人がけしかおいてなかったので、座るなら同じベンチに横並びになるしかない。


 きっと端から見ればキノコな女の子とルイスが甘美な一時を過ごしているように見えるかもしれない。

 残念な事に抱きしめられた時に既にマスクは外れてしまったけれど、幸いな事にまだ赤いウイッグで仮装しているため、取りあえずヘレンだとはバレないだろう。

 ただ、髪や衣装が少し乱れてしまったので、この姿のせいで有らぬ疑いをかけられて不埒な噂にならないことを祈るばかりだ。

「全く、殿下のせいで服も髪も乱れちゃったんですからね」


 折角のドレスなのにとヘレンが小さく呟くも、未だにルイスはぼーっとしているのでどうせ聞いてはいないだろう。




 テラスから見る外はもう暗い。会場の光が強いせいか星はよく見えないのが残念だ。

 かわりに隣に座って今だにボッーとしている人はよく見える。ヘレンは横に座るルイスをみた。いつまで彼はぼーっとしていて、なぜ彼がこんなにもショックを受けるのだろうか?


 間接キスでショックを受けるとしたらヘレンだろう。初めての唇だったのに。先程の出来事を思い出せばヘレンの眉間に皺がよる。

(サータスは乙女の唇をなんだと思っているんだ!)


 今度会ったら男の禁断の的を狙って蹴りあげようかとヘレンは思考を巡らせつつ、再びルイスの横顔に視線を戻す。

 なんのための仮装なのか、包帯はここに来るまでの間に全てほどけ今は首に巻き付いている。

 この人仮装での勝負、やる気はあったのだろうか。そう思いつつ、横顔ではあるが久しぶりにルイスの顔をまじまじと見た気がするとヘレンは思っていた。


(ゲームキャラと同じ顔……)


 ルイスの横顔はゲームキャラのルイス・エバンヌ王子の顔を思い出させ、改めてここはゲームの世界だとヘレンに言っているように感じてしまう。


『――この世界では何にでもなれるんだから』


 そんな時ふとサータスの言葉が過る。


(……この世界では、何にでもなれる?)

 ラスボス悪役令嬢以外も?

 ……いや、そんなわけない。


 こんなにも強制力は働いてきて、実際ヘレンは見事な迄に他の生徒から寄り付いて貰えず順調に嫌われている。それにこの間のイベントだってキチンと起きてしまった。

(この世界に期待しちゃダメ……なのよ)


 カトリシアを庇ったルイスを思い出す。

 もうすぐ彼は真実の愛を見つける。

 いや、実はすでに見つけつつもあるのかもしれない。


 運命は所詮運命。

 逃げることも、目をそらすことも出来ない。

 だからうららは死んだのだ。


 フウッと小さく息が自然ともれる。


「あ、あの……ヘレン。その……そんな顔で見られると……。ちょっとその色々刺激が……もう限界かもしれない」

「!?」

「……殿下、いつから気がついてらっしゃったんですか?」

「……」

 訳がわからないことを呟き、一向にこちらを見ようとしないルイスにヘレンは眉間に皺を寄せる。

(運ぶの重かったのに!もっと早く意識取り戻してくれてたら!)


「殿下!」

 強めに呼び掛けてもこちらを向かない。

 なんなんだコイツは?

「……殿下。私、帰ります」


 はあっとため息をわざとらしくついて立ち上がろうとすれば、急にルイスの手がヘレンの手を掴みベンチに引き戻す。

「……殿下何するんですか?」

 キッとルイスを睨むも、やっぱりルイスはこちらを見ない。それどころか先程より更にそっぽを向いている気がする。

「殿――」

「……勝負の約束」

 掴まれた手は今度は直ぐに離される。


「……約束?」

「……約束」

「……殿下!人と話をする時は目を見るんですよ!」

 約束を果たせという割りには、一向にこちらを見ないルイスにカチンときて、ぐいっと両頬をヘレンの両手で挟むと無理やりこちらに顔を向けさせる。人目に晒されて目立つ危険を犯してまで一生懸命運んだのに、人の顔も見ないで要求ばかりの態度に文句の1ついってもバチは当たらないだろう。


 それなのに、いざルイスと真正面から向き合えばヘレンは思わずたじろいでしまった。


「っ!」


 先程見ていたのは、横顔だったから平気だったんだと今更ながらにヘレンは気づく。


(あれはゲームのキャラ。腹黒無難攻略王子、腹黒無難攻略王子)


 取りあえず、ドギマギしてしまった気持ちをなんとか冷静にしようと思うが、どうにもうまく行かない。

 だから今度は思わずヘレンがルイスから顔を背けてしまう。


「……ヘレン?」

 不思議に思ったルイスが今度はヘレンの両頬を挟んで無理やりルイスの方を向かせてきた。


(や、やめてー!)


 今は多分、多分だが自分の顔が赤くなってしまっているような気がすると、ヘレンは必死でルイスを見ないように目を伏せ抵抗する。


((うらら)よりルイスはまだ年下!年下のお子さま!)



 画面越しにみていたゲームキャラとしてのルイスはよく知っていたし、幼い頃から見てきた顔だからとヘレンは正直油断していた。


「ヘレン?どうしたの?顔が、赤い」

(!!)

 声に出されれて指摘されれば益々自分でも完全に自覚してしまうほどヘレンの顔は熱を帯びてくる。

「っ!何でもないです!」

 顔を見ないように固く目をつぶり、両頬に当てられた手を離そうと、その手を握れば益々ヘレンは思い知ってしまう。


 ルイスの手はこんなにも大きくて男らしかったのかと。

 そういえば、先程抱きしめられた腕も男らしくなっていたような……と思い出しかけて、ヘレンは無理やり意識を蹴散らす。

 これ以上は考えてはいけない。





 正面から顔を見た時、ルイスの顔は真っ赤になっていた。

 目が合えば暁色の瞳は熱を帯び、それでいて無理やりこちらを向かせれば熱を帯びたままヘレンを真っ直ぐに捕らえる。


 そこには幼さなどない、ゲームでは見た事のない色気を孕んていて、その顔にヘレンは思わずドキリとしてしまったのだ。


「ヘレン?俺を……俺を見て」

 耳元でルイスが囁く。


 小さい頃から聞いていたやや高い音ではなく、低くそれでいて心地よい男の声。

 耳元で囁かれたせいでかかる吐息、どこか甘く感じるけれど落ち着くようなルイスの匂い。


 いつの間に彼はこんなにも男らしくなっていたのだろうか?

 避けて、逃げてばかりいたのでこんなにも彼を近くに感じて、意識したことなど無かった。子供の頃はうららの精神年齢も有って、ルイスなど可愛いお子さまにしか見えなかった。

 それなのに、ここにきて急に彼は男だとうっかり感じてしまったのだ。


「ヘレン。勝負での約束を守らないと2度と婚約破棄って言わない約束だったよね?俺はさっきヘレンに負けたんだからちゃんと約束を守って?」

 ね?っと尚も耳元でルイスは囁き続けつつ、ヘレンの両頬を挟んでいた手をそっと離して優しくヘレンの手を包んできた。


 ルイスの手からや近づいている体から体温がやんわりと伝わってくる。それが妙に心地よいわりに、変にルイスをさらに男らしく感じさせてくる。

 そのため、心臓は驚く位煩くはねあがっているのを否応なしにヘレンは自覚してしまった。

 もしかしたらヘレンの煩くなっている心臓の音がルイスにばれるかもしれない。そう思うと余計にヘレンは身体中までもが熱くなってきた気がしてくるからどうしようもない。


(これ以上は心臓が、もたない!)

 ルイスが、ルイスがイケメンすぎる!無難攻略キャラの癖に!!まだうららより年下なのに!


(そうよ!まだ彼は年下よ!!お子さまよ!気をしっかり私!)

脱ラスボス悪役令嬢!

イエス!婚約破棄!!



 カッと目を見開き、ガッとルイスの手に指を滑り込ませ握るとブンブンとそのまま上下に振り、バッとヘレンは手と体をルイスから離し立ち上がった。


「へ、ヘレン?」

「約束は守りましたから!ちゃんとしましたから!手を繋ぎましたから!!次は婚約破棄ですから!!」

 驚きポカンとするルイスに対して、ヘレンは勢いよく回れ右をするともうダッシュで会場を後にした。


(無理!無理!無理!これ以上は心臓もたないし、おかしくなる!)


 初めてルイスと指を絡めて繋いだその手が、ヘレンの体を余計に熱くしてくる。だけど出来るだけそれを認めないように、ヘレンは無我夢中で会場を駆け抜けていた。

ここまでお読みくださりありがとうございます。


かめより遅い歩みでいきます。すいません!

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