この世界では……
「……」
鏡の前でヘレンはクルリと回転する。
鏡に映るヘレンはいつもと違う。黒い髪は今は真っ赤なウイッグの中におさめられ、体は着ぐるみではなくベージュ色を基準とした裾がふんわりと膨らんだドレスになっている。
「これのテーマって……」
鏡の自分にヘレンが問いかければ、後ろで控えていたサータスの使用人がキノコでございますと告げてきた。
(……やっぱりキノコ)
サータスが用意してくれていた仮装舞踏会用の衣装は、何となくオシャレなドレスのようでよくみると何となくキノコのようにも見えるのだ。
(特に赤いウイッグがアップに結われてるからなおのことキノコの傘に見えるし……)
仕上げに目元を隠すマスクをつければ確かに、誰だかわからないがオシャレなキノコ仮装にはなっている。
(やるわね、サータス)
少しだけ心で称賛しつつ、どうせキノコになるのならば私の選んだキノコでもよかったじゃんと勿論サータスを毒づく事も忘れない。
「あの、ちょっとお花畑に行ってもよろしいですか?」
誰だかはきっとわからないだろうけど、念には念を取ろうと思い使用人にヘレンはお願いした。
(ここで魔法を使ってもいいけどさ)
チラリとヘレンはサータスの使用人をみる。どうせ姿隠しを自分にかけてもきっとサータスにはばれてしまうのだろうけれども、それでもやっぱり1人の時に魔法を使いたい。
大丈夫だとは思うけど、この使用人さん経由でバレたりするようなことは出来るだけ避けたい。
「あと、お花を摘みに行った後に1人で会場に入りますので大丈夫です。私を気にしないで通常業務に戻ってください」
「かしこまりました」
ヘレンの言葉に頭を下げて使用人は頷くのを確認してヘレンはホッとする。これで魔法をかけたせいで、ヘレンをみつけられなくなった使用人さんがトイレで待ちぼうけし続け困り果てることはないだろう。
それに、使用人さん経由でサータスにバレるリスクも下がるはずだ。
(いざ、尋常に勝負!)
―――そう思った20分後
仮装舞踏会の会場でヘレンは現実逃避をしていた。
その会場は眩いばかりのきらびやかな色取り取りで思い思いに仮装した人々で埋め尽くされていた。
一応は学院の生徒達だけの招待だとは聞いていたのだが、こんなにも生徒は居ただろうかと思ってしまうほど人で溢れていた。それに、会場も学院のそばにある貴族御用達のホールをどうやら貸しきったらしい。
流石貴族と言うべきか、宰相の息子と言うべきか。
ここまで出来る人脈や権力恐るべし。
それに、仮装のクオリティの高さに目を奪われヘレンは改めて貴族ってすごいと現実逃避に拍車をかけていた。
ヘレンがなぜ現実逃避に拍車がかかったのか。それは間違いなくヘレンの前に立つ人物のせいだった。
「ヘンちゃんやっぱり似合うね」
アップに編み込まれた赤いウイッグをニッコリと笑ったサータスにポンポンされつつヘレンはげっそりしていた。
(その笑顔が胡散臭い。と言うか秒でばれたな……)
先ほどトイレできっちり姿隠しの魔法をかけてきたばかりだと言うのに、会場に入った瞬間に入り口の壁にもたれ掛かっていたサータスにみつかったのだ。
(私の魔法って……もしかしてヘボい?)
今まで姿隠しが上手く行っていた様に思えていたのは、もしかしたらただ単に運がよくルイスをはじめとする主要キャラに遭遇しなかっただけなのかもしれない。
「お、久しぶりにヘンちゃん心の声だだ漏れだね。大丈夫だよヘンちゃんの魔法は他の人だったらきっと効いていたと思うから。だけど、僕とヘンちゃんの波長があうから、やっぱり僕には無効なだけだよー」
へへへっと愛らしく笑うサータスは、今は完全な美少女の様な装いをしている。深緑の髪は今は黒い長髪のウイッグを被り、深緑のワンピースを着ている。元々華奢に見える体つきの彼はワンピースを着ていても全く違和感がないことが凄い。
そして何よりも長身であるためものすごくスタイルがいい、まさに美少女にしか見えないのだ。
会場入りして直ぐに声をかけられた時は全く誰だかわからなかった。
「ひ、人の心の声を勝手に聞かないでください!それより、サータス様は……その、違和感無さすぎて。もしかして女の子だったんですか?」
男だとは思うがあまりの美少女過ぎにヘレンは思わず性別を再確認してしまう。
「えー?僕女の子だったんだよー」
ニッコリと笑うサータスにヘレンは戸惑う。
(え?あら、どうしよう、やっぱり女の子!?)
「……いや、冗談だからねヘンちゃん。男だからね」
急にヘレンの視界いっぱいにサータスの顔が近付いたと思えば、あっという間に頬に柔かな感触がする。
「はい、ヘンちゃん。失礼な事を考えた罰」
ニッコリと胡散臭く目を細めるサータスの突拍子のない行動に、おもわずヘレンは口をパクパクと開けたり閉じたりしながら固まってしまう。
「な、な、な、な、な」
「なに?チューしただけだよ?3回目なのにまだなれないの?」
さらりと行動を言葉にされればヘレンの顔は赤くなる。
「あー!ヘンちゃんまだルイとチューもしてないんだっけ?ケンゼンだっけー?」
忘れてたとペロリと舌を出すサータスの胡散臭いこと胡散臭いこと。
「そ、そうよ!私は健全だかりゃあー!?」
急にヘレンの体は何かに引き寄せられ宙を浮く。
その為サータスに言い返そうとしていた言葉の語尾は勢いよく噛んでしまうはめになった。
訳がわからずヘレンは、自分を引き寄せた何かの原因を探ろうと宙に浮いた体を捻らせ振り向けば、そこには僅かに顔に包帯が巻かれただけの鋭い暁色の瞳が見える。
「えっ、あ、で、殿下!?」
浮いた体はサータスから離され、ルイスの腕の中へと着地する。
「サータス!!」
地を這う様な低い唸り声にも似た声でルイスはサータスを睨み付ければ、サータスはハイハイと肩をすくませるような素振りをとっていた。
「わかったわかった。ごめんねー、ちょっとからかっただけだって。ヘンちゃんをとって食べたりしないから、そんなに怒んないでー」
ルイスに睨まれてもサータスは飄々として全く気にしていないようだ。そのせいか、ルイスがヘレンを抱きしめる力が強くなりおもわずヘレンは苦しくてルイスの胸を叩く。
「殿下、苦し、い」
「ほら、ヘンちゃんが妬きもちで窒息死しちゃうよ」
サータスが呆れたようにいえば、ハッとしたようにルイスの腕は緩められた。
「あ、えっとごめんね」
「く、苦しか、った」
「全く、やっぱりバカだねー」
ケラケラと笑うサータスにヘレンはジト目を向ける。
もとをただせばサータスが悪いような気がするのだが……。
「まあ、いいや。ヘンちゃんがルイを見つけちゃったから勝負はついたしね。この勝負ルイの負けー、ヘンちゃんの勝ちー」
「「え!?」」
サータスの発言に思わずヘレンだけでなくルイスまで小さく叫ぶ。
「だってヘンちゃんが先にルイの正体を見極めて“殿下”って呼んだじゃん?」
さらりと言われれば、ヘレンは納得の行かない抗議の声をだす。
「いや、この場合殿下の方が先に此方に気付いて近寄って来たんじゃ――」
ふにゃっとサータスの親指でヘレンは口を塞がれる。
「いや、もしかしたらルイは気付かずただ僕にチューされてるキノコを助けただけかもじゃん?現にルイはまだヘンちゃんの名前言ってないし」
サータスの発言になぜか力強くうなずくルイス。
(……グルか!?)
「俺の負けでいい」
包帯ほどけかけ王子がボソリと呟く。
(グルだな!?)
「はいっ、てことでヘンちゃんの勝ち」
サータスの親指は離れる。
「狡くない……?」
「そう?まあ、何にしてももう勝負はいいじゃん。そんなことよりパーティーを楽しんでヘンちゃん。この世界では何にでもなれるんだから、別に固定観念に捕らわれる必用なんてないんだし」
ニヤリと笑うサータスはそのままヘレンの口を塞いでいた親指を自身の唇にそっと当てる。
「あ、うっかりヘンちゃんの口を塞いでた親指を僕の口にあてちゃったー。これって僕とヘンちゃんの間接キスだね。ごめんねルイ、先に僕ばっかりヘンちゃんとチューしちゃって」
テヘッと笑うサータスに、固まるルイス。
その余計な一言を残しサータスはルイスが意識を取り戻し睨み付けてくる前にクルリと会場の人混みに消えていった。
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