天使様降臨
(おかしい。おかしいわ)
ヘレンは不人気中庭のうちの1つの、枯れ果てた大樹の裏で小さく隠れるように体育座りをして考えていた。
(なんでエロチックサイコパスとは噂がたたないのかしら?)
サータスに5階から突き落とされてからはや3日。
その間にヘレンとサータスについての噂がたつことはなかった。
(アクシル様の時は1日で噂がたったのに)
そしてその噂はしばらくヘレンを憂鬱にさせていたため、今回はサータスとの噂がたつと憂鬱になっていたのだが、今のところ杞憂に終わっていた。
(むしろエロチックサイコパスは皆が恐れているから噂がたてられないとか?)
あり得る。彼はサイコパスで次期宰相候補だ。彼の報復を恐れ誰も口にできない可能性は大いにあり得るとヘレンは1人納得して膝を抱える。
(それよりも、ここは薄暗くてジメットして落ち着くわ)
ヘレンは1人ほんわかと和む。
1つ目の不人気中庭はアクシルと遭遇し、修羅場と化したためあれから行っていない。
2つ目の不人気中庭はサータスと遭遇したため行っていない。
3度目の正直と、ヘレンはこの不人気中庭を見つけて居座るようになってからまだ誰とも遭遇していないため今、密かにヘレンのいこいの場になっていた。
(手入れされていず異臭を放つ草花、この今にも倒れそうな枯れた大樹。日の差さないこの陰湿で寒々とした空間!まさにここは私のオアシス。ここなら運命の強制力も影響しないだろう)
ああ、なんて和むのかしらとヘレンは周りの景色を和やかな笑顔で楽しんでいた。
(ほら、あまりにも私好みの天国過ぎてついに天使様まで降臨されたわ)
陰湿な空間に目映い光を放ち、黄金色の髪をたなびかせ潤んだ瞳でこちらを見つめてくれる優しい瞳。
(ん?)
ヘレンの和やかな笑顔が密かに固まる。
(んん?)
黄金の髪に潤んだ瞳……
ヘレンに気づいた天使様がこちらに草の根を掻き分けてやってくる。
(んんんんん!?カトリシア様!?)
天使様の正体に気づいた時には既に時遅し。
ヘレンはガシリと天使様、もといカトリシアに肩を掴まれていた。
「やっと見つけましたわライラット様!」
驚き体育座りの姿のまま固まるヘレンにカトリシアの鈴の音の様な声が追い討ちをかける。
「ライラット様!私、貴女に1対1でお話が有りますの。どうか、私と……付き合ってください!」
突然のヒロインの出現によりヘレンのいこいはぶち壊され、挙げ句カトリシアの爆弾発言によりヘレンの意識は一瞬お空に飛びかけた。
そんなヘレンをよそにカトリシアは尚も続ける。
「私、私……ライラット様が私と付き合ってくださるまでライラット様のお側から離れませんから!」
(ああ、恨むわ強制力……)
どこにいて、何をしてようともヘレンは自分がラスボス悪役令嬢ポジションを放棄できないのかもしれないと今更ながら再認識させられ空を仰いだ。
(それでも私は……)
そう思い、ヘレンはヒロインの手を払い急に立ち上がると同時に背を向け走りだした。
--結局、結果はヘレンの完敗だった。逃げ出したヘレンは運命の強制力とカトリシア様とアクシル様に負けたのだ……。
(そうよ、根負けしたのよ、なんておバカな私)
自分からラスボス悪役令嬢が嫌だと逃げておいて、絡まれてしまったら巻き込まれて結局ラスボス悪役令嬢道を突き進んでる。
カトリシアに付き合って欲しいと迫られ、ヘレンはついにカトリシアの根性に負けてしまい、付き合うことになってしまっていた。
(ヒロインってあんなにしつこかったのね)
見た目天使で柔らかくって、一見すると大人しそうなのに。
カトリシアは見た目とのギャップが凄かったと、思わずヘレンは遠くを見つめてしまう。
逃げども逃げどもどこまでも追ってくるカトリシア。
中ば半泣きになって逃げるヘレン。
もっと正確に言うなれば、二人の攻防にとどめを指しヘレンを根負けさせたのは、アクシルだった。
彼が絡むと言うことは、きっと何かしらイベントが起こるのだろう。相変わらず彼のシスコンぶりを思い出しヘレンの憂鬱に拍車がかかる。
(でも、なんのイベントがおこるんだっけ?)
プレーヤーとしてヒロインがわから見ればすぐにこの展開はどうなると言うのはわかる気がするが、ヒロイン達を避けまくって、逃げまくっていたヘレンにしてみれば今一ストーリー上の展開が掴めない。
(ヒロインと2人で買い物をするイベントなんてもの自体はなかったきがする)
鏡を見ながらヘレンはため息をはいた。
あの中庭でのヒロインの襲撃からすでに数日たっていた。
とにかく今日は何らかのイベントがおこるのだろう。主要キャラと絡むってことは、そう言うことなのよね。鏡から離れヘレンは寮の自室の窓のカーテンの隙間から外を見る。
(久しぶりに見たかも……)
昨晩はなかなか寝れなくて、結局今日は早く起きてしまった。
窓の外は日が昇り始め暁色に染まりだす。この空を見たのは入学の日に運命から逃げようとしたあの日以来だと思い出す。
(……1日の始まりも物語の始まりも全部暁色からなのね)
タラレバを言っても仕方ないのは重々わかってはいるが、暁色を見ると思ってしまう。
ヘレンがラスボス悪役令嬢ヘレン・ライラットではなければ……と。
せめて普通のモブキャラだったら、きっとあの日見た暁色も今の暁もきっと素敵をくれただろう。
(タラレバね)
思わず苦笑いしてヘレンは窓から離れた。
そして、そっとポケットの魔法玉を取り出し握りしめる。
今日はなんとしてでも切り抜けなければ。
そっと意識を魔法玉に向け魔力を注ぎ込む。
(ウエルカムじみキノコ!)
ヘレンは日課となった存在感を消す魔法を自分にかけてからもう一度鏡で自分の姿を確認する。
今日は休日のため制服ではなく、自分で脱ぎき出来る私服だ。
身分平等の学院寮では最低限の身の回りの世話は自分で出きるよう服装は華美のドレスではなくシンプルなワンピースやジャケットを普段使いように持ってきた。今日はその中から割りとじみ目なベージュで、タイトなマーメイドラインワンピースを選んだ。
地味な割にはヘレンは割りとスタイルが良い方なので、それでもまあまあ普通に見える。
髪は前世でもいじっていたので自分でセット出来る。
編み込みを入れつつ極力下にサイドでヘレンの長い黒髪を丸める。
そして帽子を深々と被る。
(うん、完璧にじみだわ!)
これで決して悪役令嬢には見えないだろう。
見えてせいぜいちょっと生意気顔のじみな女の子なハズ。
決して目立たず、ひっそり。
もしかしたらうっかり運命の強制力だって私の存在を忘れられるように。
ヘレンはそう願いながら、約束の時間を待つ。
あと数時間したら今日はカトリシアとお買い物に付き合わなければならない。
(約束してしまった以上守らなければいけないものね)
だからと言ってイベントに巻き込まれる約束はしていない。なんとかうまく切り抜けられますようにとヘレンは気合いをいれた。
(あと数時間後に出陣よ!)
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