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記憶

 カキーン


 小気味良い金属音が晴れて澄み渡った空に響き渡り、一本の模擬剣が空を飛ぶ。



「うーん。ナイスショット」

 暮色の髪をサラサラと揺らしながら暁色の瞳を細ませ笑う少年の楽しげな声がその場に響き渡り、同時に地を這うような少女のうめき声があがる。


「なーにがナイスショットよ!」

 また負けた。

 その事実がうめき声の少女ことヘレンの少し吊り上がった赤色の瞳をさらにきつく吊り上げさせ、幼いながらに整ったその顔を思いっきりゆがませる。


「えー? ナイスショットでしょ?」

 ニヤニヤしながら悔しがるヘレンを見つめる少年の暁色の瞳は、誰かが見ていたらとてもたのしそうだと思うはずだ。

 ただ残念なことに2人の付き人はかなり離れたところにいるため、少年のその表情を見るものは少女以外いない。


 目の前の2人はわずか9歳にして婚約破棄を賭けて何度目かの模擬試合をしていた最中で、少女が勝てば婚約破棄。

 少年が勝てば婚約は継続。尚且つ婚約を継続したいと少女が少年に言う事になっている。


 先程空を小気味良い音をたてて飛んでいったのは少女の剣で、飛ばしたのは少年だ。当然勝負は少年の勝ち、すなわち婚約継続だ。

 その事実に少女は地団駄踏んでいた。



「さーて、ヘレン・ライラット侯爵令嬢どのは約束を覚えておりますでしょうかね?」

 相変わらずニヤニヤしながら少年はヘレンの前にたつ。


(くっ、この腹黒野郎)


 悔しいが約束は約束だ。

 ヘレンは目の前の幼さを残しつつも整った顔の少年を睨み付けながら、見事なカーテシーを行う。残念なのは普段ならドレス姿でおこなうが、このときばかりは動きやすく汚れを気にしない上下共に作業着のような格好であったためあまり様になっていないがヘレンはまったく気にしていなかった。

ただ、悔しそうに

「ルイス・エバンヌ王太子殿下、どうかこの私に殿下と婚約を継続サセテクダサイ」

と言えば、相変わらず暁色の瞳を細めニヤニヤとしながら目の前の少年、ルイス殿下はクックと喉をならした。

「ヘレン、最後は棒読みになっていたけど?」

「あら、そうかしら? 嫌なら別に婚約破棄してくださって結構ですわよ。私は貴方に興味ないもの」


 フンっと鼻をならし、ヘレンはポニーテールに結い上げた漆黒の髪を払う。

「と言うか、次こそは必ず貴方との婚約破棄の権利を勝ち取って見せるわ!」

 グッと赤色の瞳を燃えるように輝かせて拳を突き上げれば、先程まで楽しんでいたルイスはハハハと乾いた笑いになる。


「ねえ、ヘレン。婚約破棄は絶対しないけど、なんでそんなに僕と別れたがるの? 僕将来この国の王だよ? それに自分で言うとちょっと変だけど、容姿だって悪くないはずだよ? 魅力的じゃない?」


 コテンとその整った顔を傾け、暁色の瞳をルイスはヘレンに向ける。

「だって、どうせ将来私も貴方も結ばれる事はないのよ? 貴方には運命の愛を教えてくれる女性が現れるから、貴方は平気で私を捨てるのよ。それどころか貴方は私から地位も名誉も剥奪するのよ! 最低だわ!」

 そう言えば、ますます乾いた笑いをルイスは漏らす。


「そうならないかもしれないのに」

 ルイスが遠くを見ながら呟けば、キッとヘレンはルイスを睨む。

「そうなるのよ絶対! だってここは乙女ゲーム、恋のパズルの世界だもの。そして私はそのパズルゲームの中のラスボスにしてヒロインのライバルの悪役令嬢ヘレン・ライラット侯爵令嬢だもの!」

 仁王立ちしてどや顔でヘレンは自分はラスボスだと宣言する。そして、続けざまにそんな運命はまっぴらごめんだといい、再び婚約破棄を迫る。

 背丈が同じ位な2人で有る。だから迫られればルイスの顔の近くにヘレンの顔が並ぶためルイスはタジタジになりつつ、がっくりと肩を落としていた。


 ヘレンがここは乙女ゲーム『恋のパズル』の世界だと気付いたのは5才の時だった。

 5才の誕生日の日、この国では必ず魔力検定が行われる。


 ヘレンはその時自分が闇属性である事がわかると同時に、自分の前世の記憶を思い出したのだ。



 ヘレンの前世は16才の時雨うららと言う名前の女の子だった。

 うららはもともとパズルゲームが大好きで、アプリの恋するパズル、略して恋パズが出たときからダウンロードをして楽しんでいたプレイヤーだった。


 恋パズ世界は闇、光、炎、水、風、土の六属性で構成されている。

 ゲームでは魔法を発動させるときは属性で分けられた魔法玉を三つ以上あわせていた。そしてその魔法玉を何個あわせて、何連鎖できるかによって魔法の威力に差が出るのだ。ゲームとこの世界の違いは何個かあるが、その1つが魔法発動の動作だ。

 ここでは魔法の発動は魔法玉の中に魔力を注ぐ。そして、魔法玉に魔力がある程度たまると、たまった魔力に応じて魔方陣を錬成できるのだ。ちなみに魔法玉とは拳大の水晶玉のような魔道具だ。


 魔法玉は、10才になり魔法学院に入学できるもののみ持つことが許され、恋パズはその魔法学院が舞台になっている。

 主なストーリーはよくある王子か他の攻略者と、実は他国の姫であるヒロインが様々な困難を乗り越え結ばれると言うものだ。

 そして、その困難にヒロインのライバルであるヘレン・ライラット侯爵令嬢がおりなすいじめとラスボスヘレンとの決戦がある。


 ゲームキャラのヘレンは侯爵家令嬢であり、たぐいまれなる美貌の持ち主であったため、魔力の属性がわかる5才から王子の婚約者となった。しかし、いくら美人と言えど残念なことにきつめに見える容姿で、さらにワガママで高飛車なその性格から、もともと王子からは嫌われていた。故に心優しく、見るからにおっとりとしてかれんなヒロインにであってから王子はすぐに鞍替えをするのだ。そして最終的にヒロインに嫌がらせを繰り返し、挙げ句ラスボスとして立ちはだかったヘレンは断罪され学園追放および国外追放、魔力剥奪、身分剥奪、なんだったらキャラによっては只の奴隷と化してしまうのだ。

 因にゲームは何人かの攻略対象者がいる。そして攻略対象者は主人公であるヒロインがなに属性を強化していくかにより出てくるメンツが変わってくるのだ。

 ただ、どのルートに入っても無難攻略キャラとしてルイスは含まれているので必然的に婚約者であるヘレンは必ず悪役令嬢の座に収まってしまうのだ。そして無難の婚約者であるゆえに、ラスボスはヘレンとなる。

 一応他にもヒロインのライバルキャラはいるのだが、たいして目立たない。だから多分だが、必ずどのキャラルートでも出てくるヘレンがラスボスになったのだろう。




「こんな理不尽やってられっかぁぁぁ!」

 それが記憶を取り戻したときのヘレンの第一声だった。


 そもそも無難攻略キャラと婚約者であるからいけないのだ。

 無難な婚約者だからどのキャラに入っても悪役令嬢にされ、挙げ句ラスボスにされてしまうのだ。

 まして、ルイスルートでは嫌々婚約を続けられ、その鬱憤をはらすかのように最後はあっさりヒロインに鞍替えしてヘレンを断罪するのだ。酷い、酷すぎる。


「こんな理不尽運命なんて滅びてしまえばいいのよ!」

 最初から捨てられるとわかっている相手となんて婚約しなければいい。よくある転生ものの物語だってなんだかんだ言って悪役にならないように、婚約を回避したり性格を直したりしている。



 ヘレンだってそうすればいいだけだ。


 記憶を取り戻してからのヘレンは速攻で、王子と関わらないために早急に手をうつべきだと思い父のもとへ走った。


「お父様!私は王子とは婚約など死んでもしません」


 バン!と扉が壊れるのではないかという勢いで父の書斎に駆け込めばそこでヘレンは見てはいけないものを見てしまうのだ。



 見てはいけないもの。

 それは、ラスボス悪役令嬢となる運命をもたらすもの。


 その名もルイス・エバンヌ第一王子その人だった――。





「……ヘレン。わかったからそろそろ戻っておいでー」

 僕その話聞きあきたー。


 頬杖を付きながら、いつの間にかヘレンの側で地べたに腰を下ろしていたルイスは思いっきり欠伸をしていた。


「!!」

 その声でヘレンは一気に現実に戻る。


 勝負に負けた悔しさでどうやら記憶を取り戻してからの事や、この世界観を一人くちばしっていたようだ。


「しまった。現実逃避してたわ」

「うん。凄いしてたよ」


 ルイスの欠伸は止まらない。


 そんなルイスをみてヘレンは思わずさっさと婚約破棄しろよ腹黒王子と声に出さずひとりごちる。


「……ヘレン。僕は腹黒じゃないし、婚約破棄はしないってば」

「!?」

「心の声表情に出しすぎだよ」


(本当にコイツなんなのよ)

 ヘレンはルイスを睨み付ける。


 あの日、結果を言えばヘレンは運命の強制力に負けたのだ。


 父の書斎の扉を開ければ、そこにはこの腹黒王子がいて、既に婚約の手続きはすまされていた。

 その事実に愕然としてしまったヘレンは、それでも何とかその手続きを無効にすべくおそれ多くも目の前の腹黒王子に婚約したくないとすがったのだ。


「んー。すがられたねぇ」

 あの時は大変だった。


 ルイスがヘレンの回想に相づちをうつ。

「……ちょっと、勝手に人の回想に入って来ないで下さい」

「だって、僕がここで入らなきゃヘレンはいつまでも回想にひたるでしょ?」

 僕つまんなーいと見た目だけは確かに王子っぽいルイスはおもむろに立ち上がるとお尻についた土を優雅に払いのけた。

(仕草まで王子かよ)

 ヘレンはルイスの行動に毒づく。


「それに、その回想だと僕王子なのに無難攻略キャラにされてて面白くないし。なに、無難って」

 僕、王子ダヨとこちらに胡散臭い笑顔をむけてくる。


(そんなの知らないわよ。文句は運営に言え)

 思わず小さくため息をついてしまったヘレンを尻目にルイスは目を細める。


「まぁ、兎に角。僕はこんなに面白い君を手放しはしないし、そもそも君がヒロインに意地悪しなきゃいいんじゃない?」

 そうすれば君は僕の婚約者でいられるし、僕も君を断罪しなくていいじゃないかとルイスはニヤリと口角をあげる。

 相変わらずの胡散臭い王子スマイルはヘレンにむけられたままだ。


「いやよ!貴方がヒロインに選ばれなくても貴方の婚約者で有る限り私はラスボス悪役令嬢のままじゃない。兎に角早く破棄して下さい婚約を!」

 わかれーろー!!


 身分差も忘れルイスに涙目ですがるヘレンを見下ろし、ルイスは盛大なため息をついてから天を見上げた。

ここまでお読みくださりありがとうございます。


ブクマありがとうございます。

やる気でます!

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