12話
リリィの教育のため、そして薬草園の確認のためにアルデルデ家へと訪れた。この家には従兄弟たちがいることもあり、小さな弟分を構いたがるのでライルと一緒に遊んでもらう。リリィは家庭教師と勉強し、それが終わったら子供たちの遊びに合流。そして子供たちの監督はエクトルに任せているため、私は薬草の管理に集中できるのだ。
(これは順調そう……こっちは少し元気がない? 日当たりが良すぎるのかも。もっと奥の陰のところに移動させて……)
他の国から入手した貴重な薬草を枯らしてはならない。弱めの回復魔法をこっそり使い、不自然でない程度に回復させつつ、環境を変えて色々試している。
そんな作業を一段落終えたところで、義母であるイリーナから休憩へと誘われた。
「シルルさん、お茶にしましょう?」
「はい、お義母さま」
イリーナはエクトルの母であり、既に四人の孫を持つ祖母であるというのに、まだ少女のような愛らしさを持つ美しい女性だ。対面で席に着くと自分と同じ年頃にしか見えないのが非常に不思議である。この人は年を取らないのだろうか。
「いまリリィとライルの姉弟コーディネートの案をたくさん考えているから、仕上がりを楽しみにしていてちょうだい」
「……はい。着せられる数でしたらよろこんで」
一年間毎日違う服を着られるような量で作られると大変心苦しい。そして服だけで場所を圧迫する。騎士爵位は貴族の中で最も位が低いのだが、アルデルデ家は裕福だ。イリーナがデザイナーとして才能を振るって流行を作り出すため、資金には困らないらしい。最近始めた薬草、薬学方面での事業も順調だと聞くので、なおさらだろう。
「ふふ。エクトルも相変わらず幸せそうな顔をしていて、貴女たちの仲の良さが伝わってきたわ」
「……お義母さまとお義父さまも、いつもとても夫婦仲が良いと感じます」
イリーナの頭上には常に恋の色がある。これは夫であるブランドンも同じだ。いつまでも愛し合う仲の良い夫婦であることがそれだけで伝わってくる。
私とエクトルも恐らく、こういう夫婦としてやっていけるのではないだろうか。エクトルの頭上の恋の色はいつも天井より長いし、リリィによれば私もそのような状態であるらしい。……エクトルはあれだけ可愛い人なので、私がそれほど彼を好きなのは仕方がないと思う。
「ブランドンはね、とても素敵なのよ。出会った時からわたくしを守ってくれて……ふふ、ずっと変わらないわ」
「……そういえば、お二方のなれそめを聞いたことはありませんでしたね」
「あら、そうだったかしら。興味があるなら聞いてちょうだい」
「はい、是非」
カップを手に、優雅な微笑みを浮かべたイリーナは過去に想いを馳せるように視線を彼方へと向けた。そうして語られた彼女の少女時代は、昔のエクトルに似た苦しみと、女性貴族であるがゆえにそれ以上に危険で、心休まらない日々であったことが伺える。
つまり――傾国と称されるほど美しい令嬢であったイリーナは、ありとあらゆる手段で既成事実を作って娶りたい数多の貴族に狙われていて、緊張と不安の中で過ごしてきたのだ。
「ある夜会で、ウェルカムドリンクのグラスに睡眠薬を塗られていたのよ。わたくしは何も口にしないようにしていたから、礼儀でグラスに唇をあてただけ。それだけで効くような薬だったの」
「……ああ、なるほど。たしかにそういう薬はあります」
本来なら医療用で使われるもので、患者に痛みを与えないために使う。ほんの少量で意識が混濁し気絶するので、扱いには注意が必要だ。
飲まずとも揮発したその薬の成分を吸ってしまったのかもしれない。イリーナは危険を感じて、その場から逃げ出したという。
「倒れて部屋に連れこまれるより先にどこかに隠れなくてはと、会場から逃げたところでブランドンに出会ってね。薬でふらついていたし抵抗もできず空き部屋に押し込まれて、もうだめだと思ったのだけど……そのまま、部屋の外で誰も入ってこないように扉を守ってくれたのよ」
イリーナを追ってきた誰かが部屋に入れろと騒ぐ声が扉越しに聞こえてきても、ブランドンは毅然としてそれを断った。貴族の女性が一人で休憩している部屋に異性を入れるわけにはいかない、と。
そうして薬の効果が切れるまで守ってくれたブランドンに、イリーナは丁寧に礼を述べたのだと言う。
「そうしたらあの人『騎士として人を守るのは当然ですから』って言ったのよ。それが嬉しくて……」
「嬉しい、ですか」
「ええ、嬉しかったわ」
誰かに助けられることはそれなりにあった。しかしその相手がイリーナを助ける理由は「女性だから」「美しいから」で、そのあとに親しくなろう、これを機に関係を深めようという下心を出してきたという。しかしブランドンは名乗ることもなく去ってしまったため、イリーナの方が何処の誰だったのかと彼を探すことになったらしい。
(……エクトルさんも似たようなところがあったな)
まだ彼の右手が治療中だった頃、俺のために命をかけてくれるのかと尋ねたエクトルに、店のためだと答えたことがあった。それに彼が喜んでいたのは、イリーナの心境に近いだろう。この母子は苦労がよく似ている。
「私にとっては、ブランドンが初めて私を『美しい女性』ではなく、ただの人として守ってくれた相手で、特別な人。……こういう恩も、そこから生まれた愛情も、一生引きずるものなのよ、シルルさん」
微笑むイリーナはおそらく、言外に息子のことを告げている。母親として息子の事がよくわかっているに違いない。
「そういう愛情の深さは相手にもよく伝わるものですし、可愛いものですから大丈夫ですよ、お義母さま」
「まあ……」
私も、そしておそらくブランドンも。愛と執着が深い伴侶を愛おしく思っているのだ。義父であるブランドンとは、女性同士の茶会をするイリーナに比べるとあまり話す機会がないけれど、何となく通じるところがある気がしている。
「ふふ、貴女とお話するのは楽しいわ。またお茶を飲みながらお話に付き合ってくださる?」
「ええ、よろこんで」
貴族女性と茶会など勘弁してほしいと思っていた頃もあったが、イリーナとの茶会には随分と慣れてきた。交流を重ね、彼女もエクトルと似て可愛いところがある人だという認識に変わったのが大きいのかもしれない。
「シルルさんを私ばかりが独占すると、エクトルに妬かれてしまうからそろそろお開きにしましょう」
「……そうですね」
『俺もシルルさんとお茶がしたかった』としょんぼりする姿が容易に想像できたため、私は苦笑しながらできるだけ早く薬草管理の仕事を終らせることを決意した。
イリーナとのお茶会が見たい、というリクエストを頂いていたので書いてみました。
本日はコミカライズ更新日です、是非よろしくお願いします。
そして新連載を始めました。
他人の本音が見えてしまう令嬢と、呪いで嘘しかつけない王子の話。下にリンクを貼ってあります
お暇がありましたらいかがでしょうか。




