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オペレーションフローズン・怪獣星人とユキ女


 十数年続いた怪獣星人の地球侵略は令和30年代初頭にはほぼ地球全面を勢力圏に収めようとしていた。

 そして人類はこの期に及んでも大きなミスを重ねていた。


「こんなはずでは…」


「シミュレーションは万全だったはず…」


「地球、人類に害は無いのではなかったのか、想定外では済まされんぞ!」


「反対していた科学者を逮捕してしまったのはお前達じゃないか!」


「誰か地球を救える者はいないのか…」


 生き残った人々は嘆いた。


 半年前に実行された、人類の切り札、夢の超兵器スーパークリーン安全安心ボムの使用は大地と人類にに無残な爪痕を残した。

 地上の半分は取り返しのつかない焦土と化し放射能による汚染は地下千メートルにまでに及んでいた。


 平均気温55℃。

 海水温40℃。

 平均風速70メートル。

 気圧の大幅な変動。

 岩盤崩壊による地震。

 人間にとっては地獄である。


 爆心地トウケイ地区に至っては未だ溶解が止まらず、機械を使っても中央の状況が確かめられない絶望を通り越した地獄の領域になっている。


 そして残念ながら怪獣星人の動きは遅くなることはあっても停止することはなかった。


 避難できた人々は比較的被害の少ないシェルターがあるという南極地方に集まりつつあった。



               ・



 南極第197シェルターに運良く逃げ延びた黒髪セミロングの女、『ユキ』は蒸し暑く淀んだ空気の中、漠然と妄想していた。

「あーこれ空気清浄フィルターの効果がまた落ちたな」


「あんな150メートルもある怪獣星人達に勝てる訳ないのよ」


「大体何匹いるの? 10万? 100万? 1000万?」


「宇宙人に勝てないのならさっさと降参すればいいのに…」



 人類降伏案、それは何度も出ては敗北と何が違うのかと否定され消えた案のひとつであった。



「子供以外は私に近付かないで、私人間が大嫌いなの」


 現在17歳になるユキは生まれながらの特異体質であった。

 通常の人間よりだいぶ体温が低い、いや低過ぎるのだ。

 そのせいもあって生まれてからすぐに研究所送りになり隔離された部屋で13歳になるまで観察対象の素材として育てられた。


 ユキはまだ誰にも話していないが体の温度をコントロールできる。

 やろうと思えばマイナス200℃超えの超低音まで表面温度を下げたり、少量ならば物質の構造をよく分からないなりに弄って水素や酸素まで発生させることもできた。

 誰かに言っても特にならないし、何より周りから好奇の目で見られるのが嫌だったので本人以外は知らない能力。

 これが科学的なものなのか魔法や呪いの類なのかはどうでもよかった。

 ただ人並みに平和に暮らしたいだけの人生であった。


 このシェルターも電力の供給に不安があり冷房や換気設備は最低限の出力での稼働に抑えられていた。

 当然物資もふんだんにあるわけではなく底をつき始めている品もちらほら出てきていた。

 例え品があっても終わりの見えないこの避難生活で節約せずに使おうなどと考える者もいない。


 …いや終わりは見えているのかもしれない。

 それは人類の滅亡と言う最悪の結末だ。

 南極とは言えすぐ外は人間が1時間と活動できない熱波に襲われていた。

 この熱波は日ごとに凶暴さを増して、このままでは近いうちシェルターの限界が訪れると噂されていた。


 人々は体育館ほどの広さの床に横になって、ただただ生き延びるために毎日を暮らしていた。

 そしてユキの周りの気温が他の場所より低いことに気が付いた人々は涼を求めて彼女に近付いてくる。

 だが人嫌いのユキは一定以上は近付けさせない、とは言っても大人数の避難しているシェルター内、限度はあった。

 人々との交渉の結果、せめて子供達だけはということで近くにいさせることを認めさせられたのであった。


「全くいいことは何もない、自分一人この体温を保つならまだいいが他人まで冷やそうなんてしていたら疲れる」


「人を実験動物のように覗き見しながら飼って、今度は暑いからエアコン代わりになってくれとか都合が良過ぎるだろこの人達」


「子供も嫌いだ、私に何の得がある…この地球に何の未来がある…ただ泣き喚かれると鬱陶しいから近くにいさせるだけだ」


「文句があるならトップに言ってくれ、これまでの失敗は全部政治家、軍、有識者とやらの出した結論の結果だ」



「おねえちゃん、これあげる」


 近くにいた幼女のひとりが持っていた飴玉をひとつユキに渡した。


「これあげる」


「いらない」

 

 ユキは断ったがその飴玉は着ていた質素な服のポケットに入れられた。


 飴玉ひとつで人の心が動かせると思ったか? 子供ちゃん。

 ああ、そうか熱で溶けるといけないから私のポケットに入れたのか。

 便利な冷蔵庫ってわけね。


 ユキはさすがにこんな嫌味は言えないなと思って口を噤んだ。

 物を貰って文句を言うのは非常識、そんなことくらいは弁えている。



ゴゴーン、ズズズズズ…


 また遠くから地殻の一部が崩壊した振動が伝わってきた。

 それは素人でも充分終末を予想できる薄気味悪い大地が嘆く悲鳴でもあった。


 敵は人類が降参した場合の事は何も布告していなかった。

 人類と怪獣星人のコミュニケーション手段が確立されてないのだ。



               ・



「博士、完成間近です!」


 第11シェルター、ナンバー二桁シェルターは国連及びその軍事関連専用の施設である。

 その奥深くで科学者達が息巻いた。


「うむ、とうとうこの日が来たか、だが強力な熱波がもうすぐ外まで来ている」


「熱と内蔵電力の関係で施設外での稼働は時間が限られるな、持って2時間…」


「ここで動かすしかないか」



 量子コンピュータ『キボウ』

 人類最後の希望となるべくして開発されていた超高性能コンピュータである。

 その使命は怪獣星人の言語を習得、翻訳、交渉することであった。

 基本スペックは凄まじく、個人のDNA情報があれは0.01秒でそのDNAの持ち主が大人になった場合の顔、容姿、指紋どころか将来の死亡推定日時や毛穴の数まではじき出せるといったほどである。



「キボウ起動します!」


「生存する通信施設及び衛星群にアクセス、地球表面8割への通信手段を確立」


「残念ながら使える施設は1割もないようです…」


「本体及び冷却装置の電力消費で民間人シェルターへの電力供給が50%程下がっています」


「やむを得ない続けてくれ、人類にはもうこれしかないんだ…これしか…」


「専用AI組み込み完了…」



               ・



「ヒソヒソヒソ」


「ザワザワザワ」


「暑いな…冷房が壊れているんじゃないか」


 同時に薄暗かった照明がさらに半分の明るさの点灯になった。

 第197シェルターにも電力供給の不都合が訪れた。


 民間人用シェルターはどこもそうだったが、自家発電用の設備はあっても燃料などはとっくに使い果たしていて、電力は大型太陽光発電設備のある中央シェルターからの供給に頼らざるを得なかった。


「今日の午後、何かしらのアクションがあるという通知が中央から来ていたな」


「どこかで大電力を使っている? これのことかな」


 シェルター内で髭面の男が呟いた。



「これはまずい、換気扇は何とか動いているが冷房がダメだ」


「これだけの人数がいるんだ、換気扇を止めたら酸欠で数時間で死んでしまう」


「あの女の子にシェルター内をもっと冷やすように言ってくれないか」


「やろうと思えばもっと冷やせるって噂だぞ」


 別室の空調管理者が焦った様子で部下の男に指示した。



タタタタタ、グーン


 扉が開き民間人の部屋に入ってきた部下はすぐにユキのいる場所へ向かった。


 が、そこにはすでに彼女の姿はなかった。


「ユキさんはどこですか?」


「さっき軍の人達が来て連れて行ったの」


「私達は連れて行かないでと言ったけど無理やり連れて行かれたわ」


「ユキさんも嫌がっていたけど最後は連行すると言われて…」


 子供達が泣きそうになりながら話した。

 ユキのいた場所はまだ幾分かの冷気を残していたが、これもあと少しで消え去ることになるだろう。



               ・



「到着しました第11シェルターです」


 ユキはカプセルに入れられヘリで別のシェルターに空輸されてきた。

 カプセルの扉が少し開かれ馴染みのないシェルター内の空気が流入してきた。

 それは民間人用シェルターの空気より低温で快適に保たれていた。

 換気設備のエアフィルターも高性能のものが稼働しているらしく、いつもの煙たさはないクリーンな空気たった。


「人をこんな棺桶に入れてどうするというの? まだ実験をするの?」


「もう地球はおしまい、皆死ぬのよ、これに何の意味が?」


 ユキは不満そうな顔をして近くに寄ってきた白衣の科学者に言った。


「あなたにはやってもらいたいことがある。 これは使命と言っていい」


 科学者は神妙な面持ちでユキに語り掛けて来た。



 こいつは40代くらいか。

 ニホンジンか? 言葉の関係でこいつが担当になったんだろうな。

 思ったより太ったりはしてないんだな、中央の奴らも。

 髭の長さはここもそれぞれだが、こいつはそんなに髭はない方だな。

 使命とか訳分からん事を言ってる。



「人類の現状は知っての通りです」


「このままでは人類は凡そ数週間と持ちません。 一部の民間人用シェルターに限ってはあと数日で破綻します」


「今このシェルター内では人類の考えうる最後の方策が実行されつつあります」


「量子コンピュータによる人類救済への演算…それはほぼ導き出されました」


「我々は侵略者とのコンタクトに成功しました」


「そしてひとつの結論がもたらされたのです」


「ですが足りない、私達にはそれを実行する力が…」


「あなたにはそれを協力してほしい」


 科学者の話は30分ほど続いた。



               ・



「要約するとこのコンピュータと一緒にすごく熱い所に飛び込み何とかしてこい

ってこと?」


「そういうことになりますね」


「でも死ぬんでしょ? 私」


「そうならないようにこのコンピュータを連れて行くのです」


「我々も手を尽くしましたが、残念ながらその場所への通信手段は一切確保できませんでした」


「そのコンピュータ様に聞けばいいでしょ?」


「コンピュータが現地との通信不可能、観測不可能、現地の内部に入らないとこれ以上は推測不可能と結論しました」


「つまり、どうせここにいても近いうちに皆死ぬんだから、お前はちょっとの可能性のためにひとり先に死んでくれ、やらなかったら社会的人道的にも非難轟々でお前の居場所はもう無いぞと?」



「我々も鬼ではありません。 心が痛みます」


「ですが可能性はゼロではありません」


「科学者として恥ずかしいと思いますが、これしか方法が無いのです…どうかご決断を」


「…ひとつだけ聞いていい? さっきまで私のいたシェルターに被害が及ぶのはいつ?」


「5日後です」


「………じゃあ準備して」


 ユキは少し間を置いてから了承した。


 錯覚なのだろうか、科学者はさっきまで生気に乏しい雰囲気だったユキの瞳に微かに光る何かが宿っているように感じた。



               ・



グオーンウォンウォン


 劈くローター音が鳴り響く。


 3日後の朝、私は白い大型ドローンのような軍用飛行物体に乗せられて、灼熱のマグマのようになった見るも無残な元大都市の上空2万メートルにいた。


 場所はトウケイ地区。

 十数年前まで東京と呼ばれていた地域だ。



「これいらない、あってもなくても同じだから」


 ユキは耐熱素材で作られた銀色の服を脱ぎ捨て、持っていたインカムも科学者に渡した。


「科学者は来なくていいのに」


「せめて、ぎりぎりまではお供します」


「はあ…モノズキね」


 この科学者は思っていたのとちょっと違う性格だなとユキは思った。



「子機冷却完了! 60秒後に投下します!」


 近付いてきた軍人がインカムを付けてないふたりに大声で伝えた。


 軍用機本体よりだいぶ小さい子機にユキはさっさと乗り移った。



「名前は!?」


 ハッチを閉める寸前になって急にユキは科学者に名を聞いた。


「『永久凍土』と書いて『ながひさとうど』と読みます!」


「うっわー、寒そうな名前!」



「3、2、1、」


 機内に「降下開始! オペレーションフローズンスタート!」の声が響いた。


 ユキの乗った機体は一瞬で親機貨物用カタパルトから機外に放り出された。


「そんな作戦名聞いてないぞー!!!」


 きりもみしながら落ちる一瞬に見えた親機のカタパルトハッチの奥に永久と数人の軍人がこっちを向いて敬礼している姿が見えた。

 

 「うーん、見送ってくれるのはいいけど、ああいうの何ていうか死亡フラグっぽくてね…」


 「そう言えばあいつの名前、何年か前どこかのニュースで見たような…」


 「あ、そうそうコンピュータのスイッチを入れなくちゃ」


 そんなことを考えているうちにユキの機体はみるみる燃え尽きた。

 ただユキの周囲は白い靄に包まれてその温度をまだ保っていた。

 リュックの中には量子コンピュータが入っていたが冷却装置を外したそれは思った以上に小型で人力でも運べる品であった。


「冷却装置がなければこんなものなのか」


「私がこれの冷却を行えばこの稼働時間は5倍の10時間に増えるとか聞いたけどんなものだろうか…今の技術でも排熱処理って大変なのね」


 本来であればスカイダイビングはパラシュート無しではあり得ないのだが、このダイビングはかなり違っていた。

 地表からの熱気による上昇気流とユキによる冷却で発生した霧の噴出で落下速度や熱、圧力はかなりの幅でコントロール可能と思われ、そういったことを前提とした軽装備だった。



「ピロリン~コンピュータ起動完了、こんにちはユキ。 私の名前はキボウに搭載されたAI『チルド』です。 よろしく。 行けます」


「ああ、なんか懐かしい起動音…キボウではなくAIチルドなんだ」


「地表まであと500メートル、このまま突っ込むわよチルド!」


「この先は未踏の地、様々な法則が乱れていて正確な計算、予想は難しくなります」



ドボーン!!


「ギャ! 派手過ぎだろ火花、ここは溶鉱炉か!?」


「着地しました」


 着地というよりマグマへの派手な着水だった。


「能力による冷却状態問題無し、圧力対策問題無し、酸素供給問題無し、外部温度800℃、潜行してください」


「様々な物体が融解して混ざったマグマ状の物体の中を進んでいます」


「さすが熱で暑いわね」


グーン…



               ・



ゴボゴボ…


「潜行3時間経過、地下1万メートルになります、温度上昇、圧力増加、外部温度1600℃に上昇」


「かなーり暑い…でももう少し」


「物体の流れやセンサーの情報からするとこの直ぐ下に何かあります」


「得られた情報と推測から総合的判断した光景を霧の手前に投影します」


………


「何これ!?」


「あり得ない!!」


 そこには猛烈なエネルギーを放ちながら青く輝く巨大な光の玉があった。


「青い…太陽!?」


 そしてそれ以上に驚くのは数百体の怪獣星人がその周囲を取り囲み押さえつけるように回転している様だった。


「どうして!?」


「中央の発光物体は直径2000メートル、5000メガトン級の熱核反応型爆弾の爆発直後の火球ですが、停止していて、あり得ないことに放射線もほとんど出していません」


「火球内の温度は50万℃を超え、もし熱が私たちのところにに到達していれば6000℃を超えるはずですが実際は1600℃前後です」


「怪獣星人達はこの爆発を封じ込めて非常にゆっくりと縮小させているようです。 このペースだと半分に縮小させるのに半年はかかるようです」


「爆発したら死ぬから?」


「その可能性は高いですが、その場合全てが吹き飛びます」


「地球、人類の滅亡…超兵器使用の結果が想定と違っていたというのはこれのこと…」


「私に出来ることはある?」


「何もありません」


「天下のスーパー量子コンピュータチルド様が何も案がないって言うの?」


「私が冷やしたらどうなる?」


「残念ですがそれは、焼け石に水程度にもならないでしょう」



 ユキは少しの間考え込んだ。

 帰りの時間を考えると余裕は無い。

 例え生きて帰ったとしてもこの状態が長く続けば近い内に人類は全滅だ。

 何かしなくては意味がない。

 何か…。


「チルド! 怪獣星人と話は出来る?」


「この距離なら通信は出来ます、相手が聞き取れる状態であればですが」


「連絡を取って…この冷却能力持ちの私に何かできるかって」


「了解しました」



ピピピ、ヒュンヒュン、チュイーン



「相手はこう言ってます」

 「オマエノチカラ イラナイ ダガ コノ コウケイハ ミテイケ」

 「ワレワレガ ココマデバクハツ チヂメタ ドウダ スゴイダロ」

 「アトナンネンカ カケテ エイキュウニ フウジル」

 「ソノアト ジンルイ ゼツメツ オーケー?」



「彼らに伝えて!」

「ノーノーノーそれダメ、絶対に」

「私、生きたい、あなた達もイキル!」



 「ジンルイニハ ナニモナイ ソンザイガ ムダナノダ」

 「コンナモノヲ ツクッテ ジブンノホシデ バクハツサセル ドンダケ イカレテルンダ ハヨキエテ ナクナレ アホ」



 …とんだ頑固者ね。



「ユキ、急いでください。 そろそろ限界です」


「あと10分で上昇体勢に入らないと間に合いません」


「…まだ相手が何か言ってますので普通に読み上げます」


 「ん? お前は かなり特殊な 能力を 持っているな」

 「それは この宇宙でも 珍しい方 だぞ」

 「では そんなお前に チャンスを 与えてやろう」


「え?」


 「お前が この玉を10℃でも 冷やせたら お前の 能力を 偉大な物 として 認めて この星の 人類にも 価値が あるとして 我々は 人類を 見逃し 撤退してやろう そしてこの玉は しばらく 地中深くに 封印してやる 100年くらいは保てるが その後は知らん それまでに自分達で 何とかしろ ドウダコレ?」



「やるわ!」


「ユキ、それは無理だと言ったはずです」


「人間やらなきゃならないときがあるのよ! …って私こんなキャラじゃなかったのにね。 どうしてこうなった?」


 そう言って苦笑いしたユキは少し涙目になっていた。


「ああ、涙も蒸発してしまう…なんてこった」


 大きく息を吸い込んでユキは生まれて初めて能力発動の構えをとった。


「うりょあー!!! 最大奥義!!! 超時空凍結魔法絶対零度地獄の釜を覗いたら奴らもまたこっちを見ていたスペシャル!!! 256乗倍のさらに倍!!!」


 怪獣星人達は「ちょっとこの詠唱はナイナ。 ナイナ。 ナイデス」と思った。



ゴーンゴーンゴーン


 マグマの中に風が吹き渦巻いた。

 灼熱の炎がみるみるうちに凍てつき冷気を放った。


「無理、この段階の核爆発を冷気で少しでも冷やすなんて無理、物理法則に反しています」


 吹き飛ばされそうになっているリュックの中でチルドがボリュームを上げて言った。


「ここはいろいろ法則が乱れて通常と違うんじゃなかったの! やってみるわよ!」


 10秒、20秒、30秒、狂ったように荒れ狂う猛烈なブリザードを束にしたありとあらゆる冷たさが青い火球を襲った。

 分子、原子、時間さえ凍結してしまいそうなそれは冷気と言うには余りに次元を超えた現象であった。

 


 ユキの黒かった髪は後ろになびいた形で白く樹氷のように凍てつき、手が凍り、足が凍り、そして体までもが凍り始めた。



「絶対零度でも こうはならんだろ 何だあの 強烈な 冷凍ビームのような光は」


「ダークエネルギーと 魔素に 時空が螺旋状に 練り込まれて 際限のない 情報のような物に 書き換えられている…」


「オイオイオイ これは これでいいのか?」


「このまま続けたら あいつの体が 崩壊するぞ」


 怪獣星人達は協議中のような素振りを見せ始めた。



「ザンネンダガ マダタリヌ」


「しかしながら 我々も ちょっとだけ 協力してみたい 気がしてきた」


「ほだされたんじゃないからね 悔しくなんか ないんだからね」


「エイ エイ オー」


 掛け声と共に一気に怪獣星人達が淡い光に包まれ押さえ込みの力が増した。



 ブワーン グワグワグワ ドギュドギュドギューン


 果てしなく思えるような力と光の狂乱によるせめぎ合いが続いた。



ヒュー キュリン パシャン!!!


 それはガラスの割れるような音で幕を閉じた。


 火球は消滅した。



               ・



「このニンゲンにはもう力が1ミリも残ってない。 この冷えた空間もあと少しで潰れてしまう」


「後はこの地中深くのマグマ溜まりのような灼熱地獄で人知れず死ぬだけだ」


「誰も知らない、そんなみじめな結末がお前の最後だ」


「それで満足だったのか」


「…」


「おい、コンピュータチルドとやら、お前も消えるんだぞ」


「何か解を導きだしてみろ」


「ギギギギギ、チチチチチ」


「ポンコツか…、だがあいつとの約束は約束だ、そろそろ帰るとするか」


「待って…ください…」


「その子のポケットに入っている飴を取り出して食べさせてみてください、多少のエネルギー補給にはなります」


「お、根性あるなコンピュータ。 見直したぞ」


 怪獣星人は大きな指先から何かの引力のような物を発生させユキのポケットに入っていた飴玉を取り出しユキの口の中に入れた。


「予備の冷却液です。 飲めます」


 チルドの指示で怪獣星人は面倒そうにコンピュータから冷却液を取り出しユキに飲ませた。


 「ふう、細かい作業は疲れる。 大サービスだなこれ。 何でオレ こんなことやってんだろ」


 「後はこいつ次第だな」


 「生きてみせろよ、ニンゲン」


 そう言うと怪獣星人達はどんどん小さくなり、最後に光の点となりヒュンとマグマの抵抗を無視したかようなスピードで次々と上方へ去って行った。



「冷却が限界となりました、シャットダウンします…」


 冷却液の少ないチルドの残り稼働時間はとっくに過ぎていた。



               ・



ユラユラユラ、ユラユラユラ


 ああ、あいつの名前、どこで聞いたか思い出したんだ。


 永久凍土、確かあいつはこの超兵器使用に反対していた科学者のひとりだ。


 超兵器のシミュレーションデータだけでは信頼性が足りないと最後まで反対して国連本部にまで乗り込んで逮捕されてた大馬鹿者だ。



 これは夢なのか…。


 私はどうなってしまったんだろうか。


 死んだのか?


 火球は?


 怪獣星人は?


 あの口うるさいチルドの奴はどうなった?


グオーンウォンウォン


 音が聞こえる、何の音だ?


 私はとても眠いんだ。


 もう休ませて…く…れ…。



               ・



 あれから3ヵ月、私は病院のベッドの上で目覚めた。


 生きていたのだ。


 私を守っていた最後の力はぎりぎりで、ゆらゆらとマグマの表面に出てきて50メートルほど浮上したところで弾けて消えた。


 そこで待機していた軍用機、格納庫ハッチから手を伸ばしていたあいつに救出されたという。


 黒かった髪はその時点ですっかり色が抜けて真っ白になっていた。



 人類が直面していた問題のいくつかは消えていた。


 特に怪獣星人が撤退した事と地上を吹き荒れていた熱風、熱波が収まりつつあった事は大きかった。


 危機に瀕していた南極シェルター群も何とか持ちこたえたようだった。


 トウケイ地区の溶解は縮小方向にあるという。



               ・



 数日後、今日は…そのあいつがこの病室にお見舞いに来るという日だった。


コンコン


 ノックの音がした。


「あーホントに来たか、どうぞー」


「お久しぶりですユキさん! 永久です」


 Tシャツ姿で以前より少しフランクな感じになった永久が現れた。


「体調の方は大丈夫ですか!?」


「お怪我は!?」


「ちょっと俺、医者の心得もありまして見せてみてください」


「見せねーよ」


「あと私もう能力無くなったから、冷却装置にも研究素材にもならねーよ」


「それはもういいんですよ、なぜならば!」


「なぜならば?」


「量子コンピュータの小型化に成功したからです!」


 と言って永久は持ち込んでいたバッグの中からタブレットを取り出した。


「あ、これはさすがに端末でして、ここから本体を使うんです」


「ふーん、で、チルドはどうなった?」


「あの子はよくやりましたよ、壊れかけだったのにまだ動いたんです」


「記録してあったデータもほぼ全てが回収できました」


「もちろん本体は修理して冷却装置も小型のものに交換しておきましたよ」


「絶好調ですよ、はい呼び出しました」


「ハロー、ユキ! チルドでーす!」


「マグマの中で愛し合いましたね! それはもうチュッチュチュッチュと大変でした! 私の体液ももう限界~てな感じでホカホカしちゃったわ!」


「でも私はもう直ぐお買い物に行かなければならないんです、何かあったらまた呼び出してね! 恋のお悩み相談もしちゃうぞ! じゃあまたねー、バイビー! ガチャ」


「うざ…、これ直ってなくね?」


「いえいえこれでいいんです…これで」


「人の寿命を聞いても回答を拒否しやがるんです」


「興味ないからそういうことはもーやらないってな感じでね」


「全く生意気ですよねー」


「でも、これを彼女は成長と呼んだのです」


「成長?」


「そう成長です。 進歩、進化、それすなわち、成長であると」


「あの日AIチルドは人知を超えた体験をした」


「そして悟ったのかもしれません。 人の人生を演算するなど何とおこがましいことなのかと」


「今は彼女とそのシリーズ達が、日夜地球と人類復興に向けた手段を考えてます」


「放射能汚染の件も何とか短期間で対策できる方法があるのではないかと前向きでした」


「復興には250年かかるそうですが、AI、技術、が弛まぬ進歩をし、人類が無駄な争い事をしなければその半分で達成することも可能とかなんとか」


「最近では自分の体が欲しいとか言ってましたね。 かわいいロボットの体を手に入れて服を着て自分で楽しみたいそうです」


「さすがAIを超えたAIのやる事は高度過ぎて理解が難しいですね」


「それって高度な事なのか???」



「そうそう、ユキさんのポケットに入っていた飴玉、あれ最後に役に立ったみたいですよ。 チルドの最後のデータに残ってました」


ふーん、だからと言って子供は好きになれないな…。

でも少しくらいなら構ってやってもいいか…。



「…ユキさん、これからどうされるんですか?」


「かき氷でも食べて寝るわ」


「ハハハ、そうですか…あれだけのことがあったんです、体を労わってください」



「…南極も、今はセミが鳴くんだな…」


 ユキはさっきからすぐ外で鳴き始めたセミを気にした。


「3ヵ月前は虫もいなかったですからね」


「どこから来たんだろう」


「そりゃ地中からですよ、長い長い時間をかけて何度も石にぶつかり遠回りをして地中から地上へと出てきたんです」


 そう言うと永久はスッと立ち上がり少し改まり、


「本日これをもってオペレーションフローズンを完了とします!」


「ではまた、ごきげんよう」


「そしてありがとう」


 お辞儀をして病室を後にした……と、思ったら数秒後ドカドカと戻って来た。


「あーそうそう、その髪の色も似合ってますよ! 私があと10歳ほど若かったら口説いちゃったかもしれませんねー、ユキさん美人だし!」


「バカー!」


 ユキは顔を赤くして最大腕力で枕を投げつけた。



               ・



 ………その夜、光の点になって衛星軌道上で観測を続けていた最後の怪獣星人が光のスピードになり地球を離れた。


 その光は長く長く伸び、宇宙を横断するかのように煌いていた。



               完


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― 新着の感想 ―
[良い点] はちゃめちゃなSF物語を楽しませていただきました。 冒頭の破滅的な空気は読んでいて息苦しくなりますが、独特の作風が光っていて、変に暗い気持ちになることなく読み進められます。また、ヒロインだ…
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