君がいたから、戦えた。
「な……んだ、これは」
眼前に現れた副都心のパロディステージのような世界を前に、蒔田は思わず目をみはった。
「無印とここまで違うものなのか? 日本が舞台だなんて聞いてないぞ!!」
デドコンなんだからアメリカ風の街並みなんだろうと思っていた彼は、あぜんとしながら周囲を見回す。
ビル群から立ち上る黒煙。
痛々しく陥没し、あるいはせり上がった道路。
どうみても都庁にしか見えない、片方のタワーが折れ曲がった巨大建築物……。
──ゾンビの襲来によって都市機能を完全に喪失した副都心が、そこにあった。
デッドマンズ・コンフリクト3 - New Translation - の舞台である。
(ここまでくると、アメリカ映画のパロディみたいだったデドコン3とは完全に別のゲームだな……くそっ、マップなんか頭に入ってないぞ。
手当たり次第探すしかないのか……)
彼は思わず舌打ちし、絶望的な気持ちに沈みかける。
──だが、ここで諦めるわけにはいかなかった。
蒔田が膝を屈した瞬間に、笹野原夕の死亡が確定してしまう。そうならないためにも、絶対の絶対に、ワクチンを見つけ出さねばならなかった。
(……やっていくしかないな。
そうだ、やっていくしかない。セラが……夕が、俺に教えてくれたように)
と、蒔田は自分で自分に喝を入れるように頬を軽く叩いたかと思うと、目の前に現れたゾンビ数体を睨みつけた。
まだ序盤のステージだからだろうか、その数は少ない。
「──邪魔だ、退けっ!!」
蒔田は鋭声を張ったかと思うと、道端に落ちていたハンドガンを拾いあげた。
それを打つ……ような技術を蒔田は持っていないので、銃床で思い切りゾンビの側頭部を殴りつけて、昏倒させる。
(……さすがに効率が悪いな)
仕方ないのでハンドガンを投げ捨てて、同じく道に転がっていたコンクリート製の柱をバール代わりに振り回しながら先を急ぐ。腕力馬鹿の蒔田だから出来ることだろう。
(ワクチンか……ウイルス感染なんてハードなイベントが、序盤チュートリアル中に起きるとは考えにくい……。ワールドマップの中盤や終盤で手に入れるようなアイテムだという予測ぐらいはつく。
ということは、間違いなくこの辺りにはないな。少しでも先に進まなければ)
と、蒔田はすばやく今後の活動方針を決めたかと思うと、目の前に立ちふさがったゾンビ四体に向けて柱を横薙ぎに振り払い、全員を昏倒させる。鉄筋の入った柱が嫌な音を立てて曲がり、折れてしまったが、蒔田は怯まない。
沢山のゾンビを殺すことは、今回の目標ではなかった。
……ので、蒔田はすばやくゾンビたちの足を潰したかと思うと(歩いて追いかけてこられないようにするためだ)、今度は道に落ちていた釘バットを拾い上げて走り始める。
(喧嘩の経験なんて、社会人生活には一ミリも役に立たない死にスキルでしかないと思っていたが……人生なにが起きるか分からんな。
こんなに役に立つ日が来ようとは)
蒔田は走りながらも内心苦笑を深めるしか無い。
まさか荒れていた昔の自分に感謝したくなる時が来るとは思わなかったからだ。
──中学時代の蒔田は、札付きの不良だった。
荒れていた学校で自分の居場所を確保するためだったのだから、仕方ない。
暴力に慣れたのも、ゲームのクラッキングに手を染めたのも、その時だった。
(上納金という概念がある学校だったのである。居場所がほしいなら金を稼ぐか、親の財布から金を抜くしかなかった。蒔田は前者を選んだのである)
そして、そんな中学時代の経験は、大人になった蒔田の足を引っ張り続けた。
常識的な企業は身辺調査の時点で元不良なんてものは弾くし、あまつさえクラッキング関係の炎上経験まであるので、エンジニアの顔出し機会が多いベンチャー企業も彼を雇いたがらなかった。
──消したくなるような思い出が、永遠に自分の足枷になり続けるのだろうと思っていた。
未来なんかないと思っていた。
過去はどうやっても消せないのだから、何をやっても駄目だと思っていた。
あの時までは。セラに……笹野原夕に会うまでは。
「──だぁああぁっ!!」
と、叫びざまに蒔田は釘バットで暴化ゾンビの頭を叩き割った。
振り向きざまに、強大な心臓型の敵の左心房を一突きにした後……道の向こうから現れた敵を見て、目を細めた。
触手に乗っ取られた巨大な戦車が、ゆっくりとこちらに向かってきていたのである。
(なんだありゃ……この世界のゾンビ戦車か……?)
蒔田は細く長いため息を付きながら、折れた釘バットを構え直す。……形勢は不利だが、やるしかない。
──やっていくしかない、と、笹野原がかつて教えてくれた。
デドコン3の世界の中、生存を何度もあきらめかけていた蒔田に対して、笹野原は最後まで生きて帰る可能性を諦めなかった。
「やっていくしかない」といいながら、「これが正解なのか自信がない」と時に絶望的な表情を見せながらも……それでも彼女は、最後には必ず笑って、「一緒に帰ろう」と望んでくれた。
──「どうせ助からない」と最初に誰かに言われたように、辛く先の見えない逃避行が続いた。
しかし、一緒にゾンビゲーの世界を逃げ回る中で、まるで世界が彼女の執念に応えるかのように、奇跡的に道が開き続けた。
普段の蒔田は、奇跡など信じない。
しかし、そんな彼でも『彼女ならば』と信じたくなるような何かを、確かに笹野原は持っていた。
それが『核』という人種なのだと言われれば、そうなのかもしれない。逆に「気のせいだ」といわれても、蒔田は頷くしかない。
……しかしそれでも、彼女自身の明るさが、時に見せる執念が、どれだけ蒔田を勇気付けたことだろう。
いつのまにか、蒔田自身も絶対に生きて帰ることを旅の目標にしていた。
最初はただ、惰性でゾンビから逃げ回っていただけだったのに……。
「──戦えば戦うほど強い敵が湧いてくる……か。
……そう言えば、そんなシステムだったな。
悪いがお前たちと遊んでいる暇はない。 邪魔をするなら……」
と、蒔田が言いさした瞬間だった。
目の前で戦車になにかが着弾したかと思うと、戦車が木っ端微塵に爆発した。
何が起こったのかを理解できず、蒔田は目を見張るしかない。
「な……っ!?」
と、蒔田が背後を振り返ると、少し離れた場所に、グレネードランチャーを肩に構えた女性が立っていた。……彼女が強敵・ゾンビ戦車を倒したのだ。
(──セ、セラ!? いや違う……あれは誰だ!?)
女性は淡いグリーンのサンドレスを翻し、グレネードランチャーを捨てて足元にあったショットガンを持ち直した。
そうかと思うと、タッと蒔田がいる場所とは反対の方向に向かって走り始めてしまう。
だが、少しすると彼女は立ち止まり、じっと蒔田の様子を見ていた。
明らかに……蒔田の様子をうかがっている。
(あれは、セラの服……? 年恰好は違うように見えるが……追いかけよう!!)
と、蒔田は弾かれたように彼女の後を追いはじめた。なぜ追いかけようと思ったのか……蒔田自身にも説明できない。だが、追いかけねばならないと思った。強いて言えば、セラの……笹野原の行動の軌跡を感じたような気がしたのだ。
折れた釘バットを捨て、炎上していた車の横に転がっていたバールを拾い上げ、遅い来る敵を弾きとばしながらも彼女の後を追った。
セラと同じ服を着た女性は、ところどころで立ち止まって振り返りながらも、決して蒔田に近づくこともない。
一定の距離を保って走りつづけ、蒔田を誘導し続けている。
「待ってくれ! 君は、一体……!?」
という、蒔田の問いにも答える気配がなかった。
時折敵が彼女の行く手を塞いだが、驚くほど慣れた様子でショットガンを使いこなし、撃退している。
いつのまにか蒔田は窓の割れた大病院の中に誘導され、二階の病棟……ナースステーションの奥にまでたどり着いていた。
「ここは……?」
蒔田は立ち止まったまま動かなくなってしまった女性を不思議そうにみやったあと、周囲の様子を見回した。
……そして、点滴作成用の金属製テーブルの上に、妙に存在感のある箱が鎮座していることに気づく。
「これは……ワクチンか!」
見つからないかと思っていたものが見つかったのである。
蒔田はすぐにそれを拾い上げ、噛みしめるようにこういった。
「よかった……これであいつが助かる……!」
蒔田はすぐに、ワクチンをなくさないようにポケットの中にしまう。
女性はそんな蒔田の様子を見届けた後、音もなくその場を去ろうとした。
だが、それに気づいた蒔田が彼女を引き止める。
「……待ってくれ!! 君はなんなんだ!?
君はこのゲームの住民じゃないのか? NPCではないのか?
NPCだとしたら、ただのプログラムが、一体どうしてこんな挙動をする……?」
という蒔田の言葉に、女性は立ち止まり、静かに顔を上げた。
──いかにもNPCらしい、なんの感情も浮かんでいない顔だった。
困惑する蒔田の反応を気にすることもなく、その顔のまま、彼女は口を開く。
「……本来、道具は決して、道具としての領分を超えることはありません」
「し、しゃべっ……!?」
「道具は人に利用され、人に使い尽くされ、その使命を全うします。
道具も、魔術式も……プログラムとてそうでしょう。
しかし、そこに魂が宿っているようにしか見えなくなる瞬間というものも、確かに存在するのです。
たとえそれが、あなたたちにとっての錯覚やまがいものでしかないのだとしても、私達は確かにあなた達に応えている」
「……魂? 錯覚? 待ってくれ、君は一体、なんの話を」
「私のこの服を着ていた人間に、『楽しかった』と伝えて下さい。
……そして、貴方達が決して”真相”にたどり着く日が来ないことを祈っている、とも」
そういい終えたかと思うと、彼女はすばやく地面を蹴って、ナースステーションから出ていってしまう。
「──待ってくれ!」
と、蒔田はあわてて彼女を追いかけようとしたが、病棟には自分たちを追ってきていた強敵たちがあふれかえっていた。
追いかけるどころかその場を動くことも出来ず、蒔田は思わず苦い顔になる。
「ぐ……っ、敵か。いつの間にこんなに集まってきやがった……!」
手持ちの武器はバールだけだ。
いくらなんでもバール一本でここまでの数は……と、蒔田が観念しかけたところに、今度はナースステーションの奥からけたたましいマシンガンやグレネードランチャーの発砲音が鳴り響いた。
「うわあっ!?」
蒔田が思わず身を伏せ、背後を振り返ると、そこには居てはいけない者たちが居た。
「お前たちは……地獄の軍勢だと!?」
そのネーミングセンスはどうなんだと蒔田個人は思っているが、とにかく、セラが『地獄の軍勢』と名付けていたNPC集団がそこに居た。
ゴツくてイカした……少し見覚えのある白人男性たちだ。デドコン3でお世話になった方々である。
「……」
蒔田はほんの数秒、真顔のまま彼らの顔をみていたが、すぐにハッとした顔になってツッコミを入れる。
「え? ……いや……待て、待て待て待て!!
さっきの日本人っぽかった女のNPCはまだしも、お前たちは別ゲームの住民で、この世界に居ちゃいけない存在だろ!? なんでいきなり湧いてきたんだ!!」
「***異世界語***」
「……ああん!?」
「**********
***異世界語***
**********」
「は? なんだって!?」
「***異世界語***」
「……」
「**********
***異世界語***
**********」
「……た、頼むから日本語を……!
せめて英語をしゃべってくれえーーーー!!!!」
という、蒔田の腹の底から絞り出すような叫びをよそに、気の良さそうな白人男性(中年も若年も高齢者も居る)たちは、男気にあふれた笑顔を浮かべながら親指を立てて、病棟にひしめく敵たちに向かって銃を乱射しはじめてしまった。
舞い散る血しぶき……と、その他各種、浸出液。
吹き飛ぶ敵の手足と頭が暴力の祭典を盛り上げていく。
……とりあえず、この場は安心らしい。と、蒔田は脱力しつつも安堵に胸をなでおろすしかなかった。




