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即興小説あつめ

とつぜんのはなし

作者: 水無月龍那

「とつぜん」という話を知っているだろうか?

 知らないならそれで。なにせ小さな町に伝わる話。知らない人の方が多いに違いない。

 今日はその話をしようと思う。



 □ ■ □



 ある少女が住んでいた町には小さな山があった。元々城があったというそこは、公園として整備され、昼間は日がさんさんと降り注ぐ明るい広場だ。けれども、墓地が隣接しているからか山の上だからか。あるいはかつての城としての威厳の残滓なのか。訪れる人は少なかった。


 そこには、昔「とつぜん」と呼ばれた何かが住んでいる。

 そんな話だが、世紀末の大予言も通り過ぎた今となっては、民俗学や郷土史に僅かに影を残すだけの存在だった。


 日はよく当たり、周囲は住宅地。車通りの多い道も近いし見晴らしもいい。

 しかし、隔離されたかのように静かなその広場は、学校からの帰り道にある事も手伝って、彼女が一人になりたい時に立ち寄るには丁度良い場所だった。


 高校の受験を控えた夏の日のこと。

 授業を終えた少女はその公園に立ち寄った。

 水飲み場で少しだけ喉をうるおし、小さな藤棚の下に添え付けられたベンチに腰掛ける。

 夏の夕暮れ。蝉の声も弱くなってくる時間帯。

 セーラー服の少女は一人、そこで勉強の疲れを癒やすようにひとり静かなこの時間を過ごしていた。


 特に何をする訳でもない。ただ座って、暮れていく空を眺める。

 空の茜に藍が混じり始めるまで。彼女はただ、座っていた。

 いつもはそれだけ。何もない。静かな時間。


 それを崩したのは、一陣の風だった。


 少女は突風に思わず髪を押さえ、目を閉じた。

 周囲の木をざわめかせて、その風はすぐに吹き去った。


 そして、少女が目を開いた時。

 目の前にもう一人、少女が立っていた。

 夏だというのに、黒のセーラー。冬服だ。白いスカーフが少し崩れている。吹き去った風に遊ばれた長い髪を押さえて、彼女はにっこりと笑った。


 夏服の少女は目の前の存在に目を見開き、声をあげようとした。

「あ。駄目」

 冬服の少女がそう言って唇に人差し指を当てる。夏服の少女の声は、出なかった。

「大丈夫。幽霊じゃないよ。びっくりさせてすまないね」

 そう言いつつも、冬服の少女はどこか嬉しそうだった。

「いや。本当はこのままひっそり隠れてようと思ったんだけどさ」

 あんまり君がここから見る景色を気に入ってるみたいだから、ちょっと話してみたくなったのさ。と彼女は言った。枯れ葉に埋もれたような温もりを持つ声だった。

 夏服の少女はただただ、喉に声を詰まらせたまま頷くしか出来ない。

「ここからの景色はいいよね。僕も好きさ」

 冬服の少女は嬉しそうにそう言う。

「ここからの景色は随分と変わったけど。この空の色はいつだって変わらない」

 でもね。と冬服の少女は一人、話し続ける。

「人はなんだかどんどん忙しくなっているみたいだ。僕からすると、随分とせわしなくなったよね」

 車とか。電車とか。生き様とかさ。と冬服の少女は指折り数えながら言う。

 夏服の少女はただ、その話に頷く。

「君もそうだ。なんだか息が詰まってるように見える」

 夏服の少女は、その言葉に驚いた顔をした。


 成績が伸び悩んでいて、焦りを感じる日々を過ごしていたのは確かだった。

 学校でも家でも、参考書や教科書と睨み合う日々。

 これがいつ終わるのか。終えることが出来るのか。

 不安だった。


「でも」

 冬服の少女はにこりと笑ってポケットから飴玉を取り出した。

「これ、あげる」

 少しは息抜きになるよ。

 そうして瞬きをする間に、その姿はすっかり消えていた。



 □ ■ □



 夏服の少女が通う学校の図書室には、民俗学の棚がある。

 その中の一冊には、この小さな町で語り継がれた話を集めた本がある。


 さらにその中の一編。

 とある小さな山にある城の話として、以下の文がある。


「城には狐が住んでいた。その名は「いきなり」という」


 稲荷が転じていきなり。

 いつ、どうして「とつぜん」と呼ばれるようになったのか。

 それは誰も知らない話だ。


 いや。きっと、冬服の少女だけが知っているのだろう。

即興小説の手直し版。

冬服セーラーに人外要素を足すのが好きらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が読みやすく、構成がしっかりしていて、最後まで楽しませてもらいました。 [一言] 町を見守ってきた狐って、魅力的ですね。
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