プロローグ 赤い午後
「英語、赤点だったんだけど。」
学校からの帰り道に街中をブラブラしていると、絶望に満ちた表情で、「綾瀬 恵美」がため息をつきながら赤点報告をしてきた。唐突に、予兆もなく、ちょっと前まで幸せそうな顔をしてクレープを頬張っていた彼女がなぜいきなりそんな報告をしてきたのかは分からないが、とりあえず友人の「松本 理絵」が彼女の肩に手を置いた。赤点を記録してしまった友人のフォローをするのだろう。メガネをくいっとして、きりっとした表情で口を開く。
「『綾瀬 恵美』とかいうかしこそうな名前して赤点取ったのか、お前。」
フォローじゃなかった。全然フォローじゃなかった。むしろ追加ダメージを食らわせただけだった。
「・・・よくもまぁ赤点とった友達を死体蹴りできるよねぇ。流石ですね、学年主席のマツリさん。」
「マツリ」とは「松本 理絵」という名前の略称である。恵美は陽気で人あたりがよく、仲の良い友人のことを名前を略して愛称で呼ぶのだ。
「ていうか、私たちは日本人なのに、なんで英語なんて勉強しなきゃなんないのよ。愛国の心っていうものがないのかね、文部科学省のお偉いさんたちには。」
「グローバル化って言葉知ってますか。そんな屁理屈ばかり言っているから名前負けするんですよ恵美さん。」
理絵の煽りを受け、恵美は悪さした子供のように黙り込んでしまった。何かを言い返す気力すらないのだろう。街中の喧噪に似合わぬ暗いオーラが恵美を覆う。
「あっ、あれって・・・!」
恵美は急に活力を取り戻し、商業ビルの上のほうを指さす。彼女が指さす先にあったのは、大型ディスプレイだった。
「ねーねー、今あのテレビに映ってる人ってサエコのお父さんだよね!?そうだよね!?」
テンションの高い恵美美は振り返り、2人の後ろを歩くサエコに声をかける。
「・・・国語、赤点だったんだけど。」
暗い表情で、サエコもとい「佐伯 愛子」はため息をついて、赤点報告をした。
これは、平凡のようで非凡な家族「佐伯家」の、試練の物語である。