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前世では野良犬として生きていた、そして今世では嫌いな人間として生きている

作者: 銀色の侍

 突然だが、貴方は輪廻転生という言葉をご存じだろうか?


 輪廻転生・・・それは死んでいった者の魂が一度あの世へと還って行き、そして再びこの世へと生まれ変わった姿で舞い戻る現象のことである。命あるものはこうして何度も生と死を繰り返していく。

 しかし、皆さんは疑問に思わないだろうか? 命ある者は何時かは必ず死が訪れる。このことは生まれたての赤子の様な知識の無い者ならばまだしも、この世に生を受け、ある程度の知識を身に着けられる年齢に達すれば解る。それは人であろうが動物であろうが・・・だが、ならばその先はどうだろう?




 命ある者は何時かは死ぬが、ならばその死の先には何があるか考えたことはあるだろうか?

 いや、死んだ後にどうなるか、そのような考えを誰しもが一度はするのではないだろうか。だが、その明確な答えを出した存在は果たしているのだろうか?

 死という概念の先、その答えを知りたければ死んだ者から聞けば解る。だが、そんな事は物理的にも不可能だ。ならば自分が死んだ時に答えは出るのだろうか?

 それもどうなのだろう・・・もしも輪廻転生という概念は存在し、そして転生をすでに多くの者達が果たしているとしてもそれを自覚している者はいない。

 もしも自分の前世とやらが記憶の中にあるならば、この世界で暮らしている者達は自分がこの世で何度目の転生を果たしているか解るはずだ。しかし、生まれ変わった回数はおろか、前世の自分の記憶を持っている者の存在すら世界では発見されていない。




 よく、小説の様な創作の世界ではこの輪廻転生と呼ばれる概念はよく使われ、そして前世の記憶を持ったキャラクターが様々な物語を描いて行くものだが、所詮それは架空の世界、現実ではないのだ。

 むしろ、この現実世界では生まれ変わりのような現象を心から信じる様ならばその者は頭のおかしな者だと思われる始末だ。




 しかし、もしも転生した事実を周囲には、そして世界には一切明かさず黙認している者がいるとしたら?


 自らの心の内だけに留めて転生した事実を隠して生きている者が居るとしたら?


 もしも、前世は別の生き物だった存在が人間として生まれ変わり生活をしていたとしたら?




 もしもそうならばやはり輪廻転生は存在する事となる。

 そう、世界が認識していないだけで実は存在した。転生、いわゆる生まれ変わりを果たし、尚且つ前世の記憶を宿している人間が・・・・・。






 その輪廻転生を果たした自覚のある人物は日本の高校生。

 彼の名前は犬廻転人(いぬかいてんじん)、それが現在の名前である。そして前世では彼は名前を持っていなかった。なぜならば彼に名前を付けてくれる人が居なかったからだ。

 そしてそれ以前、彼の前世は人ではない。


 彼は前世では親の顔も知らぬ一匹の白い野良犬であった。






 金曜日の朝、それぞれの一日が始まる。

 会社に出勤する者、家で家事をする者、そして学校に行く者などさまざまな人間たちが目的の場所まで足を運ぶ。

 そしてその中の一人である犬廻転人もまた、自らの目的地である高校まで足を運ぶ。


 「(あ~ねむ・・・)」

 

 心の中でそう呟きながら欠伸を一つする転人。

 昔の自分ならばこのように学校と呼ばれる場所に行く必要などなかった。

 そもそも昔の自分は四足歩行であった、昔の自分は一日の全てを自由に過ごせていた、昔の自分は今の様に物事を深く考える事も無かった。


 「(人間になって十六年か・・・犬の頃ならもう死んでいたかもな・・・)」


 人間の寿命は前世の自分よりも遥かに長い、十六年生きて来た今でさえもまだ人生の折り返し地点にすら来ていないのだ。

 

 「(それにしても、俺がまさか嫌いな人間に生まれ変わるとは・・・)」


 彼は前世の野良犬時代の頃、人間からのいじめを受けていたこともあり人間に対しては嫌悪感を抱いていた。そして人として生まれ変わってからその認識はより強くなった。

 動物時代は難しい事を、複雑な事を考えもしなかったが人として生まれ変わった今の自分は犬の頃よりも脳が発達していたため、世界と言う物をより一層深く知ることが出来た。

 

 そして、人間の醜さも・・・・・。


 転人がこの世界で好意を抱いている人間は自分の生みの親の両親をはじめ深くつながっている人物位であった。

 それ以外には余り関心を払う事はなかった。

 



 学校近くまでやって来ると、同じ高校の生徒達の姿も確認できるようになって来た。

 しかし、人間に対して関心を示さない転人にはどうでもいい事であった。


 「あ、犬廻君だ」

 「はう~今日もクールでカッコイイ~」


 転人とすれ違った女子連中からそんな言葉が聞こえて来た。

 彼はいわゆるイケメンと呼ばれる容姿をしており、そしてクールな風体から秘かに女子連中から人気があった。

 実際はクールと言うより無関心といった方が正しいのだが。

 しかし、そんな女子の言葉など気にも留めず教室を目指して歩いて行く転人。

 

 今日もまた、転人にとっては退屈な一日が始まろうとしていた。






 教室に辿り着くと、自分の席について窓の外を眺める転人。

 窓の外では近くに見える木々に二匹の小鳥が止まって羽根を休ませていた。


 『ふぅ~疲れたよぉ』

 『きゅうけい、きゅうけい』


 木々に留まっている小鳥がそんなことを呟く。

 どういう訳かは不明だが、元が動物だったからだろうか。彼は動物の言葉を聴きとり、それを理解することが出来るのだ。それどころかその気になれば動物と会話すら彼は出来る。これも輪廻転生を果たした際の効果かどうかは不明だ。そもそも自分が転生をはたした理由すら不明なのだ。


 すると、教室の扉が開きそこに一人の女子生徒が入って来た。


 青い髪をしたショートヘア―の可愛らしい子、名は優動心(ゆうどうこころ)

 今どきは珍しい嘘の一つもつけない正直で素直な女の子である。

 心はクラスに入るとクラスメイト達に挨拶を交わしていく。そして、転人の近くまでやって来てわざわざ自分にも挨拶をする。


 「おはよう、犬廻君」

 「・・・おはよう」


 一応形だけの挨拶を返す転人。

 心は優しい笑みで頷くと自分の席へと向かう。


 「・・・・・」


 転人はこの心という少女に対して珍しいという感情を抱いていた。

 野良犬として生きていた頃、相手が言葉を理解できない野良犬と思い人間は自らの内の本心を口にしている現場を彼は何度も見て来た。

 他の人間が目がなければ人は醜い有りの姿を晒す。自分は前世で何度もそんな現場を見てきた。

 そして、人間として生まれ変わった今でもその醜い部分は何度も見て来た。しかし、この心という少女は他の者とは何か違うのだ。

 こう、纏っている雰囲気というかなんというか、他の人物とは違う純粋というかなんというか・・・これは動物的直観とでも言おうか・・・前世が犬であったため・・・・・。


 「(まぁ、別にどうでもいいが・・・)」


 転人は再び窓の外に目線を傾ける。

 それから数分後、担当の教師がやって来て朝のホームルームが始まった。






 朝のホームルームから時間は過ぎて行き、そして放課後までのいつも通りの学校生活の終わりの時間を迎える。いつも通りの学園生活、転人にとっては面白みのないいつも通りの時間が終了した。今日は金曜日なので、明日は休日なのだが、転人にとってはこの休日も余りすることも無く退屈な日々であった。


 「ふぅ・・・・・」


 自宅までの帰路を歩いて行きながらそっと息を吐き出す転人。

 元々は犬であったため、その記憶を受け継いで生まれた転人は普通の人間とは違い欲があまりなかった。

 普通の人間は休日、どこかへ外出して暇を潰すのだろうが転人は基本休日は散歩をしたり、家で待機している。両親も友達と遊べばいいのにとよく言っているが、人に対して余り関心を示さない転人はそんな気にもなれずにいた。


 「ん・・・・・」


 ふと足を止める転人。

 彼の視線の先にはなにやら他高の男子高校生が三人、そして――――同じクラスの優動心が絡まれていた。


 「あいつ、優動心・・・」




 「や、やめて!」

 「へへっ、まあいいじゃねえかよ、少し遊ぶくらい」


 男の一人が心の腕を掴んで絡んでいる。

 その手を振りほどこうと心は必死に抵抗している。


 「ほら、行こうぜ!」

 「い、いやぁッ!?」


 無理やり連れて行かれそうになる心、だがその時――――


 「やめろ・・・」


 そこに転人が割り込んで来て男の手を掴んだ。

 余計な割り込みに男達は転人に大声で喚き散らす。


 「なんだテメェッ!!」

 「邪魔すんなや! ぶち殺すぞ!!」


 心と話している時とは打って変わって態度が急変する男達。

 そんな分かりやすい連中に転人は心底疲れたようにため息を吐く。

 そんな転人の態度が癇に障ったのか、男達は転人に拳を振るってきた。


 「テメェェッ! どっかいけやぁ!!」

 「はあ・・・」


 転人はもう一度ため息を吐くと、迫り来る男達に冷めた目を向けた。




 それから数十秒後、心に迫っていた三人の男達は路上の脇に倒れていた。

 転人はパンパンと手を払うと、心に安否を確認した。


 「大丈夫か?」

 「えっ、あ、う、うん!」

 「そうか・・・」


 そう言うと転人はその場から立ち去ろうとする。

 しかし、男達の魔の手から救われたにもかかわらず彼女の表情は優れなかった。


 「・・・どうした?」

 「じ、実は・・・」


 心は転人に訳を話し始めた。

 

 実は先程他校の生徒に絡まれる前、あの三人はここに捨てられていた子猫をいじって遊んでいたのだ。それを証明するかのように、路上に脇にはその子猫が入っていたであろう段ボールが置いてあった。

 その現場を目撃した彼女は半ば苛められていた子猫を助ける為それを止めに入った時、男達は自分に意識を向け子猫を解放したのだが、その子猫が恐怖からどこかへと走り去って行ったのだ。


 「あの子、まだあんな小さい頃から捨てられて、その上にあの人たちにいじめられて、心配で・・・」

 「・・・・・」

 「このまま放っておくのはちょっと・・・」

 「どうしてだ?」

 「え?」


 転人は純粋に疑問に思った。


 何故初めて出会った子猫一匹にそこまで想い入れが持てるのか? 人間の醜さ、醜悪さというものを前世の動物時代から見続けて来たため、目の前の少女が何故そこまで小さな動物相手にそこまで想えるのか理解できなかった。

 そんな転人に心は迷いなく答えた。


 「理由なんてわからないよ。ただ、放っておきたくないから・・・」

 「・・・・・」


 やっぱり、理解できない・・・・・。


 「助けてくれてありがとう犬廻君。じゃあ私、あの子を探しに・・・犬廻君?」


 転人は段ボール箱を持ち上げ、そして臭いを嗅いだ。

 段ボールについていたその子猫の臭いを。

 彼の行動を不審に思う心。無理も無いだろう、犬の様に臭いを嗅いでいる同級生の姿はとてもシュールだ。だが、目の前の少年は元犬の生まれ変わり。そして、転生した際に犬としての能力も継承している。


 犬の嗅覚は人間の一億倍ともいわれている。その能力を人間になった今でも持っている彼にとって子猫の行方を辿ることは造作もなかった。




 「よかったぁ~」


 それから十数分後、臭いを辿り子猫を発見した転人。

 子猫は心の腕の中でおとなしくしている。


 『おねえさん、優しい、だっこ・・・ぽかぽか』

 「・・・・・」


 子猫の言葉を聴き、転人は心を見る。

 動物は人間の本質を見抜く事が出来るとはよく聴くが、だとしたら自分がこの子猫とは違い目の前の少女が解らないのは人間に生まれ変わったためなのだろうか?

 すると、心は転人に改めてお礼を述べる。


 「ありがとう犬廻君」

 「・・・・・ああ」


 転人は小さく返事を返す。

 

 「それで、そいつはどうする?」

 「うん、このまま放っておくのもかわいそうだし、家に連れて帰ってお母さんに相談してみるよ」


 心は腕の中に納まっている子猫を撫でながらそう言った。

  

 「お前は少し優しすぎるんじゃないか?」

 「え?」

 「そんな事じゃこの世の中、損をするだけだ」


 転人は心にそう呟くと、心は苦笑する。


 「うん、私も自分が損な性格をしている事には自覚はあるんだけど、でも――――」



 「それでも、自分を偽り生きていくと息が詰まっちゃうんだ。だから損だと解っていても今の自分を直せそうにないかなぁ」



 てへへ、といった様に頭を軽く掻く心。

 そんな彼女を見て転人は思わず呟いた。


 「本当、損な性格だな」


 だが、人間に関心を示さない転人は、この優動心という少女に対し関心を抱いた。

 普通の人間とは違い、目の前の少女は普通の人間の持つ心の濁りがないのだ。前世、そして今世の人生の中でも見て来た者達と当てはまらない目の前の少女、優動心。



 だが、実は彼は以前から無意識の内にこの少女に惹かれていたのだ。

 動物は人の本質を見抜く、そして前世の犬としての能力を受け継いで転生している彼にもその動物的直観は備わっていたのだ。

 だから、他の者達には関心を示さなかった彼は、この少女に対して珍しいなどと思っていたのだ。



 こんなにも綺麗な心を持つ人間はとても珍しく、そして、とても美しいと無意識の中で思っていた事を彼は自覚していなかった。

 


 そして、この日からを切っ掛けにこの二人の距離は縮み始める事となる。

 輪廻転生により人に生まれ変わった野良犬、人間の醜悪さを見続けて来た彼、前世で人間の闇を見て来た彼、そんな彼の出会った事の無い心に黒い染み一つない真っ白な少女、優動心。



 彼女との触れ合いにより犬廻の中の人間、そして世界に対しての見方が変わり、そして彼自身も変わっていく事となるのだがそれはまた別の話だ。


 


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