幕間 門の先
外と呼ばれる場所は闇に包まれ、虫の鳴く音が木霊する静かな夜が訪れている時間。
だというのに暗い洞窟の一番奥に存在する、門のようなオブジェを潜った先にあるソコは常に陽の光が降り注ぎ、草花は青々と咲き乱れ、甘く瑞々しい果実の実る木々が植えられている楽園のような場所であった。
外の様子と比べれば『異界』としか言いようが無い程に、綺麗かつ違和感だらけの整えられた土地に1軒の大きな屋敷が建っていた。
赤茶色のレンガで壁が組まれ、透明度の高いガラス窓が組み込まれている。視線を上に向ければダークブラウンの大きな三角屋根と灰色の煙突が。
高級感漂う木製のドアの前には金属製の年季を感じるポストが取り付けられている。
屋敷の中には広いリビングだったであろう場所が改造され、液体が満たされた大きなカプセルが6つ設置されている。
カプセルの底には太い管が挿入され、コポコポと新鮮な空気と液体を長い間循環させ続けていた。
屋敷の外観からは想像できない異様な空間の中に、2人の男性がテーブルを挟んで会話していた。
「ケリー様が亡くなられた」
サラサラの青い髪から見える尖った耳が特徴的な男性は、目の前にいる2本の巻き角を生やした初老の男性へ告げる。
「そうか……。母様の言いつけまで後、1000年か」
角を生やした初老の男性は静かに頷き、己の母より伝えられた任務内容をこれまで何度もやって来た通り頭の中で再確認する。
「そうですね」
青い髪の男性は後ろを振り返り、並べられた6つの大きなカプセルを見やる。
最初に視線を送った左から5つまでのカプセルには液体のみが満たされ、最後に視線を向けるカプセルの内部には液体とコポコポと音を鳴らしながら送られる空気の泡。
カプセルの底から昇る大きな空気の泡が晴れると、カプセルの内部には全裸の少女が眠るように浮かんでいた。
「ゴホッ! ゴホッ!」
カプセルの中に浮かぶ少女を見ていた青い髪の男性は、家族と呼べるもう一人の相手が咳き込むのを切っ掛けに視線を戻す。
「大丈夫かい?」
咳き込む初老の男性は自身の胸を撫でながら、苦痛の表情を浮かべて頷く。
「ゴホッ! ……ああ、もう長くない。そろそろ時間切れだろう」
初老の男性はそう言って、並べられた液体のみが入っているカプセルに視線を送る。
脳内に浮かぶのは自分よりも前に時間切れの来た家族達。
今は自分と目の前にいる男性しか残っていないが、彼らには嘗て3人の家族がいた。
もう会って会話できないのは寂しく、悲しかった。だが、彼らはまだ自分と青い髪の男性の中で生きている。
残された2人の糧となって。
「その事だけど」
青い髪の男性は初老の男性を見つめながら静かに呟く。
「君が最後まで残った方が良いと思うんだ」
「何故だ? 私の方が」
初老の男性が言葉を言い終える前に、青い髪の男性は首を振って否定を表す。
「ここは魔人種の国だ。君が最後まで残った方が良い。ミカゲ様を招く際には外に出るんだからね。エルフの僕よりも、デーモン族である君の方が外の者に信用されやすいよ」
初老の男性は言葉を返せず黙ってしまう。
確かに与えられた任務を遂行するには彼の言う通りにした方が良い。
しかし、自身の中にある家族への情が完全に納得させない。愛すべき家族の為に、自分が糧になった方が彼は長生きできる。
長生きさせて、愛すべき母と再び会話をさせてやりたい。
だが、そう思っているのは目の前にいる青い髪のエルフも同じであった。
「ふふ。君の思っている事は僕も同じだよ。僕達の中にいる彼らも同じさ。任務の為にも、愛すべき家族の為にも、愛しいお母様の為にも君が残った方が良い結果になる」
「………」
「大丈夫。君の中で僕達も任務を果たせるんだよ。生まれてきた意味を、使命を果たせる。お母様とも再会できる」
青い髪のエルフはニコリと笑みを浮かべる。
初老の男性は彼の言葉を聞きながら俯き、ポタポタとテーブルを涙で濡らした。
「さぁ、準備を始めよう」
青い髪のエルフは立ち上がり、初老の男性の肩を1度叩いてから準備を始めた。
3日後。
全ての準備が整い、青い髪のエルフと初老のデーモン族の男性は裸になってカプセルの中へ入った。
デーモン族の男性が家族である青い髪のエルフが入る隣のカプセルに視線を向けると、青い髪のエルフもデーモン族の男性を見てニコリと無言で笑う。
その後、ピーという甲高い音が鳴ると2人が入ったカプセルに専用の液体が注がれ始める。
2つのカプセル内に液体が満たされるとデーモン族の男性のカプセルには空気の泡が送られ、青い髪のエルフが入るカプセルには薬品が注入され始める。
(ありがとう……。ありがとう……。必ず、必ず私は任務を遂げる)
初老のデーモン族の男性は青い髪のエルフを見ながら、心の中で何度も何度も己の決意を叫び続けた。
(お母様を頼むよ。僕の愛しい兄弟よ)
薬品が注入される中、青い髪のエルフも横にいる初老のデーモン族の男性を見ながら笑みを浮かべ続けた。
その後に、青い髪のエルフは薬品で体は溶かされて満たされた液体と1つになる。
生命の塊ともいえる液体はカプセル内で精製されて、取り付けられた専用のタンクへ太い管を通って送られた。
一方で、未だカプセル内の液体に浮かぶ初老のデーモン族の男性は右にあるカプセルへ視線を向ける。
眠るように浮かぶ少女。自分達、5人の愛しい母。
約束の日まで、糧となった4人の為にも自分は生き残り続ける。
コポコポと空気の泡と共に、カプセル内には生命の素が注がれ始めた。
それは温かく、心地良い。愛しい家族に包まれ、抱きしめられるような感覚だ。
眠くなりそうな心地良さに身を任せていると、初老と呼べる体は徐々に肌のハリを取り戻し、顔の皺が無くなって若返っていく。
(1000年……。あと、1000年……)
温かく心地良い感覚に包まれ、体が若返っていくデーモン族の男性は約束までの年月を心に浮かべる。
襲ってくる睡魔に抗えず瞼をトロリとさせながら、もう一度右にあるカプセルに浮かぶ少女の顔を見やる。
(母様……)
ついに睡魔に負けて、彼は瞼を完全に閉じた。
屋敷の中には2つのカプセルが稼動音だけが規則的に鳴り続け、時折コポリとカプセルに送られる大きな空気の泡が昇る音が混じるのみ。
この瞬間から1週間後にデーモン族の男性は体が若返った状態で再びカプセル内で目覚めた。
カプセルから外に出て、部屋に置かれている椅子に腰を降ろしながら時を待ち続ける。
彼は約束が果たされるまで少女を守り、少女は約束の日まで眠り続けるのだ。
「もう少し……」
体を若返らせてから時が経ち、若返った体が再び老いてしまうほど待ち続けたデーモン族の男性。
彼が見つめる先にある時を刻むカウンターは正しく刻まれていき、現在は2000年を経過している。
2000年間、5人の異種族が守り続けた少女が浮かぶカプセルの下部にはプレート取り付けられ、彼女の名前が刻まれている。
―― 第2素体 レイチェル・ヘルグリンデ ――
約束の日まで、あと5ヶ月。




