幕間 帝都にて
ヴェルダ帝国 帝国城の玉座の間にて。
「ふざけるなああああッ!!」
全体を金で作られ様々な宝石を散りばめた豪華な玉座に座る男は、こめかみに青筋を立てながら手に持っていた透明度の高いワイングラスを目の前に跪く家臣へ投げつけながら叫ぶ。
「申し訳ありません」
天井には豪華な金のシャンデリア、壁に描かれた芸術作品も金で塗られ、室内に置かれる壷や花瓶も金。部屋の中を見渡せば金で出来た物が1度に5つ以上は視界に映るんじゃないか、と思えるほど豪華絢爛キンキラキン。
金に囲まれた部屋の中でも1段高い位置にある玉座に座る男の名はカイゼル・グーエンズ・ヴェルダ。ヴェルダ帝国第23代目の皇帝であった。
「失敗した!? 遺跡が沈んだだと!? ふざけるなッ!! あそこには世界を変える武器が眠っていたのだぞ!! 我の計画が台無しではないかッ!!」
豪華な黒い服に金の装飾を施した皇帝専用の洋服を腹の贅肉でパッツンパッツンにさせ、怒りで顔を真っ赤に染めてカエルのような顎肉をぶるぶると震わせながら苛立ちを顕わにする。
跪きながら頭を下げる元帥にグラスを投げただけでは彼の怒りは収まらなかったようで、玉座から立ち上がると跪く帝国軍元帥――サージェスを力いっぱい蹴りつけた。
「しかも大量投入した奴隷は遺跡と共に沈み、炎の魔術師まで消息不明だと!? このクズが!! 役立たずがああああッ!!」
蹴られた事で床に転がるサージェスを何度も何度も蹴りつける皇帝。しかし、皇帝に蹴られ続けるサージェスは「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にしながら抵抗する事なく耐え続けた。
彼は知っている。皇帝に逆らえばこの国で命は無い。元帥という上位の地位にいる彼でさえ、今出来ることは皇帝の怒りが収まるまで耐え続ける事しかない。
しかし、彼は幸運だ。皇帝が人を殺す時は即座に処刑の命令を下す。
今、皇帝の口から処刑という単語が飛び出さず蹴られるだけで済まされているのだから。
「クソッ! クソッ! クソッ! 炎の魔術師であるクリスもまだ使い道があったというのに!! 大金を使って使者からようやく遺跡の事を聞き出したというのに!」
旧時代の遺跡には世界を変える一撃が眠る。
この情報を皇帝に囁いたのは遡ること半年前、ふらりと現れて謁見を取り付けてきた『使者』と名乗る男であった。
全身を灰色のローブで覆い隠し、フードで隠した顔は何故か真っ暗で見えない人物であった。男だと判断できたのはローブの中から聞こえる声が男のモノと判断できたからだ。
このふらりと現れた男。普段であれば突然やって来た者の謁見など皇帝は許さないのだが、簡単に世界を統一する方法を知っていると言う。
自分がこんなにも東の家畜共を駆逐できないというのに『簡単に』と口にした愚か者の顔を拝んでやろう、と謁見を許可したのだ。
許可を出して数分後、使者と名乗る男と謁見すると男は皇帝へ問いを投げかけた。
「この国が世界を統一できるとしたら、どうする?」
男の投げかけは普段ならば不敬極まりない物言いであるが、皇帝は即座に答えた。統一するに決まっている、と。
世界統一はヴェルダ帝国皇室にとって初代より脈々と続く野望であった。故に、統一できる機会があるとしたら逃すわけが無い。現皇帝も子供の頃からそうして教育されてきたのだから。
皇帝の返答を聞いたローブの男は取引をしようと提案した。
「我々の欲しい物を用意すれば、世界を統一する……世界を変える一撃が眠る場所の情報を渡そう」
そう言われ、要求された物は膨大な金と魔獣から採取できる魔石。
魔石は別に何とも思わなかったが、金が大好きな皇帝は金貨を渡す事に多少渋ったが銀貨で支払えば良いし、平民の税を上げて渡した分を回収すれば良いと考え了承した。
その後、取引分の金と魔石を渡したのだが情報を小出しにされ、もっと教えて欲しければ追加で金と強力な魔獣の魔石を寄越せと要求される。
普通ならば怒り、処刑するような出来事であるが、小出しにされた内容には既に旧時代の遺跡から発掘された道具の使用方法などが含まれていて『世界を変える一撃』という本題の部分に触れていなくてもヴェルダ帝国には役立つ情報であった。
それ故に相手の要求通りに頷く事しか出来ず、4回目の要求に応えたところで『世界を変える一撃』が眠る遺跡の場所を聞き出せたのだ。
と、そんな経緯があって手に入れた情報であったが玉座の間に駆け込んできた元帥から「世界を変える一撃が眠る遺跡が、駐屯させていた帝国兵と投入した奴隷達と共に地面に沈んだ。炎の魔術師も消息不明で巻き込まれた可能性が高い」と報告されたのだ。
「クソッ!! 東の奴隷だけでなく、防衛の要であったクリスも金も古代武器も……全て失うとはッ!! 貴様ッ!! どう責任を取るつもりだ!?」
「ハ、ハ……。陛下。私に東へ攻め込む機会を頂きたく。現在行っている軍の再編成が半年後に終わります。再編成された軍を陛下へお披露目し、更に冬の間に練度を高め……来年の春にレオンガルドへ攻め込んで奴隷の確保をして参ります」
現在、帝国軍は滅ぼした小国の民を強制的に徴兵して軍人とする訓練と軍全体の再編成を行っている最中。半年という時間は徴兵した民の訓練期間だ。
何も訓練させずに前線へ立たせ、肉盾として使う案も出されてはいたのだが
「レオンガルドの臆病者達はあちらから攻めて来ない。ならば、次に侵攻する際は万全の準備を行って東を全て滅ぼす。小国のクズ共も訓練して少しは使えるようにしろ」
と、徴兵した民の訓練は皇帝自ら出した案であった。
サージェスの提案に皇帝は彼を見下ろしながら思案する。
帝国最大戦力であった炎の魔術師がいないのは確かに痛手だ。
しかし小国を侵略した結果、倍以上に増強される帝国軍はクリスの件を差し引いても総戦力的には上回るだろう。
忌々しいレオンガルドをいよいよ滅ぼすとなれば、それほど喜ばしい事はない。帝国の侵攻を食い止めるレオンガルドさえ滅ぼせれば他の家畜共の国なんぞ容易い。
使者から『世界を変える一撃』が眠る別の場所を聞き出すにしても、東を滅ぼして家畜共の持つ金を得れば良いと考えた。
それに加えて、常々欲しいと思っていたエルフの王妃も手に入れたい。自分が目を掛けている長男――皇太子もエルフの姫を欲しがっていた。
息子を溺愛する皇帝としては子の願いは何としても叶えたいと思う。
使者から情報を聞き出しつつ、来年の春の侵攻へ向けて準備を行う。
ヴェルダ帝国の運命がどうなるのか。それを決定づける瞬間だった。
「よかろう。今回は来年の春まで大幅な減給。来年春に行う侵攻の結果を見て貴様の首を斬るか決める」
「ハッ! 陛下のご慈悲に感謝致します! このサージェス、来年の春には家畜王共の首を陛下に捧げてみせましょう!」
サージェスは早速とばかりに玉座の間から退室。ふん、と不機嫌な表情を浮かべながら鼻を鳴らす皇帝だけが玉座に残った。
こうしてヴェルダ帝国は来年の決戦に向けて動き始める。
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同日深夜。帝国帝都内にある一軒の屋敷にて。
屋敷は部屋の光が全て消され、夜の闇と同じ色が支配する。
しかし、その屋敷に作られた地下室に5人の存在が真っ暗な闇の中で会話をしていた。
「状況はどうか?」
聞こえる声の1つは老人のような声。彼は闇の中にいる他の存在へ問いかける。
「言われた通り、家畜の国で魔獣は暴走させたがどうなったかは不明。まぁ、あの規模が暴走して無事で済む訳がない。街の1つは消えただろう」
最初に問いに答えた声は若い男性。
「そういえば、帝国に渡した古代人の子供。死んだみたいね? 反応が消えたわ。まぁ、お猿さんみたいに腰振ってるだけの無能だったし問題無いのだけど」
次に発せられた声の主は女性。彼女は暗闇の中から中央が淡く光る懐中時計のような物を出して見せつける。真っ暗な闇の中に浮き上がったディスプレイには『第5覚醒者 クリス』と書かれた文字がグレーアウトしていた。
「ふん。死んだところで所詮は無能な魔術師だ。我らのように賢者に至れないゴミは大して使えないに決まっている」
女性の声の主がディスプレイを空中投影させながらクスクスと笑うのに対し、若い男性の声は無愛想に答えた。
「基地の爆発に巻き込まれたのかな? というか、あの爆発の原因は何だったの?」
話し合う2人の会話に疑問を投げかけた声は特別若く、少年のような声だった。
「原因はまだ判明していない。ただ、大規模な爆発が起きて地下の底が抜けたように崩れたみたいだ。私の手元に来た報告では、大地に大穴が開いていると聞いたけど」
少年の問いに最後の5人目の声、青年のような声の主が答える。
「ふーん。帝国はほんと使えないなぁ。でも『神の槍』を回収できなかったけど……何か言われた?」
「いや、何も無い。このまま計画を続けよ、という事じゃろう。帝国の地下に作っている『アレ』の完成も後半年くらいで出来上がりそうじゃ」
少年と老人が会話しているところへ、女性の声が加わる。
「そう。じゃ、私は実験に戻るわね」
興味が無さそうに女性が告げると、他の者達も「仕事に戻る」と言い出した。
「では、本日の報告は終わるとしよう」
長くない会合であったが、彼らにとっては十分な時間であった。
この場を仕切っていた老人の声が終わりを告げる。
「それでは諸君。また1ヶ月後に」
「「「「 我らに神の祝福があらんことを 」」」」




