92 叡智の庭
「賢者様! 軍将様! この時をお待ちしておりました!」
秋斗とグレンの目の前には5人の代表者が跪いている。
人の王フリッツ・レオンガルド、エルフの王ルクス・エルフニア、獣人の王セリオ・ガートゥナ、ドワーフの長ヨーゼフ・ライニオ、魔人の王エリオット・ラドール。彼らは嘗て始まりの5人によって導かれた種族の長達の末裔達。
最初の5人に導かれてから1000年。豊穣の賢者ケリーが亡くなってから1000年。再び末裔達は賢者のもとに集う。
「ありがとう。どうか立ち上がってくれ」
「ハッ!」
秋斗の言葉を受け、素早く立ち上がる5人。
その中でも中央に立つレオンガルド王フリッツは嬉しくて仕方がないと言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべる。
「あー、とりあえず王城に行けばいいのかな?」
目の前にいる彼らはニコニコとするだけで、特に何も指示が無い為にグレンと顔を見合わせてから秋斗が問う。
「いえ、まずは賢者様をご案内する場所がございます! ささ、こちらへ!」
ニッコニコのフリッツがさぁさぁ、と案内したのは屋根の無い豪華な装飾のされた馬車だった。オープンカーならぬオープン馬車だ。
しかも馬車を引くケンタウロス族もゴリゴリに金銀の儀礼鎧やら兜やらを身に着けて完全武装。
何だこれは、と脳裏に浮かべながら秋斗とグレンが無言で馬車を見つめていると、横から素早くやって来た騎士がタラップを取り付けて扉を開く。
「さぁ、どうぞどうぞ」
そして、ニッコニコのフリッツが乗車しろと勧めるのだ。
秋斗とグレンは「まさか」と思いながらもオープン馬車へ乗り込む。その横で、5人の王(長)達もゴリゴリに装飾された馬に跨ってオープン馬車の前方へ。
「しゅっぱあああああつッ!!!」
歳を感じる灰色の髪と髭に似合わず覇気の篭った雄叫びを上げたのはフリッツ王。彼の馬が王都入場門からゆっくりと王都奥に聳える王城まで続く1本の大通りを歩き始める。
フリッツに続いて他の4人の馬が動き出す。馬車を先導する5人は山の布陣(形)で堂々と進み始めた。さらに秋斗とグレンの乗る馬車の横を、4ヶ国の騎士団が入り混じった状態で剣の刃を空へと向けて胸に当てながら行進する。
何も説明される前に馬車へと乗り込み、先導されている秋斗とグレンは「どうなってんだ」状態だ。
助けを求めようにも頼みの綱であるイザークやリリ達は後方の馬車に乗り込んでいるらしく近くにはいない。
だが、周りの様子を見れば一見パレードのように思える。何故なら、秋斗とグレンの視線の先には大通りの脇に小さな旗を持って立つ王都の住民達。
彼らは馬や馬車の近くにいかないよう王都の兵士達によって塞き止められるように人の壁を作られている。
「パレードっぽいな……」
「ああ……」
そして、フリッツの跨る馬が大通りの端っこに到達すると割れんばかりの歓声が王都中に響き渡る。それと同時に家の屋根で見物している住民達が花びらを撒いて秋斗達の行く道を祝福した。
最初に訪れたエルフニア以上、今までに無い最大規模の歓迎に多少耐性の出来上がっていた秋斗もさすがに頬の肉を引き攣らせる。だが、今までの経験を活かして笑顔を浮かべながら歓声を上げる住民達へ手を振り始めた。
一方、慣れも耐性も無いグレンは完全に付いていけていない。
賢者時代でいうと大物芸能人やスポーツ選手が国や街に凱旋した時のような、とんでもない事態に圧倒されていたが秋斗に肘で突かれた後に口元を引き攣らせながらぎこちなく手を振り始める。
「お、おい……」
「いいから。今は黙って手を振っておけ」
そのままレオンガルド王国貴族街を通り抜けるまでの30分間、秋斗とグレンは笑顔で手を振り続けた。顔と腕が攣りそうになりながら。
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王城エリアにある屋敷の前まで辿り着いた秋斗とグレンはようやくオープン馬車から降りられた。近寄ってきたソフィア達に「ステキなお姿でした。もうこのような催しも慣れましたね」と言われて、手を振るのは正解だったかと安堵すると同時に精神的な疲れが襲い掛かる。
「長旅、お疲れ様でした」
ソフィアと話していると、屋敷から現れたのはケリーの子孫であるカール。隣には彼と同じくらいの年齢であろう女性がいて彼から自分の妻だと紹介された。
挨拶もそこそこにカールは秋斗達を連れてある場所を目指す。
カールに連れて来られた場所はレンガの壁で囲われた場所。入り口には白亜のアーチが掛けられた門があり、門から見える先には花畑の中を通る道がある。
「この先に、叡智の庭と呼ばれる場所があります」
カールはそう言うと先導しながら門を潜る。花畑の中を通る道を少し進めば朽ちた建物。建物は朽ちているが、秋斗には以前の姿がハッキリと思い出せる。
足を踏み入れた敷地の名は魔法科学技術院。
嘗て秋斗が研究を行っていた研究所がある場所。毎日通っていた職場。仲間達との思い出がある場所。
「この場所は、代々オルソン家が手入れをしております」
秋斗の通る道の左右に植えられた花畑の傍には花を管理しているのであろう、オルソン家の者達が道の端に立って秋斗達へ頭を下げている。
彼らに会釈で挨拶しながら敷地内に入ると最初に見えてくる、既に崩れ落ちた学院棟を横目に花畑や芝生の敷かれた中にある道を通って更に奥へ。
奥へ進むと実験棟と呼ばれる施設があり、その隣には職員棟と呼ばれる敷地内中央に立つ建物がある。そこは、眠る前に師である魔王グレゴリーと最後の酒を飲み交わした統括所長室がある棟だ。
その棟の外には学生や職員の憩いの場があり、大きな桜の木が5本植えられているのが特徴。秋斗とグレゴリーは春になるとその桜の木を見ながら酒を飲むのが楽しみだった。
最初は2人だったのが、噂を聞きつけた他のアークマスターが参加し始めて最後は5人で飲むようになった。
仕事を忘れ、研究に追われる時間を忘れて仲間と酒を楽しむ時間はかけがえのない時間だった。
「初代様。ケリー様がアークマスターである皆様の為に、と復元された場所であります」
春になり、新入生や新カリキュラムが始まって忙しい時期に、秘書や生徒に隠れて師や仲間と共に飲みながら見た懐かしい光景。
氷河期が訪れ、諦めと絶望を感じながら師と共に見た終焉の光景。
「ああ……」
喜びも悲しみも、どちらも経験した場所。
秋斗はその場所へ2000年の時を経て戻って来た。
秋斗が目覚めた時、世界は様変わりしていて見知らぬ異種族もいれば魔獣という未知なる生物も跋扈する世界になった。
繁栄を築いた過去の国は崩れ去り、新たな文化が芽吹いていた。
そんな中で、過去から目覚めた秋斗は1人場違いのような気分を味わっていたのが正直な気持ちだ。
目の前にある光景は昔に師や仲間達と見て楽しんだ光景だが、懐かしき光景の中にただ1つ変わっている点がある。
それは5本の桜の前に1つの墓標がある事だ。
5本の桜が植えられ、周囲は色とりどりの花と青々と生い茂る芝生が敷かれて。真っ白な石の墓標が1つ。
もう春が終わりそうだというのに未だ満開の花を残す桜は、秋斗の帰りを待っていたかのように咲き誇っていた。
「豊穣の賢者ケリー様の眠る墓です」
秋斗の横に立ったフリッツ王は静かに告げる。
フリッツの言葉を聞いた秋斗はゆっくりと友人の眠る墓へ歩み寄った。
『新暦47年 偉大なる豊穣の賢者 ケリー・オルソン 仲間と過ごした聖地で眠る』
墓に刻まれた文字を秋斗は指で触れながら膝を地につけた。
「ケリー。戻って来たぞ……」
秋斗は友の墓を抱きしめ、涙を流して唇を噛み締める。
春の終わりを告げる風が秋斗の髪を撫で、親友の植えた桜の花が魔工師の帰還を祝福するように空へ舞い上がった。




