91 ようこそ! レオンガルド王都へ!
春の爽やかな風と初夏を感じる強い陽の光が交じり合う気候の中、秋斗達を乗せた馬車はレオンガルド王国領土内レッシーナ侯爵が治める北街を発った。
北街から王都まで続く街道を護衛騎士達の先導に沿って南へと進んで、北街と王都の中間地点にあるキャンプ地点で1泊。
朝からキャンプ地を出発して午後3時を時計の針が示す頃、王都を目指す一団の視界内に巨大な都市が映り込む。
「あれがレオンガルド王都ですよ」
秋斗とグレンが窓を開けてレオンガルド王都の外観を観察する馬車の中には、窓から頭を出している秋斗とグレンの他にイザークとエルザの4人が乗り込んでいた。
王都に着く前に出身国の王子と姫であるイザークとエルザからレオンガルドの話を聞かせて貰っていたのだ。
レオンガルド王都はケリーが生きていた1000年前に現在はジーベル要塞都市がある場所から移したという説明を受けたのは、秋斗も記憶に新しい。しかし、グレンは目覚める前であったので再びその点から説明を受け、秋斗はおさらいとして聞いていた。
まず、レオンガルド王都の構造から。
王都には南側のみ入場門があり、入ると一番最初にあるエリアが一般街と呼ばれるエリア。ここには庶民、一般人と呼ばれる層の人々が多く暮らしている。ここには住宅は勿論の事、公共施設である浴場や医療院出張所など暮らしに密接した施設が住宅と共に建っている。
他にも大きな市場や宿と食堂、酒場なども多くあるし、大通り沿いや公園付近には数多くの屋台が出店しているので王都内でも最も賑わうエリアとなっている。
また、傭兵ギルドの本部も一般街に建っているので酒に酔った乱闘騒ぎを見物したければ一般街にある宿に泊まる事をおすすめしたい。
一般街を更に進むと再び入場門と同じ規模の大きな門が目に入る。その先にあるのが職人街と呼ばれるエリア。
職人街には傭兵御用達の武器屋や防具屋に限らず、主婦や料理人が利用する金物屋や家具を作る木工店など様々な物作りに関する店舗、商会が建ち並ぶエリアだ。
物作りをする職人、商売をする商会の一族が暮らしている住宅はあるが、一般街に比べてそこまで多くないため住宅はあまりない。しかし、一般街に住む大半の者が一般街にある住宅から通いで売り子などの仕事に励むので買い物客も含めて毎日人の出入りが激しく活気は十分。
職人街を奥に進むと、またまた大きな門が存在する。門を潜った先にあるのは貴族街と呼ばれるエリア。
ここには名の通り、王城に勤める貴族達の邸宅が建ち並ぶのと東側で一番の大きさを誇る医療院、白い壁と青い屋根を携えた賢者教の本部が存在する。
貴族街という名から一般人には入り難い、と感じてしてしまうかもしれないがそれは違う。東側の住民であれば、誰も足を踏み入れる事は出来るし貴族街内部にある施設も全て利用する事が出来る。
特に人気なのは賢者教の本部にある礼拝堂だろう。毎日敬虔な信者達が色とりどりのステンドグラスから差し込む光に照らされた賢者様の巨像に祈りを捧げる姿は神秘的に映し出されるだろう。
因みに隣は孤児院になっていて、レオンガルド王都に住む全ての子供達は10歳までこの孤児院で読み書き計算を学ぶ事が出来る。
他に貴族街に存在する特徴的な建物は、レオンガルド王立学園だろう。
王立学園にはレオンガルド王族から他国の王族まで留学にやって来る、東側最大の学び舎だ。多くの貴族の子弟もここで学び、国に尽くす術を学ぶ。
他国の王族も入学している、という点から一般人が中に立ちいる事は禁止されているが、外観を見て周るのは禁止されていない。
守衛に『観光』と言えば、外観のみであるがガイドツアーも常時開催しているので申し込みをしてみるのも良いかもしれない。
貴族街の奥、目に映っているであろう白い城を目指して進むと最後の門が待ち受ける。この先にある門は王城の門しか存在しないので安心してほしい。
因みに今まで通過して来た門は敵に攻められ、王都防衛になった場合に門を閉じて王城まで到達させないようにする為だ。勿論、職人街の門を閉じて一般人を閉じ込めるなんて事は一切無い。
王都防衛になった際は決められた手順で、全住民を貴族街の先にある王城エリアへ避難させる事になっている。勇敢な騎士達の誘導に従って慌てず避難しよう。
話が逸れてしまったが、貴族街の先にあるのは王城エリアだ。
ここには名の通り、王の住まう王城が建つ。王城も重要だが、それよりも国から重要視されている物が王城の前の広場に存在する。
王城前にある円形広場。そこには我らが敬愛する『賢者』の象徴である一本の桜の木が聳え立ち、木の根元には初代国王レオン・レオンガルドを始めとする歴代の王の名が刻まれた石碑が1つ。そして、人と同じくらいの高さがある壁が円形広場を囲い、英雄の壁と呼ばれる石の壁にはこれまで西側と戦って死んでいった英雄達の名が刻まれる石碑がある。
賢者様の御許に旅立った歴代王を守る、英雄達の壁。これはレオンガルドという西側の侵略者達に対して長年戦い、領土を守ってきた歴史と英雄達への哀悼だ。
新年を祝う式典などはこの円形広場で行われることが多く、今でも名を刻まれた英雄達の一族が花を献花しにやって来る。
王城エリアにあるのは円形広場と王城だけではない。
レオンガルド王国王都で一番の有名な場所と言えば、豊穣の賢者ケリーがレオンガルド王都を移した際に見つけた『魔法科学技術院』という、嘗て偉大なる賢者様の集う場所であった賢者時代の大遺跡だ。当時の初代国王によって魔法科学技術院の跡地は大遺跡と認定され保全されたのが始まり。
後に組織された賢者教からは大聖地とされて多くの聖職者が祈りを捧げる場所となっている。
そして、大遺跡の近くには王城エリアに唯一ある邸宅。豊穣の賢者ケリー・オルソンの子孫が住まうオルソン公爵家の邸宅は王城エリアに存在する。オルソン公爵家は代々大遺跡の管理を行っているので、タイミングが良ければオルソン家の方々に会えるかもしれない。
総評としては大陸中央にある王都なだけあって、各街・他国から様々な物が集まってくる大都市と言えるだろう。
料理のレベルも高く他国から集まってくる人々が提供する、各国の郷土料理も味わう事が出来る。
ただ、生活するにおいて全てのお値段が少々高いのは都会ならではのお約束としてほしい。
多くの物や人が集まるレオンガルド王都。毎日大都市に夢を抱き、夢を叶えたいと若者が集う場所。
朝から晩まで騒がしく喧騒を浴びながら訪れる若者のエネルギーを受けて、私のように貴方も己の夢を叶えては如何だろうか?
――アンソニー・オーヴェルグ著 東大陸旅行記 『旅日和』より抜粋
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「だ、そうです」
ぱたん、とイザークが読み終わった旅行記を閉じて顔を上げた。
「なんで旅行記情報?」
「国の王子だろう?」
「ははは。この本の説明通りなんですよ。後は、実際に見て頂いた方が早いでしょうし。観光する時間もたっぷりありますから、細かい場所はその時に」
秋斗とグレンが怪訝な表情でイザークを見つめるが、彼が本の内容を読んだのは愛する妹へのアシストだ。
勿論、王都の隅から隅までイザークは把握しているのだが、事細かに聞かせては秋斗が観光を後回しにする可能性がある。観光を後回しにする、もしくはしない、という選択肢を選ばれてはエルザが秋斗と共に出掛ける機会が失われる。エルザの兄としてそれだけは絶対に阻止したい。
エルザもエルザで兄の意図に気付いたのか、隣に座る兄のふとももをチョンチョンと指で突いて感謝を送った。
そんなエルザの仕草を目聡く見つけたグレンも「ああ、なるほど」と頷きながら納得。気付いていないのは秋斗だけだったが、当の本人は「まぁいいか」と窓の外に視線を送っている。
それから10分程度進んだ場所で馬車の窓がノックされ、窓を開けてみればジェシカが「もうすぐ到着します」と教えてくれた。
窓を開けてジェシカの報告を聞いた際に前方からは離れた位置にいるにも拘らず人々の喧騒が秋斗の耳に届き始める。
そのまま窓から顔を出して喧騒の方向へ向けると、大きく背の高い城壁と入場門が目に映る。そして、入場門の下には大勢の人が何やら手に白い布のような大きな物に『ようこそ! レオンガルド王都へ!』と書いた横断幕を持って声を上げていた。
中でも一際目立つのが人々の中央、最前列に立って大きな旗を振る人物。旗には『賢者様、軍将様。大歓迎!』と書かれ、バッサバッサと勢いよく振られている。
「なんか、すごい歓迎だ」
「本当だな……。めちゃくちゃ旗振ってる人は誰だ?」
秋斗とグレンが馬車に取り付けてある左右の窓からそれぞれ顔を出して外の様子を呟く。
「旗? ですか?」
賢者と軍将という存在がレオンガルドに大歓迎される理由はよくわかっているし、自分の父親が賢者の大ファンだというのも知っている。歓迎の規模が大きな物でも驚かなかったが、中央で旗を振る人物というのがイザークは引っかかった。
王都にいる騎士団長がお祭り好きの父に命令されて振らされているのであれば、子としては後で労わなければならない。
イザークは秋斗に代わって窓から顔を出してレオンガルド王都の様子を見る。
「………」
外の様子を見たイザークは一瞬固まった後に、何も言わずスゥーっと滑らかに座席へ座った。
そんな兄の様子に怪訝な面持ちを浮かべたエルザがグレンに代わって外の様子を見やる。
彼女も兄と同じように一瞬固まった後、真っ赤に染まった顔を引っ込めてぷるぷると震えだした。
『賢者様ァー! 軍将様ァー!』
秋斗とグレンを呼ぶ勇ましい声に再び2人は外を覗くと、旗を振る人物がよく見える位置まで馬車は進んでいた。
「めっちゃ豪華な服着た人が旗振ってる」
「すごい笑顔ってあれ?」
と、秋斗は旗を振る人物の隣で手を振る者、魔人王国の王であるエリオットが立っている事に気付く。さらにその隣にはルクス王が。
そのことを伝えるとグレンが呟く。
「おいおい。王の隣で旗振ってるって事は、あの人も王なんじゃ?」
正直、ここまでくると秋斗も旗を振る人物が誰なのか気付き始める。イザークとエルザの反応を加味しても、思い当たるのは1人しかいない。
「父です……」
秋斗の脳裏に正解が浮かんだ瞬間、観念したかのようにイザークが小さな声で呟く。
「……え?」
一国の王が威厳やら何やらも全部ぶん投げて、ファン魂を全力で燃やして太陽のような満面の笑み。子供のように旗を振りながら歓迎の意を示す。
普通の王はそんな事しないだろうし、精々部下にやらせて自分は中央に立ちながら真面目に迎えるのがセオリーだ。
少なくとも秋斗を最初に迎えたルクス王はそうだった。威厳ある態度で部下と共に静かに待って、秋斗の姿を見るなり跪いた光景はまだ秋斗の記憶には鮮明に残っている。秋斗とグレンの気持ち的にも厳格にやられるよりは今回の方がまだ気が楽なのだが。
厳格さは求めてはいないがそれと比べると、ある意味王としては凄いのかもしれない。
ただ、グレンの中で『王様』のイメージが壊れる瞬間だった。
グレンは聞き間違えだろう、と反応するが次はエルザが真っ赤になった顔を手で隠しながら「父です」と呟いた。
「そ、そうか。良い人そうじゃないか……?」
一国の王であり、賢者を迎える国の王としてはもっと威厳や厳格さを出して欲しいと思うイザークとエルザ。そんな彼らの心中を察して気遣うグレンは、何とか言葉を搾り出す事が出来た。
「まぁ……。ルクス王とエリオットで俺は慣れてるから大丈夫だぞ」
ルクスとエリオット、2人の王を見た事がある秋斗はまだ耐性(?)がある。2人の王は優しく、気さくな王だ。
そんな2人の王と仲が良いと言われるレオンガルド王なのだから、彼も同じような性格なのだろうとここに来るまでに予想はしていた。ただ、満面の笑みで自ら旗を振りながらはしゃぐ姿は予想の斜め上をぶち抜くくらいの気さくさのようだが。
「ははは……。そう言ってくれると助かります」
イザークは「なんで母上は止めなかったのか」と小さく呟きながらガックリとうな垂れた。
しかし、歓迎されているのは悪い事じゃない。
グレンも王様のイメージを改める必要があったがこれからの付き合いで慣れるだろう。秋斗はグレンに対して特にフォローせず終わる。
そして、遂に対面の時。
馬車を引くケンタウロス族が足を止め、ジェシカが扉をノックした後にイザークが開ける。扉を開けると別の騎士がタラップを持って来て馬車に装着させてから順番に降りて行く。
新暦1049年。春が姿を隠し始め、夏の日差しが早くも降り注ぎだした時。
伝説の賢者とその仲間が、嘗て魔法科学技術院のあった場所――レオンガルド王都へと足を踏み入れる。




