90 学園計画
ガートゥナ王都に滞在して2日目。
今日はヨーゼフと共にガートゥナにある技術研究所に足を運んでいる。
技術研究所は王都の北東エリア、王宮の隣にある貴族邸エリアを抜けた先にあり、技術研究所の周囲には安全面の考慮から公共施設も商会も何も無く、普通に暮らす住民は滅多に足を運ばない立地に存在している。
秋斗にとって研究所と言えば大きな建物が何棟も組み合わさっていたり、広大な敷地にデカイ箱が置かれているようなイメージなのだが、ガートゥナの技術研究所は一箇所に鍛冶屋が集合して出来上がったような感じだろうか。
指定されたエリア内に平屋よりも少し大きな住居兼鍛冶場がいくつも建っていて、建物の煙突からは白い煙が空へと昇る。
集った技師達がガツンガツンと鉄を叩く音は離れた場所からでも聞こえてくるので、安全面というよりも騒音対策なんじゃないか、と思えるほどの音量だった。
小さな村くらいの面積を誇る研究所だが、入り口には門があるわけでもなくそのまま道が中まで続いている。ヨーゼフによれば、研究所に材料を届ける馬車が日に何度も出入りしているので受付や門を設置すると手続きが面倒になるからだそうな。
「ここがワシの研究所じゃ」
エリアの一番奥に存在する2階建ての建物に案内され、入り口を潜ると早速会議室のように長いテーブル1つと椅子がいくつも並んでいる部屋へ通された。
部屋の中には10人ほどのドワーフ族が座っており、扉を開けて入って来たヨーゼフと秋斗を全員が緊張した面持ちで顔を向けた後に立ち上がって頭を下げる。
「皆、待たせたな。こちらが偉大なる賢者様。御影秋斗様じゃ」
「よろしく」
「おお! 我らが神よ!」
「………」
ヨーゼフから既に聞いてはいたが、秋斗は失われた技術を復活・追求するドワーフ族からは神のように崇められている。なので、事前にヨーゼフから「行ったら神って言われるよ」と言われていたが実際に言われると「違う」と叫びたくなるが、否定したらしたで絶対にややこしい事になる。
秋斗は喉元まで出かけた否定の言葉を呑み込んで我慢した。農家から神と呼ばれるケリーも同じ気持ちだったに違いない。
「秋斗殿、今集まっているコイツ等はガートゥナ王国で腕の良いと評判な10人じゃ。まずはコイツ等の中から5名を秋斗殿に同行させる。ワシと共に技術を学びながら新型魔道具の開発を進めたい」
「あのー、全員ではいけませんか?」
わかった、とヨーゼフの言葉に秋斗が返した後、1人のドワーフが挙手をして質問を投げかける。
「全員同行したらガートゥナでの仕事を指揮する者がいなくなるじゃろう」
「そうですけど……。溢れた者にも学べるチャンスを! 神のもとで学びたい! 学びたい!」
「待て待て。今から今後の考えを伝えるから落ち着け」
今回選ばれなかった5名と思われるドワーフから手が挙って「行きたい! 学びたい!」と騒ぎ始めるが、ヨーゼフは彼らを手で制して落ち着かせる。
ヨーゼフが彼らを落ち着かせた後に、予てよりヨーゼフと秋斗が考えていた技術向上プロジェクトを語り始める。
「まず、秋斗殿はレオンガルドで研究所を建設するのだ。そこで秋斗殿から技術を学ぶ生徒、第一期生が各国から数名集められる。そして、その数年後に第一期生が講師となった技術系知識専門の学び舎を作るのだ。学び舎は我々のような既に知識を持っている者以外、物作りに関して素人な者からも学生を集う」
広く技術を教えようとも秋斗が全員に1から10まで教えるのは時間が掛かるし、秋斗自身が研究する時間が無くなってしまう。
既に東側全王家からGOサインが出ている秋斗専用の研究所を建設し、そこで現代魔道具生産者を数名集めて秋斗の指導を受けながら新型魔道具の生産を行いつつ賢者時代の技術を学ばせる。
彼らに技術を教えた後に、新型魔道具を市場に流してゆっくり浸透させながら技術系の学園を建設して第二期生を育成する。
講師となるのはヨーゼフが言うように秋斗から技術を学んだ第一期生で、彼らは魔道具を作る合間に講師として学び舎で教鞭を振るう予定だ。
因みに、予定されている学び舎は秋斗の研究所と隣接して建設されるので、何か不明点が出ても秋斗がすぐに回答や実験検証などのサポートができるように計画されている。
学園を建設した際に素人であっても良し、と広く募集するのは現代の魔道具製作者になる為の過程に問題があったからだ。
現代の魔道具生産者は技術の一子相伝や師となる者への紹介状、紹介してくれる人脈、現代で使われている素材や魔法に詳しい等の何かしらの専門知識を持っていないと学ぶ事すら出来ない。
第二期生の募集が素人も対象となるのはそれらの高すぎるハードルをクリアできず諦めていた原石を探す為もあるが、今後東側で普及させようと思っている規模を考えると限られた者だけが学べる技術となっては圧倒的に対応できる者が少なく、混乱する様が目に見えているからだ。
魔道具を1から全て作れるのが確かに望ましいが、腕は無くとも壊れた魔道具の修理箇所を見極めできるだけの者がいるだけでも対応はかなり楽になる。
彼らが見極めた修理箇所を修理できる者に頼めば良く、彼らが魔道具を売る商会と連携して店頭に常駐していれば使い慣れない魔道具を使い始めた住民の安心感もグッと高まるだろう。
研究所と繋がりのある者が魔石カートリッジの充填なども行ってくれれば商会の者も助かるはずだ。
もちろん本人の希望に沿って就職を斡旋するが、学び舎の学習過程で成績の良い者は研究所の生産者に推薦されるだろう。
「なるほど、王都にある学園みたいな物の技術知識専門ですか」
「確かにヨーゼフ所長の語る規模で普及していくなら人材は多くなくては破綻してしまうな……」
今回5名のうちに選ばれた者も選ばれなかった者もガヤガヤと近くにいる者とヨーゼフの語った内容について話し合う。
しかし、そうなれば学ぶ事に出遅れた者は不利なのではという意見も出て来た。
「出遅れると不利? 何を言っておる。たった1年2年で古の技術を会得できると思うな。ワシでさえ入り口にすら立っておらんし、教えて下さった部分を全て理解できておらん」
腕が良く、賢者の遺跡から発掘したマナマシンを解析して魔道具を作り上げてきたヨーゼフが己の無力さを語る。
「ワシは秋斗殿がエルフニアで開発した魔道具の新機構を見た。旅に同行して秋斗殿が作り上げた物を全て見てきた。ワシなんぞ足元にも及ばない。今まで文献を読み、発掘品を解析して古の技術を想像していたが、ワシの考えを遥かに超える大技術じゃったわ」
ヨーゼフは魔道具作りに関して右に出る者はいない、と東側全土で名を上げられるほどの技術者だ。そんな彼がここまで自分を卑下するのは他のドワーフからしてみれば驚くほどに珍しい事だった。
それと同時に彼らは自分達の長が溜息を零しながら語る失われた技術の高さに息を呑む。
「失われた時代と同じ水準に上がるには今後100年。いや、200年以上は学びの時となる。ワシらの子と孫に伝える為に、全員で学ぶのだ。わかったな?」
「……わかりました。心しておきます」
集った10人のドワーフは真剣な面持ちで頷く。
(教科書作りやらカリキュラムの設定どうしよう……)
蚊帳の外に置かれた秋斗は彼らの期待に反して、しっかりと学びの場が用意できるのかという不安に冷や汗を掻いていた。
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ガートゥナ王国に滞在して4日目。ついに今日から旅は再開され、レオンガルドへ向けて旅立つ。
秋斗達一行は王宮の外で別れの挨拶を行っていた。
「オリビアよ。この手紙を父へ渡すのだ。私が行けない分、指導させる訓練内容が書いてある。……我が娘よ。言った通り、励むのだぞ」
「わかりました。母上」
オクタヴィアはそっと娘を抱き寄せる。オリビアも母の背中に腕を回して母の温もりを感じ取っていた。
「賢者様。軍将様。次は我が王と共に歓迎させて頂きます」
「ありがとう。お世話になりました」
「宰相殿。感謝致します」
秋斗とグレンは宰相と握手し、別れの挨拶を済ませる。
彼には色々と気を使って貰い過ぎて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。現在も彼の計らいで秋斗とグレンが気に入ったカレーの材料を馬車に積み込んでいる最中だ。
宰相からしてみれば国の為に壁を作ってもらい民まで救ってくれた英雄達に対する感謝の印で、彼の顔にはまだ足りないといった表情を浮かべていたが秋斗とグレンが十分だからと説得した結果だった。
「いっぱい作ってあげますからね」
一方、ソフィアはガートゥナ王宮にいる料理長からカレーのレシピを教えてもらってホクホク顔だ。
滞在中に料理長の指導のもと何度か試作を行って、料理長からは免許皆伝を言い渡されたらしい。尚、試作したカレーは秋斗と王宮のメイドと執事が美味しく頂いた。
「では、出発!!」
馬に跨り、先頭を行くエルフニア所属の騎士隊長が叫ぶと秋斗達を乗せた馬車はケンタウロス族に引かれてゆっくりと王都の大通りを進んで行く。
大通りの左右には王都に住む大勢のガートゥナ国民が手を振って、秋斗達の出発を笑顔で見送っていた。
「あと1週間後にはレオンガルドか」
「この旅も終わりですね」
エルフニア王都から始まったこの旅もレオンガルドに到着したら終了となる。ここまで1ヶ月ほどであったが壁の設置にグレンの目覚め、基地から被害者を救出など結構濃厚な1ヶ月だった。
「レオンガルドに着いたら秋斗様はまた会議ばっかりでしょうね」
「そうだなぁ。魔道具の開発やら普及やらと決めなきゃいけない事が多いからな」
秋斗の当面の目標は東側に住む人々が作る魔道具のサポート、魔道具による住民全体の生活利便性向上を図る事。それに併せて、グレンによる軍組織の育成と強化に魔道具導入を加えて国防力の向上。
とにかく秋斗のやる事は魔道具作りなわけだが、ただ作れば良いという訳ではないし動き出す準備にも時間が掛かる。
レオンガルドに到着したら、ソフィアの言う通り会議漬けの毎日だろう。
「会議ばかりは体によくない。たまには私達と遊ぶべき」
秋斗の隣に座るリリが、秋斗の顔をじっと見つめながら呟く。ガートゥナではオリビアを構う事が多かったからか、何がとは言わないが少々不完全燃焼なリリだった。
「遊びか。うーん……」
リリ達と遊ぶとなると何が良いのか。それを考えていると馬車の中が太陽の光で熱くなってきた。
馬車の窓を開けるとガートゥナの農場に吹く爽やかな風が秋斗の髪をくすぐる。
秋斗がこの時代に目覚めて3ヶ月。季節は春から夏へ変わろうとしていた。
「夏といえば……水遊びだな」
「水遊びですか。良いですね。外が暑くなる頃には会議もひと段落しているんじゃないですか?」
「涼しい遊び希望」
川遊びか、海で海水浴か。
どちらにせよ、目の保養になるのは間違いない。
秋斗は両隣に座る婚約者の胸をチラ見して鼻の下を伸ばしていた。




