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88 イネスの報告 / フォンテージュ商会


「新たな賢者様が目覚めたあああああ!?」


「ぐ、軍将様だとおおおお!?」


 レオンガルド王城にやって来たガートゥナ王国第一王妃イネスはフリッツのいる会議室へ到着し、挨拶をした後で早速本題を語った。

 まずはグレンが目覚めた事。そして、彼は秋斗と友人であり賢者時代では軍人だったというサンタナ侯爵から報告を受けたグレンの背景を明かした。

 フリッツ、セリオ、レオンガルドの貴族達、セリオと共に来ていたガートゥナの貴族数名は、歴史上とんでもない事態に驚きの雄叫びを上げる。

 

 ケリーが亡くなって1000年の時の間、現れた賢者は確認されていない。

 だが、ここへ来て秋斗とグレンの2名が目覚めた。これは何か大いなる意志によるものか? と勘繰る者が現れてもおかしくない事態だ。それほどまで現代では、賢者時代の生き残りは稀な存在とされている。

 グレンの件だけでも大騒ぎであったが、それに続いて秋斗とグレンの超威力兵器による脅威排除と奴隷救出作戦。

 イネスがレオンガルドに向かっている最中に追いついて来た伝令によれば、作戦は成功してサンタナ砦に救出された多くの奴隷被害者が保護されていると言う。

 

 東側の全王家が知り得なかった、賢者時代の兵器を利用して東側を討とうとしていた帝国の計画を潰した上に奴隷被害者まで救ったともなれば、会議室に集う狂信者達のテンションは一気に上がるのも頷ける。


「尊い……!」


「まさしく英雄である……!」


 イネスから話を聞き終えたフリッツは手で顔を覆い隠しながらだくだくと涙を流し、セリオも現代に目覚めた二大英雄に感極まった様子で天井を見上げていた。

 アーベル宰相や他の貴族達も、下手をすれば東側全国民が死んでいたかもしれない脅威が去った事と奴隷被害者が救われた事に安堵しながら忠義を捧げる王と同じように二大英雄へ感謝の祈りを捧げる。


「これは最早盛大に、などとは言ってはおられぬ」


 秋斗とグレンをレオンガルドに迎える際に催す祭りに関して、セリオが退出して行った後も話し合いは続いていた。ある程度は決まっていたが、イネスの報告を受けて再び白紙へ戻ってしまう。

 特にグレンが目覚めた事に関して含まれていなかったので再び『二大英雄を迎える』というのを主な内容で決めなければいけない。だが、決めるにあたってもう1人呼ばなければいけない人物が出来た。


「フリッツ陛下。セリオ陛下。イネス様。大司教エミル、ただいま参りました」


 レオンガルド王国王都にある賢者教本部で大司教を務め、純白の修道衣に純白のベールで顔を隠した女性。賢者教のトップであるエミルが王城の会議室へ急遽呼び出された。


 彼女は席に座り、フリッツ王から呼び出された意味を教えられる。

 グレンの目覚めを聞いた彼女はベールで顔を隠しているにも拘らず、驚いたのが全員に伝わるくらいビクリと体を震わせた後に堪らず椅子から立ち上がってしまうほどであった。

 更には無事に完了した作戦の件も聞き終えると、彼女はごく自然な動作で手を合わせて祈りを捧げ始める。

 王家や貴族達も彼女が祈りたくなる気持ちは十分に理解できるので、彼女の祈りが終わるまで静かに待っていたのだった。


 彼女の祈りが数十分続いた後、祈りが終わったのを見計らってフリッツがエミルへ問いかける。


「して、エミル殿。賢者様と軍将様が我が国にやって来るのだが、歓迎の催しはどうすれば良いと思いますかな?」


 フリッツの問いにエミルは迷う事無く自分の考えを披露する。


「まずはグレン様の名を東側全土に知らせましょう。軍将という名称も喜ばしい事に、偉大なる賢者様がお決めなられた。賢者教内で議論するまでも無く満場一致で可決されるでしょう」


 ここで一旦言葉を区切った後に、エミルは発言を続ける。


「王都にお越しになる前に賢者様、軍将様の目覚めと今回お二人が起こして下さった奇跡を大々的に発表致しましょう。ご到着した日は民にお姿を見せて頂きながら大通りをパレードした後に賢者様を叡智の庭へご案内。その後、お二人が成し遂げた偉業を称えてその日を祝福の日としましょう。祭りは翌年から大きく開催した方が、今はお忙しい賢者様と軍将様も楽しめるかと思います」


 エミルの語った案を要約すると、グレンと軍将という名を全国民に認知させてレオンガルにやって来た日を祝日――初年度は厳かに祝福の祈りを捧げ、来年から祭りの開催日になる――にしましょう、という事だ。

 それと、彼女が言った『叡智の庭』これは大遺跡、魔法科学技術院の庭園だった場所で秋斗と師グレゴリーの愛した景色の見える場所だ。そこにはケリーの墓があり、ケリーが亡くなる直前に零した『アークマスターを再び研究所へ集わせたかった』という心残りと思われる呟きが先祖達によって残されているので、大恩あるケリーの為にも必ず案内しなければいけない場所である。

 

 叡智の庭の件はともかく、パレードの件は秋斗とグレンがいれば全力で拒否するような内容であるが彼らはここにはいない。


「確かに今から祭りを行うには時間が足りぬ。ならば、翌年からしっかりと準備をした上で開催した方が良いな」


 今年は秋斗の魔道具改革など、本人も国もやる事が山積み。そんな中、忙しい合間を縫って参加を願っても却って迷惑になってしまうだろう。

 ならば1年後、少しでも落ち着いた状況の中で開催した方が参加する本人も開催する国も都合が良い。更には、ただ祭りを開催するよりも祝福の日に制定した方がその日に対する国民の意識もより大きなものとなって重要度が上がるのだ。

 

 エミルの案はさすが大司教だ、と全員に納得されて採用された。


「とにかく、式典の準備とガートゥナに保護された被害者達の支援、医療院職員の派遣、食料や生活用品の援助物資の準備と搬送を急げ。エルフニアにいるエリオットやルクス達も1週間後に訪れる。忙しくなるぞ」


 フリッツの言葉に会議室にいる全員が頷き、レオンガルドの王城は人が忙しなく動き始めた。



-----



 同日、エルフニア王国王都。


 こちらの会議室にも王家と貴族達が集まり、連日会議を行っていた。

 主な議題は国境沿いに設置する壁の件、それと秋斗から教えられた技術を用いた新型魔道具の運用と普及に関して。

 

 壁の設置に関しては、ウエストン伯爵からの報告もあって特に問題無しとなっていた。同伴したエルフニア騎士団からの定期報告でも旅は順調であり、ガートゥナで作業中と報告されている。 


 次に魔道具関連であるが、既に第一弾である給水魔道具の運用データは収集され、魔石カートリッジの有効性は十分に証明された。

 

 特に公共利用魔道具――給水魔道具の運用における費用の問題改善が凄まじい。改善前の魔石交換による費用と改善後のカートリッジの交換費用を比較すると10分の1まで下がっていて、別の事業に税金を回せる目処もついてルクス王もロイド宰相も長年の悩みが解消された形となった。

 兼ねてより計画していた各街を結ぶ道の整備と安全性の向上、公衆浴場などの公共施設の増設などの止まっていた計画が再び動き出したのでレオンガルド同様、エルフニア国内の為政者側も国民側も忙しく動き回っている。


 特に忙しいのは魔道具関連の部署と商会だろう。

 王城にある製作室はヨーナスを中心に、市場に出回っている既存の魔道具をオンボード・カートリッジ式に改善した物を再生産。今後、国内外の完全普及に向けて多くの生産者が必要になるのを見越してエルフニア国内から技術者志望を少数募って技術者の育成準備を開始した。

 

 魔道具関連を取り扱う民間商会にもカートリッジ式の理論や技術の開示を始め、店頭に設置するカートリッジ内の魔素を再充填させる装置の説明会などを開始。

 商会関係者も賢者の開発した新技術とあっては否定的な者は現れず、積極的に協力の意志を示している。新型魔道具の先行販売を行うエルフニアは他国とも連絡を取り合い、着実に準備を進めていた。


 そんな中、エルフニア王国の貴族である1人の男性が会議室に呼び出されていた。


「フォンテージュ卿。急に呼び出してすまぬな」

 

「いえ、とんでもございませぬ。陛下からのお呼びとあらば、それに応えるのが家臣というものです」


 会議終わりのルクス王に呼び出されたのは、秋斗がエルフニア王都に初めて訪れた際に催された歓迎の宴にて本にサインを求めたアリアという少女の父親、サイモン・フォンテージュ子爵だった。

 

「卿も既に知っていると思うが、今は秋斗様によって魔道具技術の改革が行われている最中。国内外の完全普及に向けて、まずは我が国がモデルケースとして動き出している。そこで、卿の持つ商会の輸送力を貸してもらいたい」


 フォンテージュ家は小さな行商人から始まり、波乱万丈の人生を経て一代でエルフニア王国の貴族へ駆け上がった実力派な家だ。

 今ではエルフニア王国国内で最大級の輸送力を持つ行商会を運営しており、国内で最大数のケンタウロス族を雇用する行商専門商会に成長した。

 彼の商会のモットーは『速い・安全・確実』だ。新鮮な野菜から個人の手紙まで、最速かつ魔獣を物ともしない装備で確実にお届けする。彼の商会に任せれば間違いない、と国内外からもっぱらの評判であった。


「卿の商会に各街で販売する魔道具の輸送、製作室で生産する魔道具の材料の搬送を頼みたい。そして、将来的には秋斗様の御用商人になってもらう可能性がある」


 王の口から告げられる人生最大級の大仕事にサイモンは思わず生唾を飲み込む。

 

 賢者が目覚め、古の技術が復活した。その技術を王城の技術者が学んでいる。街ではそう噂されてから今後最もアツイ商売と言えば魔道具関連と街に居ればどこでも耳にする話題だ。


 それを証明するように新技術を用いた街の給水魔道具は使用中に故障・魔石の枯渇による利用停止に陥らないと改善前に民が漏らしていた不満が解消されて評判の声が上がり、最近は王家からも正式に魔道具普及の政策を貴族に向けて発表された。

 

 儲けたい商人ならば何としてでも関わりたい、国の最重要事業を手伝えと言われたのだ。しかもこの事業は失敗(・・)が無い。何故なら、偉大なる賢者が関係しているからだ。


 しかも先日、王の口から告げられた説明によれば今回の新技術はまだまだ序の口であり、技術者の育成は必要であるが今後はもっと便利な魔道具が開発されて東側全土で普及するのは確実だという。つまりは、かなり長い期間で事業は進められる。上手く行けば輸送に関して一生使って貰えるかもしれない。

 それだけでもかなり大きく実りがある案件だ。それに加えて偉大なる賢者の御用商人になれる可能性。もはやその地位は金以上に名誉ある物。断る者などいない。


「秋斗様が今後研究を為さるのであれば様々な素材を速く確実に用意する必要がある。さらに、あの御方の研究と開発の速度に現代の技術者が付いて行くなら時間は幾らあっても足りない。生半可な者に頼んで生産の材料が技術者のもとに届かないとなってしまっては時間が惜しい。時は金以上に貴重。他国との取り決めで、他国の商会も御用商人となる者がいるが我が国からは卿を推したい。卿の持つ輸送隊の輸送力。堅牢な装備による安全性と確実性。どれも期待している」


「ハッ! 我が王のご期待に、必ず応えてみせます!」


 サイモンは頭を下げ、王からの命を受けた。


 その後、与えられた任の重要さと賢者の御用商人という商人ならば誰もが羨む地位を脳内で反芻しながら、夢心地になりフラフラと家へ戻った。


「アナタ。おかえりなさい」


「パパ。おかえりなさい」


 フラフラと体を揺らしながら家に帰り、玄関に入ると愛しい妻と娘がサイモンを迎える。


「2人とも、少し話がある……」


 サイモンは妻と娘を書斎に連れて行き、先程受けた話を伝えた。


「け、賢者様の御用商人……」


「すごーい!!」


 妻は大きすぎる現実に付いて行けず唖然とし、娘は憧れの賢者に再び会えるかもしれないとピョンピョン跳ねて喜びを表した。


「私も夢なんじゃないかって思ってるんだ。アリア、パパの頬を抓ってくれないかい?」


 愛する娘に抓られた頬はちゃんと痛かった。明日は商会の幹部と一日会議だな、と考えながら膝の上に座る愛娘を抱きしめた。




 フォンテージュ商会。後に数多くの輸送商会を傘下に収め、東側最大級の輸送企業へと成長する最大の切っ掛けは賢者の御用商人になった事だろう。

 マナリニアやマナトラックに積載するコンテナに書かれたエルフマークはフォンテージュ社の創始者サイモンが溺愛した愛娘であるアリアがモチーフで、偉大なる賢者と創業者が街の屋台で串カツを食べながら決めたらしい、と三代目の会長は語る。


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