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86 母と娘


 秋斗とグレンが城壁の上で世間話をしている頃、サンタナ砦の1室では親子水入らずで過ごす2人がいた。


「母上。私は秋斗の嫁となります」


 オリビアは母であるオクタヴィアが座るソファーの対面に座って開口一番に告げる。他の者がこの場にいれば、折角久しぶりに対面した親子の会話なのだからもっと軽い話からいけよ、とツッコミたくなるだろう。

 だが、彼女の性格上それはあり得ない。


 しかし、脳筋女子の母であるオクタヴィアもサッパリとした男らしい性格をしているのでオリビアの判断は間違ってはいなかった。むしろ、遠まわしに告げた方が『もっと早く言えよ!』とオクタヴィアは気分を悪くするだろう。


「それは賢者様も納得されているのか?」


 実は既にリリとソフィアから恋人うんぬんの件は聞き及んではいるが、自分の娘の口から聞きたいために知らない振りをした。それと同時に我が子を褒めまくりたい衝動に駆られるが母の威厳を出す為にグッと我慢する。

 自身が姉と慕うリリとソフィアから聞いているので疑ってはいない。だが、オリビアは嘘を言う子ではないが如何せん何でも先走る。誰に似たのか脳筋な子であるから母としてしっかり話を聞いてからだ、とオクタヴィアは眉間に皺を寄せる。

 誰に似たってお前だよ、というツッコミをする者はここにはいない。


「もちろん。今は恋人であるが、父上の許可が得られたら婚約者となる約束をしております。ダリオに言ったら父上に文を出すと言っていましたが」


 あの英雄譚に登場する伝説の賢者の恋人。その言葉を聞くとオクタヴィアは我が子を撫で回したくなる。だが、我慢。オクタヴィアの尻尾がばっさばっさとソファーと背中の間で暴れているが見てはいけない。

 ダリオがセリオに文を送ったという事だが、オクタヴィアのもとにはまだその情報は入ってきていない。まだ来ていない、という事はレオンガルドにいる夫の手に届いてからまだ数日も経っていないのだろう。

 その後もオリビアから詳しい話を聞くが半分は惚気だった。だが、話の後半になるとオリビアは真剣な眼差しで告げる。


「秋斗が民を守るのであれば、私は妻として、ガートゥナの姫騎士として賢者を守る。そう決めました」


「……なるほど。よくわかった」


 オクタヴィアはいつも以上に真剣なオリビアの目を見て察する。サンタナ侯爵より報告を受けた賢者の異変。サンタナ侯爵も詳細は知らず、他の王家からもまだ詳細は詳しく聞いてはいない。

 だが、オリビアが言う事はその件に関係するのは読み取れた。後ほど他の王家から詳細は聞くとしても、オクタヴィアはまず娘の覚悟を受け入れる。


「偉大なる賢者様を守る、という事は並大抵の実力では出来ない。その力があるか、まずは私が試してやる」


「わかりました」


 そう言って2人は武器を持って砦の外へ向かう。

 オリビアの得意とする双剣術は母から教わったもの。故にオクタヴィアの手にも長年相棒として使っている双剣が握られていた。

 2人は砦で作業を行う者達の邪魔にならないよう、離れた場所で双剣を構えて対峙した。 


「かかってきなさい」


 オクタヴィアは異なる長さの剣を両手に持って娘と対峙する。

 オリビアも同じく双剣を持って構えるが、オクタヴィアの言葉にすぐ応えられなかった。


 双姫オクタヴィア。嘗てガートゥナ国王である獣王セリオ・ガートゥナと肩を並べて戦った武人。姫騎士を冠するオリビアが勝てない相手は父セリオただ1人と言われているが、オクタヴィアは数えられていない。

 何故なら、オクタヴィアはオリビアの師であり母。オクタヴィアは今までオリビアに双剣術を教えはしたが本気で対戦する事は無かった。オリビアは母から『私から学んで父と戦い、私が若かりし頃のセリオに勝ったように勝て』と言われ続けていた。

 

 現在は獣王セリオがガートゥナ最強であるのは間違いない。だが、それまで最強の名を持っていたのはオリビアの母であるオクタヴィア。

 彼女はオリビアを出産して間もない頃、魔獣討伐に赴いて部下を庇い負傷。足に深い傷を負って長時間の戦闘、機動力を活かした戦闘が出来なくなってしまった。

 それ以来ガートゥナの女子は強いと言われる筆頭、最強の名を持っていたオクタヴィアは戦士を引退。最強を夫に譲り、娘を育ててきた。


 嘗ての最強。そして双姫という異名に相応しく、オリビアと対峙する母からは異常なほどのプレッシャーが襲い掛かる。何も準備せずに一度間合いに入れば斬り殺される、と思ってしまう程の殺気がオリビアに向けられていた。

 しかし、オリビアは唇を強く噛んで己を叱咤する。母を越える事が出来なければ、母以上に強い父を超えられない。父以上に強い秋斗を守る事などできない。

 

 自分の尊敬すべき父と母は憧れ、愛おしく思う相手を守るための踏み台に過ぎない。ここで止まるなど自分が許せない。


「シッ!」


 オリビアは自身の速さと手数を活かした戦法を得意とするが、渾身の一撃といわんばかりに剣を振り下ろす腕に力を込めてオクタヴィアに斬りかかる。


「甘い! 愚か者ッ!!」


 初手から渾身の一撃であったオリビアの攻撃はオクタヴィアの持つ双剣に受け流されて、脇腹を強く蹴られて吹っ飛ばされてしまう。

 

「その程度で賢者様を守ろうなど笑わせる! 一線を退いた母すらも倒せぬ奴が大事を抜かすな!!」


 オクタヴィアは、自身に臆し力任せの剣を振るったオリビアに向かって吼える。お見舞いした蹴りも古傷を抱える足であったが、彼女には傷を負った足を庇う気は全くない。

 全身全霊を持って娘の覚悟を受け止める。オクタヴィアがそうするまでに、賢者を守るという言葉はガートゥナ王家だけでなく、東側の王家にとっては重い言葉であった。


「ぐっ! まだだ!!」


 一線を退いたと言いながらも鋼鉄のハンマーで殴られたかの如く重い蹴りを受けたオリビアは地に転がってしまうが、苦悶の表情を浮かべながら素早く立ち上がって再びオクタヴィアへ斬りかかる。


 足を使い、機動力を活かし、父のように力強く双剣を振るう。

 ガキン、ガキンと何度も互いの双剣が交差するが、技術に優れたオクタヴィアの双剣術はオリビアの振るう双剣の衝撃を受け流して、最小限の動きのみで捌いていく。

 オリビアは機動力のある普通よりも力強い剣、であるがオクタヴィアからしてみればどっち付かずの中途半端な剣で脅威は微塵も感じない。

 剣を受けるオクタヴィアは娘の剣を長年培った技術と読みを活かして受け流した後に相手の力を利用したカウンター。どちらが優勢なのかは子供が見ても明らかだった。


「馬鹿娘め! お前には父のような力で捻じ伏せる剣は使えぬと何度も言っただろうが!」


「ぐっ!」


「足を使って相手を翻弄しろ! 力任せに振らずに鋭い剣を放て!」


 父であるセリオは剛の剣を振るう。身の丈ほどの大剣を持ち、己の体に秘める全ての力を持って一刀で両断するのが獣王セリオという男。

 一方で母であるオクタヴィアの剣は力よりも、踏み込み速度や体のバネを使った鋭い一撃で的確に相手の急所を斬り飛ばす剣を使う。


 だが父セリオと何度も試合をしているオリビアは、父に負け続けるうちに力任せに剣を振るクセがついてしまった。

 オリビアは力が弱い。平均的な女性と同じパワーしかない。だからこそ、父のような剛の剣は使えない。師であるオクタヴィアは何度も指導しているがクセは抜けない。

 矯正して己に合った剣の振り方、戦い方を会得しない限り、オクタヴィアには勝てないだろう。


 オリビアが何度も地に転がされていると、さすがに音やオクタヴィアの怒声に気付いて人がやって来る。

 最初にやって来たのはリリとソフィアとエルザの3人だった。

 彼女達はオリビアとオクタヴィアが何をしているのか知っている。賢者に並び立つという意味を理解している3人は何も言わずに2人の戦闘を見つめていた。

 

 3人に続き、少し遅れてやって来たイザークも2人の様子を見るだけで口出しはしない。

 むしろ、レオンガルドに帰れば自分の番だと気を引き締める。彼もまた賢者に並び立つ存在になるため、越えなければいけない試練は多い。

 声には出さないが、共に賢者を守ると宣誓したオリビアへ心の中で応援を送り続けた。


「おいおい、どうした?」


 最後にやって来たのは秋斗とグレン、2人と城壁で世間話をしていたジェシカの3人。

 秋斗がオクタヴィアと本気で戦うオリビアを見て、リリに状況説明を求める。


「あれはオリビアに必要なことだから」


 そう言うだけで、リリは戦うオリビアへ視線を戻した。


「僕もですけど、オリビアは秋斗を守ると宣誓したでしょう? 偉大な賢者を守るには、賢者と肩を並べる程に強くなければいけないと言われているんです。生半可な覚悟や力でそれを言えば偉大な賢者に対しての侮辱と取られる。だから、オリビアは最低でも師であるオクタヴィア様に認められなければいけない」


 さすがにその言葉だけでは秋斗も頭に疑問符を浮かべるだけだろう、とイザークが苦笑いをしつつ補足する。

 補足された秋斗であるが、まだ疑問は尽きない。


「でも、オリビアって姫騎士って言われてかなり強い部類なんじゃ?」


「そうですね。でも、父であり獣王と呼ばれるセリオ陛下には勝てない。最強の名を持つセリオ陛下が秋斗と並び立つのは認められるでしょう。でも、今のオリビアでは懸念(・・)されてしまうんですよ。ガートゥナ最強(・・・・・・・)じゃないけど大丈夫? って」


 秋斗の問いに答えるイザーク。その答えを聞いてグレンは納得したように頷いた。


「なるほど。信仰対象にもなる賢者が害されてしまったらどうするんだ、となるわけか」


「そうです。守る者が真に強き者じゃなかったから、と言われるし、その者が弱いのに賢者の守護を行えば『この程度で賢者は守れる』と賢者を侮辱してしまう。だから、この件については王家も慎重になりますし身内でも本気で見極めます。……まぁ、僕も祖国に帰ったらオリビアと同じようになるでしょうけど」


 イザークも覚悟を決めた顔をしているが、話を聞いていた秋斗の素直な感想としては賢者に対する信仰心ヤバすぎじゃない? だ。

 そこまで気にしないでも、というのが本音であるが言ったところで変わらないだろうし、リリとソフィアから言うなと止められるのは目に見えている。

 と、ここで秋斗は1つの答えを悟る。


 もしかして、オリビアちゃんはお母さんに嫁になるってもう言っちゃったの?


 どう考えても守る宣言を母に伝えたという事は、母から「それは何で?」と問われて経緯を説明するに決まっている。

 行き着いた答えに秋斗は冷や汗を流す。恋人の母親に会ったにも拘らず、まだ一言もその話題に触れていない。これはマズイんじゃないか、と大量の汗が噴出した。

 秋斗のシナリオでは、今夜の夕食後にオリビアを交えながらお茶でも飲みつつ談笑している最中に触れる予定だった。

 が、現実は上手くいかない。オリビアに一緒に言おうね! と約束しなかった自身が悪いのだが。というか、既にリリとソフィアにバラされているので時既に遅しだ。


「ふん。やはりお前ではまだ無理だな。このまま賢者様と婚約させてしまえば、賢者様にご迷惑となるのは目に見えている! オリビア、お前にはまだ早い!!」


 オクタヴィアはオリビアの想いを抉るように言い放つ。

 何度地面に転がったかわからないくらいオクタヴィアにやられっぱなしのオリビアは、息を荒くしながら顔と体は泥だらけで大地に沈む。


「ぐう、う……」


 オリビアの心には悔しさが充満する。自分の師である母に手も足も出ない。その現実がオリビアの心を折ろうと迫り来る。

 だが、手放したくない。ようやく現れた、自分が心から愛する異性を諦めるのは出来ない。壊れそうな心を抱えながらも自分達を守ろうとしてくれた秋斗を守れないなど――


「嫌だ!!」


 オリビアはボロボロになった体に活を入れて立ち上がり、叫ぶ。

 オクタヴィアは娘の叫びと、力強い眼力にピクリと反応した。 

 

「私は愛する秋斗の嫁になる!! 私が守ってみせる!!」


 オリビアは双剣を再び構えて師であり母に対峙する。オリビアの構えと気迫は一線を退く前、嘗て双姫と呼ばれて戦場を駆けたオクタヴィアと瓜二つ。


「ならば、母を越えてみせよ!!」


 オクタヴィアも再び双剣を構え、オリビアの攻撃に備える。


「フッ!!」


 オリビアは最後の一撃を放つ。その攻撃は父セリオのような剣ではなく、正しく母の教えた剣であった。

 踏み込んだ地面が爆発するような瞬間速度、そのスピードを殺さず風のように剣撃を放つ。振るった剣の軌跡が煌いて残るほどの瞬速の剣がオクタヴィアを襲う。

 

「――ッ!!」


 放たれた剣を受け流そうとしたオクタヴィアの持つ剣の刀身が宙に舞う。クルクルと舞う刀身は重力に負けて地面に突き刺さった。


「見事だ。我が娘よ」


 オリビアの放った剣は嘗て自分が使っていた剣と同じもの。遂に師である自分と同じ剣を放てるようになった娘に、剣を降ろして素直に認める。 


「母上……」


 ニコリと微笑む母を満身創痍の状態で見つめるオリビアは、力の入らない手から剣を落として地面に座り込んでしまう。

 オクタヴィアは娘を見下ろしながら息を整えた後に、秋斗のもとへ歩み寄って跪く。


「賢者様。我が娘はまだまだ未熟。しかし、貴方様を想う心は本物です。私と夫が我が娘を鍛え、必ず貴方様を守れる存在にしてみせます。まずは、婚姻の件だけでも我が娘の想いに応えてやって下さいませんか」


「……俺も彼女と結婚したいと思っています。是非、こちらからもお願いしたいのですが、ガートゥナ王の了承を得なくてもいいのですか?」


 オリビアとの仲は良好。守ると言ってくれたのも嬉しいので応援している。しかし、父親の判断を聞いていない。母親の了承だけで婚約して良いの? というわけだが。

 

「問題ございません。我が夫も婚約に賛成するでしょう。しなかったらさせます。ぶん殴っても賛成させます」


「ヒョッ!?」


 もしかしてガートゥナって王妃の方が権限強いの!? と思いながら野次馬している獣人騎士に視線を向ければサッと全員視線を逸らし、リリとソフィアに顔を向ければ凄い良い笑顔で頷かれた。

 ガートゥナ女子は強い。もしかして、現王であるセリオも……と少し同じ男性として悲しくなった。

 現代の女性は強い。自分も同じ未来になるのかと思うと切なくなった。


「旦那様! これで正式に婚約者だ!」


 秋斗はヨロヨロと体をフラつかせながらも秋斗に飛び込んでくるオリビアを受け止めて抱きしめる。


「うん。オリビア、よろしくな」


 尻尾をパタパタと揺らしながら秋斗の胸元に顔を埋めるオリビアの頭を撫でる。秋斗が正式? にオリビアと婚約者になった瞬間であった。


 そんな秋斗とオリビアを見て、歓喜に沸く騎士達は拍手と祝福の声を上げる。

 皆の祝福の声に照れながら応える2人を温かい目で見守るオクタヴィアのもとに、リリとソフィアが近づいた。


「素直に認めてあげればよかったのに」


「昨日教えたらめちゃくちゃ喜んでたじゃないですか」


 リリとソフィアに挟まれるオクタヴィアは娘と同じように尻尾をパタパタさせつつ、腕を組んで表情を引き締める。


「母ですので。娘には甘くしてはいけないのですよ、姉様方」


 これも母の愛情である、と内心喜ぶ気持ちが尻尾に現れっぱなしのオクタヴィアであった。


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