85 荷馬車の改良 / 魔獣の名は
オリビアの母であるオクタヴィアとの会談後、秋斗は疲れた体を癒す前に回収した弾頭の筒缶をシェオールに移送。その後はシールドマシンの起動を行った。
基地を爆破したことで一先ずは東側に迫る大きな脅威は去り、後は奴隷狩りが国内に入り込まなければ安定した平和は維持される。
シールドを破って入り込まれる可能性もゼロではないが時間はだいぶ稼げただろう。秋斗が考える奴隷問題の取り組みとしての一歩目は踏み出すことが出来た。
あとはグレンによる騎士団の強化と育成、秋斗が現代人に教える技術で全体的な技術力の向上と向上に合わせた国内の整備だ。もちろん武装の強化なども含まれる。
ただ、環境を著しく破壊する物や高圧縮魔素弾頭ミサイルなどの超威力兵器を教えるつもりは無いし、禁忌指定して作り出すのも許可はしないつもりであった。
それらの考えもシールドマシン起動中に着いて来たオクタヴィアやイザークには話してある。
因みにオクタヴィアはシールドマシンの体験会で西側から剣でシールドを何度も斬りつけて、シールドの頑丈さに唸りを上げながらいつか破ると言う彼女の言葉からオリビアが脳筋になった理由が垣間見れた。
そんな事をしていたら時刻は昼になっていて、秋斗達は昼食を食べた後に満腹感も相まって用意された部屋のベッドに沈む。
疲労の溜まっていた秋斗はそのまま翌日の昼まで眠りに落ちる。起床してから丸一日寝たことに驚愕しつつも皆に挨拶をしてから仕事に取り掛かる事にした。
「疲れているのでしょうし、しばらく休んではどうですか?」
丸一日眠っていたことでソフィアに心配されているが、そうもしていられない。
眠る前に思いついた事を実行するべく、秋斗はサンタナ砦の人員に監視室の研修を行っていたヨーゼフに声を掛けて砦の外へ向かった。
「馬車を改良しようと思うんだ」
「改良? どのようにじゃ?」
「馬車って揺れるだろ? 被害者達を街に輸送するが、絶対安静な人もいる。だから、なるべく揺れず快適な馬車を作りたい。それに今後移動系のマナマシンを作る時に必須な技術だ」
この言葉でヨーゼフは俄然やる気になった。特に後半部分。
秋斗が今回作るのはダンパーやサスペンションなどの代表的な部品。現代の移動手段は木製馬車、もしくは金属製の馬車であるが揺れを抑制する機能はあまり無い。
一応、賢者時代の遺跡から掘り起こした本に記載されていた車の技術を参考にしてバネは取り付けているようだが再現としては完全な物ではなかった。
今回は現代人に対して今後講義に用いる参考用の各部品を1セット。被害者輸送用に使う荷馬車に取り付ける物を5セット用意。
ボールベアリングなどの高度な加工技術が必要な物は秋斗が作り上げる。現代人が作り上げるのはもう少し加工技術が向上してからになるだろう。ヨーゼフも加工手袋を使ってマネしてはみたが内部に使う玉の大きさを均等に出来ず断念。
秋斗は術式を用いて均等化を図れるが、やはり専用の工作機が無ければ難しいし大量生産もできない。
今回のような少ない数だから秋斗も作るが、ボールベアリングを工作機無しで手で作れと言われれば拒否するだろう。むしろ、こんな作業を一日中できるかとキレる。
出来上がった物を荷馬車に取り付けてケンタウロス族に引いてもらう。
「おお、以前よりも軽くなりました! これならもっと速く走れますよ!」
荷馬車を引くケンタウロス族の騎士もスムーズに動く荷台部分に満足気のようだ。他のケンタウロス族の者達も改良された荷馬車を引いて違いを体感していた。
「これは馬車便に就労している同胞達にも喜ばれそうですね! 輸送業の革命になりますよ!」
彼らケンタウロス族は下半身が馬。彼らは自身の機動力を活かして騎士団に属すか、馬車便という馬車で荷物を各街に輸送する職業に就いている者が多い。
輸送業に就職しているケンタウロス族は馬を操る御者と馬を兼任するので馬代や人件費が削減できるし、道中で魔獣が現れても武器を持って戦える。戦いが苦手な者でもケンタウロス族の足に勝てる魔獣は少ないので東側の商会からは引く手数多だ。
しかし、外を移動するには大なり小なり危険が伴うこの時代では身を守る防具を着用する。
防御力重視の金属製か、スピード重視の革製か。どちらもメリットデメリットは存在するので状況によって変えるが、スピードを愛するケンタウロス族はうっとうしさを感じていた。勿論、身を守る事の重要性は理解しているので着用するのだが。
その重量感のある防具を身に纏い、重く動きの悪い馬車を引けばスピードは思うように出ない。最悪の場合は荷台部分を切り離して逃げるが、それは余りしたくない。
もっとスムーズに動く馬車があれば、というのはケンタウロス族ならば誰でも1度は考える。そんな中で、秋斗の作り出した改良部品を取り付けた馬車を引けば感動の嵐。
彼らの口から量産してくれ、他の街の輸送馬車にも取り付けてくれ、と意見が出るのも頷ける。
余談だが、騎士団に入団するケンタウロス族も評価は高い。馬に乗って戦う騎兵と同じ事が出来るし、言葉を話せるので馬を扱うよりもスムーズに騎兵戦術を展開できる。
さらには背に人を乗せて、言葉通り人馬一体になって戦場で戦果を上げる。具体的にはケンタウロス族が槍を構えて突撃し、乗っている者が弓や剣を扱う。相手によって互いの武器を交換し合って戦えるので戦闘方法の幅が広がるのだ。
しかし、ケンタウロス族もそこまで人口が多いわけではないので採用している国は少ない。東側守護の要であるレオンガルドで主に採用しており、ガートゥナ、エルフニアはレオンガルドに登用権を譲っているので騎士団所属のケンタウロス族はいない。その代わり、レオンガルドが2国に対して援軍を送るという仕組みになっている。
ケンタウロス族の出身国であるラドールも騎士団に採用しているが、どちらかと言えば輸送業に就く者の方が多い。
「うーむ。やはり移動系の物に対しての反応は多いな。これは早く技術者の育成をせねば」
ケンタウロス族からの熱い意見を受けて、ヨーゼフは考え込んでしまう。
「まぁ、一歩ずつ着実にやろう。壁は設置したんだ。次の計画は技術者の育成だし、ヨーゼフも忙しくなるぞ」
「そうじゃな。息子や他のドワーフに負けるわけにはいかぬ」
遥か高みを目指してヨーゼフは力強く頷いた。
その日の夕方。
馬車の改良を終え、他にも仕事や侯爵と会議を行った秋斗とグレンは休憩しようと城壁の上の片隅にある木箱に腰を降ろしながら、廊下で合流したジェシカを加えて世間話をしていた。
話題は勿論、昔と現代の変化についてだ。
「しかし、魔獣というのは凄いな。まさにファンタジーだ」
グレンは目覚めてから少なからず見てきた魔獣について口にする。
賢者時代に存在していればUMAと呼ばれる事は確実な外見をしており、現代では肉や毛皮はもちろん、心臓部からは魔石が採取されて魔道具に使われる生きる資源。
「あれは動物が進化したのだろうか?」
「と、思うが……。ハナコなんてポメラニアンで雷を飛ばすんだぞ。意味わかんねえよ」
「それをペットにするお前もどうかと思う」
「全くですね」
グレンの言葉にジェシカは何度も頷く。現代人からしてみればS等級魔獣をペットにするなど前例は無く、信じられないという一言に尽きる。
「いや、ハナコは可愛いだろ。そういえば、グレン。お前カバは見たか?」
「カバ?」
「ああ、俺が見た現代のカバは二足歩行してた」
二足歩行カバを聞いたグレンはぽかん、と口を開けながら放心した後に「カバ……二足歩行……」とブツブツ呟くと、何かを思い出して勢いよく秋斗へ顔を向ける。
「カバは見てないが、羊が二足歩行しているのは見た」
「は?」
グレンは目撃した二足歩行で歩く羊を秋斗に説明していると、話を聞いていたジェシカが正体を知っていたのか反応した。
「ああ、それはバハムートンですね。ガートゥナ北部周辺に生息するAA等級魔獣ですよ。エルフニア南部に生息するジャイアントヒポよりも知性が高く、慎重で臆病と言われていて滅多に人里には出て来ない魔獣です。しかし、AA等級に格付けされている通り戦闘力は非常に高い魔獣ですね」
バハムートンの毛は質が高く高価で取引されていて、1匹から取れる量でも王都に豪邸が建つほどの価格になる。4人家族で一般水準の家庭ならば5年は働かずに食っていけるほど。
レオンガルド1の服飾職人であるエリザベスが、過去にバハムートンを狩って作った洋服は購入希望者が殺到してオークション形式になって最終落札価格は金貨1000枚。
その噂を聞いた傭兵達が一攫千金を夢見てバハムートン狩りに出向いたが、帰ってきた傭兵達は少ない。しかし、実際に狩って来る傭兵チームもいるので『一攫千金を狙うならバハムートン!』というのが傭兵界隈では有名な話だ。
「そう……」
「カバ……」
秋斗とグレンの耳にはジェシカの情報は入ってこない。
2人はそれぞれ生き物の進化を目の当たりにしてどこか遠い目をしていた。
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「ふう。応急処置をしてくれたおかげで何とか治療できたわね」
ガートゥナ王国医療院院長である彼女は額に浮かぶ汗を服の袖で拭い、今回救出された152名の奴隷被害者達全てを診察・処置し終えたところだ。
彼女の言葉通り、重度な怪我を抱えていた者は現地で応急処置を行っていたおかげで命を落とすことはなく繋ぎとめる事は出来た。だが、繋ぎ止められただけで油断できない患者は多い。
それに、本来はもっと奴隷となっていた人はいたのだ。現地で使い潰され、死んだ者は200名以上いるという証言が生き残った彼らの口から語られている。
「貴方達2人もいてくれて本当に助かったわ。酷い目に遭いそうになってしまったのは申し訳なく思うけど……」
院長は横で治療の補助を行ってくれていた猫人族の女性2人に顔を向けて微笑む。
「いえ、気にしないで下さい。私達よりも、助けて下さった騎士の方々が……」
「うん……」
彼女達としては、救える同胞がいれば手を差し伸べるのは当然の事。むしろ、東側の全住人が躊躇い無くそうするだろう。
奴隷狩りに遭いそうになりながらも何とか助かった彼女達が、恐怖心を押し殺して敵に占拠されている基地まで同行したのもその心があったからだ。
自分達は助かった。だが、自分達の命は犠牲となった騎士達の上に成り立っている。
だからこそ、自分達は臆してはいけない。彼らの分も救える者は救うと決意して己の知識を活かしながらサポートに徹している。
依頼を受けて山に入った時にタイミング悪く遭遇してしまったのだから、彼女達に罪は無い。運が悪かっただけだし、犠牲となったガイドの騎士達も自分達の職務なのだから理解していただろう。
しかし、彼女達の内に抱える罪悪感は未だ拭えない。
罪悪感に表情を曇らせる彼女達を見て、医療院の職員と共に雑務をこなしていた獣人女性の騎士が声を掛けた。
「聞いた話だけどね。貴方達を助けた騎士達は英雄墓地に埋葬されるそうよ。賢者様と軍将様からも勲章が家族の方々に渡されるって。貴方達に責任は無いの。だから思い詰めてはダメよ?」
英雄墓地とは各国の王都にある墓地の事で、その名の通り英雄を埋葬する墓地で誰でも好き勝手に埋葬される場所ではない。
現在埋葬されているのは国を守護する王族、国を支えた重鎮達。それと英雄的な行動を起こして死んで行った名誉ある騎士達。騎士として、国を守る者として尊敬する王と同じ英雄墓地に埋葬されるのは死後も国と王家に仕えられるものと言われており、騎士達の中では最も誇り高いとされている。
祖国の民である彼女達を身を挺して守り、死んだ騎士達が英雄墓地に埋葬されるのはガートゥナ王家としては当然の決定であった。それに加え、北街でも行った賢者が自ら作った勲章の授与と遺族に対しての生活保障を与えるのがガートゥナ王家から既に決定されている。
この決定に反対する者など1人としておらず、既に西街に住む遺族にも伝わっていた。勲章も秋斗が王都に向かう途中でオクタヴィアと共に直接手渡す手筈となっている。
「そうですか……」
「うん。西街の傭兵ギルドの職員も心配しているそうよ。危険な事をさせてしまったって支部長もかなり落ち込んでいるみたい。だから、貴方達は元気な顔を見せてあげなさい」
女性騎士の励ましに少しだけ胸が軽くなった彼女達は、弱々しい笑顔を見せて頷いた。




