83 格納庫へ
「殿下! 基地から合図が見えました!」
サンタナ砦で秋斗から手渡された暗視機能付きの双眼鏡で基地の様子を窺っていた騎士の1人は、基地の北側に赤色の火が左右に振られるのを確認すると背後に控えていたイザークへ声を掛ける。
「よし。お前は廃村にいる騎士団の元へ行ってくれ。我々はここで待機して監視を継続。後方の騎士団が追いついたら合流して向かう」
「ハッ!」
イザークが素早く命令を下すと、騎士の1人が廃村まで駆けて行く。その数分後にイザークは後方からやって来た騎士団と合流して基地の北側に急いだ。
基地の北側に到着すると地上にいた奴隷被害者達は既に首輪を外された状態で一箇所に集められ、彼らを守るように隠密部隊の3名が周囲に目を向けながら護衛していた。
彼らは近づいて来た馬車とイザーク達に気付くと、敬礼をして先頭を歩いて来るイザークの言葉を待つ。
「任務ご苦労。秋斗達は?」
「ハッ。賢者様と軍将様は基地の地下へと向かいました。他3名も共に地下へ向かっております」
「わかった。彼らを馬車へ!」
報告を聞き終えたイザークは背後へと振り返り命令を出す。
共にやって来ていた騎士と衛生隊の者達、救急箱を持った猫人族の女性2人が奴隷被害者達へと駆け寄って予め決めていた手順通りに仕事をこなしていく。
「助かったのか……助かったのか……」
「帰りたい……帰りたいよ……」
集められていた被害者達は駆け寄ってきた東側の騎士団を見て、助かったという事実に安堵したのか泣き出す者や崩れ落ちる者が多数見られた。
「もう大丈夫。大丈夫ですよ」
「大丈夫。すぐに帰れますからね」
そんな彼らの体を支えながら落ち着かせるように背中を撫でたり、肩を貸して荷馬車まで運びながら声を掛けるソフィアとエルザ。
イザークは彼女達を見ていると、リリとオリビアが近づいて来た。
「秋斗達は?」
「言っていた物を処理しに地下に向かったようです」
リリの問いにイザークが答える。
その横で聞いていたオリビアはイザークの言葉を聞き終えると、自身が指揮する護衛隊に指示を飛ばす。
「賢者様方は地下に向かった! 護衛隊は周囲警戒! 賢者様方が地下から戻るまで守り通す!」
「ハッ!」
オリビアの指示を受けた護衛隊は荷馬車を守るように散開し、剣を抜いて暗い周囲を警戒し始めた。
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一方、地下へと続く大穴へ向かった秋斗達。
グレンがイーグルから送信される映像を凝視する中、秋斗は銃口を大穴の中に向けながら掛けられた梯子の前で待機していた。
「……イザーク達が到着した。我々は地下へと向かう。手筈通り2名はここで待機。帝国の増援があった場合はイザーク達のもとへ走って、彼らと共に撤退するんだ」
「承知しました。ご武運を」
全員で頷き合った後、秋斗を先頭にグレンと隠密部隊の分隊長は梯子を降りて行く。
梯子を降りた先は基地の地下にある廊下で、前後に道が伸びている場所に繋がっていた。
ここからは元勤務先であった、道に詳しいグレンを先頭にして待機中に投げ入れていたセンサーボールの検知情報から、AR上に表示される周囲の壁を透過させた視覚映像を視野と重ね合わせて格納庫へ進んで行く。
進みながらセンサーボールの検知外に出たら再びボールを転がして視野を確保。すると、基地の地下にあった備品庫に人の反応が検知された。
「備品庫だな。作業をしている者が2人。格納庫に続く奥の通路を歩く者が1人か。まずは備品庫を覗くか」
「了解」
慎重に曲がり角でカバーリングをしながら進み、備品庫まで辿り着く。部屋の中を覗けば、首輪を嵌められた獣人の男性2人が小さな木箱に何かを詰め込んでいる。
秋斗はハンドサインをグレンに送り、秋斗は室内へゆっくりと侵入。グレンはその場で銃を廊下の先に向けながら待機を継続。
備品庫に入り、足音を立てずに近づいた秋斗と分隊長は男性2人に近づくと背中側から彼らの口を手で覆う。
「むううう」
「シーッ」
驚いた彼らが叫ばないように人差し指を立ててジェスチャーをしながら彼らが落ち着くのを待つ。
彼らが落ち着いたあと、ゆっくりと口を覆っていた手を離して小声で話し始めた。
「静かに。君達を助けに来た。地上にいた者達は既に助けたが、君達の他にも地下にいるかわかるか?」
「……はい。奥の大きな扉を開けさせられている人達がいます。10人です」
「帝国の者達は何人いるかわかるか?」
「帝国の奴らは……たぶん3人です」
「わかった。ありがとう。首輪を外すから、ここで待っててくれ。奥にいる人達を助けたら迎えに来る」
秋斗がそう言って首輪をハッキングして外してやると、緊張が解けたのか彼らは力が抜けたように地面に伏せた。
そのまま静かに待つよう告げて、秋斗達は部屋の前で待機していたグレンの肩を叩いてグレンが動き出したのを確認してから部屋から続けて出て行く。
センサーボールを転がしながら奥へと進むとさらに地下へと繋がる階段があり、それを下りると一際広い場所に出た。
そして、階段を下りて目に最初に飛び込んでくるのは巨大な扉。
その扉の前にはツルハシを振り上げる奴隷達と、それを監視する帝国人が扉前に設置されている守衛室内に3名いて、椅子に座りながら瓶に入った何かを飲んで話し合っていた。
秋斗達は近くにあった木箱の山の陰に身を隠しながら話し合った。
「2名は処理。1名は情報を聞き出す」
「了解」
「御意」
グレンの言葉に秋斗と分隊長が返す。
秋斗達は身を屈めながら守衛室へと近づき、割れたガラス窓の窓枠の下まで辿り着く。
グレンは指を3本立てた後、指を折ってカウントを始める。そして、カウントがゼロになった瞬間に秋斗とグレンは立ち上がって割れたガラス窓の外から発砲。
その発砲と同時に分隊長が窓枠を乗り越えて守衛室内に突入し、帝国兵の1人を殴って床に倒した。
「がっ!」
殴られた帝国兵の1人は苦悶の声を上げるが、分隊長が素早く腕を押さえて背中に膝を押し付けるように拘束。撃たれた他の2名は椅子から崩れ落ち、地面に倒れてピクリとも動かない。
扉の前でツルハシを振っていた者達も物音で気付き、こちらに顔を向け始める。彼らのもとに秋斗が向かって行く中、グレンは拘束されている帝国兵の尋問を始めた。
「おい。地下にいるのは貴様等3人だけか?」
「お前らッ! 東のやつがああああ!!」
グレンは素直に応えず、グレンを見上げながら睨みつける帝国兵の脇腹を蹴ってもう一度同じ質問を投げかけた。
「そ、そうだ! 俺達3人だけだ!」
しかし、この質問は相手が正直に答えるかどうかのテストのようなものだ。既にセンサーボールで地下の別の場所に人がいるかどうかは把握済みであった。
「そうか。この扉の向こうに何があるか、お前は知っているか?」
「し、知らない! 皇帝陛下は地下の扉の向こうに大陸を統一するための力が眠っていると言っていたが何かは知らない! 俺達は下された命令通りに遺跡にある物と、この扉が開いたら帝都に連絡するよう言われているだけだ!」
「大陸を統一する力、ね」
やはり皇帝、もしくは他の誰かはこの基地の事を知っている。扉の向こうにある物の正体も恐らく知っているのだろう、とグレンは考える。
自分のような過去の生き残りがいるのだから、帝国にも賢者時代から目覚めた軍属の者がいてもおかしくない。
帝国側にいる者がこの基地に弾頭が保管されている事を知らなくても、東側との戦争の為に軍事施設を漁って賢者時代の戦争で大活躍していた魔法銃を集めようとしていた、もしくは手に入れようとしていた可能性もある。
「どちらにせよ、やる事に変わりはない」
敵の情報を集め、味方を相手よりも強くする。得た情報を使って有利な状況を作り出す。
昔と同じ。何も変わらない、とグレンは独り言を呟いた。
「コイツはどうしますか?」
「もう必要ない。処分だ」
間を見計らって声を掛けてきた分隊長に対してグレンは手で首を切るジェスチャーを行う。
その意味を理解した帝国兵は慌てて喚き散らすが、分隊長の持つナイフで首を切られて静かになった。
「こっちも終わったぞ。地下にいるのは、ここにいるので全員だそうだ」
丁度良く秋斗が守衛室までやって来た。秋斗の背後、巨大な扉の前では首輪を外された奴隷被害者達が抱き合いながら助かった事への喜びを表していた。
「分隊長。帰り道はわかるか?」
「はい。覚えております」
「我々は扉の先にある物を処分する。君は途中にいた2人を連れて外に向かってくれ。入り口で待機する2人と共にイザーク達のもとへ行くんだ」
「承知しました。賢者様も軍将様もお気をつけて」
分隊長はグレンと今後の打ち合わせを終えると敬礼をしてから奴隷被害者達のもとへ向かって行く。彼らに話しかけ、皆を誘導しながら階段の方向へ向かって行った。
秋斗とグレンは彼らが地上へ帰って行くのを見送った後、さて本番だと気を取り直して巨大な扉の前へ向かう。巨大かつ重厚なオリハルコン合金製の扉には、奴隷被害者達が打ち付けていたツルハシの跡が残っているが細かい傷はあれど割れたり欠けたりしている箇所は無い。
「オリハルコン合金をツルハシで壊そうって発想がヤバイ」
確かにやり続ければいつかは壊れるだろう。それでも簡単に見繕っても年単位、数十年単位の時間が必要になる。
奴隷とした者達を常に働かせ実現しようとさせていた帝国の非道さも強く感じるが、それよりももっと良い方法があるだろう、と秋斗はつい言いたくなる。
「開けられるか?」
「簡単だ。システムがまだ動いてる」
「は!?」
グレンの問いに答えた秋斗。その思ってもいなかった返答に驚愕するグレン。
秋斗の言う通り、扉を開閉させる為のシステムは未だ動いていた。その証拠に扉の近くに設置されている開閉用パネルが取り付けられた、人間の腰ほどまでの高さがある柱に触れると開閉用パスワードを入力するキーパッドが浮かび上がる。
「マジかよ」
「非常用の大型魔素充填貯蔵ユニットが中にあって生きているんじゃないか? 非常用であれば扉の開閉と中の照明くらいしか使えなさそうだが」
秋斗の話を聞いたグレンは、確かに扉の向こう側にある格納庫の地下部分に非常用のユニットが1機設置されていたのを思い出す。
安全対策やら何やらと当時世間や政府にうるさく言われて上層部が渋々1機だけ設置した物であったが確かに今役立っている。あの時、自分達の懐事情が寒くなるのを懸念していた老人達はこれを見たらどんな顔をするだろうか、と思いながらグレンはキーパッドにパスワードを入力した。
グレンがパスワードを入力してエンターキーを押すと、格納庫の扉は2000年の時を経て再び開かれる。
ビー、ビーと扉が開かれる警戒音が鳴り響き、巨大な扉はギギギ、と油の切れたような鈍い動きで開かれて行く。しばらくした後、扉は完全に開くことはなく3割程度開いたところでガリガリと嫌な音を立てて止まった。
その様子にグレンは秋斗へ顔を向ける。
「整備してなきゃこんなもんだ」
秋斗は肩を竦めながらおどけたようにグレンへ告げた後、開いた扉を通って2人は格納庫内へ侵入した。
格納庫内には大型の戦闘用マナマシンである戦車や装甲車があり、他にも大量の魔法銃と爆発物が収められた武器庫や秋斗の使う物とは規格やデザインが違うシールドマシンなどの小型マナマシンが格納されている部屋が設置されている。
そして、中央にはミサイルが保管されているコンテナ型の保管庫やそれらを運ぶ8輪のトレーラーが鎮座していた。
秋斗とグレンは迷わずミサイル保管庫へ向かい、超厳重に封印されている保管庫の扉を手動で開ける。中には目的の物が2発収められていた。
秋斗は手馴れた手つきで保管庫内にある高圧縮魔素弾頭ミサイルの内部――弾頭からやや中央寄りにある小さなハッチを開けて、この兵器の肝である高圧縮された魔素が詰められたミスリル製である銀色の筒缶を抜き取る。
この作業をもう片方のミサイルにも行い、2つの筒缶を取り出して今回の主目的は終了した。
地上に戻った後、筒缶をシェオールに送れば東側への脅威は一先ず無くなる。
事前に決めていた作戦内容の通り、後は格納庫内に爆薬を設置して地下を爆破するだけだ。地下を爆破して保管されている兵器ごと吹き飛ばせば、帝国が再び基地へ発掘に来てもアークエル軍の兵器が帝国の手に渡る事は無いだろう。
「爆破する前にガジェット類は持ち出すか?」
「2人で持ち出せる分だけ拝借するか。最悪バラして素材にする」
どうせ筒缶をシェオールに上げるなら、と素材の補充も兼ねて2人は格納庫にあった適当な賢者時代に作られたケースに物を詰め込んで行く。
暗視ゴーグルや不足していたミニガン用の外付けエネルギーユニット、小型の魔素充填ユニットなどをポイポイとケースに入れて2箱分確保した。
その後、地下が沈没するように武器庫にあった爆薬を仕掛けて遠隔操作用の起爆装置を設置。
小さなボタンがついたコントローラをポケットにねじ込んで、2箱のケースと筒缶を保管する専用ケースを持って地上へと向かった。




