82 基地潜入
副官の報告とグレンの提案を聞いたサンタナ侯爵は急ぎ騎士達を編成させた。
侯爵が編成している間にソフィア達は現地に持って行く物資の準備を進めながら、戦える者は自分達の装備も準備して行く。
恐らく基地で使役されている奴隷達の数は多いだろう。それに首輪を嵌められた者達は衰弱して体力が無く、歩きでガートゥナ領内に戻るには時間が掛かる。
サンタナ砦にある荷馬車をありったけ用意し、それに奴隷達を乗せて帰還する。荷馬車は壁の設置に同行しているケンタウロス族が引いて現地へ向かう手筈となった。
現地で秋斗が首輪を外す予定ではあるが、残された命がギリギリな者もいるだろう。処置をする為の医療品と簡単に栄養補給が出来る食べ物なども積んで持って行く。
「私達も連れて行って下さい。簡単な薬草系の医薬品ならば街の薬師から使い方を習っています」
山に薬草を摘みに来て不運にも奴隷狩りに遭遇してしまった猫人族の2人も何か役立てればと立ち上がり、自分達の知識を武器に救出作戦へと参加を志願した。
救出作戦に向かうとしてもサンタナ砦の防衛も疎かに出来ず、所属している騎士や衛生兵を全て向かわせるわけにはいかなかったので、医療知識のある彼女達の志願は侯爵としても僥倖であった。
彼女達の志願は二つ返事で了承され、医薬品の積み込みを手伝っていた。
「衛星画像で位置はわかるか?」
「ああ、昔の地図と比較して位置を割り出している。偵察系のマナマシンも用意してあるから基地を目視できる位置から探るぞ」
グレンと秋斗は作戦遂行に必要不可欠な偵察用マナマシンと侵入作戦に必要な魔法銃のアタッチメントを用意して、携行する装備の準備を行っていた。
既に数時間前にA装備をシェオールから降ろしているので、魔法銃に取り付ける発砲時の発火炎を消す術式と発砲音を消すための消音術式を組み込んだサプレッサー、足音を消す消音術式を埋め込んだブーツやボール型のセンサー装置などを個別でシェオールから取り寄せる。
他にも上空から偵察できる鷲型偵察用マナマシン、イーグル。イーグルのカメラとリンクさせてAR上に表示させるサングラス型のディスプレイも馬車へと積み込む。
ブーツを履き替え、服も動きやすい物に着替えて、さらに夜の闇に紛れる黒色の外套もサンタナ砦にあった物を借りて用意した。
秋斗とグレンが砦の入場門付近で準備していると、壁の設置に同行している騎士団を編成していたイザークが2人のもとへやって来る。
「ケンタウロス族の隊長も交えて現地までの予想到達時間を確認しましたが、ここから全力で走って3時間程度で到着できる見込みだそうです」
「わかった。馬車への積み込みと編成が終わり次第向かおう」
準備を終えた秋斗とグレンも荷馬車に物資を積むのを手伝って30分後、サンタナ侯爵の編成した騎士団と壁の設置に同行していた騎士達が馬に乗って砦の外へ並ぶ。
前回と同じくサンタナ侯爵とヨーゼフ、ハナコは砦の防衛を行うために残る。
彼らに見送られながら秋斗達は西へと向かって行った。
サンタナ砦から真っ直ぐ西に向かうと帝国の駐屯地がある。そこを迂回するために、まずは炎の魔術師と奴隷狩人が設営していた野営地の方向に向かって行った。
野営地から山の真下まで進み、そこからは馬車の通りやすい道を適宜選びながら西へ向かって行く。
平地を走って進み、ヴェルダ領内に侵入して1時間程度。周囲は平原と所々に木が生える見晴らしの良い風景が続く。
そこから更に40分程度進むと魔獣によって荒らされたであろう木造の小屋のように小さい家がいくつか残っている廃村が見つかった。
秋斗とグレン、騎士を3人連れて廃村に侵入し、ボール型のセンサーを廃村の中に転がすと秋斗達以外の熱源は感知されず、無人だという事が判明。
衛星画像で基地までの距離と照らし合わせれば、基地まで残り1km程度の場所であった。
「ここで馬車を待機させて、数名で少し近づいて情報収集しよう。制圧して奴隷被害者を解放する準備が出来たら発炎筒を振って合図を送る。合図が見えたら馬車に奴隷被害者達を乗せてここまで離脱してくれ」
「わかりました。そちらも無理をなさらずに」
イザークがグレンの言葉に頷く。
イザークやオリビアも付いて来たがっていたが今回は奴隷被害者達を盾にされないよう相手にバレないよう制圧していかなければならない。
銃や消音ブーツ、センサーボールなどの使い方に詳しい秋斗とグレンが主に動く事になる。秋斗の件もあった直後なので王家達は終始心配していたが、グレンがしっかりと見ておくと言ってどうにか納得させた。
グレンの提案で秋斗とグレン、普段の鎧ではなく、闇に溶け込む黒い軽装を身につけた魔人王国所属の騎士団で現代流の隠密行動訓練を受けたダークエルフ族で構成される1分隊6人と共に歩きで基地へ向かった。
遠目で基地の外で野営しているであろう人の暮らす明かりを視認した所まで進み、周囲を探れば秋斗達から右側の離れた場所に岩場を見つける。
秋斗達はそこに身を隠し、敵に占拠されている基地の情報収集を始めた。
馬車から持ち出した鷲型偵察用マナマシン、イーグルを空に投げると空中に放られた翼を畳んだままのイーグルが起動。空中で翼を広げて本物の鷲のように羽ばたいて上空へと舞い上がっていく。
グレンはイーグルのカメラとリンクしているサングラスを装着し、秋斗にジョイスティックと丸いボタンが数個付いている小さなコントローラを手渡される。
アークエル軍で同じ型のイーグルを使って現地で情報収集を行った経験もあるグレンは、迷う事無く操作してイーグルを基地上空まで飛ばす。
闇夜の中をイーグルは音も無く飛んで、目に取り付けられているカメラレンズを通して基地の様子を秋斗とグレンに送信。イーグルのカメラに備わっている暗視機能や熱感知機能を使って基地の様子を詳しく調べ始めた。
「ここが入り口か?」
秋斗達のAR上に表示されている映像には基地の地面に人が2人同時に入れるような穴が空けられて、梯子が掛けられているように見えた。
「そのようだ。基地の建物が崩れて地下格納庫への道が埋まっているのか? 直接地面を掘って地下に降りたみたいだな」
穴の周囲には回収した物を詰める木箱や夜間でも作業できるようにランプ型の照明が置かれて明るい。
その様子を見ていると、丁度梯子を上って地上へ上がってきた男の手には何か持っており、積まれた木箱に納めて蓋をし始めた。
男が箱の蓋を閉める作業中、基地の西側から荷馬車がやって来て御者をしていた者と一緒に箱を荷馬車へ積み始める。
既に夜であるため、出発はしないようであるが荷馬車に積まれた木箱は10を越えており、基地から回収された物の多さが窺えた。
「地下格納庫に保管されているマナマシンか?」
「だろうな。軍で使う生活用マナマシンか兵器以外の物じゃないか? 兵器類は扉の向こう側にある武器庫に保管されているはずだが……既に破られたかどうかはわからんな」
そのまま映像を眺め、北側で何かが動いたのをグレンが見つけた。イーグルを移動させ、次は基地の北側にあるテントにカメラを向ける。
「奴隷にされた者達のようだな」
カメラに映し出されたのは何か箱のような物を持たされ、それを運んでいる人々。
奴隷だと断定できたのは、運んでいる木箱を落として地面に倒れた人を蹴っている様子が見られたからだ。
他にも簡素な布のような物で陽を遮るだけしか機能が無いような簡易テントに横たわる多数の人もいて、その中にはまだ子供に思える大きさの人影もあった。
別の場所も引き続き調べると、基地西側に地下への穴、北側に奴隷被害者、南側には帝国の者達が生活するテントや炊事場、東側は荷馬車の荷台部分や馬が数頭繋ぎ止められていて見張りの者が2名、焚き火を囲いながら座り込んでいた。
「東側から侵入してセンサーを設置しつつ、南を制圧して北に行く。その後、イザーク達に合図して私達は西の穴へ向かうぞ。君達は私達が倒した者の死体がバレないよう物陰に隠すのと、北側を制圧した際に奴隷被害者達を落ち着かせてイザーク達と共に馬車へ誘導してくれ」
「承知しました。お任せ下さい」
同行している分隊長がグレンの指示に頷き、彼らは首に巻いている黒いマフラーを鼻の下まで覆い隠した。
時刻は夜の12時を回ったところ。準備が完了し、基地の東側から夜の闇に紛れて近づいて行く。
秋斗の手にはサプレッサーを装着したハンドガン、肩にはサブマシンガンを掛ける。グレンはサプレサー付きのサブマシンガンを持って秋斗から数歩離れた位置に。グレンと同じポジションで同行するダークエルフの隠密分隊はナイフを手にしていた。
そのまま進むと焚き火の前に座ってコップを片手に何やら飲み物を飲んでいる2人の帝国人が視野に入る。
彼らに気付かれないよう死角から近づき、秋斗は正面の左手に迂回して進む。グレンは正面からやや右位置に姿勢を低くしつつ秋斗へサングラスと同期する小型のインカムで話し掛けた。
「右をやる」
「いつでも」
グレンの言葉を聞いた秋斗は左にいる帝国人の頭に標準を合わせ、小さい声で返答する。
その後、3秒もしない間にヒュッという小さな風を切る音と共に右の男が倒れ、それを視認した秋斗もハンドガンの引き金を引いた。
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基地南側には帝国軍から派兵されて来た兵士達のテントが設置されている。
軍から派兵された人数は20人。それに加えて奴隷の世話と管理をする奴隷商が1人、常に基地に駐留している。駐留している奴隷商は奴隷商会の下っ端であるので常に同じ人物であるが、帝国軍所属の者達は2ヶ月間の駐留した後に交代員に引き継いで帝都へ帰還。
この基地で行っている発掘作業に対して帝国軍内部の評判はかなり良かった。
何故なら主に働くのは東から攫ってきた奴隷達であり、自分達は彼らが掘った穴から地下に1日4回程度入って行って、古代文明の道具を地上に持って梯子を上がるだけだ。
更にそれらの仕事は帝国軍の下っ端が行うので派兵されている尉官や佐官クラスの者達は1週間に2度の書類を書いて、掘り起こした物を詰めた木箱と共に同封させて帝都へ輸送手続きを行うサインをするという何とも簡単な仕事だった。
それ以外の時間は帝都から1週間ごとに送られてくる補給物資に入っている酒や嗜好品を楽しんだり、奴隷となっている者の中から好みの女を見つけて楽しむ。
まさに天国のような派兵先であった。軍属の下っ端達も交代時間以外は女を楽しむ権利を与えられているし、食事も帝都にある大衆食堂クラスの物を食べられるので不満の声は無い。
南側に設置されている佐官クラス用のやや豪華で広い天幕の中では今日も変わらず、首輪を付けた女性を相手に今回派兵された隊の最上位に位置する大尉の位を持った男が好き勝手していた。
「おい! さっさと酒を注げ!!」
「は、はい……。申し訳、ございません」
男は全裸でベッドに座り、酒に酔った赤い顔でボロを纏って床に座るエルフの女性に対してコップを投げつけて怒鳴り散らす。
金属製のコップを投げつけられたエルフ女性は、強く自身の首を絞める首輪に息苦しさを感じながら疲弊した体をフラつかせて立ち上がり酒を注ぐべくテーブルへ向かった。
「全く。使えんな。死にたくなければ俺の命令を――」
エルフ女性は背後から飛んでくる男の罵声に悔しさを滲ませながら酒を注いでいると、背後でパシュッという鋭い音と共に男の罵声が止んだ事に気付く。
丁度酒を注ぎ終わり、疑問に思いながら振り返れば罵声を発していた男はベッドに倒れこんでいる。よく見れば倒れた男の頭の位置からは赤い液体が流れ、ベッドのシーツがそれを吸って徐々に赤くなっていく。
突然の出来事にビクリと体を震わせ何が起きたのか、と彼女が動揺していると天幕の外から黒い外套で体を覆う人物が侵入して来た。
「シーッ」
彼女は侵入してきた人物に驚いて声を発しようとした瞬間、彼に口を手で押さえられた。彼はもう片方の手で人差し指を伸ばし自身の口元に当てて静かにするように表す。
口を手で押さえられた彼女は驚きながらもコクコク、と頷くと侵入して来た黒外套の人物は目だけで笑みを浮かべて小声で彼女に話しかけた。
「もう大丈夫。国へ帰れる」
彼女は言われた言葉を一瞬理解できなかったが、脳内で何度も反芻させた後に「助かった」という事を理解した。目からはぽろぽろと涙を零しながら声を出さずに何度も頷いた。
彼女が安心して涙を零していると天幕の入り口が軽く開かれ、外から声が掛けられる。
「南は制圧した。北に行く」
「御意」
その言葉を聞いた黒い外套の人物は彼女に、必ず迎えに来るからここで待っているよう告げて外へ出て行った。
南側にあるテント内でくつろぐ帝国人達をあっという間に永遠の眠りへと落とし制圧した秋斗達は、各所にセンサーボールを転がしながら周囲を探知してAR上に表示される人間を物陰に隠れてやり過ごす。
そして、秋斗とグレンはターゲットが周囲に気付かれない場所や死角に入った瞬間に、魔法銃や首の骨を絞めて折るなど様々な手段を用いて次々と処理していく。
次は北側で奴隷を鞭で叩いたり、倒れる者を蹴って虐待している者に狙いをつけた。
「ったくよォ! どいつもこいつも使えねえんだよ!」
重労働を課せて休む暇も与えず、疲弊して崩れ落ちた奴隷を蹴り飛ばした帝国軍の男は、怒鳴り散らしながら大股で道を歩いて行く。
すぐに倒れる奴隷達に対しても怒りと苛立ちが募るがそろそろ交代の時間なのにも拘らず、交代要員が現れないことも彼の感情を高ぶらせる要因であった。
「どいつもこいつも……!」
どうせテントで時間も忘れて女を辱めているか、酒を飲みすぎて眠ってしまっているのだろう。自分も早く今日の分を楽しみたいのに勝手な奴らだ、とブツブツ文句を言いながら南に向かって行く。
だが、どうした事か。いつもは下品に笑う同僚の声や奴隷に怒鳴り散らしてストレスを発散させているハゲた上官の声が聞こえない。
まだ南にあるテントまで距離はあるが、離れているのにも拘らず聞こえてくる馬鹿みたいに大きな声は鳴りを潜め、今夜は風が砂を巻き上げる音しか耳に届かない。
不思議に思いながらも南に向かう途中にある大きな木箱の陰に潜む者には全く気付かずそのまま通過して行く男。
(やれ……)
男が通過した木箱の反対側にある荷馬車の荷台の影に隠れていた秋斗は、木箱の陰に潜む者に声を出さず手で首を切るジェスチャーを送る。
木箱の陰からゆっくりと姿を現したグレンは、腰を低くしたままサプレッサー付きのハンドガンを手に南に向かう帝国人の男に近寄って男の後頭部を撃ち抜いた。
頭を撃ち抜かれ、地面に倒れ行く男の体をグレンは手掴み、倒れた際に生まれる物音を立てないようゆっくりと地面に寝かせる。
グレンが男を地面に寝かせると、別の所に隠れていた隠密部隊の1人が倒れた男を肩に抱えてグレンに頷きを1つした後に、再び物陰へ消えて行った。
「北西にいる奴で地上にいるのは最後だ。マークした」
秋斗が小声でインカムを通してグレンへ伝えると同時に、グレンが見ているARマップと己の視野の中に最後のターゲットの位置が逆三角形のマークされて強調表示された。
その位置まで移動し、近くまで近寄ったらまた物陰に隠れる。
先程の男と同じように物音を立てないよう始末すると、基地の地上部分から帝国軍は消え失せた。




