77 炎の魔術師
「外装は終わったのか?」
「ああ。内部の部品も設置したから後は通達時間を越えて点呼したら起動するだけだな」
秋斗はシールドタワーの整備用扉をパタンと閉め、グレンは100mのタワーを見上げる。
「これ、昔の国境にもあったタイプだよな? 過去に設置されたやつは朽ち果てたのだろうか」
「そうだな。昔のは……前にシェオールのカメラで大陸を今と昔の衛星画像で比べたが、昔よりも東側に領土を広げられているみたいだった。だから昔の物が崩壊して痕跡が残ってるとしたら、もっと西にあるんだろう」
シェオールで現代の大陸全土を見る事ができるが、備わっているカメラがそこまで鮮明な物ではないので細かい部分は解析できていない、と秋斗は付け加えた。
「なるほど。2000年か……。それだけ時間が経てば、現代の様子にも納得は出来るか」
そう言ってグレンは周囲を見渡す。
彼の視線を追えば、獣人とケンタウロス族を見ていた。グレンが彼らに抱く感想は秋斗と同じだろう。
グレンが目覚め、初めて異種族と出会った時からコミュニケーションは取れているので敵視はしていないが、やはり種族の成り立ちや発祥は気になる様子。
「まぁ、俺達の眠る前の時代から正確に2000年ってワケじゃないだろうけど……。生物の進化の過程や異種族についてはある程度紐解きたいと思ってる」
「まったく、超古代文明が滅びて新文明がって題材のSF小説みたいだな……」
グレンがぐしゃぐしゃと髪を掻きながら様変わりした現実を見つめ直していると、山の方向から2つ影が見えてきた。
秋斗が気になってそれを見ていると、それは山に入って行った猫人族の女性2人。彼女らは息を切らしながらサンタナ砦に近づき、もっとも近くにいた騎士へ慌てながら何かを話していた。
「なんだ……?」
グレンも彼女らに気付き、その慌てようと必死に何かを訴える姿を見て異変を察知したようだ。
すると、2人から話を聞いていた騎士も慌て始めてサンタナ砦の中へ猛スピードで走っていった。
秋斗とグレンはお互い顔を見合わせてからサンタナ砦の司令室へ歩き始める。
司令室に近づくと、サンタナ侯爵の大きな声が廊下まで響いていた。
扉を開けて中に入るとサンタナ侯爵と砦の副官、王家達が勢揃いして話し合っている。
「どうした? 何かあったか?」
先頭を歩いていた秋斗は司令室に入って問うと、室内にいた全員が苦々しい表情を浮かべ、サンタナ侯爵が代表して答える。
「賢者様。軍将様。西の奴隷狩りが現れたようです」
思わぬ事態に秋斗とグレンの顔も真剣なものへと変化した。
「被害は?」
「薬草摘みのガイドサービスを受け持った部隊が奴隷狩りと出くわした場で交戦を開始。傭兵の2人は無事にここまで戻ってきましたが、途中まで彼女らを護衛していた騎士も奴隷狩りに追いつかれ、足止めとして別れたようで生死不明です」
彼女達と握手した際に後ろにいた騎士か、と秋斗は脳裏に彼らの姿を思い浮かべる。
「彼女達の情報によると、奴隷狩りは3人以上のようです。場所は山の麓から砦までの間にある平地で脇に森がある所。奇襲されやすい場所なので巡回ルートに入っている場所なのですが……とにかく今、応援に向かわせる準備をさせています」
秋斗はサンタナ侯爵の報告を聞き終えるとグレンに視線を送る。グレンも秋斗の視線を受けて、迷いなく頷きを返した。
「わかった。俺達も準備しよう。奴隷に関しては関与すると決めたからな。意見は聞かないぞ」
イザークやソフィア達が何かを言いかけたが、秋斗が先回りして制した。
「秋斗。私にも武器を頼む」
「わかってる。外で準備するぞ」
秋斗とグレンは揃って司令室を出て行き、砦の外へ向かって行った。
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秋斗とグレンが外に出て準備を始めようとすると、遅れて王家の者達もやって来た。
普段から帯剣しているオリビアはまだしも、普段は剣を騎士に預けているイザークまで腰に剣を差していたので一緒に行くと言い出すのだろう、と秋斗は簡単に予想できた。
リリの件もあったし、王家が傷でも負えばマズイと思って止めようと声を発そうとした時、司令室で秋斗が行ったように発言を先回りされてしまった。
「言っておきますけど、私達も行きますからね?」
「砦の戦力を全て投入するわけにもいきませんから。それに、僕らは王家ですので。騎士達の先頭に立って戦うのが勤めですから」
「私の国で起きたことだ! 当然、私も行く!」
どうするか、とグレンと顔を見合わせていると秋斗達に付け入る隙を与えまいとするようにイザークが告げる。
「旅に同行している騎士団も連れて行きますから大丈夫ですよ。それに、秋斗とグレンだけ向かわせたら王都に戻った時に問題になるので勘弁して下さい」
父に怒鳴られてしまいます、とイザークは苦笑いを浮かべる。
ソフィアからも賢者が向かって我々が行かないのは本当にマズイんです、と真剣な表情で言われてしまったので最終的には秋斗達が折れることとなった。
「A装備でいいか?」
「ああ、頼む」
A装備とはアークエル軍で使われる歩兵用標準装備を指している。Aパックとも言われ、魔法銃のハンドガン型とアサルトライフル型を1丁ずつにマガジンを2本ずつ。接近戦用のナイフとマナフラググレネードやスタングレネードなど各種投擲弾を揃えた物だ。
他にもステルス、スニーキングのS装備などがあって作戦によって細かく分けられている。
右目でシェオールにオーダーを飛ばすといつものように空から宅急便が届き、サンタナ砦の外にコンテナが降下する。
「この光景も懐かしく思えるな」
降下してきたコンテナの扉が自動で開き、中に収められていた装備が出てくる光景をグレンは昔を思い出すかのような目を向ける。
「昔もこんな感じだった?」
そんなグレンにリリが問いかけ
「昔はもっと酷かったな」
とグレンが返す。そのままグレンはリリに、昔はもっとデカイ箱がバンバン降って来てそりゃあ酷いもんだったと遠い目をしながら教えているが秋斗はハンドガンにマガジンを挿入していて聞こえていなかった。
「皆様、準備が整いました」
丁度、秋斗達も準備を終えたところでサンタナ侯爵が部下を引き連れてやって来る。
「ワシと侯爵は念のため陽動だった時に備えて砦で防衛準備を進める」
「わかった。防衛にハナコも置いていく。奴隷狩りが既に西に逃げた可能性も考えてシールドタワーは起動していない。気をつけてくれ」
シールドタワーを起動してしまえば、シールドを越えて追撃した際に好きな位置から東側へ戻れない。交戦した騎士が無傷な可能性は低い。
その場合は迅速に手当てして砦の衛生兵に見せなければならないので、今回はすぐに砦へ戻れるようシールドタワーの起動は一旦中止した。
秋斗はその場で尻尾を振るハナコに、しゃがんで頭をワシャワシャと撫でながらヨーゼフと共に砦を防衛するよう命じた。
ハナコは主人の命を理解したのか「キャウ!」と1吼えした後にヨーゼフの隣でお座り状態になる。
防衛に関してヨーゼフ、サンタナ侯爵の2人と秋斗が簡単に打ち合わせを済ませてから、道に詳しいサンタナ砦所属の騎士達を先頭にして出発となった。
出発からしばらくし、山の麓周辺に到達した時には辺りは夕日が周囲を照らす。昼間と同じように空には雲が無く、あと2時間もすれば夕日は完全に沈んで夜がやって来るだろう。
夕日の位置を確認した後に少し進むと、目の先には多数の人が動く野営地のようなモノが見え始めた。誰もが西側の奴隷狩りがいるだろう、と思いながらゆっくり進む。
猫人族の2人が向かった山を背景としながら、土や砂利で覆われた地面の広い広場のような場所。西側には国境の先まで広がっている深い森。
西側から来た奴隷狩り達は森の中で野営するのではなく、見晴らしの良い広場の中央で然も見つけて下さいと言わんばかりに馬車を置き、テントをいくつも設置していた。
その野営地の前には人が並び、筒型の望遠鏡でこちらを観察する者もいる。
対して、こちら側は森に入れる位置でもなく遮蔽物も無い平地。向こうからは丸見えだろう。
だが、事前の打ち合わせで正面から行くとサンタナ侯爵と副官に言われてしまったので秋斗とグレンは地形的な戦術も取らずに従っている。
こちらの連れている騎士団員の数は多い。相手の予測位置までは遮蔽物も無い平地なので、小細工なしでそのまま交戦するとサンタナ侯爵が言っていた。
賢者時代で作戦立案を担当していたグレンは少し不満であったが、情報収集に時間を掛ければ人質の命も危ないし、西側へ逃げられるリスクもあったので仕方ないと割り切った。
それに王家を前線に出すのを渋った結果、秋斗とグレンが戦闘に加わるのは騎士団員が危なくなったら参戦するという約束を取り付けられてしまっていた。不満もあったが正面から戦っても魔法銃もあるし何より秋斗がいるのでグレンが承諾したのに続いて秋斗も渋々承諾した。
相手に見つかっているのは確実だが、そのまま副官が先頭を歩き、その後ろに騎士が数名と秋斗とグレンが着いて行く。王家はその後ろに位置していた。
野営地前に並ぶ奴隷狩り達の顔が見える距離まで進むと、中央に立っていた金髪の男が笑みを浮かべながら秋斗達へ声を掛ける。
「やあやあ! ようやく来てくれたね! いやあ、大漁大漁」
金髪の男はパチパチと拍手しながら、こちらを馬鹿にした態度を続ける。
「貴様!! 我が国の民を返してもらおうか!!」
そんな相手の態度に我慢しきれなかったオリビアが双剣を抜いて怒りの声を上げる。
しかし、金髪の男はオリビアを見て口笛を鳴らしてさらに笑みを深めた。
「おっと。中々の美人だ。アレは僕のにする。あと、後ろのエルフもいいね。おや、その隣の人間も……。来て正解だったな!」
「おいおい、旦那~! 使い終わったら殺す前に俺らにも回して下さいよ~?」
金髪の男がオリビア、ソフィア、リリ、エルザの4人を舐めまわすように見て言うと、他の男達もギャハハ! と可笑しそうに笑った。
「貴様等ッ! 我が国の騎士達はどうした!! 返さぬというのならば力ずくで返してもらうぞ!!」
最初の問いを無視されたオリビアが更に怒気を強めて、剣を向けながら叫ぶ。
すると、金髪の男はニヤニヤしながら後方の男に目配せして「見せてやれ」と言った。そのまま少しすると野営地側の人垣が割れ、数名の男が人を担いで現れた。
「君が言っているのはコレのことかな?」
ドサリ、と地面に放られたのはサンタナ砦所属の騎士で秋斗も見覚えのあるガイドサービスを行っていた騎士隊の男達であった。しかし、彼らの姿は惨たらしく変わり果てていた。
6人中、五体満足でいるのは1人もいなかった。その中でも4人は放られた地面からピクリとも動かず、1人は燃やされたように黒コゲで他の者達も腕や足を切断され既に息絶えている様子。
辛うじて生きているように見える2人も、片腕が無かったり目を抉られたりと拷問の後がハッキリと見られた。
「貴様等ァァァァァァッ!!!」
変わり果てた騎士達を見たオリビアが斬りかかりそうになるが、他の騎士達によって止められる。
「ハハハハ! ごめんね~! 僕の邪魔をしてきたものだからお仕置きしたら死んじゃったんだ!」
怒り狂うオリビアを見て金髪の男と周囲の男達は、喜劇を見る観客のように腹を押えながら笑い始めた。
「このような仕打ちをして生きて帰れると思うなッ!! 貴様は――」
「ハァ? それはこっちのセリフだよ」
オリビアが叫ぶ中、それを中断するように金髪の男が告げながら耳のイヤリングを弾く。
「ひ……め………に、げ………」
生き残っていた2人の内、どちらの声かわからない小さな掠れた声が風に乗ってオリビアの耳に届いた瞬間、2人の騎士は炎に包まれた。
「なッ!?」
ゴウゴウと2人の騎士が燃え、絶命していくのを目にしながらオリビアは絶句する。
それと同時に脳裏には1つの噂話が浮かんでいた。帝国に現れた炎を操る賢者。その賢者は自由自在に炎を操って敵国を蹂躙したという。
オリビアを含め、その場にいる全員がまさかと思った。そして、その予想は的中する。
「僕は帝国最強の炎の魔術師だよ? 君達が僕に勝てるなんて……思ってるのかい?」
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(まずいな……)
ドサリ、と6人の騎士が放られ生き残った騎士2人の姿を確認した後。グレンは嫌な予感がしてチラリと秋斗の顔を見た。
恐る恐る視線を向け、秋斗の表情を窺うとグレンはビクリと体を恐怖で震わせた。
(―――ッ!!!)
グレンは秋斗の表情を見た瞬間、昔に見た地獄の光景が脳裏に浮かび、あの日の状況を思い出して心臓の動悸が激しくなる。
秋斗とは戦友であり、長い付き合いであるが唯一グレンが恐怖に震えた光景。地獄が現世に顕現したと言っても過言ではない、あの日の戦闘前と同じく――
(笑ってやがる……)
あの日と同じように。
焼かれ、撃たれ、斬られて殺された軍人の死体を前にして。廃墟となった街に住んでいた住民達が虐殺され、捨てるように積み重ねられた大量の死体を前で。
御影秋斗は口元に三日月を浮かべながら笑っていた。
そして、狂ったかのように敵軍を蹂躙し始めたのだ。
空からは大量の殺戮兵器を降らせ、陸に並べられた魔工の軍勢が1人残らず殺し尽くした。
大地は殺戮兵器の炎と敵兵の血で真っ黒に染まり、男も女も子供も、敵兵、敵国の人間であれば等しく殺された光景はまさに地獄。
今、グレンの見た御影秋斗の表情は、あの日と同じもの。秋斗の瞳の奥には狂気が渦巻いているように見える。
同時に、秋斗の異常性を見抜いたのはグレンだけではなかった。
(秋斗……?)
リリは秋斗の戦闘を間近で見た事がある回数は、出会ってから片手で数えられる程度であるが、秋斗が目覚めてから行った戦闘は全て見ている。
戦友であり賢者時代を共に過ごしたグレンを除き、現代で出会った婚約者や仲間の中で言えば一番多い。
秋斗が現代で戦闘を行う前、秋斗が笑みを浮かべる事は多々あった。それに、隠し切れない程の殺気が滲み出ていた。
今まで浮かべている笑みは、秋斗が戦闘に対して余裕の現れのようなモノのようにリリには見えていた。だが、今浮かんでいる笑みは違う。まるで狂気に犯されているような笑み。
リリはそれが堪らなく怖かった。彼女がぶるりと体を震わせた時。
2人の騎士は炎に包まれる。
「僕は帝国最強の炎の魔術師だよ? 君達――」
金髪の男が何やら喚いているが、秋斗を見ていたグレンとリリの耳には入ってこない。
そして、グレンとリリが見守る中、小さく「パチッパチッ」という音が鳴り秋斗の目が紅色に染まり始めた瞬間――
「撤退ッ!!! 総員撤退ッ!!! 逃げろッ!!!」
ハッと我に返ったグレンは前方にいるオリビアや副官達の手を掴んで後方へ引き込む。
敵である奴隷狩り達も、前触れも無く突然の撤退宣言に唖然として追撃の構えを取れなかった。
周囲の騎士達も突然叫び始めたグレンに、一瞬呆気に取られるが尚叫び続けるグレンの真剣な表情を見て後方へ走り出した。
「な、グレン殿!」
オリビアと副官は困惑の表情を浮かべるがグレンから怒鳴るように撤退だ、と叫ばれて皆と同じように走り出す。
「秋斗が!」
「なっ! 秋斗!」
砦方向へ走る中、リリとイザークが秋斗の姿が無い事に気付き振り返ると、敵の前で未だ立っているのが目に入る。慌てて戻ろうと足にブレーキをかけるが、グレンがそれを阻止する。
「いいから!! ここから離れろ!! 巻き込まれるぞ!!」
グレンに掴まれ、そのまま引きずられるように秋斗から離される。
「どうして!? 相手は炎の賢者で! 巻き込まれるなら秋斗だって――」
「違う!」
リリが未だ秋斗のもとへ戻ろうと叫ぶが、その叫びもグレンに中断された。
「君も見ただろう? 秋斗の表情を」
グレンの告げる言葉に、リリはビクリと肩を震わせた。
そのままリリの背を押して再び後方へ走らせながら、グレンは全員に告げる。
「私は戦場で、あの表情を一度見た事がある。……その後に起きたのはこの世の地獄だ。巻き込まれるのは秋斗じゃない。私達なんだよ!」
「じ、地獄って……どういう……」
グレンの心の底から畏怖する声音と苦々しい表情を見て秋斗を心配していた王家達は、まだ完全に納得はいっていないが事の重大さを理解しつつあった。
リリの問いには答えずに口を閉じてそのまま走り続け、王家や騎士達も彼に黙ってついて行く。
そして、十分距離が取れた場所でグレンは足を止めると撤退した理由の続きを語り始めた。
「君達、秋斗が戦う様子を見た事があるか?」
グレンの言葉に王家全員が頷く。
「その時、敵は人間だったか? あいつの前に親しい仲間の死体はあったか? あいつの前で誰か殺されていたか?」
「そ、その時は人じゃなくて魔獣だった……。人の死体はあったけど交流の無かった人達。秋斗が来てからは誰も死んでない」
リリは秋斗が目覚めてから最大規模の戦闘――北街防衛戦の様子を思い出しながらグレンの問いに答える。
「そうか……。それなら、今日のような……。その時はまだ平気だったんだろう」
リリはグレンの言葉を聞いて、先程見た秋斗が浮かべる笑みを思い出す。確かに、今日と前回は違った。
自身が首輪を嵌められ救われた時も、ハナコの時も、北街の時も秋斗は笑っていたが今日のようではなかった。
笑っているが種類が違う、と断言できるほどに違う。
それが、秋斗の状態に繋がるのだろうかとリリが思っているとグレンは王家全員を見渡しながら、目を伏せた後に告げる。
「御影秋斗は――壊れている」




