07 リリ・エルフィード
ガタガタという何かが鳴る音で彼女は目を覚ます。
目を覚ませば自分に起きた最悪の出来事を思い出し、その後に自分が行った事も思い出した。
現在の状況を見れば、寝袋の上に寝かされている。意識を失う寸前で自分が助けを求めた人族は東側の人族だったのだろう。
もしも敵対している人族の一員なのであれば、今度こそ逃げられないように腕や足を縛る。それが無く、自由に動ける状況こそが何よりの証拠。
「お、おい! 貴様! 何をした!?」
一先ず自分の周りを見たところで聞き覚えのある声の怒号が耳に入り、彼女の思考が更に覚醒していく。
相変わらずガタガタと正体不明の鳴る音と複数の男の怒号が気になって、彼女は恐々とテントの入り口に指で隙間を作って外を見た。
隙間から外を覗くと、目に飛び込んできたのはあり得ない光景だった。
彼女に背中を向けていた男性の姿がブレたと思えば、自分を捕らえた男の1人が吹き飛ぶ。
吹き飛んだ男に目を向ければ、男の首から上が無い。吹き飛ばされた際にぶつかった木には赤い血の華が咲き、木はぶつかった衝撃で折れていた。
彼女が何が起きたのかと考えている間、さらに轟音が鳴り響く。
音の方向に目を向ければ、もう1人の男は地面に叩きつけられていた。
叩きつけられた地面にはドクドクとゆっくり男の血が流れ込み、地面に溶けていく。
(何が起こって……。あれは私を捕まえた帝国の人間だよね……)
彼女は目を見開き、驚愕に思考を染めながら状況を理解しようと勤めるが叫び声によって中断された。
「バケ、バケモノ! バケモノオォオォ!!」
残った最後の男は恐怖に顔を染めながら四つん這いで茂みの向こうへ逃げていく。
そして、それを見ながらゆっくりと追う黒髪の男性。
一瞬の間に2人の男を始末した黒髪の男性の背中を見つめながら、驚愕に支配されていた彼女の思考は徐々にクリアになっていく。
目の前で起きている凄惨な状況から導き出された答えと、最初に浮かんだ考えは『自分は助かった』という感想。
そう至れば少し気が落ち着いてくる。
落ち着きを取り戻した彼女が次に気付いたのは自分の身体の事。自分の身体を見下ろせば、帝国の者と戦った際についた傷や逃げる時に負った傷に薬らしきモノが塗られている。
自分の知っている薬よりも効き目が良いそれは、塗られた傷口を綺麗に塞いでいた。
傷口を見ながら、どんな高価な薬なのだと考えているうちに自分の自然な呼吸に気付いて首元に手を当てる。
(首輪が外れてる!?)
捕らえられた後、自分の首元に嵌められた首輪が無くなっている。嵌められれば二度と外せず、無理矢理外せば呪いで死に至ると言われていた首輪が。
ペタペタと首元を触り続け、呪いの効果で死ぬのかと思っていてもそれらしい現象は起きない。
不意に地面に転がっている物が目に入って注視すれば、転がっているのは嵌められていたはずの首輪だった。
(なんで……? なんで……?)
うまく逃げ出せたとしても、自分の人生は首輪を嵌められた時点で長くないと思っていた。なのに何故。無理矢理外していたら既に死んでいるはずなのに。何故何故。
まだ死んでいない事実、身に起きた出来事の混乱、助かった実感が入り混じって彼女の瞳から涙が零れる。
(助かった……! 助かった……!)
グシグシと手で零れる涙を拭き、気持ちを落ち着かせた後に状況を理解しようと改めて周囲を見渡す。
テント内にはバラバラになった本。そして見た事が無い金属製の物。
(魔道具……?)
手に取って見てみれば、過去に知り合いから見せてもらった遺跡の地下から発掘される古代の魔道具とどこか似ている。
他の物にも目を向けるが、転がっている物の用途は不明である。しかし、どこか洗練された形から古代の魔道具なのだろうと推測できた。
彼女は手に持った魔道具らしき物を置いて外へ出る。
外に出ればあったはずの死体が無くなって、血に染まっていた部分は焼かれて砂をかけられていた。
(あの人はどこへ行ったんだろう)
キョロキョロと助けてくれた男性を探しながら、周囲を見渡す。
森の中。そして背後にテント。さらに、テントの背後には見知った遺跡。
(魔工師の遺跡……?)
自分の背後にあったのは、エルフニア王国に住む者ならば誰もが知っている遺跡。かつて、魔工師と呼ばれた伝説の賢者が眠っていると言われた有名な遺跡である。
その遺跡を見て、彼女は1つの結論に至る。
(もしかして……助けてくれたのは……)
まさか、自分を助けてくれたのは――自分や国民、否、東側に住む人々全員が敬愛する存在。誰もが憧れ、誰もが夢に見る存在。
もしかして、まさか、そうだったら、と思えば思う程に彼女の胸がドキドキと高鳴る。
自分が幼少の頃から憧れていた存在。
目の前に現れたのであれば伴侶になりたいと思う程に憧れ、恋焦がれた存在。
(もしも本人だったら……。昔に想定した通り、出会ったらすぐに求婚。私はダメで、他の人のモノになっちゃうのはイヤ。でも断られたら……)
悶々と考えながら、最悪の結末を想像してぷるぷると震える。
彼女はペタリとテントの前に崩れ落ちるように座る。
ドキドキと五月蝿いくらいに高鳴る胸に手を当てながら、助けてくれた男性を待ち続けた。
-----
「ふう。片付け完了」
自宅跡地である遺跡から離れた場所に3人の死体を埋め、飛び散った元人間のアレコレは炎を発生させる術式を起動して焼却処分。
血痕なども焼いた後に土をかけたので獣や病気が発生する事は無いだろう……と自分に言い聞かせて作業を終えた。
来た道を戻ってテントに到着すると、テントに寝かせたはずの女性がテントの外で座っていた。
「起きたのか? 体は大丈夫か?」
秋斗が問いかけると、女性は青い瞳で秋斗をじっと見上げながら呟く。
「貴方は、賢者様なの?」
「何故、そう思う?」
「あの強さ。普通じゃない」
見ていたのか。と秋斗は心の中で呟く。
「そうか……。賢者かどうかはしらんが、俺は2000年前から眠ってつい最近起きた者だ」
秋斗は隠す事なく事実を告げる。
どうせ信じないだろうと思っているし、信じる信じないに関わらず彼女からこの時代の情報をじっくり聞き出そうと考えていた。
「じゃあ賢者様」
彼女は少しだけ微笑みながら秋斗の予想を裏切って、秋斗を賢者として認定した。
「信じるのか……」
「うん。テントの中に見た事無い魔道具? がいっぱい。塗ってくれた薬も普通じゃない。戦いも普通じゃない。古の賢者様以外ありえない」
賢者認定には彼女なりに裏付けがあったようだ。
とりあえず、彼女はこちらを敵対していないようだし、情報を得やすくなった事に安堵する。
「俺は御影秋斗だ。君の名前は?」
彼女は秋斗のフルネームを聞くと、ピクリと反応した後に口を開いた。
「私はリリ。リリ・エルフィード」
秋斗はよろしくと言って、彼女の前に腰を下ろす。
コップに水を入れてリリに手渡し、自分はコーヒーを淹れる。
「水を出す魔道具も無いのに一瞬で水を出すとかスゴイ」
ケビンが驚いたようにリリも同じように目を見開いて驚く。
秋斗は、この時代の魔法事情はどうなっているんだ? という質問をグッと我慢して1つずつ順を追って質問して行く事にした。
「まずは、君が何でアイツ等に追われていたのか教えてくれないか?」
「街にあるギルドで魔獣退治の依頼を受けて、魔獣退治の途中で捕まった。奴隷の首輪を付けられたけど、首輪の効果に逆らいながら、隙を見て逃げ出したの」
「首輪ってのはコレか。人間とエルフは敵対してんのか?」
秋斗は床に転がっていた首輪を手に、人差し指でクルクルと回す。
「あの3人は帝国の人族。帝国には奴隷制度がある。今回の3人はエルフ狩りに来たって言ってた」
「エルフは帝国以外の人間とは敵対してないのか?」
「帝国はここから西にある大きな国。東側にあるレオンガルドっていう人族の国とは仲良し」
秋斗は過去の地図をAR上で表示する。
自宅から西方面。そちらの方向は秋斗が所属していた国に陸続きで隣接した別の国があり、自国と国境付近でお互いを牽制しあっていて、秋斗が生まれるよりも昔から小規模ではあるが何度か戦争もした。
何か切っ掛けがあれば、どちらかが滅ぶまでの大きな戦争になるだろうと他国から常々言われていたくらい険悪な関係性だった。
帝国と呼ばれる国が嘗ての隣国の名前が変化したのかはわからない。
だが、奴隷制度を採用しているというのは好意的に思えないし、出会った3人組の印象が悪すぎて帝国とやらに行ってみようという気持ちが微塵も沸かない。
「東側にある国とやらは奴隷制度は無いのか?」
「無い。東側はどの種族とも仲が良い。人族も魔人族も獣人族も、街を行き来して交易したりしてる」
魔人族と獣人族ってなんだよ!? エルフの他にもいんの!? と内心驚きながらも、顔には出さず話しを続ける。
「そうか。とりあえず君の状況は判った。次の質問だが……賢者というのは他にも何人もいるのか?」
この質問は秋斗にとって、最重要な質問。
賢者と呼ばれる者が、他にもいるのならば自分と同じ時代を生きていた人物である可能性が高い。
その中に知り合いがいれば――この時代で生きていくのにも多少は楽になるんじゃないかという考えが浮かんでいた。
「他の賢者は……帝国に1人いるって聞いた。炎を自在に操る賢者だって話」
「炎を操る? 他に何か聞かないか? 例えば、この時代では見た事がない道具や魔法を使うとか」
ゲームや小説の魔法使いでお馴染みの4元素と呼ばれる炎風水土を使えるというのは過去の時代では当たり前の事だった。
何故なら、トンガリ帽子に杖を持って火の玉や水の玉を出すような魔法使いの代表とも言える魔法はみんなが憧れるからだ。
そんな理由から第2世代マナデバイスを持っている人でも、個人で効果の差はあれど4元素の魔法はカートリッジ無しで使えるのが当たり前。
秋斗のように技術屋であったり、魔法系の大学に通っている者であれば就職活動や合コンでは自己アピールとして4元素魔法以外に使える魔法を自慢するのが普通だった。
そのような過去の背景があって、リリに問いかけたが彼女はフルフルと首を横に振る。
「炎がスゴイって聞いただけ。戦いですごい戦果を挙げたとかなんとか」
「う~ん……」
炎魔法で戦果を挙げた? 元軍人で大規模な魔法を得意としている? もしくは爆発を撒き散らす大量破壊兵器持ち? と想像するが結論は保留となった。
何より、そのような炎が得意と自慢するような人物は知り合いに存在していなかったし、場所が帝国という事はかつての隣国に住んでいた者なのではないかと考える。
「じゃあ今度は私から質問いい?」
秋斗が腕を組んで頭を捻りながらウンウンと考えを巡らせていると、今度はリリから質問タイムが始まる。
「ん? ああ、いいぞ」
「どうやって2000年も寝てたの?」
「長期睡眠装置というのがあって……簡単に言えば冬眠して眠り続けられるような道具があるんだ。それで寝ていた。見るか?」
装置を見せてやろうか? と問いかけるとリリはコクコクと頷く。
一緒にシェルターに入り、自分の寝ていたマナマシンを見せる。
「なんかすごそう」
実物を見た感想はえらく簡単なモノだったが、興味があるようでキョロキョロと見回しながら色々な所を触ってみたりしていた。
何となく、秋斗はリリという女性の事が判ってきた。
言葉が少なく素っ気無いような感じでクールな第一印象を受けるが顔に浮かべる表情は豊かだな、とマナマシンを触る彼女を見ていた。
彼女が満足した後に地上に戻って、またテント前で落ち着くとリリの質問タイムが続く。
「右目と右手。なんか変。魔道具?」
リリの質問は秋斗の生体マナデバイスについて。
しかし、この質問に秋斗は驚く。
「わかるのか?」
秋斗の右目と右手は、生体マナマシンとなっている為、義眼と義手という本物の体の一部ではない。
だが、耐久面を強化した人工皮膚を貼り付けているので見た目は普通の人間と変わらない。
過去の時代でも初見で見抜く者は皆無だった。
「うん。私、魔力の流れが見える」
「魔力の流れ?」
「そう。なんか右目と右手に魔力のオーラみたいな…残滓みたいなのが見える」
リリは自分の目を指差しながら答える。
「へぇ……。昔には魔力を見る為の道具があったが、それ無しで見えるのか。俺の右目と右手は魔法を発動するための道具になってるんだよ」
リリの魔力が見えるという発言に驚きつつ、エルフが生まれるような環境ならば昔には存在しなかった特異体質を持った人が生まれてもおかしくないのか?と思う。
生体マナデバイスについては、この時代の技術レベルが昔と比べて低くなっているのは彼女の様子から察することができたので、話しても理解できないだろうと思った秋斗は簡潔に伝える。
「すごい」
すると、リリはススッと傍に寄ってきて秋斗の右手をペタペタと触る。
何という大胆な! と美女のスキンシップに心の中で驚きながらも表情に出さないよう努める。
ペタペタと触っていたと思ったらスリスリと撫でられたりして、秋斗は若干恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。
しかもボロボロの服の上からもよくわかる、むにゅぅと弾力豊かな彼女の大きな胸が当たっている。
「な、なぁ。賢者というのがバレると大変だったりするか?」
腕を撫で続けるのをやめないリリに、何とか恥ずかしさを誤魔化そうと質問をぶつける。
「う~ん。賢者様は国に保護されるのが普通。王様が国のために賢者様の知恵を借りたいとか? そんな感じ」
賢者という過去の遺産を持った者は保護されるのが普通という。
今の時代に無い便利な道具や、それらを産み出す知識。どんな形にしても、この時代に無い物を持っていれば保護して国の為に使おうというのは為政者としては当たり前だろうなぁと思う。
「そうか……。じゃあ国にバレないように街に入った方がいいかね?」
「街に入るには身分証が必要。あと、お金ある?」
身分証。金。
過去の時代でも無ければ住む家すら借りられないという生きていく上で過去も今も不変である2大最重要品の事を忘れていた。
「身分証は……無い。金はマナマシンでも売れば良いやって思ってた……」
街に入れないのでは意味ないではないか。とガックリしながら顔を手で覆う。
「まなましんってこの魔道具の事?」
リリが地面に転がっていた動かない試作品のマナマシンを手に持って秋斗に問いかける。
「そうそう。今の時代では魔道具って呼んでるのか。昔はマナマシンって総称だったんだ」
「ふぅん。でも、こんなもの売ったら即バレる。魔道具を作れる人なんて国のお抱え以外に全然いないし、遺跡から見つかるのは壊れているのが普通だから。動くのを売ったらすごい聞かれると思う」
「マジかよ……」
秋斗の計画は儚く散った。
「でも、東側の国だったら良い人多いからバレても大丈夫じゃない? エルフの国の王様も良い人だし、他の国の王様も良い人だよ」
「へぇ。どう良い人なんだ? どっかに監禁されて外も出れないなんて事態になったら困るんだが……」
監禁され、強制されながら知識を提供し続け、マナマシンを作り続ける人生なんぞゴメンだと秋斗は思う。
そうなったら力ずくで壁をぶち破って逃げるが、とも思っていた。
「王様も貴族もみんな民の事を第一に考えてくれる。国同士仲が良いから戦争もしないし、みんなが豊かに暮らせるようにしてくれてる」
「そうなのか。そりゃ有難いこった」
なかなかの好印象。特に戦争で奪い奪われをしないあたりが良い。と秋斗は考える。
「それに、昔に現れた賢者様は東側の国を良くしてくれたから英雄として称えられてる」
「ちょっと待て……過去に現れた賢者だと? 名前とか当時の記録とは街にいけばあるのか?」
「東側に現れた賢者様は1000年くらい前に現れたのが最初。秋斗は2番目。当時の記録は王城に保管されていると思う。 名前は賢者ケリー」
「ケリー……。その賢者はどんな事をしたんだ? 魔道具を作ったりしたのか?」
「最初の賢者様は、東側の大地を豊かにした。土や木を調べたり、生き物を調べたりして。その後は人々に農業を教えたって有名な話がある。今でも農家は賢者様を称えるお祭りをしたりしてる」
1000年前程に現れた賢者の名はケリー。
そして、自然環境を調べながら農業を発展させたという。恐らく農業を専攻していた者だろう。
魔法科学技術院にも農業科は存在していた。農業科といっても幅広く、新しい品種を開発して食料事情を改善したり、土地を調べる自然学のような事もしていた。そして、ケリーという名の農業に関するスペシャリストも。
「その賢者はどこから来たとか伝わっているのか?」
「最初の賢者様はここから北東あたりにある人族の国にある大きな遺跡から現れた」
ここから北東。魔法科学技術院があった方角。秋斗のよく知るケリーという人物は技術院の近くに住んでいた。
ケリーという名前。農業の知識。そして現れた方角。この3つを聞いて秋斗は、自分の知るケリーという同僚の1人に間違いないと確信を持つ。
「俺の生きていた時代がどうなって今の時代になったのか調べるには、賢者を辿るのが良いかもしれないな。1000年前に現れた賢者は知り合いかもしれない」
過去に現れた賢者が自分の知るケリーだったとしたら、どのように生きたのか知るのも今後の身の振り方の参考になるかもしれないと思案する。
「賢者様の事を調べるなら、王都で王様に聞かないとかも」
「王都か。辿り着いても入れるかが問題だがな……。ところで、君はどうするんだ?」
未だに腕を触りながら隣に寄り添う彼女の事も考えないとだろう。
助けたが、ここで「はい、さようなら」は後味が悪い。
エルフ狩りなどという輩もいるようだから、街までは送るべきだと考えた。
数日後にケビンも来てくれるだろうから、彼と共に3人で行けば自分が街に入れなかったとしても大丈夫だろうと秋斗は思う。
だが、彼女から出てきた言葉は想像の斜め上のものだった。
「私? 私は秋斗の奥さんになる」
奥さんになる。
ワイフになる。
「ファッ!?」
彼女の口から飛び出た言葉に一瞬思考が飛び、正気を取り戻しながらも驚愕を隠すことができなかった。
「助けてもらったし、秋斗と一緒なら楽しそう。あと、戦ってる姿がやっぱりカッコイイ。好き」
隣に寄り添うリリは頭を秋斗の肩に預けながら上目遣いで告げる。
「ええ……。なんというか……。んん? 」
結婚するにはもっと段階とか色々あるんじゃないの? と思いつつも美女に見つめられて耐性の無い秋斗はゴニョゴニョしてしまう。
そして、リリの言葉を脳内で反芻すると何か引っかかりを覚えるが――
「私じゃ嫌? おっぱいも大きいよ? あ、奴隷にされたけどまだ処女だから安心して。犯される前に逃げ出したから」
リリは秋斗の腕を抱き寄せて、ふよんと大きな胸を押し付けながら自己アッピル。
汚い。さすが空想の中でもハイパー美女伝説を持っていたエルフ汚い。
妙な引っかかりなど銀河の向こう側にぶっ飛ぶくらいに柔らかい。ボロボロの服は柔軟剤など使ってないのに柔らかい。ふしぎだなー。
そんな事をされたらムッツリ秋斗君はイチコロ寸前だ。
「嫌じゃないデスゥ! はっ! いや、でも今日会ったばっかりで…」
「ずっと好きだった。騙したり嘘ついたりしない。絶対後悔させない。だから、私を奥さんにして」
そう言いながら秋斗の腕を更に強く抱きしめるリリ。
秋斗はリリの言葉にまた妙な引っかかりを覚えながらも、ある事に気付く。
(震えてる……)
秋斗の腕を抱くリリはふるふると震えていた。
リリの顔を見れば、頬を赤く染めながらも不安そうな顔をして目には少し涙を浮かべている。
あんな男達に攫われたのだ。きっと恐怖が残っているのだろうと推測した。
それを見た秋斗は覚悟を決める。
「わかった。まずは一緒に行動しながらお互いを知るってのはどうだ?」
そう告げながら、彼女に向き合う。
「お互いをもっと知ったら、奥さんにしてくれる?」
「ああ。お互い知らない事ばかりだろう。それに俺は現状、金の稼ぎも無い男だぞ……。生活基盤が出来てからのが良いんじゃないか?」
秋斗は意外にも堅実な結婚観を持つのだった。
「わかった。ちゃんと生活できるように私も努力する。それに、秋斗にもっと私のこと知って欲しい。好き。」
リリは泣き顔から笑顔に変わって、秋斗の胸に頭を押し付けてグリグリしてくる。
「まぁ、なんだ……。これからヨロシクな。リリ」
胸に押し付けてくる頭を撫でながら。
なんともいきなりで、勢いに飲まれたような形になってしまった。
この時から秋斗とリリの新婚(予定)生活が始まった。