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76 薬草摘み


 グレンの紹介と現代の情勢などを含めた話を進めていると、外は既に日が落ち夜になっていた。

 

 キリがいい所で本日は終了となり、食事中や寝るまでの間にグレンはイザークやソフィアから秋斗との関係や過去の出来事について英雄譚を片手に色々質問されて忙しそうに答えていたが、その甲斐もあってか秋斗の戦友であり良き理解者という認識に収まったようだ。

 実際、ケリーやグレゴリーなどのアークマスター達以外を除けば秋斗の事をよく理解しているのはグレンで間違いない。

 何度も戦争で同じ部隊に所属し、司令部から秋斗をサポートしていたので性格や戦闘スタイルなども熟知しているし、何度かプライベートで食事をしたりもあった。

 それ故に、賢者時代では研究一筋で戦闘になれば死神の如く敵を屠っていたコミュ症の秋斗が一夫多妻制ハーレム野郎になっているのが気持ち悪くて仕方ない。


「お前がここまで人気なのはキモイ」


「……前にも言った通り、主にケリーのせいだ。それにお前も他人事じゃないからな」


 秋斗とグレンはサンタナ砦の外、シールドタワーの設置場所から少し離れた場所でマナワーカーが黙々と作業しているのを見守りながら話していた。

 ありえん、と言わんばかりの視線をグレンは向けているが、秋斗の言葉通り他の作業を行う者達やサンタナ砦に所属している獣人騎士達は新たな英雄である軍将グレンにキラキラとした目線を送っている。

 本日の朝もグレンが客室で目覚め、廊下を歩いている際は直立不動で挨拶する者達がよく見られた。

 他にも西街の警備隊隊長が昨晩のうちに西街に戻り、粗相を働いた門番を連れて朝一番にサンタナ砦へ戻って来た。そして、門番がジャンピング土下座をかまして地面に頭を擦りつけながらグレンに謝罪。

 グレンは先日話した通り、門番の仕事だと言って和解していたが当の門番はグレンをキラキラした目で見ていた。それを見ていた秋斗は、あれは絶対街に戻って「軍将グレン様は心が広く優しい」と酒場や友人家族に話して広めるな、と予想していた。


「あ、あの!」


 そんな2人に背後から声を掛けられる。

 振り向けば猫人族の女性2人がモジモジとしながら立っていた。


「け、賢者様と軍将様ですよね! よ、よかったら握手してくだしゃああ!」


 ズバッと頭を下げて手を差し出す女性。カミカミであったが、それにも気付かないくらい必死だった。


「お、お願いします!」 


 もう1人の女性も続けて頭を下げて手を差し出す。

 彼女らの後ろにはサンタナ砦所属を現す紋章付きの盾を持った騎士が6人おり、苦笑いを浮かべていた。


「はい。いいよ」


 グレンはいきなりの出来事に戸惑い、固まっていたが秋斗は慣れた様子で2人と握手する。

 このような出来事は秋斗にとってはエルフニアで経験済みだ。王都で一歩外に出れば握手やサインを求められ、酷い時は買い物に立ち寄った店の店主が嬉しさの余り奇声を上げながら倒れた事もあった。

 そんな経験から、秋斗はニコリと笑って街中でファンに見つかってしまった芸能人の如く対応してみせる。

 2人と握手し終えると、肘でグレンを突いて催促し握手させる。


「あ、ありがとう。よろしく頼む……」


 ぎこちなく2人と握手するグレン。そんな彼を見て自分もこうだったな、と優しい顔を向ける秋斗。そんな顔に少しイラっとするグレンであった。


「キャー! 嬉しいです!」


「感動です!」


 握手を終えると、2人の猫人族女性は嬉しそうに黄色い声を上げる。

 2人の身なりは騎士のように金属製の鎧を身に着けておらず、洋服の上にポンチョのような物を羽織っていた。


「君達は騎士じゃないよね?」


 サンタナ砦所属ではないと気になった秋斗は2人に問いかける。


「あ、はい。私達、傭兵でして。山に薬草採取に来たんです」


 女性の1人が北西に向かって指を差す。指の先には背の高い山脈があり、グレンが目覚めた場所の方角だった。


「ああ、後ろの彼らは護衛か」


 彼女らの後ろに立つ騎士達に視線を向ければ、肯定するように頷いた。

 

 サンタナ砦の近くに聳える山には貴重な薬草や鉱石など様々な自然資源が多く眠る山であるが、立地上西側からの人攫いが潜伏するポイントでもあり凶悪な魔獣も他の地域と比べて多い。

 だが、それだけ危険がある場所であっても、彼女達のように危険を顧みず向かう理由はリターンが大きいからだ。危険度は高いが超貴重な素材を取れば一攫千金も狙えるほどの場所。


 しかし近年に至ってはサンタナ砦の騎士雇用拡大もあって、山脈に向かう人を人攫いや魔獣の脅威から護衛・道案内などのサポートする有料サービスが始まった。

 小額で騎士の巡回予備隊を雇い、山に入って素材を手に入れる事ができるようになり昔よりも危険度はだいぶ下がった。他にも正規の巡回隊が巡回も行っているので魔獣の生態変化や縄張りの情報精度も高い。

 因みに、このサービスで得た金銭は騎士達のボーナスに充てられるらしいので仕事が増えた騎士達にも不満は無いようだ。


 女性2人の後ろに立つ彼らが今日のガイドサービス員なのだろう。


「すいません。どうしても彼女らが握手したいと走って行ってしまって……」


「いや、構わないよ。山に向かうなら気をつけてくれ。侯爵から通達されているだろうけど、今日の夕方には戻ってくるようにな」


 恐縮して苦笑いを浮かべる騎士へ秋斗も苦笑いを浮かべながら告げる。

 本日の夕方にはシールドタワーが完成するので、シールド発生地点から西側に入ってしまうと通れなくなってしまう。

 既にこの事は朝の時点でサンタナ侯爵から全騎士団員へ通達されているが、万が一もあるので再度警告をした。


「はい。承知しております」


 騎士達は騎士礼をし、女性2人もお辞儀した後に山へ向かって行った。

 秋斗とグレンは彼女らの背中を見送った後、グレンが溜息を零す。


「言っておくが、街にいったらもっと大騒ぎになるからな」


 溜息を吐いていたグレンへ秋斗は自身の経験談を踏まえて忠告する。

 グレンはその様子を想像しながら、どうしたものかと頭を悩ませた。



-----


 

 2人の猫人族の女性はこの世に生まれてから最大の幸福を噛み締めながら山の中で依頼をこなしていた。

 

「まさか握手できるなんてね!」


「ほんとねー。軍将様とまで会えるなんて……。はぁ~」


 2人は先程体験した偉人との握手を思い出し、うっとりとした表情を浮かべながら地面に生えている薬草を採取している最中であった。

 彼女らはガートゥナ王国西町に住み傭兵家業で暮らしの稼ぎを行う者達。街の商店で売り子をする手もあったが、彼女らは昔から姫騎士オリビアに憧れていて彼女のようになりたく傭兵への道を選んだ。

 だが、あまり戦闘の才能は無くC等級でありながら、ほぼ採取依頼専門の傭兵となっていた。

 そんな2人を馬鹿にするガラの悪い傭兵もいるが、彼女達が採取する薬草は丁寧な採取方法と長年培ってきた薬草への知識も相まって新鮮な薬草を常に採取してくる。街の薬師には感謝され、彼女達の採取した薬草は質の良い薬が出来ると評判だ。

 評価を受け取った彼女達はオリビアに憧れを抱きながらも、自分達の仕事に誇りを持っていた。


 今回も街の薬師から直接指名され、風邪薬に使う薬草の採取を依頼された。

 指定された薬草はサンタナ砦の近くにある山の麓から少し西に行った場所に群生地がある物で、砦のガイドサービスがあったとしても西側の奴隷狩りや魔獣の脅威もあるため本来ならばB等級の傭兵が行くような場所だ。彼女達はC等級なのでギルドも依頼を却下しようとも考えたが薬草の重要度もあって一度検討されることになった。


 B等級の傭兵が向かうエリアなのだから、彼女達ではなく別の者を向かわせるべきだと意見も出た。しかし、B等級傭兵が採取依頼を行うのは滅多になく採取依頼を達成してくれる人員は常に不足している。

 さらには今回の薬草は採取が難しく誰でも良いというわけでもない。検討した結果、仕方なくではあるが彼女達を向かわせる事になった。

 2人にはあまり戦闘経験は無いがC等級であり、サンタナ砦のガイドサービスを付ければ大丈夫だろう、と判断された。

 彼女達も今回の依頼は報酬が良く、有料のガイドサービスも今回はギルド持ち。その事もあって彼女達も二つ返事で依頼を受けた。


 そんな背景があって依頼を受けた2人がサンタナ砦に到着すれば、今話題沸騰中の賢者と賢者の戦友である新たに目覚めた軍将が砦に滞在していると、砦の補給を運んできた商人が興奮気味に言っていた。

 もしかしたら会えるかも、と彼女達は周囲をキョロキョロとしながらガイドサービスの受付を済ませて護衛と共に砦を出れば目的の人物が。護衛騎士の制止も耳に届く事無く駆け寄って彼女達は幸運を勝ち取ったのだ。


「あまりご迷惑をかけてはいかんぞ」


 彼女達を護衛する騎士の1人も、正直言えば気持ちはすごくわかる。自分だって廊下を歩いていた軍将グレンに握手を求めてしまったのだから。

 2人の態度をあまり強く叱る事も出来ず、苦笑いを浮かべながら一応の釘は刺しておく。じゃなければ、自分が上司に叱られてしまうからだ。


「はい。すいません。つい興奮しちゃって……」


 叱りながらも自分達の気持ちを理解してくれているのだ、と分かった女性の1人はタハハ、と気まずそうに笑いながら謝罪した。


「はは。まぁ、英雄譚から飛び出した本物の英雄様達だからな。気持ちは痛いほどわかるよ」


 彼女達と護衛の騎士達は、そんなほのぼのとした空気の中で山の中を歩いて薬草採取を行い続けた。


 昼も過ぎ、あと数時間で夕方になるといった空の下で彼女達は薬草を摘む手を休めて額に浮かぶ汗を拭う。


「よぉし、なんとか集まりました」


「お、そうか。そろそろ夕方にもなるし早く戻ろう」


 せっせと薬草採取を続けた結果、1日で指定された数を採取する事が出来た。

 採取した物を籠に入れ、護衛騎士の先導で山を下って行く。通達されている時間までに山の麓まで行かなければならないし、日が落ちるにつれて腹を空かせた魔獣に出くわす確立も上がる。

 行きよりも少し早足で山を下り、山の麓からサンタナ砦まで向かっている途中に異変は起きた。


「ガッ!」


 空気を切り裂くような鋭い音がしたと思えば、護衛騎士の1人が苦しそうな声を上げる。

 何事か、と別の騎士が振り向くと再び同じ鋭い音が鳴った後にどさりと地面に倒れる。猫人族の女性が倒れる男を目で追うと、倒れた騎士のふとももと頭には矢が刺さっていて地面は赤い血がゆっくりと流れる。 


「ヒッ!」


「キャァァ!」


 地面に倒れた騎士はピクリともせず、突然の出来事に女性2人は身を竦ませて悲鳴を上げた。

 この山はガートゥナ領土であり、矢を使う魔獣など存在しない。であれば、現れたのは西側からやってきた人攫い以外いない。

 護衛の騎士達は状況を理解すると、瞬時に戦闘態勢へと移行する。


「彼女達を守れ!」


 護衛騎士隊の隊長が叫ぶと同時に何本もの矢が彼らに向かって飛来する。盾を掲げて急所や体を守るが飛んできた矢は20以上。幸いにも死亡した者はおらず、飛んできた矢を全て防ぐ事が出来た。

 結果、護衛対象の2人は掠り傷1つ無く無事に守れたが、騎士達は矢が掠って傷を負ってしまったり、盾から露出している部分に矢が刺さってしまう。

 

「お前は2人を連れて砦へ戻れ! 我々が時間を稼ぐ!」


「はい!」


 隊長は背後にいた一番下っ端の騎士へ素早く命令を下す。命令された騎士も迷わず頷いて護衛対象の2人を連れて駆け出した。


 これはサンタナ砦で常に訓練されている命令と行動であり、彼らのとった行動は奴隷狩りに遭遇した際に必ず行われる。

 この命令をせずに無理をして応戦し全滅すれば侵入された事が砦に伝わらず、街にも被害が出る可能性が出て来る。被害が拡大するくらいならば誰かが犠牲になって応援を連れてくれば良い。


 残った者は殺される可能性が高い。生き残ったとしても奴隷にされる。だが、一般人を大量に攫われるよりはマシだ。常に犠牲になる覚悟を持って民を守るのが騎士の務めであるとサンタナ侯爵は教育していた。

 サンタナ侯爵でさえ同じような状況ならばその場に残り、部下を砦に向かわせるだろう。今回の迅速な対処と末端の騎士までに行き届いた動きは、偏に侯爵の教育と彼らの訓練の賜物であった。


 砦に向かって走っていく3人に矢が飛ぶが、騎士達は間に入って盾で防ぐ。次を撃っても防がれると感じたのか、草むらから黒い影が躍り出て3人を追撃しようとする様子であるが、それも阻止するべく騎士達は横に散開して奴隷狩り達の進路を塞ぐ。 


「行かせんぞ!」


「チッ……」


 追撃は無理と判断した黒い外套に身を包んだ男は腰から剣を抜き、騎士達と対峙する。

 剣を抜いた男を注視していると、別方向から3人を追おうとする者が現れる。


「追撃させるな!」


 一番端にいた騎士が気付き、剣を振って阻止する。

 恐らくであるが、これで少しは時間が稼ぐ事ができた。3人のうち1人でも砦に辿り着いて欲しいと願う。


「あー。折角、女がいたのに逃がしちゃったかー。残念」


 と、なんとも相手の軽い態度がわかるような声が山の麓に生える木々の間から聞こえてきた。

 金髪を揺らし、黒い軍服を着た一人の男が現れ、その後ろからはゾロゾロと黒い外套を身につけた男達が現れる。


「なっ!?」


 現れた数は簡単に数えても50以上はいるだろう。その数に護衛騎士隊の隊長は冷や汗を流す。


「ま、いいか。応援を呼んで来てくれればこっちから行く手間が省けるもんね。騎士は労働力として陛下に献上すれば良し。襲撃するときの人質にもなるしね」


「貴様は……。ヴェルダの奴隷狩りか」


「そうだよ。家畜君。君達にステキな労働をプレゼントするエラ~イ人さ」


 金髪の男はニタニタと笑いながら、自分の耳についているイヤリングを触る。


「でも、僕はね。僕の邪魔をされるのが一番嫌なんだ。だから君達はダメだな~」


 言いながら男はイヤリングを指で弾く。すると――


「ぎゃああああ!!!」


 騎士の男が1人絶叫を上げ、振り向けば人体発火の如く体を炎で燃やされていた。

 火達磨になった騎士はゴロゴロと地面を転げまわって悶え苦しむが、炎の勢いは全く治まらない。5分もしないうちに動かなくなり、そのうち黒コゲになってしまった。


「ほ、炎の……」


 その様子を目の当たりにした隊長の脳裏に浮かぶのは帝国最強と謳われた人物。


「そう。炎の魔導師。それが僕だよ」


 男はニヤニヤと笑い、部下達へ捕縛を命じる。

 騎士達も数の差には敵わず、捕縛されて地面に転がされてしまった。

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