73 見学ツアー
ジーベル要塞でシールドタワーと監視室を作り上げ、本日で要塞を訪れてから3日目。
ウエストン砦の騎士達と共に秋斗の講習を聞いていたヨーゼフが監視業務の手順に既に慣れていたこともあって、午後の実務講習をヨーゼフに任せることとなった。
というのも、要塞から徒歩10分の所に賢者時代の遺跡があると聞いた秋斗が興味を示したからである。
エルフニア王国王都を出発してから働き詰めなのもあり、本日の午後くらいは好きに時間を使ってリフレッシュしてくれという秋斗への皆の心遣いでもあった。
そんな経緯もあって、秋斗は遺跡へと訪れていた。
遺跡の見た目は秋斗の眠っていた朽ちた自宅のようで、相変わらず崩れた壁が少しだけ残っていて家としての機能はカケラも無い。
歴史的な建造物の痕跡としてレオンガルド王国に保護されている遺跡で、調査もケリーが目覚めた時代には既に完了しているものであった。この遺跡も秋斗の眠っていた遺跡のように、レオンガルドの宮廷魔法使いが度々訪れて異常が無いか調べに訪れている。
余談であるが、東側に残っている賢者時代の遺跡は賢者教によって『聖地』と認定されており、聖職者が訪れる場所でもある。
「こちらに地下の入り口があります」
そんな聖地であり遺跡を案内するのはエルザ。
兄であるイザークに案内役を任命された彼女は、やや緊張しながらレオンガルド王家の者としての勤めを果たしている。
彼女は男性不信であるが、秋斗に対しては嫌悪感が無いというのを知ったイザークが、トラウマの改善に繋がる可能性も考えてリリとソフィアに昨晩「案内役としてどうか」と相談していた。
婚約者2人もイザークの考えを理解してエルザを説得。本日は秋斗とエルザの2人きり+護衛数名という構成で遺跡へ送り出していた。
秋斗はキョロキョロと周りを観察しながらエルザの案内に沿って地下へと降りる。
レオンガルドに管理されているだけあって、地下への階段などは補修されているようだ。
「ここで杖が見つかったと言われております」
今いる遺跡は手帳に書かれていた通り、過去にケリーも訪れた遺跡で地下には『第1世代型マナデバイス 3200年・復刻版 マジックワンド』が残っていた場所だった。
地下には既に崩れた木製の家具、ボロボロになったソファー。今でも辛うじて家具としての姿を残しているのは錆びた金属製の物だけ。
本棚も形を残していたが、並べられていたであろう本は既にレオンガルドに回収されているので何も残っていない。
「見た感じ、一般家庭だな」
地下室の作りは秋斗の家と大差がない。秋斗の自宅の場合は隣に研究室用にもう1部屋あったが、賢者時代では平均的な作りとデザインのものだった。
「そうなのですか? 賢者時代では地下に部屋があるのは一般的だったのでしょうか?」
「そうだな。大体の家は地下室が備わっていて、個人用の部屋にするか物置にするかって感じだった。俺の場合は研究室だったけどね」
「一般家庭に杖ですか……」
エルザはチラリと手に持っている杖に視線を向ける。
「まぁ、その杖はコレクション用だからなぁ。ここの家に住んでいた人が大事に保管していたんだろう」
「コレクション? この杖がですか?」
秋斗の言葉にエルザは信じられないといった表情を浮かべた。
現代の魔法使いにとって、遺跡から発掘された杖は魔法を行使するにあたって強力な武器であり、現代技術では作れない貴重な物とされている。
そんな物が、賢者時代では飾っておくだけのコレクション用というのがエルザには考えられなかった。
「うん。魔法を使うならもっと便利な物があったからな」
「リリお姉様とソフィアお姉様が持っている腕輪ですか? あれは賢者様が作ったと聞きましたが……」
壁の設置を行う旅の最中に、エルザは何度か2人が魔法を使う場面を見ていた。
そこそこ威力がある魔法を行使する際に集中する事も無く、大威力の魔法を使う為の詠唱も唱えることなく使用していた2人。エルザにとって魔法使いの力を高める物 = 杖 という固定概念がぶっ壊された瞬間だった。
2人に理由を聞けば、賢者が作った魔道具のおかげだと言われて無理矢理納得したのだが。
「賢者時代でも魔法の杖っていうのは魔法使いの象徴みたいなものなんだけど、技術の進歩でどんどん携帯性を追求して小さくなっていったんだよ。腕輪はそれの最新式だと思ってくれ」
秋斗はエルザにマナデバイスについての説明をする。
すると、簡単な説明だったにも拘らず、聡明な彼女は秋斗の作る第3世代型マナデバイスについて理解したようだ。
「つまり、現代で言う詠唱やイメージを独自に作って記憶し、任意に魔法を使えるのですか?」
「そうそう! よくわかったな。賢者時代でも頭の中でイメージして魔法を使っていた。その使い方だと人は自然と行使する魔法に制限みたいなものを掛けて、誰かが作ったモノしか使えないと思い込んでいた。俺はその制限を無くしたかったんだ」
魔法を発見し、行使し始めた賢者時代の人々も、この世には誰かが使った魔法しか存在しないと無意識に思い込んだ。
世界には決められた数の魔法が存在し、今使える魔法はその存在している魔法の一部だと。新たに誰かが行使した魔法は世間が未発見だったモノだと。
賢者時代に生きていた大半の者達は、魔法とはイメージで創造されるのではなく世界を作った神やら不確かな存在によって作られたモノ、もしくは世界が作られた時に出来上がった、既に決められて存在しているモノを引き出しているだけだと思い込んでいた。
しかし、魔王と呼ばれたグレゴリー・グレイの考えは『人の想像した数だけ魔法が存在する』と提唱した。しっかりと世界の理に沿って、結果まで明確にイメージ出来れば新たな宇宙さえ作り出せると彼は言っていた。
万人が使えないのは使う魔法を見た事が無いからイメージでないのであり、創造しようと思えば創造できるのだと。
その考えを継承した秋斗は使いたい魔法を作る作業を、文字や絵にして組み合わせ可視化すれば良いという考えに辿り着いた。
イメージという感覚的なモノでなく、計算式のように順序立てながら理に合わせて作る。
そして出来上がったのが術式やコンソール、エディタだ。これによって秋斗は人が無意識に掛ける制限を外し、自由に魔法を創造できるようになった。
「なるほど。やはり賢者時代というのは現代の何倍も進んでいたんですね……」
秋斗の術式の仕組みや魔法理論を聞いたエルザは現代の魔法学が過去よりも数段劣っていると知ると、溜息を零しながら肩を落とす。
「はは。今度ゆっくり他の事も教えてやるよ」
そんなエルザを見て、彼女が年下だということもあってか、受け持っていた研究生で同じ孤児院出身の勉強熱心だった妹分と面影を重ねた。
秋斗の手は自然にエルザの頭へと伸び、ぽんぽんと軽く撫でてしまう。
彼女が男性不信だったというのを思い出し、しまったと思った時には既に遅い。彼女の反応を恐る恐る待っていると――
「子供扱いしないで下さい!」
と頬を膨らましてプイッと顔を逸らす。
てっきり男に触られて悲鳴を上げたり、思いっきり避けられたりするのかと思っていたが、それとは違う予想外の反応に秋斗が驚いていると自分の反応に気が付いたエルザもハッとなって秋斗へ顔を向け直して頭を下げた。
「も、申し訳ありません」
「い、いや、気にしてないよ。それに、俺には遠慮しないでいいぞ」
「で、でも……」
エルザの顔には伝説の賢者に失礼な真似できない、とわかりやすく書かれている。
「少しずつでいい。エルザが楽なように接してくれ。その方が俺も気が楽だから」
「はい……。わかりました」
そのまま秋斗は地下室を出て階段を登って行くが、エルザはその場に残って自分の頭を手で触れた。
(なんだか……父上に撫でられたみたいだったな)
思い出し、少し恥ずかしくなって頬を赤く染める。
(また教えてくれるって)
エルザは未だ撫でられた頭に手を乗せながら嬉しそうに笑みを浮かべた。
「エルザー?」
「あ、今行きます!」
男に触れられたというのに嫌悪感が湧き上がらない事実を、彼女自身も気付いていなかった。
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エルザとの遺跡見学を楽しんだ翌日以降も滞りなく講習は続けられた。
ウエストン砦と同じようにミニガンも設置済みで、そちらの訓練も終わって大半の騎士が既に操作できるようになっている。
全体の感想として、弓のように矢を補給する事無く高い瞬間火力を出せるミニガンは必殺の最終兵器といった感じになった。燃費が悪いので通常時では使わず、緊急事態のみに使用を限定する。ウエストン砦も同様の対応。
監視室の方も問題なく機能している。所属している騎士達が24時間体勢で国境を監視する。防衛機能も実戦訓練を行ったので問題は無いだろう。
そして、本日は最終日。
5日間の講習を終えて、夕方からジーベル伯爵と王家を交えての会議を行う。
議題としては今後の警備や巡回など、シールドタワーを含めた設備の運営と体制についてや改めて現場の現状確認と不満などである。
ただ、砦の責任者との会議で毎回議題に上がるのは、問題が出た地点に急行する為の足が馬しか無い、という件だ。
シールドタワーが設置されて西からの侵攻は防げるようになったが、万が一シールドタワーに故障が出たら、東側から魔獣によってタワーを攻撃されたら、などの現状で予想される問題が出た時に馬のみだと到着までに時間がかかる。
最悪、それらの問題が起きてシールドが途絶えたタイミングで西側が侵攻してきたら、と最悪の事態もありえる。
秋斗の持つ車やバイクを現代人が生産できればいいが、それはまだ先の話になるだろう。
ウエストン伯爵やジーベル伯爵に限らず、移動系の物は王家にも熱望されているマナマシンの筆頭であるが、秋斗もヨーゼフも現代技術と新技術の習熟度を鑑みて首を横に振る。
結果、妥協案として中継器付近に駐屯地を作る案が出された。しかしながら砦で異常を感知した後に、結局は駐屯地までは馬を走らせて知らせに行かなければならないので、時間が掛かるのは変わらない。
馬が走る距離が減るので全くダメ、というわけでもないのだが。
この件の会議が終わった後、秋斗は離れた相手に連絡が取れる通信系マナマシンの実用化も心にメモする。ある程度まとめたら、また王家とヨーゼフに相談だろう。
そんな事を考えながら、さぁ終わったと全員が立ち上がってジーベル要塞都市へ帰ろうとした時、会議室のドアがノックされる。
「失礼致します。緊急の連絡がガートゥナのサンタナ砦より入りました」
会議室に入って来たのは旅に同行しているジェシカであった。
「ジェシカ。どうしたのですか?」
「ガートゥナのサンタナ砦より伝令が来ました。なんでも、過去から目覚めた賢者様がガートゥナ西街に現れたらしくサンタナ砦で秋斗様を待っていると」
「新たな賢者様ですか!?」
真っ先に反応したのはジーベル伯爵。ジェシカは頷きを返し、さらに伝令の内容を告げる。
「珍しい服装をした男性で持ち物にシャシンという姿絵を持ち、それに秋斗様のお姿があったと。過去からお目覚めになる賢者様の条件に当て嵌まるので、保護してサンタナ砦で秋斗様との合流を待っています」
誰かと写真を撮った記憶を思い出すが、心当たりは無い。
「わかった。保護された者の名前はわかるか?」
写真を持っているくらいだし、自分の知り合いだったら良いな、と期待してジェシカに問う。
「はい。アメミヤ・グレン様というそうです」
ジェシカの口から出た名を聞いて、秋斗はピタリと動きを止める。
「お知り合いですか?」
「あ、ああ、俺の友人だ」
まさか本当に自分の知り合いがピンポイントで目覚めたなど信じられず固まっていたが、ソフィアの質問で我に返った。
雨宮・グレン。その名を聞いて思い浮かべるのはただ1人。
「雨宮・グレン大佐。アークエル軍に所属していた人物で……俺の戦友だ」
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「さてー。みんな、準備はいいかな?」
「おう! 魔導師様! 準備万端だぜ!」
帝国の英雄、炎の魔導師クリスは帝国軍の制服である黒の軍服に身を包み、帝国から一緒に来ている奴隷狩人に声を掛けた。
彼らがいる場所は帝国領土の北東、東側にあるガートゥナとの国境まで10kmといった位置である。ここには帝国内で『過去文明の巨大遺跡』と呼ばれる遺跡があり、ヴェルダ皇帝が奴隷を総動員して遺跡から過去文明――賢者時代の物を掘り起こしている最中であった。
ガートゥナに侵入し、獣人を奴隷にしようと目論むクリス達はガートゥナへ進む一歩手前、丁度良い位置にある遺跡で帝国軍の発掘隊と共に食料などを頂いて侵入前の最後の休憩を行う。
そして、一泊して夜が明けた今日。ついにガートゥナへ向けて出発する。
「女も抱きましたし気合十分でさあ! ま、向こうでも女を攫いまくって抱くんですがね!」
奴隷狩人の1人がおどけながらそう言うと、他の者達もぎゃはは、と下品な笑い声を上げた。
彼らは遺跡に動員されている女奴隷を一晩中抱いて帝国帝都からここまでに溜まっていた鬱憤を十分に晴らした。
奴隷狩人50名。帝国軍人30名。帝都に店を構える奴隷商人も3名。彼ら全員、機嫌も良く気力に満ち溢れ、やる気十分といった様子だ。
「クリス様。食料の積み込みも完了です」
クリスが狩人達や軍人達のやる気顔に、ウンウンと満足気に頷いていると世話役のターニャが声を掛けてきた。
遺跡発掘の奴隷達を使役して、大きな馬車1台には80人が消費する1日分の食料が積まれている。その馬車の横に停車する奴隷商人の馬車には大量の首輪が入った箱。
1日分しか食料が用意されていないのはクリスの持つ『強さ』への信頼が高いからだ。ガートゥナに着けばクリスが街を蹂躙して食料も奴隷も、何もかも手に入る。
だから、最低限片道分の荷物しか必要が無いと判断された。むしろ首輪をもっと積んだ方が良いのでは? と思っている者が多いほどであった。
「よーし。じゃあ出発しよう」
「「「おおおおお!!」」」
クリスは馬車の荷台に乗り込み、彼の合図で同行する者達は雄叫びを上げる。
彼らが歩き始めると、後ろを着いて行く馬車の御者は馬にムチをゆっくり入れて走らせた。
「ふふふ。楽しみだな」
ガートゥナの者達は自分にどんな悲鳴を上げてくれるのか、絶望した顔を見せてくれるだろうか。そんな相手を苦しめて絶望させるのが大好きな加虐趣味に染まった炎の魔術師は楽しそうに顔を歪ませる。
遺跡では女奴隷達を抱くことは出来ても殺しはできなかった。
それは、遺跡にいる奴隷は皇帝命令で集められたからだ。皇帝は遺跡からアーティファクトと呼ばれる賢者時代の遺物を集め、それを使用して帝国の軍事力とする事を最優先事項と発言している。
遺跡の奴隷を殺せば皇帝の意に反する事となり、炎の魔術師であるクリスでも処罰される。それ故に遺跡での発散は歪んだ性癖を持つクリスにとっては十分とは言えなかった。
本人的には最大の楽しみをお預けされたような感じであるが、それもまた現地で行う奴隷狩りへのスパイスになると考えて我慢した。
それに、悪い事ばかりではない。
本来であれば帝国最大戦力でもあるクリスは帝城で皇帝を守るためにも待機しなければならない立場である。しかし、クリスは常々遺跡発掘に力を入れる皇帝へ東へ侵略して奴隷の補充をする事を提案していた。
ここ最近は東側の防衛が厚く奴隷の入荷が少ない状況で思うように遺跡発掘が進まず苛立っていた皇帝。それを知らずにクリスの我が侭である奴隷狩りの許可を求めに行ったターニャ。
皇帝の苛立ちも把握していたクリスが前々から提案していた事もあって、彼の思った通り皇帝からは簡単に許可が降りたのだった。
それによって、今回のガートゥナへの奴隷狩りは皇帝のお墨付きで従属の首輪を大量に持ち出せるし、自身の部下である正規軍人以外にも奴隷商人の雇っている奴隷狩人も多く同行させる事ができた。
自分好みの奴隷を大量入手し、皇帝に献上する分を残しておけば、残りは自分の思うがままに好き勝手できる。ガートゥナには気の強い姫騎士と呼ばれる美姫もいると噂されているし、そんな女を好き勝手できると思えば少しの我慢も苦ではなかった。
「ああ。早く、早く。早く狩りたいな~」
クリスは馬車の荷台から雲一つ無い青空を見上げながら、鼻歌交じりにイヤリング型のマナデバイスを指で撫でた。
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