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72 目覚めた者は


 東側の大陸、嘗てアークエルと呼ばれていた国の北西にある山の麓。そこには生い茂る草を踏みながら歩く男が1人。

 背後には高い山。そして、目の前には青い芝生。春も終盤になってきたのか、空から降り注ぐ太陽の光は暖かいよりも暑いと感じる。

 男は額に汗を浮かべながら歩き、時折肩からズレるリュックサックを背負い直して南東を目指していた。


(氷河期なんて嘘みたいだ)


 キョロキョロと首を回して周囲を観察しながら進む。

 男が目覚め、外を歩き出してから今日で3日目。整備された道もない。民家もない。人の気配すらも感じられない。

 たまに出会うのは見た事もない動物のみであった。

 

 大体の動物は草むらからこちらを窺っているだけであったが、外に出て2日目の昼。大きな岩を椅子にして休憩していたら、森の奥から二足歩行で歩く羊を目撃した。

 遠目に見える眼光は「殺しちゃいますよ?」と言わんばかりの殺意に満ちたモノで、羊と目が合った男が一目散に逃げ出した。

 今でもその判断は正しかったと男は思っている。何せ、二足歩行する羊だ。眠る前にはそんな羊はいなかった。居たとしたらUMA以外あり得ない。

 未確認生物に出会ってしまった気持ちを誰かと共有したいが、今のところは人の気配など微塵もせず、誰かが生活している痕跡すらも見つけられていなかった。


(人は……。まさか全滅した?)


 過去、あれだけ人が暮らす家が建ち並んでいた世界が自然に溢れる世界に様変わりし、3日歩いても全く出会わないとなれば不安になってくる。

 一旦立ち止まり、リュックの中から保存食の高カロリークッキーを取り出して齧り、腕に嵌っている時計型マナデバイスを補助として魔法で水を作り出してリュックにぶら下げている水筒に補充してから喉の渇きを癒す。


(本当に人がいなくなっていたら……)


 今後の方針を考えながらもアークエル大陸の首都があった方角へ再び足を向け続ける。

 男は軍に所属し、様々な訓練を受けてきた。その中には当然サバイバル訓練も含まれており、動物を狩って食料にする方法も知っている。

 知識も実戦経験もある。それを活かす為のナイフやテントも持っているので野宿は可能であるが、夜になればオオカミのような遠吠えも耳に届く。

 早々に安全な拠点を決めなければいけない事も承知していた。 


 そんな事を考えながらさらに歩いて1時間。


「あれは!」


 男の目に飛び込んできたのは大きな人工物。まだ遠目で見える距離であるが、大きな壁だ。

 恐らく人が住んでいる場所だろう、と期待を膨らませる。

 そのまま、その人工物にどんどん近づいて行くと草むらだった道は、それなりの交通量がありそうな草の生えていない土の道になった。土の道には車輪の跡も見られ、人工物に向かって続いている。

 人の存在を確信した男はそのまま道沿いに進んで行ったのだが――


「な、なんだ……!?」


 確かに道を進めば目指していた人工物まで続いており、辿り着けば人の住まう街であった。

 遠目に見えていた壁は街の城壁で、大きな入場門から街並みを覗けばレンガで作られた家や店が建っているのがわかる。

 しかし、男が驚いたものは別だ。

 

「コ、コスプレ?」


 男の目線の先、入場門の左右に立つ男は金属製の胸当てと槍を持っていて……頭には動物の耳が付いていた。

 何故、厳つい顔をした大の大人が動物耳のカチューシャなど付けているんだ? ここは新手のテーマパークなのか? もしや自分は既に死んでいて、魂がファンタジー小説の中に迷い込んだのか? と混乱しながら周囲に視線を向ければ尻尾を生やした人までいる。

 他にも2mの大男は口から牙を生やし、頭に角を生やした女性や小さなコウモリのような翼を生やした者まで。

 

「仮装イベントか……?」


 と、呟くが男の横を通った女性に生えているふさふさの尻尾は、まるで動物のようにパタパタと動いているし作り物の尻尾には見えない。

 

「兄さん、並ばないのかい?」


「えっ?」


 尻尾を生やした女性を目で追っていたら、横から声がかけられた。

 顔を向ければ、これまた獣耳を生やした男性が怪訝な表情を浮かべながら見つめてくる。


「列に並ぶんじゃないのかい?」


 獣耳の男性が指差す先には、街の入場門に向かって出来る列。恐らく街に入るには何やら入国審査のようなものがあるのだろう、と素早く察した。


「あ、ああ。申し訳ない」


 男は混乱しながらも獣耳の男性が指差す列の最後尾に立ち、己の順番を待った。

 列の順番が進むにつれ、入場門の前で構える獣耳を付けた門番に列に並ぶ人達が何やらカードを出しているのが見えてくる。

 

「はい。次の人」


 ついに順番が来てしまった、と若干緊張しながら門番の前に立つ。

 

「ん? 身分証明書は? 落としたのか?」


 門番は相手が、サッと身分証明書を出さないのを察して質問を投げかける。 


「その、すまない。少し聞いてほしいのだが……。実は、最近まで睡眠カプセルで寝ててだな。地下から出たら、こんな世界になってて……」


 落とした、と嘘をついて事なきを得るのも簡単だろう。だが、男の経験則から身分証明書という物を発行するには金が必要だと思われる。

 金は持っているが、マナデバイスのサイフ機能に入っている電子マネーのみだ。過去ではこれが普通だった。

 しかし、列で待っている合間に周囲を観察していたが、それらは使えそうにない。

 入場門から見える街並みはどう見ても男の知っている文化とはかけ離れている。過去の時代よりも古い――旧時代ではチユウセイと呼ばれる時代のような街並み。

 街中にあった電光掲示板やコンビニのような物も見当たらず、信号機すらも無い。

 車も無ければバイクも無く、走っているのは木製の馬車だ。


 旧時代の文化様式と周りにいる人のようで人とは思えない人々。氷河期が来る前の世界は、こんな状況などテーマパーク以外あり得ないが、どうにもそのようには思えない。

 ここはテーマパークですよ、と言われれば笑い話で済む。本当にここが現代の文化に沿った街ならば、人の助けを得た後に情報収集をしなければならない。

 故に、一か八かで正直に話す事にしたのだ。


「はぁ? 何言ってるんだ?」


 だが、やはり門番は話を信じずに目の前で戯言を話す男を疑うような目で睨みつける。

 その後も正直に話すが、門番の男の眉間にはどんどんと皺が寄っていき、終いには持っている槍を向けられてしまった。

 

「本当なんだ!! 氷河期が来て、世界が雪と氷に覆われてしまった。マナマシンで眠って、3日前に起きたらこんな世界になっていたんだ!」


 さすがに槍を向けられては焦りも出てしまい、喋る声も大きくなる。

 持っている魔法銃で撃てば制圧できるが、ようやく人の住む場所に辿り着けたのだから穏便に済ましたい。

 

「おい。貴様! いい加減に――」


「待ちたまえ」


 門番の男性の我慢も限界に達し、槍をさらに突きつけられたその時、入場門の向こう側から1人の獣耳男がやって来て門番を制止した。

   

「隊長。怪しいやつです! 御伽噺のような――」


「待ちなさい。……貴方お名前は? あと、先程の話は本当ですか?」


 隊長と呼ばれた男性は門番の槍を下に向けさせながら問う。


「あ、ああ。名前は雨宮グレンだ。それと、話していた事は本当だ」


「アマミヤ……ふむ。何か証明できる物はありますかな?」


 隊長は雨宮グレンと名乗った男の服装をまじまじと観察した後、彼がリュックから取り出した物へ視線を移す。


「これはさっき言っていたマナマシン。こっちは……昔の写真だ」


 グレンは火を起こす為のマナマシンと戦友と共に撮影した写真を隊長に見せる。

 すると、掌サイズの小さなマナマシンから火が出た事も驚いていたが、次に手渡された写真をしばらく眺めた後に彼の顔色が変わった。


「こ、これは! アメミヤ殿。この御方はご存知か?」


 写真に写った一人の男性を指差しながらグレンに見せると


「ああ。そいつは秋斗。御影秋斗だ」


 とグレンは簡単に答えた。そして、列の後方で待つ者や門番がその名を聞いて、ざわざわと騒ぎ始める。

 周囲が騒がしくなった中、一番に口を開いたのは門番の男。


「おい! 貴様! 賢者様に無礼だぞ!!」


 門番の男は先程以上に不機嫌な顔でグレンに怒鳴りつける。


「え? 賢者? 賢者とはなんだ?」


 だが、怒鳴られたグレンは訳がわからないといった表情を浮かべながら質問を返す。


「なるほど……。わかりました。アメミヤ殿。ちょっとこちらへ」


 何かを察した隊長が、疑問符を頭に浮かべるグレンの肩を叩いた後に入場門を入ってすぐにある詰め所へ連れて行った。


 詰め所の中に招き入れられ、椅子に座るよう勧められたグレンは素直に従う。

 対面に隊長が座り、話し合いが再開された。


「アメミヤ殿。部下の無礼、申し訳ありません。アメミヤ殿は過去の世界より目覚めた人物……でよろしいですかな?」


「過去から目覚めた……。まぁ言い方によってはそうだろう。言った通り、世界に氷河期が訪れた際に睡眠カプセルで眠ったんだ」


「なるほど。貴方は御影秋斗様とお知り合いなのですかな?」


「ああ。友人だ。彼はいるのか?」


「はい。おりますよ。つい最近、貴方の話のように過去の時代からお目覚めになり、お姿を現して下さいました」


 隊長の言葉を聞いたグレンは、思わず立ち上がる。


「会わせてくれ! 彼は友人だ! 彼に会えば俺の話が真実だと証明できる!」


 友人が生きている。しかも、自分のように目覚めて生活している。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。彼に会えば現代の情報も得られるし、獣耳を生やした人達の謎も解明できる。

 その考えが瞬時に脳内を駆け巡り、自然と声を張り上げてしまう。


 隊長もグレンの必死な訴えを目にし、顎に手を当てて少し考えた後に頷く。


「勿論です。賢者様は2日後に砦を訪問する予定。そこに案内します。砦で少しお待ちになって頂くがよろしいですかな?」


「ああ。それで構わない」


 グレンは隊長の提案に即座に頷き、隊長もグレンを見つめ返しながら頷きを返した。

 

 その後、2人は馬に乗って砦へと向かって行く。

 門番とその同僚は馬に乗って街道を進む2人の背中を見つめながら呟いた。


「なぁ。なんだかアイツの言ってたことって賢者様みたいじゃなかったか?」


「あ~。でも、そんな簡単に賢者様が現れるわけねぇだろ。なんか服装もおかしかったけど、レオンガルドの流行なんじゃねえのか?」


 2人は顔を見合わせた後、賢者様が同じ時代に2人も現れるなんて無いよな~と言い合いながら仕事へ戻って行った。

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