71 ジーベル要塞
芋虫共をアレした日の夕食は喉を通らなかった秋斗であったが、翌日は元気になって食事もしっかり完食。
終始気持ち悪そうにしていた秋斗を心配していたリリとソフィアも安心している様子。
3人が過ごす部屋が朝方まで明かりがついていたと報告もあるが、何をしていたかは不明である。
朝食後は予定通り砦内に監視室を設置することとなった。
砦は3階建てであるが、監視室は1階に設置する。敵に攻められた際にすぐ崩壊しないよう周囲の壁は秋斗が堅牢に作り直し、10畳ほどの室内には6台の空中投影モニター。
机の上にはキーボードや防衛システム起動用のスイッチなどで埋め尽くされている。
「よし、これで良いだろう」
秋斗が製作した機材を設置し、術式をインストールしてシールドタワーとリンクさせる。
空中投影モニターにはシールドタワーに内蔵されたカメラに映る映像が様々な角度で映し出された。
「おお、外の様子が映った!」
現代では失われた賢者技術の復活を己の目で確かめた工兵達は驚きと感動に満ち溢れる。
「ここのボタンを押すとカメラがズームする。こっちのスティックを動かすとカメラが移動して360度見る事ができるぞ」
秋斗がジョイスティックをグリグリ動かすと、空中投影モニターの1つに崖地点のタワーを警備している騎士隊が映し出された。
「こりゃあすごいわい。この監視室で外を見張って、何かあれば即座に騎士団を向かわせられるわけじゃな」
「そうそう。それで――」
そうして秋斗は次々と仕様を説明していく。
崖の地点に丁度良く魔獣が現れたので防衛システムを起動して魔獣を倒したり、西側の様子を最大ズームで偵察したりと実戦して見せた。
「よし、じゃあ午後からは講習に入る。机に齧りついて勉強ばっかりじゃ飽きるだろうし、途中でミニガンの試射訓練も行って体を動かそうか」
「ハッ!」
こうして5日間の講習とミニガン試射訓練を行う。
突然追加された予定外の訓練もあったが、講習の日程内で無事に全てを終了。
「一先ず、シールドタワーを全て設置して落ち着いたらまた講習会を開くから」
最終日が終了した後、秋斗はそう言って砦に所属している者達と握手を交わし、ウエストン伯爵に見送られながら秋斗達は次の地点へと旅立った。
まずはエルフニア王国とレオンガルド王国の境目に中継器を埋め込む。そこで野営をして一泊。
次の日の朝にはウエストン砦から警備の交代員が到着し、砦の監視室でシールドタワーのシールドが正常に連結されたのを報告された。
交代員である彼らに礼を言ってからレオンガルド王国内に入り、国境を沿って移動。
そのままレオンガルド王国内西、国境沿いに存在する3つの要衝のうち、長年ヴェルダ軍の侵攻を防ぐ要衝である要塞――ジーベル要塞を目指す。
このレオンガルド王国西にあるジーベル要塞は、元々は旧レオンガルド王国王都があった場所である。
ケリーが辿り着いた初代レオンガルド王が族長として治めていた集落で、ケリーの勧めで国として建国された際に周辺集落の者達を集めて出来たレオンガルド王国最初の街。
街といっても西側からの侵攻を防ぐ為にどんどん堅牢な作りへ発展していき、砦と街がくっ付いたような出来であった。
その後、西側との衝突がありながらも初代国王レオンと騎士団の奮闘によって住民の生活は守られ、安定と平和を手に入れた。
さらにはケリーの食糧事情改善策によって人口の増加に伴い、王都を東へ移す。
初代国王レオンは、レオンを補佐しながらも多大な武功を挙げた武人であるフラク・ジーベルに旧王都の守護を任せた。
そして、フラク・ジーベルは伯爵位を得て、民のいなくなった旧王都を少しずつ改造し、彼の晩年には砦が完全に要塞へと変貌した。
その後も何度かジーベル伯爵家によって改修され、今では東側国境沿いの要衝の中では一番の規模を持つ防衛地点となっている。
そして、ジーベル要塞から東に少し行くと、レオンガルド西の街であるジーベル要塞都市が見えてくる。
こちらはジーベル砦 (旧王都) を要塞化させる際、資材を運んできた商人達が休憩していた小さな村が原型。
砦の改修用資材や駐屯する騎士達への武器や防具を運ぶ多くの商人が定期的に訪れ、村人達が必要に駆られて宿などを建設しながら規模を広げる。
その後、丁度良い地点に宿があると魔獣狩りや戦争に向かう傭兵達も訪れだし、傭兵達に武器や防具、日用品を運ぶ商人が訪れ……と、更に規模が広がる。
こうしてどんどんと必要に駆られて規模が大きくなり、定住する人が増えてできあがった都市がジーベル要塞都市と呼ばれるようになった。
現在では西との国境に一番近い場所でありながら、レオンガルド王都に次ぐ大都市へと成長。数多くの傭兵と要塞所属の騎士が休暇に訪れる重要拠点となっている。
そんなレオンガルド王国の大都市ジーベル要塞都市に秋斗達一行は夕方に到着。
何故、要塞に直接向かわないかという理由は要塞の指揮を取るジーベル伯爵家当主が要塞都市の領主邸にいるからだ。
イザークの話だと、要塞と都市間は馬車でゆっくり向かっても2時間程度。馬を走らせれば1時間もしないうちに到着する距離であり、ジーベル伯爵は領主邸から馬で通勤しているとのこと。車通勤ならぬ馬通勤だ。
エルフニア王国王都並みに分厚い城壁に囲まれた要塞都市。無事に到着した秋斗達は領主邸を目指す。
要塞都市の一番奥に建てられているのがジーベル家の屋敷であった。
「長旅、お疲れ様でございます! ようこそいらっしゃいました!」
領主邸の門から続く石畳の左右には槍を持った騎士達が騎士礼をしながら並び、玄関前にはジーベル家現当主であるフランク・ジーベル伯爵。その後ろには伯爵夫人と子供達、執事やメイドの使用人達全員が並んで迎えてくれた。
「ジーベル伯爵。出迎え感謝する。こちらが偉大なる賢者、魔工師 御影秋斗様である」
イザークが秋斗を紹介すると、並んでいた全員が片膝をついて頭を下げた。
「偉大なる賢者様……! 我がジーベル家にお迎え出来た事、光栄の至りでございます!!」
「ああ。作業の間、世話になる。共に脅威から民を守ろう」
「ハッ! 我が命に替えても!!」
ジーベル伯爵の反応を見た後、秋斗はチラリとイザークを見る。イザークの目には「練習の成果が出ています」と言っているように満足気に頷いていた。
因みにジーベル要塞都市までの道中、イザークと付っきりでずっと挨拶の練習していた。儀式の時のように練習の成果は出せたようだ。
「では、中に入ろうか。明日からの打ち合わせもしたい」
「ハッ! かしこまりました!」
イザークが声をかけ、ようやくジーベル伯爵が立ち上がって当主自ら秋斗達を客室に案内し始めた。
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ジーベル伯爵邸で熱烈な歓迎を受け、熱烈な夕食会を催された翌日。
秋斗達は朝からジーベル伯爵と部下である騎士達と共にジーベル要塞へ出勤する。
ジーベル要塞はヴェルダ帝国との戦いにおいて最前線であり、レオンガルド旧王都であったこともあってかなり大きな敷地を持っている。
敷地西側には大きな城門があり、他国から訪れる者達の入国審査を行う関所となっていて、西側の国が正式な手順で東側へ訪れるにはジーベル要塞を通る他に道は存在しない。
といっても、西側からの賓客などほとんどいない。精々、戦争時にヴェルダ所属の将が皇帝直筆の宣戦布告の旨を書いた書状を持ってくるくらいだ。
専らジーベル要塞の前面にある戦闘地へ騎士を送り出す玄関口となっているのが現状である。
そんな城門の左右には長い城壁があり、国境沿い左右に伸びる城壁は東側3箇所にある砦の中でも一番の長さを誇る。
戦争時は少し前に行ったエルフニア王国北街防衛戦にも用いた基本戦術――長い城壁の上に多くの弓兵と魔法使いが一斉に並び立ち、攻めて来るヴェルダ兵に向かって雨のように攻撃を降らせるのだ。
その他にもドワーフ族が作ったバリスタが配備されている。
その長い城壁の後ろには石作りの背の高い物見台が左右に1つずつ。そして、旧王城を改造した中央棟。その他にも武器防具類を整備する鍛冶場や食堂、旧王都の家を利用して作られた騎士達の宿舎が複数建っている。
外からの見た目は要塞化しているが、内部に入れば旧王都の面影が少し残っているのが特徴的。
そんなジーベル要塞をジーベル伯爵にツアーガイドの如く案内され、レオンガルド王国2000年の歴史を感じている秋斗。
伯爵に最後に案内されたのは背の高い城壁の上。そこから西に目を向ければ、戦争の爪痕が残る荒地が広がり、そこから更に先にはヴェルダ帝国の砦らしき物が目に入る。
「あれがヴェルダ帝国か」
遠すぎてよく見えないが、何やら赤い旗を掲げた砦。秋斗の問いにジーベル伯爵は「はい」と返した。
「あの砦と要塞の間にある荒地だが、あそこでいつも戦争を?」
続けて秋斗が目の前に広がる荒地を指差す。
「はい。ヴェルダ帝国との戦争は向こうの砦と要塞との間にある地点で双方の騎士団を展開して戦います」
「別の場所では戦わないのか?」
「本格的な戦争となると……ここですね」
ジーベル伯爵の答えに、秋斗は少し疑問を覚える。何故、あっちは正面から突っ込んで来るのだろうか、と考えているとジーベル伯爵が秋斗の抱いている疑問に対して先回りするように答えてくれた。
「小細工なしに真正面から挑んでも、東側の家畜共には簡単に勝てる。奴等はそう思っているのですよ」
「……奴等は馬鹿なのか?」
何年も真正面から何度も挑んでもレオンガルドを制圧出来ていないのに、何を言っているんだ? と秋斗は思うが、その思いはこの場にいる全員が抱いている感想である。
「こちらが防衛して撃退すると奴等は毎回、本気ではないからだ! と言っているようです」
「意味わかんねぇ……」
秋斗が呆れ顔を浮かべていると、ジーベル伯爵とイザークも苦笑いを浮かべた。
「まぁ、こちらも退いてくれるので犠牲が出ずに助かりますがね。ただ……最近は向こうに炎の賢者なる者が現れたので油断はできません」
ジーベル伯爵はそう言いながら、少し不安そうに顔を強張らせる。
「炎の賢者ねぇ……」
「秋斗さんが眠る前に、炎を操ることに長けた人はいたのですか?」
秋斗が炎の賢者という単語に反応し、顎に手を当てながら考えているとイザークに質問される。
「操る炎の規模にもよるんだがなぁ。火の玉みたいな……リリの使っていたファイアアロー? くらいなら誰でも使おうと思えば使える。戦争で辺り一面を焼け野原にするレベルだったらマナマシン――魔道具を使う方が楽だな。少なくとも、炎を操れるってだけで自慢する知り合いはいなかった」
むしろ、4元素魔法はアニメやマンガに出てくるファンタジー魔法使いに憧れる者がコスプレの延長で使ったり、アウトドアで道具を忘れたりした時に使うくらいの認識だ。そんなものを自慢されても、というのが賢者時代の常識だろう。
それよりもマナマシンを作れたり、秋斗の師であるグレゴリーのように魔法と魔法を掛け合わせて全く別の魔法を生み出す方が社会的貢献度は高い。
戦争で大規模な炎を出したところで、賢者時代では防御魔法が存在するし損害も与えられない。ただ、現代では防御魔法が失われているようなので有効度は高いのだろう。
「自慢……。炎で千の兵を一撃で倒せるとの噂ですが……」
「まぁ、並の魔法じゃ防御魔法で防がれるからな。防御魔法を貫通する高威力なら自慢になるかもしれんが、賢者時代じゃ一撃で街が吹き飛ぶ兵器なんてゴロゴロあるんだぞ? 炎を操れたところで賢者時代じゃ相手にされない」
「そうですか……。やはり賢者時代の叡智は想像を絶する物ばかりなのですね」
ジーベル伯爵は一撃で街を、のあたりで驚きながらゴクリと喉を鳴らす。
「炎の賢者とやらが攻めて来たとしても、今回設置するシールドタワーのシールドは魔法も防げるし、防衛機能もあるから安心してくれ」
「感謝致します。賢者様」
ジーベル伯爵の不安を取り除くように秋斗が告げると、彼も秋斗に言われることで安心したのか強張っていた表情が和らいで笑顔を浮かべた。




