70 賢者の弱点
「おお!? 本当に通れないぞ!?」
崖とウエストン砦の中間地点に中継器を地面に埋め込む前に、ヨーゼフがシールドの終点で西側へ回ってシールドの効果を体感して見せていた。
発生しているシールドは透明であるが、シャボン玉の表面のように虹色の膜が光の当たり加減で時折見える。
シールドは指向性を持っていて、東側から西側へは通過できるが逆は不可能。その証拠に、ヨーゼフが発生していない場所から西側に周りこんで通過しようと試みるが透明な壁に体を押し返されていた。
その後、中継器を埋め込みシールドが延長されているのを確認。一旦中継器をOFFにしてシールドを解いてからヨーゼフを回収する。
「こちらから通ってしまったら砦まで行かないと戻れないからな。東側の全住民には近づかないよう徹底させてくれ。巡回の騎士団も注意するようにな」
「承知しました。徹底させます」
旅に同行している騎士の隊長が秋斗の告げた注意事項やシールドの特徴などをメモしながら頷く。
「よし、じゃあ崖地点と同様に警備を残して砦に向かおう」
「ハッ! 第2小隊はこの場で待機! 他の隊は出発準備にかかれ!!」
エルフニア王国騎士団所属の隊長が敬礼して部下へ指示を出す。
崖の地点にもシールドタワーの警備を置いてきている。
シールドが正常に発生しているのを確認しているが、運悪く西側から侵入が重なっても対処できるよう完全に壁が完成するまで警備を残そう、と王家達との会議で決まった計画の通りだ。
崖の地点同様、エルフニア王国騎士団6名を中継器埋め込み地点に残してウエストン砦へ出発する。
砦に到着したのは同日夕方であった。
「賢者様。ソフィア殿下。リリ様。そして、同盟国王家の皆様。ようこそお越し下さいました!!」
砦に到着すると事前に先触れを送っていた事もあってか、ウエストン砦を指揮するウエストン伯爵が直々に門の前で秋斗達を出迎えた。
砦に所属するエルフ騎士達が門の横と城壁の上で敬礼する中、門の中央で立つウエストン伯爵。長剣を腰に差し、銀の鎧と赤いマントを纏った筋肉ムキムキ系エルフである。
顔は若いが頬に大きな傷があり、歴戦の戦士たる風格を持っていた。
「ウエストン伯爵。出迎えご苦労様です」
門の前で馬車から降りた秋斗達一行。伯爵の歓迎を受けた後、ソフィアが代表して1歩前へ出て声を掛けた。
「ハッ! 光栄でありますッ!! 砦内に皆様のお部屋も準備しております! まずはそちらへご案内します!!」
「ありがとう。部屋で荷物を置いた後に話し合いをしましょう」
「ハッ! かしこまりました!」
キビキビとした伯爵の返事に秋斗は流石は最前線を守護する騎士だ、と感心する。
が、部屋へ案内するために先導する伯爵をよく観察すれば、彼の右足と右腕を同時に動かしてぎこちない歩きをしていた。
「秋斗と王家がいっぱいいるから、緊張してる」
「そうなのか……」
案内の間に聞けば、伯爵は戦闘中以外はアガリ症なところがある、とリリから説明を受ける。
伯爵のぎこちない動きは秋斗達が使う部屋に案内されるまで続いた。
その後、部屋に私物などを置いた後は砦の会議室へ集まった。
伯爵と砦の副指揮官を交えて、明日からの作業行程の確認や王都から届けられた材料の確認などの打ち合わせを行う。
「王都からの荷は既に届いて荷馬車ごと倉庫に収めてあります。作業員も既に準備しておりますので、明日からの作業も予定通り行えます」
「わかった。今日は材料の確認をして終えよう。明日は朝から設置場所の確認とシールドタワーの設置。明後日は砦内に監視室を作ろう」
「かしこまりました」
明日からの作業内容を確認した後、最近の西側の状況を報告してもらった。
秋斗は既に王城で報告を聞いているが、リリが被害に遭ったエルフ狩りの件で伯爵がリリへ謝罪。
今回の侵入については巡回警備の合間を突かれたようであった。
賢者時代のようにマナマシンで補う事ができず、全て人力でやらねばいけない時代なのだから仕方ないだろう、と秋斗も納得している。
だからこそのシールドタワーだ。
設置すれば侵入の可能性を消せるし、出来たとしても方法はかなり限られてくる。それこそ、相手が現代技術にそぐわない技術がなければ不可能。
西側の技術レベルは完全に把握していないが、そもそも賢者時代のように高レベルなマナマシンを作れるとすれば、とっくに東側は侵攻されて滅んでいるだろう。
未だ完全に侵攻されず、制圧されてないという事は相手の技術力もそこまで高くないと推測するのは容易い。
まずは防衛力の強化を行うのが先決。
シールドタワーを設置した後は、相手の国を偵察できるような手段を考えて情報収集を行う。
秋斗の頭の中には既にプランは用意されている。この計画が終わったら王家と相談しようと考えていた。
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砦に用意された客室で夜を明かし、朝食を食べた後にさっそく作業を開始。
といっても昨日の会議後、材料を確認したついでにシールドタワーに組み込む部品を製作してチェックを終わらせているので、設置場所を決めてマナワーカー達に外装を作らせるだけ。
相変わらずの作業光景に伯爵や砦の騎士達は口を半開きにしながら驚きの顔で固まっていた。
待っている間は暇なので砦の状態を確認したり、城壁の上で西側を眺めたりして時間を潰していた。
砦の西側にある門の上と城壁には矢筒や照明となるたいまつを置く場所があるのみ。後はエルフニア王国の旗が風に揺られているだけだ。
聞いた話では砦に取り付かれたら落石で攻撃したりもするようだが、やはり秋斗から見れば原始的な方法である。
「うーむ。砦の前はシールドで覆われないからなぁ。何か防衛設備でも置くか」
と、秋斗が言い出して突発作業が始まる。
いつものようにシェオールから装備を呼び出し、城壁に設置したのは旧時代の『M134』に似た機関銃。魔法銃のカテゴリー内でマナミニガン、魔法連装機関銃と呼ばれていたモノ。
それを左右の城壁に1つずつ設置。さらには明日、砦内部に作る監視室から使えるようにガンマシンを左右5機ずつ設置した。
設置中、興味津々で見ていたヨーゼフとウエストン伯爵は秋斗が作業を終えると早速質問する。
「これはなんですか?」
「ミニガン、と呼ばれる魔法銃だ。あとでもう1機、常駐している騎士の練習用に出すよ」
秋斗の説明を受けてもピンとこない伯爵であったが、ヨーゼフは違った。
「まさか、賢者時代に秋斗殿が使っていた兵器か?」
「うん。こうやって固定砲台のように運用する魔法銃だな。めちゃくちゃ速く魔法を射出して人なんて簡単にミンチになるぞ」
一応人が持ち運びできる携帯型もあるぞ、と付け加えてからマナミニガンの仕様を2人に説明。
魔法弾を最大100 / 秒 で発射し、人に向けて撃てば即座にミンチになる恐るべき兵器である。
だが、欠点としては他のハンドガンやアサルトライフルなどの携行型魔法銃に比べて内部の魔素エネルギー切れが激しい事が上げられる。
エネルギーユニットも装着できるが、未だ現代でエネルギーユニットの開発は出来ていない。シェオール内に備蓄されている物を1つ取り付けてあるが、エネルギーユニットの充填装置が地上に無いので使い切り状態だ。
魔石カートリッジが普及すれば、そちらを使うよう改造して運用することになるだろう。
ここまで簡単に人がミンチになる兵器に少々恐怖を抱いている2人に説明していると、城壁の上で西側を見張っていた騎士が秋斗とウエストン伯爵のいる場所まで駆け寄ってきた。
「賢者様! 伯爵閣下! マウンテンキャタピラーが4匹現れました!」
「何!?」
部下の報告を聞いた伯爵は現れた場所を聞き出そうとするが、それは不要となる。秋斗達の立つ城壁の目の前に広がる森の木をなぎ倒しながらウゾウゾと巨大な芋虫が現れた。
「なんだあれ!? 気持ちワリィィィィ!?」
見た目は白い芋虫であり、体中をヌメヌメと濡らした3mはあろう巨大な芋虫が砦に向かって這い寄ってくる。
その姿は人の恐怖心を煽るには十分であり、見ているだけで鳥肌が立つ。
秋斗は珍しく悲鳴を上げながら眉に皺を寄せつつ芋虫から目を背けた。
「あれはマウンテンキャタピラーといってな。山に生息する虫型魔獣だ。AA等級で人が大好物な厄介なヤツじゃが……あれは子供じゃな」
ヨーゼフの語るマウンテンキャタピラーは山の中に洞窟状の巣を作り、生き物であれば何でもエサにする雑食な魔獣である。
雑食だが、特に人が大好物で人の多い場所にやってきては、口から糸を吐き出して人を拘束。そのまま動けなくなった獲物の体内に溶解液を注入して、ドロドロになった人の肉や臓物を啜る。
3mサイズは子供で、そこから何度も脱皮する事により最大6mまで成長する。
獲物を容赦なく襲い喰らう残虐性、芋虫のような外見からは想像できないほどの防御力もあり、厄介な魔獣として魔獣の中でも特に嫌われていると締め括った。
「遠距離から魔法で倒すのがベターじゃ」
「魔法使い隊は城壁に集まれ!!」
ヨーゼフがマウンテンキャラピラーへの基本戦術を秋斗に説明している最中、伯爵は基本戦術に沿って既に指示を出していた。
しかし、山の麓に広がっている森が隠れ蓑となり、発見が遅れてしまったためにマウンテンキャタピラーは森を抜けて砦に向かって這い寄ってくる。
奴等も自分達の防御力に自信があるのか、恐れる事はないと群れて固まるエサに向かって一直線に向かう。
「キモチワリィィィ!!!」
周囲が討伐準備を行っている中、秋斗は悲鳴を上げながら北街で見せた一騎当千な姿からは想像できない程に取り乱していた。
死神、悪魔、色々な異名をつけられ、敵国から恐れられていた秋斗であるが、彼にも弱点はある。それは昆虫。
虫系統全てが苦手で、芋虫なんて最悪中の最悪であった。黒いアレが家に出れば、家の中に殺虫スプレーを広域散布して全滅させるまで家に入らない程だ。
ガンマシンなどの蜂をモチーフにしたのは見た目が機械だから許せるのだが、本物は見るだけでも即座に火炎放射器を向けるくらい苦手だ。
そんな秋斗の目の前に現れた芋虫魔獣。
結果、どうなるかは既にお分かりであろう。
秋斗は目の前に設置してあるミニガンのグリップを掴み、6本の砲身を芋虫へ向ける。
そして、即座にミニガンのセーフティを解除してトリガーを引いた。
「ぬおおおおお!!!」
秋斗が鬼の形相でトリガーを引くと、クルクルと6本の砲身が反時計回りに回転し始め、魔工師製のハイスペックミニガンは最大回転数まで即座にスピンアップ。
現代技術では到達できない高速射撃音を轟かせ、目に見えない速度で魔法弾が芋虫へ飛んでいく。
着弾した弾はマウンテンキャタピラー自慢の肉体を簡単に貫通し、一瞬でミンチが完成した。
4匹中1匹がミンチになり、生き残った3匹が危険を察知して森へ引き返そうと蠢くが、元々の移動速度が遅いこともあってミニガンからは逃げられない。
あっという間に他の3匹も同じ運命を辿ることとなった。
弱点なのに弱点をミンチにするとは、弱点とは一体何なのか。冷静な判断が出来なくなるから弱点で合っているのだろう。たぶん。
「はぁはぁ……ウォエェェ」
砦の目の前に広がる悲惨な光景を見た秋斗は、自分がやった事なのにも拘らず嘔く。
ヨーゼフとウエストン伯爵、城壁に集まって来ていた騎士達は、白い煙を砲身から上げながら沈黙しているミニガンとマウンテンキャタピラーの成れの果てを黙って交互に繰り返し見ていた。
「人どころか魔獣もミンチじゃわい……」
ヨーゼフの呟きにウエストン伯爵は何度も頷き、ヨーゼフ本人は秋斗の目覚めによって東側騎士団の戦闘方法が今後大きく変わり行く事を確信していた。




