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69 壁建設計画開始


 見上げれば雲1つ無い快晴。春には珍しい強い日差しが降り注ぐ中、草原を行く大量の人。

 先頭を馬に跨った東側各国の騎士達、それに続いて魔人種であるケンタウロス族10名がそれぞれインゴットや食料などを乗せた荷馬車を引く。

 そして、最後尾には豪華な馬車が2台。

 1台目にはイザークとエルザの兄妹とヨーゼフ。2台目には秋斗と婚約者2名 + 恋人となったオリビア + ペットであるハナコが乗っていた。

 エリオット、ダリオは今回は留守番。

 彼らはルクス達と共に各設置地点へ材料を送る手配などをして、王城から計画を支援している。



 オリビアが恋人となり、ヨーゼフがマナリニアに大興奮した日から2週間経った現在。

 秋斗達はエルフニアに届けられた国境沿いに設置する壁の材料を運搬しながらエルフニア王国南西、国境の南端へ向かっていた。

 国境に沿って壁――不可侵のシールドを発生させるシールドタワーを設置する計画が遂に始まり、最初の目的地を目指して向かっている最中。

 

 西側と隣接している3ヶ国の国境沿いには砦――中央にあるレオンガルド王国のものは要塞であるが――が1つずつ存在している。エルフニア王国にある西街からさらに1日西へ向かうと、代々西街を治めるウエストン伯爵家が指揮するウエストン砦がある。

 その砦にもシールドタワーを設置する予定であるが、最初の目的地はウエストン砦から南に伸びた山脈を沿って行くと切り立った崖である。

 崖の高さは100mとなっており、下を覗き込めば母なる海が広がって大波が打ち付ける光景が見えるそこは人が登るにはかなりの難所だろう。しかも、崖下の海――エルフニア領土側に面した海は北側、東側に面している海に比べて遥かに凶悪な海の魔獣が跋扈している。船を出せば数分で壊され、乗っている者達は魔獣のエサに早変わりだと言われている悪魔の海。

 故に、エルフニア王国南側には港は存在せず、港は東にのみ存在していた。


 凶悪な海の魔獣に襲われるのは、人攫いをする西側の者達も例外ではない。嘗ては何度か南側の海を通ってエルフニアへ侵攻しようと試みた事例があったようだが、件の崖から海を見張っていた騎士団の目の前で西側の船は試みた回数だけ海に沈んでいった。

 そんな自然に守られた南端にある崖をシールドタワーの始点とするのが計画の第一歩である。


 コンコン、と馬車の窓がノックされて窓を開ければ、馬に乗ったジェシカの顔が現れる。


「秋斗様。本日の昼には目的地に到着します」


「わかった」


 ジェシカの連絡に返事を返すと、ジェシカはイザーク達の乗る馬車へと向かう。


 窓の外には大所帯と言っていいほどの騎士達が馬車を護衛していた。

 目的地である南端にある崖に向かうのは簡単ではない。エルフニア王国西に唯一存在している西街とウエストン砦から距離があるし、山沿いには多くの魔獣が生息している。

 傭兵ギルドの情報にはS等級魔獣は生息していない、とあるがA等級魔獣の巣がある事は確認されていた。秋斗であればA等級魔獣が出現しても余裕で撃破できるが、南端の崖にはシールドタワーの材料も現地へ運ばなければならない。

 その為、少々時間も人員も掛かるが材料を荷馬車で運び、荷馬車と王家を魔獣から守護する多数の騎士達も共に向かう事となっているのが現状だ。

 秋斗がマナマシンで運ぶという提案もしたが、賢者に対する決まり事の件もあって4ヶ国の王家にお断りされてしまった。


「今日は現地で野営して、明日の夜にはウエストン砦でしょうね」


「そうだな。既に用意はしてあるから組み上げは一晩あれば十分可能だろう」


 ソフィアへ頷いた後、秋斗はしかしと言葉を続ける。


「ほんと、今の世界には色々な種族がいるんだな……」

 

 秋斗は王都出発時にも言っていた感想を再び零す。この言葉が指している者は、荷馬車を引くケンタウロス族に向けてであった。

 2mの巨体を持つオーガ族や人の子供くらいしか身長のないゴブリン族などはエルフニア王都で頻繁に目にしていた。何より秋斗が今まで見てきた種族は全て人型。

 しかし、今回魔人王国から援軍としてやって来たケンタウロス族は下半身が馬。まさにファンタジー。秋斗が初めて見たケンタウロス族に驚くのも無理はないだろう。


「ケンタウロス族の他にも空を鳥のように飛ぶハーピー族もいますよ」


「獣人も種族は多いな」


 ソフィアとオリビアが言うように、獣人種と魔人種は種族が多い。

 全種族のタブーをソフィアから教えてもらい、右目のアーカイブに登録するのも苦労したくらいだ。

 ここまで多くの種族がいるのだから、彼女達が把握していない未知なる種族もいるのだろうか、と秋斗の脳裏に考えが過ぎる。


(壁の設置が終わった後、魔道具の普及を進めながら異種族発祥の調査と爺さんの事も調べないとな……)


 以前、アランの言っていた魔人王国に残された極東というキーワード。そして、ケリーの言っていた東にあるというグレゴリーの別荘。 

 その2つは共に東を指し、秋斗にはそれが偶然の一致には思えなかった。

 

(それにレイチェル・ヘルグリンデと書かれたDNA。あのマッドババアが爺さんと絡んでるのは確実だ)


 一体2人で何をしていたのか。しかし現代は特別、魔法の発展も医療の発展も優れているわけではない。

 

(ともかく、今は目の前の事を片付けよう)


 考えれば考える程、答えは見えてこない。

 秋斗は一度頭を振って、自分がやるべき事に思考を切り替えた。


-----



「おー、すごい崖だなぁ」


 目的地に到着した秋斗は、崖下に海から波が押し寄せる風景を覗き込みながら感想を呟く。

 顔を上げて西側に向ければ、立派な山脈が聳え立つ。

 この自然の要塞を越えて東側に侵入するのは容易な事ではない、と事前に説明されていた内容に秋斗も納得した。


「100mの塔を建てるんですよね? 崖に建てては崖が崩れませんか?」


「大丈夫だ。崖から離れた平地に建てても左右に広がるシールドが崖までカバーしてくれる。さすがに海の上までは無理だけどな」


 イザークの疑問に答えながら、秋斗はシールドの発生範囲が崖の先まで収まる場所を目指して歩いて行く。

 シールドタワー本体のカバー範囲は1本につき500mで、地面に沿ってシールドが発生する。

 

 現在地からウエストン砦まで1km以上あるが、途中で中継器と呼ばれた物を地中に埋め込む事によって本体のシールドが中継器まで伸びる。

 そして、中継器を埋め込んだらウエストン砦にタワーを設置すれば、そこから中継器まで伸びるので500m間隔でタワーを設置せずに済む。

 もちろん、伸ばした分だけ魔素の使用量が増えるが中型リアクターを積む予定のシールドタワーにとっては微々たるものだろう。


 中継器という便利な物があるのなら、始点と言われる崖先に中継器を埋め込めばタワーを設置せずに済むのでは? と、会議で王家の皆から意見が上がったが秋斗はそれを却下した。

 もしも何かの拍子に崖が中継器ごと崩れれば、タワーの無い崖付近はシールドが発生していない無防備状態になってしまう。

 西側の侵攻が今後どのように行われるか判断されていない状況で、そのような状態になったら非常にマズイと王家に忠告した。

 その結果、安全策を取って崖付近にもタワーを設置する事となっていた。

 

 さらに、会議中に議題となった西側が行うであろうシールド対策も事前に説明済みである。

 議題に上がったのは空からの侵攻と地中からの侵攻。それらの手段を取られた際、シールド発生地から離れた位置から穴を掘って地中を抜けようとも、飛行機を導入され空から抜けようとも防衛機能が起動して阻止されるし、手動で防衛機能を用いて撃退も可能だ。

 西側からシールドを抜けるには長距離から高威力の攻撃でシールドをぶち破るか、内部からタワーを停止・破壊するしかない。


「じゃあ、ここで設置するから準備しよう」


 秋斗が設置場所を決めて、周囲の者達に告げると一行は各自事前に決められた仕事をするべく散っていく。

 野営の準備をする者、周辺の魔獣を警戒し偵察する者、タワーを製作する秋斗へ材料を荷馬車から降ろす者など。各々が得意とする事に従事していった。


 秋斗の立つ周囲には荷馬車から降ろされた素材が山盛りに置かれる。それを背にして秋斗はシェオールから今回作業する為に使うマナマシンを呼んでいた。

 いつものように空からコンテナが降り落ち、それを初めて見る騎士達が唖然とする。

 そして、降りてきたコンテナ内部から現れたのは、普段シェオールで主な作業を行っている自立型修理用マナマシン、マナワーカー。それが5体現れた。


「これはなんじゃ?」


 設置作業に同行しているヨーゼフは、もちろん秋斗の傍で助手兼技術の勉強。そんな彼は初めて見るマナワーカーを指差して質問する。


「これはマナワーカーという作業を手伝ってくれるお助けマナマシンだ」


 マナワーカーは基本的にシェオールに搭載された修理用マナマシンであるが、モードを切り替えれば作ってもらいたい物の図面をインストールして作業指示を出せば大型物の建設や製造の補助もできる。

 しかも、人とは違い、疲れる事無く作業をしてくれるので秋斗の心強い味方だ。

 賢者時代で大型マナマシンを製造する際にもお世話になっていたし、秋斗の眠っていた2000年間も止まる事無くシェオールを整備していた。 

 時間短縮や効率化を求めたら、なくてはならないマナマシンだろう。


 右目の機能でマナワーカーにリンクアクセスし、シールドタワーの図面をインストール。

 5体のマナワーカーがタワーの外装を作り上げている間に、秋斗は内部に納める部品の調整を行う予定だ。

 図面を受け取ったマナワーカーは、ふよふよと浮きながら空中を移動して山盛りになっている材料へ向かう。目的の物を取り出したら、マジックハンドで物質加工の術式を起動して次々に外装のパーツを作り上げていく。


「な、なんという……」


「か、勝手に作っていくのですか……」


 ヨーゼフとイザーク、材料を運び終えて作業を見学していた騎士達は、初めて見るマナワーカーに口を半開きにしながら見つめていた。

 現代には無い、人に代わって『物』が自動で『物』作ってくれるという概念は衝撃だったのだろう。周囲の視線など気にするわけもなく、マナワーカー達は淡々と命令を遂行していた。


 その後、マナワーカーと共に作業を続けること5時間。既に空は暗くなりピカピカと無数の星が輝く下でついにシールドタワーの1号機は完成した。


「本当に1日もかからずに作ってしまうんですね……」


 イザークは完成したタワーを見上げる。アダマンタイト性の外装を持ったタワーは頂点が尖がっており、赤い点の光を発していた。

 

「あの赤い光がレーダーになってて西側から近づいて来た者を補足する。あとはカメラも付いてるから砦に設置する監視室で周囲の様子が離れていても見られるぞ」


 シールドタワーに備え付けられた装備はシールド発生装置、周囲監視用のレーダーとカメラ、外装内部に収納された対地対空防御用の魔法機銃。

 これらの機能は国境沿いにある3箇所の砦内部に監視室を設け、そこで状況確認と機能の遠隔使用が可能になる。

 シールド対策の地中と空の侵攻も監視室から監視員が見つけた際に攻撃できるし、指定領域内に入った動体は自動で検出してアラートが鳴るので見逃しは無い。


 むしろ、これだけの機能を盛り込んで制御・監視するため、砦の監視室を作る方が本番と言ってもいい。

 細かい機材に加え、監視機材の使い方などを砦に常駐する技師に教えなければならない。国境沿いの各砦には5日程滞在して設置と講義を行う予定である。

 

「ああ、疲れたし腹減った……」


「そろそろ夕飯も出来ると思いますよ」


 長い間集中して作業していた秋斗は肩を叩きながら、イザークと共に野営地へ足を運ぶ。

 

「おう。夕飯は用意できとるぞ」


 シールドタワー完成後に一足早く野営地に戻ったヨーゼフは既に1杯始めていた。しかもワイン瓶を独占してグラスにも注がずラッパ飲みだ。

 テーブルの上にはソフィア特製のシチューとサンドイッチと焼いた肉の塊。左手にワイン瓶、右手にはフォークをぶっ刺した肉の塊。これぞドワーフ族が食う飯の最強布陣だと言わんばかりの顔で夕食にありついていた。


 テーブルを挟んだヨーゼフの斜め前には、リリが皿に山盛りに乗せたサンドイッチを両手に持って頬張っている。


「おおーい! 追加の肉だぞ!」


 ヨーゼフとリリの食事風景を眺めていたら、別の方向からオリビアの声が聞こえてきた。声のした方向へ顔を向ければ、オリビアは自身の体よりも大きいイノシシを背に担いでこちらに歩いて来る。

 こちらにやって来た彼女はドスン、と大きなイノシシを調理している最中のソフィアとエルザの横へ下ろして満足気に笑顔を浮かべた。


「血抜きはしてきた。ステーキで頼む!!」


「ステーキで頼む、じゃありません! せめて皮ぐらい剥いできなさい!!」


「む? そのまま丸焼きにしてから切ればいいのではないのか?」


「そんなワケないでしょう!!」


 ちゃんと料理する派と食えれば一緒派の争いが加速するのを眺めながら席に着くと、秋斗のもとへ出来上がった料理をエルザが運んで来てくれた。


「け、賢者様。お待たせしました」


「おお、ありがとうエルザ」


「い、いえ……」


 彼女はテーブルに配膳を終えると、チラリと秋斗の顔を一瞬見た後に調理場の方へ戻って行った。


 秋斗は皆から、エルザは男が苦手だと聞いていたが彼女が王都に来てからは何かと話す機会があった。

 その度に不快感を抱いていないか心配であったがリリやソフィアから聞いた話だと、どうやら嫌われてはいないようで安心したのも記憶に新しい。

 

「どうした?」


 横に座るイザークは妹の嬉しい変化にニヤニヤとしていたが、なんでもないと言いながらニヤニヤした顔を続けていた。

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