06 褐色美女と追跡者
「オボォ!」
スヤスヤと気持ちよく寝ていた秋斗に不意打ちとも言える衝撃が腹部を襲った。
急激に眠りから覚醒した頭は状況を把握しようと周囲を見回せと指令を送り、その指令通りに頭を動かして『敵が現れたのか?』という思考が脳裏を過ぎりながらも状況把握に努める。
周囲に海辺で見たような獣は発見できず、だんだんと冷静さを取り戻した秋斗は腹部に重みを感じて視線を下へと送る。すると、そこにあったのは苦しそうに歪む女性の顔。
だが、苦痛に歪む表情を浮かべていてもとびきりの美女だとわかるほど。
褐色の肌に銀髪。美しい長い髪の間からはエルフの特徴である長い耳が見える。腹部から上目遣いで見てくる彼女の青い瞳。
異常事態であるが、まだ頭が混乱している秋斗は「またエルフなのか。しかも次は褐色美女か」と頭で考えつつも、彼女の美しさに見惚れてしまう。
「たす……けて……」
彼女の発した言葉を聞いて正気に戻る。
見惚れている場合ではない。彼女はとても苦しそうな顔をしているではないか。怪我をしているのか? 食料か? 水か? 等と思考が入り乱れる。
どうすればいいか、と考えていると一番に反応したのは秋斗の右目。
< 違法マナマシン検知 >
違法マナマシンとして検知されたのは彼女の首についている首輪。
AR上で彼女の首部分が真っ赤に表示された。
右目の違法マナマシンの検知機能の基準は使用者に生命の危険がある物が検知される仕組みになっている。
対象物がREDで表示されるのは特に危険な代物ですよ、という表示。
2000年前のデータを基準に検知しているが、RED表示されたという事実を受け入れ、早急に彼女の首についている首輪の解析を始める。
術式を起動し、解析の魔法を発動させれば首輪の仕様が解析され、AR上にレントゲン写真のようなマナマシン内部を透過した全体図が表示される。その後、表示された全体図に解析された内容が順次表示されていく。
< 第2世代型コアユニット >
< 催眠効果 暗示効果 >
< 体力の消耗促進 >
< 継続使用により命の危険:大 >
瞬時に解析され、表示された首輪の仕様は非人道的なモノばかりだった。
「何だこれ……。違法どころじゃねえぞ」
彼女の首輪に触れ、外そうと試みるもロックされているようで外せなかった。
さらには、秋斗が首輪を外そうとした瞬間に彼女が苦痛の呻き声を発する。
強制的に外せば何らかの効果があるのだろうと察した秋斗は、すぐさま右目の機能である『ハッキング』を起動する。
ハッキング機能が起動すると、AR上にはバラバラになったパズルが表示される。
マナマシンの基盤には大なり小なりコアユニットが搭載されており、それを掌握すれば使用権限を奪う事が出来る。
これは、万が一マナマシンが暴走した時の処置機能としてコアユニットが規格化されており、マナマシンを製作するのであれば必ず搭載される機能である。
本来は何かしらの原因でマナマシンが暴走した際に製作したメーカーが決めたパスワードを流し込む事によって強制的にシャットダウン等させる為だ。
秋斗は、その機能を逆手に取ってマナマシンの機能を遠隔操作で掌握する。
第2世代型用のコアユニットは技術院で働いていた頃には既に解析済みであり、コアユニット内に簡単に侵入できる。
パズル状にAR表示されているのは、製作者が決めたパスワードだ。
右目のマナマシンの補助より、本来の無数の数字や文字で構成されたパスワードは簡易化されて表示され、機能の掌握を容易にする。
パスワード解析の簡易化とパズル形式による直感的操作は魔工師である秋斗が作り上げた術式と接続式によって発動される、魔法の組み合わせによって成せる技。
余談であるが、マナマシンのハッキングは過去の時代では特別な力ではなかった。
ハッカーと呼ばれるグレーな人も出来る技術であり、知識があれば成せる技である。
そのような人種がいる状況下で、強力な兵器や新技術を詰め込んだマナマシンを開発する秋斗の作品がターゲットとなるのは必然。
秋斗はコアユニットを自作した上で、ハッキング防止の機能も標準装備させている。
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AR上でクルクルとパズルピースを回転させ、1つの絵画になるように作業していく。
今回の完成した絵画は1人の老人が空から雷を降ろす姿が描かれた絵画だった。
パスワードは『ゼウス』
通常、量産品のマナマシンに設定するパスワードはハッキング対策として、個体1つ1つ違う数字と文字の組み合わせて意味の無いモノにする。
秋斗の使用しているハッキングでも、量産品に設定された意味の無い文字列であれば、表示される絵画は大体が風景画だった。ゼウスの絵画のようなハッキリと名称のある物は表示されない。
このマナマシンの製作者はどういう意味でゼウスというパスワードを施したのだろうか。と考えながら、彼女の首に嵌った首輪に手をかける。
ハッキングが終了した首輪は、先ほどのような抵抗を感じずにカチリと外れた。
「よし。大丈夫か?」
言葉による反応は無いが首輪が外れた事により、彼女の苦しそうな顔色と息遣いは徐々に落ち着いていく。
相変わらず、秋斗の腹部の上に頭を乗せている彼女に水を入れたコップを近づける。
「水だ。飲めるか?」
彼女の口元にコップを近づけてコップを傾けると、少しずつながらもコクコクと喉を鳴らして水を飲み始める。
水を飲ませた後、彼女を抱き上げてテント内の寝袋に寝かせる。
寝袋に寝かせてやると、彼女はぐったりして身動ぎ1つしない。
気絶しているのか、寝ているのかわからないが、息はしているので生きているだろう。
応急処置として彼女の肌に刻まれた傷に消毒液と軟膏型の傷薬を塗りこみ、仕上げとして無針注射器で体力回復促進効果がある薬を注射する。
そして、彼女が起きたら飲めるように枕元に水を注いだコップを置いて外に出た。
「しっかし、なんだったんだ」
地面に落ちた首輪を拾い上げ、クルクル回転させながら首輪を眺める。
首輪の外見は、自宅の地下で回収したマナマシンのようにボロボロになっておらず、外装が少し剥げているだけで比較的最近に作られた物だと推察する。
重厚でゴツイ見た目の理由は特化型マナマシンとして製作されており、第2世代型マナデバイスのようなカートリッジによる魔法の汎用性を捨てている物。
1つの目的の為だけの魔法が多く積めるように、記憶媒体を複数搭載させている設計をしていてコスト度外視で作られたように見える。
しかも搭載された機能は暗示やら、他の魔法も人に装着するには最悪の代物。
元々は動物を使役する為に作られた首輪を中身の魔法だけ変えて改造したのか、それとも……最初から人を対象に製作されたのか。
どちらにしても作った張本人はあまり技術力が無い。
あまりにも大雑把に組み合わされた魔力回路や雑な部品の配置。コスト度外視な記憶媒体の複数搭載設計だとしても無駄が目立つ部分が多く、全体的に量産しづらい構成をしていた。
「これがこの時代の技術力なのか?」
秋斗から見れば、未熟でレベルの低い物だが一度滅びかけた世界では仕方ないのかもしれない。とため息を吐きながら結論を出す。
そんな事よりも目下の問題は別にある。
テントの中にいる彼女だ。
身に付けている服はボロボロで服として機能していないし、傷を負った体。更にはこの首輪。
先日出会ったケビンはしっかりとした服を着ていたし、首輪なんぞ付いてなかった。
彼女が何かしらの問題に巻き込まれたのは確実だろう。
「………」
彼女に何があったのか考えるが、答えの出ない問題にため息を1つ零す。
まぁいいか。と考えを放棄してインスタントコーヒーを淹れ始める。
彼女が目覚めて事情を聞き、ケビンが戻ってきたら彼に押し付けようと思いながらズズズとコーヒーを飲み始める。
しばらくコーヒーを飲みながら、倉庫から持ってきた材料で何を作ろうかと思案していると草を踏む音が聞こえてくる。
何か御出でなすったか、と思いながら音のする方向を見つめる。
ここで身を隠れてしまってはテント内の彼女に危険が及ぶ。秋斗はそのままコーヒーを飲みながら現れるモノを待った。
ガサガサ、サクサクと植物を掻き分け、草を踏む音は複数。
やがて、木々の隙間から現れたのは3人の男だった。
鉄のような金属製の胸当てや篭手を嵌めて、腰には剣やナイフを帯剣している。胸当てには何かの紋章のようなモノが描かれているが、秋斗には見覚えがない。
彼等はコーヒーを飲んでいる秋斗に気付くと、真ん中にいた男が眉間に皺を寄せながら口を開く。
「おい! 貴様! エルフか!」
開いた口から出た言葉は友好的という感じが微塵にも感じられない。
「違うが?」
秋斗は横を向いて耳を見せながら答える。
「フン。レオンガルドの人間か。ここに黒いエルフが来ただろう。どこにいる?」
黒いエルフと言われて、真っ先に思い浮かべるのはテントの中にいる、傷だらけの彼女。
「知らんな。見ていない」
見るからに怪しい連中に秋斗は表情に出さず嘘を答えた。
「おい。嘘をついても為にならんぞ。さっさと教えろ」
イラついた様子で嘘と断定してくる真ん中の男。
「知らんよ。立ち去れ」
ズズズとコップを口に当ててコーヒーを飲みながら答える。
「貴様! おい! テントの中を調べろ!!」
秋斗の態度にイラつきを隠せなくなった真ん中の男は、腰に装着していた剣を抜いて左右に控えていた残りの2人に強硬手段を命令する。
「ハハ。もうぶっ殺すか、コイツも首輪ハメちまえば良いんじゃねえですかい?」
右の男がナイフを抜きながらヘラヘラと喋りながら近付いてくる。
「首輪……ね」
コップを地面に置き、立ち上がる。
「あの首輪はお前等が作ったのか?」
もはや隠すつもりが無くなった秋斗は男達に問いかける。
「何? 貴様! やはり女を匿っているのか!」
男達は質問には答えず、秋斗の態度を見てさらに怒りのボルテージを上げる。
「おい。質問に答えろ。アレはお前等が作ったのか?」
秋斗の態度に、今度は左の男が馬鹿を見るような表情で口を開く。
「ハァ? んなもん、えらーい賢者様が作ったに決まってんだろ。そもそも従属の首輪を知らねえって、どんだけ田舎者だよ」
「あれをエルフに付けてどうする?」
答えを得られた秋斗は、次なる答えを求めて質問を重ねる。
律儀にも次の答えをくれたのは真ん中の男だった。
「家畜に首輪を付けるのは当然だろう。人の成り損ないなど、どうなろうとも関係無い」
「ありゃあ女としちゃ上物だ。奴隷市場に売る前に、飽きるまで楽しむに決まってるだろう?」
真ん中の男の言葉を聞いて、右の男はニタニタと笑いながら答えを付け足す。
「そうか。聞きたい事は聞けた。退けば命はとらんよ」
秋斗がそう答えると、右の男は腹を抱えて笑い出す。
「ぎゃはははは! お前! 武器も持ってねえのに何言ってるんだ! 頭でもイカれちまったのか?」
右の男は笑いながら、ナイフを片手に歩きで秋斗に近付いていく。
「警告はしたぞ」
秋斗がそう答えると――周囲の温度が下がったような錯覚。
「起動」
カタカタカタと地面に置いたコップが振動を始めると、次第に周囲に異変が伝染していく。
ザアアアアアと風が強くなり、周囲に生い茂る太い木々が揺れ、ガサガサと枝を鳴らす。
今起きている異変が目の前にいる男の仕業だと断定した3人は秋斗を睨みつけるが異変は収まらない。
収まらない異変はさらに続き、秋斗の周囲にはパチパチッと静電気のような音が鳴り始める。
「お、おい! 貴様! 何をした!?」
「魔法か!?」
「何やってる! 早くやっちまえ!」
と、慌てる3人。
周囲の異変にすぐさま戦闘態勢に入り、真剣な表情で武器を構える。
「相手は丸腰だ! 先にやっちまぴょッ――」
右の男が叫んでいる言葉は途中で中断され、猛スピードで後ろに吹き飛んでいく。
吹き飛んだ右の男は後ろにあった木にぶつかって、ズルズルと崩れ落ちる。
一瞬の出来事に呆気に取られた残りの2人は、吹き飛んだ仲間を見やると――崩れ落ちた男の顔は無くなっていた。
「ハァ!? 何ガッ!!」
「おい! 一旦退いて…」
次に吹き飛んだのは左の男。
そして、真ん中にいた男は左の男に指示を出そうと振り向いた時に決定的な瞬間を見てしまった。
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右の瞳を紅く染めて、人とは思えぬ速度で仲間に接近する黒髪の男。
そして黒髪の男が振り抜く右手が轟音を撒き散らしながら、仲間の胸当てを突き破って体を破壊する瞬間を見てしまう。
左の男は背中から地面に叩きつけられ、地面に叩きつけられた胸はまるで大きな獣に押し潰されたかの如く、胸当てごとグチャリと陥没してピクリとも動かない。
真ん中の男は、たった今起きたありえない出来事に思考がついていけず頭の中は恐怖に染まる。
黒髪の男はだらんと腕を垂らし、たった今破壊した人間をじぃっと見つめている。
「ヒィィイイイィ!!」
戻って来た思考と共に頭の中が理解不能な恐怖に支配された男は、握っていた剣を落として地面に尻餅をついて後ずさる。
「バケ、バケモノ! バケモノオォオォ!!」
恐怖によってまともな判断力を一瞬で無くした男は背後にあった茂みを、どうにか四つん這いで抜け、立ち上がって逃げようと試みる。
ありえない。逃げないと。あれは何だ。ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!
様々な考えが脳を瞬時に駆け巡っては消えていく。
「オイオイ……。どこに行くんだよ」
バケモノのような黒髪の男からポツリと零れた言葉は、木々の揺れる音や風の音が五月蝿いのにも関わらず、男の耳によく響く。黒髪の男がクシャクシャと草を踏み、茂みの中を歩く足音は大鎌を持った死神が近づいてくる様子を連想させるかのように聞こえた。
男は四つん這いのまま自分の腰と足に、立ち上がれ! 走れ! と命令を飛ばすが後頭部から伝わる衝撃と共に頭を押さえつけられ、地面に叩きつけられてしまう。
「あがぁ!」
突然の衝撃に悲鳴を上げながら必死に頭を捻って原因を探ると、そこには黒髪の男が右手で自分の頭を押さえつけていた。
「ヒィィィ! 助けて! 助けて!!」
男は必死に泣きながら許しを請う。
「おいおい。人に散々色々言っておいてそりゃないだろう? 他人に首輪を付けて好き勝手するような奴等のセリフじゃないぞ?」
黒髪の男に自分の髪を掴まれ、グイッと頭を持ち上げられ、死の瞬間が刻々と近付いている事を嫌でも感じてしまう。
「あああああ!! ごめんなさい! 許して! 許してくれええ!!」
男は顔を涙と鼻水を垂れ流してグチャグチャに濡らしながら必死に許しを請う。
恐怖に支配され、プライドも何もかも投げ捨てて、必死に生にしがみつく。
「ダメだな」
黒髪の男から零れる一言。
男は泣きながら、諦めきれず最後に片方の目で黒髪の男の顔を見る。
「さようなら」
言葉が耳に届くのと同時に見たモノは――黒髪の男の右目が爛々と紅く染まり、口元には悪魔のような三日月を浮かべている光景だった。