66 掌の上で
オリビアとの模擬戦を終えて彼女から嫁宣言を受けた後、一先ずオリビアはリリ達に回収された。
秋斗は周囲で見守っていた騎士達から苦笑いを浮かべられながら、1人寂しく取り残された後でイザークへ相談を持ちかけた。
イザークのいる客室には丁度良くエリオットとダリオもいたので、彼らに経緯を説明。
「なるほど。そういうワケですか」
「オリビアは相変わらずだなぁ」
騎士達と同じように、オリビアの性格を知るイザークとエリオットは苦笑い。
弟であるダリオは姉のぶっとび発言に頭を抱えながらぷるぷると震えていた。
「今の時代が一夫多妻制だというのは知っている。でも、そんな簡単に結婚を決めていいのだろうか?」
「え? オリビアは気に入りませんか?」
秋斗の問いにイザークは不思議そうに返す。
「いや、そういうわけじゃないよ。彼女は美人だと思うし、性格もハッキリしていて良いと思う。ただ、彼女の事をあまり深く知らないし、彼女も俺に対しては同じじゃないか? お互いの事をよく知らずに結婚してもいいのだろうか?」
日々の鍛錬で引き締まったモデルスタイル。胸に備わった程よい大きさの2つの果実。紅色の綺麗な髪をポニーテールに纏め、凛々しい顔立ちをした美女に子作りしようと言われて断れる男子がいるのだろうか。いるわけがない。
ただ、秋斗の懸念は結婚した後に「やっぱり結婚は失敗だった」と相手に思われるかもしれない点だ。幸いにも現在婚約中の2人とは上手くやれているが、オリビアとも上手くやれるかが心配だった。
エリオットは2人のやり取りを見ながら、少し考えた後に口を開いた。
「ああ、イザーク。秋斗さんは現代の結婚観を知らないからだよ」
「結婚観?」
エリオットは何か合点がいったようにイザークへ告げ、秋斗はエリオットの言葉へ疑問符を浮かべる。
イザークもエリオットの言葉を受けてなるほど、と頷いてから秋斗へ説明を始める。
「はい。まず、現代の王族と貴族が恋愛結婚するというのは少ないんです。王族貴族は優れた次代の子を残す為に家柄や能力で婚姻を結ぶのがほとんどで、王族は特にそれが強いです。恋愛で結ばれるのは、ほとんど一般人のみですね」
イザークの言う通り、リリとソフィアが特殊なケースと言える。
彼女達は長寿種であり、長く生きるからこそ伝説の人物でもあった秋斗へ恋心を抱き、他の者と今まで婚約しなかったとしても許されていた。
エルフやダークエルフのような長寿種でなければ、血を絶やさないよう早々に結婚して子を残すのが常識である。
「王族は絶対に血筋を残さないといけません。ですから、妻を多く娶って子を1人でも多く作らなければいけない。それと……今の世は賢者時代に比べて男子が死にやすいですから、個人の感情よりも義務が優先されます」
イザークの後にエリオットが続けて説明する。
現代は賢者時代と比べて医療技術が低く、回復魔法や薬草系の薬は存在しているが子供が病気になった際にそのまま死んでしまうケースも多い。それは王族の子供も例外ではない。
さらには魔獣との戦闘や西側との小競り合いや奴隷被害もある事から、戦闘要員である男子の死亡率は高い。それによって、世の中に男性よりも女性の人口の方が多い事から一夫多妻制が採用されている。
「と、いうわけで相手の気持ちよりも家柄や血筋などを優先するのは変な事ではないのですよ。一夫多妻制も今の時代の事情に合わせた事ですし、誰も気にしないです。むしろ、優秀な家同士が結ばれて優れた子が産まれる可能性があるのは喜ばしい事だと言われます」
私は妻一筋ですけど! とキメ顔のエリオット。
詳しく話を聞けばイザークは既に結婚していて、レオンガルドに残してきているが嫁が1人いるとのこと。彼の父であるレオンガルド王、フリッツは正妻の子がイザークとエルザ。側室は娶ったが子に恵まれず側室の女性も数年前に病で亡くなった。
ガートゥナ王国の王であるセリオは紅狼族の妻が2人いて、正妻の子がダリオで側室の子がオリビアと説明を受けた。
エルフ族は寿命自体が長いので結婚に関してはのんびり構えているが、一夫多妻制は推奨している。
ヨーゼフは妻が1人、子供はヨーナス1人であるが、その理由は研究に没頭しすぎて側室に興味が湧かないらしいし、何を言っても無駄だと皆諦めていると言われた。
そして、2人の口から説明された者達、エルフニアの王族以外は全員お見合いのような形式で結婚しており、恋人期間のようなものを経てから結婚したわけではないとのこと。
「そうなのか。時代に合わせよう、と頭では思ってはいるが……やはり、お互いよく知らないうちに結婚して、その後円満にやっていけるかという心配があるんだよなぁ」
秋斗は、ふぅと溜息を零してからコーヒーに口をつける。
「これから先、秋斗さんは娶る女性が増える可能性もあると思いますから、ここで覚悟を決めた方がいいですよ。私と妻もそうでしたが、婚約後や結婚後に愛を育むのも悪い事じゃないです」
「そうですね。それに、秋斗も感じている通りオリビアはハッキリとした性格の女性ですからね。何か嫌な事があれば嫌と言うでしょうし、不満を内に溜め続けてアキトの懸念するような事態にはならないと思います」
秋斗は2人の説得を受け、迷いも徐々に薄れ始める。確かにリリとソフィアの時に「愛想を尽かされないよう努力しよう」とも思ったのだし、エリオットの言う通り婚約後に愛を育むのも悪い事じゃない。
それに、付き合いは短いが彼女のことはリリとソフィアから少なからず聞いているし、彼女と何度か話す機会があったが悪い子じゃないと思っている。
既に婚約者の2人が認める女性ならば間違いはないのだろう。後は自分の努力のみだ、と改めて考えを確かにする。
「そうだな。グダグダ考えるのはやめよう」
秋斗は腕を組みながら覚悟を決める。
「むしろ、嫁に迎え入れて問題が発生するような女性は、リリ姉様とソフィア姉様が近づく事すら許可しないと思いますので。オリビアの発言を聞いた2人が何も言わないのであれば、既に嫁になることを認められているということですよ」
イザークの何気ない言葉を聞いて、秋斗は「あれ? 俺に決定権無いのかな?」と言うが、2人から「その通りだ」と返されてしまった。
「あああああ、秋斗様! あんな姉でいいのですか!?」
今までぷるぷると震えていたダリオが突然の復活を果たす。
「超脳筋で一度決めたら折れないし、腕力で何でも解決できると思っているんですよ!? 僕なんて何回訓練用の剣で叩かれたことか!」
クワッと目を見開いて秋斗に迫る。そしてダリオの口から発せられるのは姉を持つ弟であれば、誰でもが経験する苦行だった。
優しくてふわふわな姉なんて物語の中だけなんだよォォッ!! と非情な現実を叫ぶダリオの姿は切ない。
「でも、オリビアと秋斗が結婚したら秋斗が君の義兄になるよ」
ポツリと呟いたイザークの言葉に、姉からの仕打ちを思い出して悶え苦しんでいたダリオの動きがピタリと止まる。
「秋斗様が、にいさん……」
賢者が義兄になるという未来を想像したダリオは、苦しそうな表情から一変して嬉しそうに頬を染める。ショタの周囲に、ぽわわっと花が咲いている光景が幻視された。
「まぁ、本格的な婚姻の決定は彼女の父であるセリオと会ってからでしょう。それまでは友人の1人としてオリビアと仲を育めばいいと思いますよ」
「うん。そうする」
オリビアとの事は父親であるセリオから許可を貰えていない状態なので結婚を前提に考えながら、まずはお友達からということに決まった。
-----
「なーんて男性陣は言っているはずです」
ソフィアは王家女子全員を自室に集め、オリビアの対面に座りながら優雅に紅茶を飲む。
伊達に長生きしていないソフィアは秋斗がイザーク達に相談し、出した結論をピシャリと的中させていた。
そして、集められた女性達もソフィアの予想が当たっていると確信している。
彼女が伊達に長生きしていないのを知っているからだ。イザークが結婚する時もひと悶着あったのだが、その当時のソフィアの予想は的中していた。
彼女は200年以上、恋愛小説と賢者英雄譚を交互に読んで毎晩妄想しているエリート中のエリート。
悲しき男達は恋愛(妄想)エリートであるソフィアさんの掌の上で踊り続けるのだ。
「オリビア、貴方は本当に秋斗様の嫁になることを望むのですね?」
優雅に紅茶を飲みながら、対面に座るオリビアへ問う。
「うむ。私は旦那様の子を孕むと決めた」
オリビアの言い方もどうか、と皆思っているが彼女は思い立ったら一直線だから仕方ないと諦め、誰もツッコまない。
「ん。オリビアなら良い」
1番嫁を自称するリリもオリビアの決意を認めて頷く。
「いいでしょう。オリビア、貴方が秋斗様の嫁となる事を認めましょう。そして、私から策を授けます」
現在ソフィアの自室で開かれている会は「秋斗の嫁選定会」である。
会の名の通り、既に嫁(婚約者)が次の嫁を選定する会である。
自称1番嫁のリリと、自称1番嫁と言うリリに1番手タイだと言い張るソフィアが認めなければ秋斗の嫁にはなれない。
悲しい事に、そこに秋斗の意志は無かった。しかし、彼女達に秋斗に不利益を犯すような意志は無く、全力で秋斗を支える事を一番に考えている。
全ては秋斗と自分達の幸せのために。より良い将来の為に動いているのだ。
「貴方の父であるセリオ様の決定が無ければ婚姻は確定されない。しかし、あの御方は反対しないでしょう。ですから、問題は秋斗様のお気持ち。秋斗様はお優しく、我々の気持ちを重視して望まぬ結婚は却下する方です」
「ん。秋斗は優しい。好き」
足を組みながら優雅オーラ全開のソフィアとソファーの上で体育座りをしながらウンウンとソフィアの言葉に頷くリリ。
「ですので、貴方は秋斗様にグイグイとアピールするのです。子を作りたい。愛していると強気にいきなさい。そうすれば、秋斗様は貴方の気持ちを理解して嫁として迎えるでしょう」
「ん。秋斗は押しに弱い。でも、そーゆーとこも好き。愛してる」
的確に秋斗の攻略を伝授するソフィア。そしてウンウンと頷きながら己の気持ちを告げる体育座りのリリ。
「わかった! 一杯、旦那様の種をもらう!」
腕を組みながら真剣な表情で言うオリビア。横にいるエルザはオリビアの顔を見ながら、こういうアホっぽいところも可愛いのよねと感想を抱いていた。
「私達の時のようにセリオ様から許可が出ないと抱いてくれないでしょうが……。まぁ、いいでしょう。グイグイ強気にいきなさい」
「任せてくれ!」
オリビアは獣耳をピコピコと動かして気合十分。
一方で、クッキーを食べるクラリッサを膝に乗せたカーラは、横に座るエルザに視線を向けて彼女の様子を窺っていた。
しばらくエルザの表情を観察していると、対面のソファーから視線を感じて顔を向ける。
すると、視線の先にはカーラを見つめるリリとソフィア。2人は一度エルザへ視線を送った後、カーラに無言で頷く。
(なるほど)
カーラはリリとソフィアの考えを理解して、彼女もまた無言で頷いた。




