65 姫騎士系脳筋女子
製作室に馬鹿デカイ破壊音が鳴り響く少し前。
秋斗は王城の自室で昼食後のステキなコーヒータイムを楽しんでいた。
「今日は少しゆっくりできますね」
「昨日まで全然一緒にいれなかった」
座っているソファーの左右には美しい婚約者の2人。もう絶対離れないと言わんばかりに秋斗の腰や腕を抱いていた。
王都に王家が勢揃いして儀式が終わった翌日、エリザベスがレオンガルドにある自分の店に一旦戻ると言い出したので、彼を見送ってからは会議の連続であった。
そして、昨日まで秋斗は連日の会議に出席し、4ヶ国の王家代表の前で壁の製作に関するプレゼンを行っていた。
壁の製作に関しては王家はすぐさま合意したが、材料や必要な人員などの手配をする為に秋斗へ詳細な説明を要求。
事前に用意していた説明用の資料をもとに壁のスペックから必要な材料、作り方に至るまで細かく説明した後に王家と共に製作スケジュールの調整に当たっていて、それがようやく昨日で終了した。
その間、婚約者2人をほとんど構う事が出来なかったために現在の状況となった。
「いや、夜は一緒だっただろう」
秋斗の言う通り、連日の会議は毎日夕方まで続いたがそれ以降の夕飯や風呂を共に過ごし、一緒に毎晩寝ていたのだが。
夕方以降で1人になれる瞬間といえばトイレの時以外無かった程ベタベタしていた。
そんな時間だけでは、ふれあいが足りない婚約者2人との夜は激アツ。秋斗はここ最近猛烈な睡眠不足であった。
「足りない」
「………」
あれでも足りないのか……、と秋斗はここ最近の夜を思い出す。毎晩寝たのは朝方なのに足りないとは。
今ならケリーが手帳に書いていた嫁1人宣言がよく理解できる。彼が目覚めた時から現代まで、女性は肉食系ばかりだったのだろうか。
求められる事が嫌ではないし、愛想を尽かされないように頑張る所存ではあるが、早急にイザークかエリオットに対策案を求めようと心に決める秋斗であった。
そんな感じで男同士の交流を考えていると、入り口のドアがノックも無しに勢いよく開かれる。
「賢者様! 手合わせをしよう!」
ドドーンという効果音が似合うように現れたのはガートゥナの姫騎士オリビア。
北街で出会ってから始まり、王都で再会してから今日まで毎日めげずに模擬戦の申し込みをしていた彼女。
王都に戻ってからも儀式や会議と忙しい毎日が続いていたので、断り続けていたのだが毎日のように「今日出来る?」とめげずに聞かれては秋斗も申し訳ない気持ちで一杯である。
会議が終わり次第やろう、と伝えていたのだがそれでも廊下や食堂で会う度に、期待に満ちた目をしながら紅色の毛で覆われた尻尾をぶんぶん振られては「待て」と命じている飼い主のような心境。
干し肉を手に持って、ハナコに待てをしている時と同じ気持ちだった。
「随分待たせてしまってすまなかった。会議も終わったし、約束通りやるか」
「おお! やろう! やろう!」
そう言ってカップに残ったコーヒーを飲み干す秋斗と、念願が叶って嬉しいのかぶんぶんと尻尾を振るオリビア。
ソファーの端っこにいたハナコも、ソファーを降りてオリビアに体を向けながらハッハッハと舌を出しながら尻尾をふりふり。
何か通じるモノがあるのだろうか。
「いいのですか?」
ソフィアが秋斗の体調を気遣うように聞くが、本音は離れたくないだけだろうと秋斗は推測した。その根拠は秋斗の腕を抱きしめる力が強くなって、むにゅりと彼女の胸が潰れる感触である。
しかし、彼女の言うところの意味は少し違った。
「本当にいいの?」
リリもソフィアに続けて秋斗へ問う。
怪我の心配してくれているなぁ、と暢気に秋斗は考えているが違う。
彼女達が問う本来の意味は「(嫁が増えるけど)いいの?」である。
婚約者2人はオリビアという女性の事を秋斗にはそれとなく伝えてある。
現在は独身、恋人無しで自分よりも強い男としか結婚したくないと公言している、そして何より強さとはガートゥナ王家の婚姻で重視される要素である、一度決めたら折れない性格、秋斗を見る目が若干熱っぽい、父親が絶賛婿候補を探している最中、などなど。
言われれば、オリビアという女性が求める理想の伴侶像に気付くだろう。そして、秋斗自身に少なからず気があり、彼女の理想に当て嵌まる事を。
ハッキリ告げずヒントのようにしている理由は、オリビアの気持ちを本人からまだ確認していないからだ。それに、リリとソフィアの目には彼女が少し迷っているように見えた。
オリビアは模擬戦に負けた後に秋斗の嫁になるだろう。その未来は2人にとって容易く想像できる。むしろ確定と言ってもいい。
しかし、自分達がそうだったように、気持ちを告げるのは本人同士でなければならない。
それにチョロ賢者に彼女らがよく知らない貴族の娘を他国の王家からオススメされて嫁に迎えるくらいならば、小さい頃から知っているオリビアの方が好ましいし扱い方も知っている。
今後、嫁として賢者を支える事を第一に考えるならば当然の選択であり、2人が妹のように接してきたオリビアへの手助け。
とにかく、あの脳筋娘が秋斗の嫁になると押しかけ、チョロい賢者は彼女を受け入れるだろう。2人としても可愛い妹分が自分達と同じ男の嫁になるのは、素直に嬉しいし楽しそうなので大賛成。
と、既に婚約者である2人も押しかけるように婚約者へと至った事実は、棚の上どころか宇宙の彼方まで爆上げして、リリとソフィアが北街で参加したパーティーの後に夜な夜な会議した結果がコレだった。
「さすがに待たせているしな。明日以降予定が入るかもしれないし」
婚約者2人の考えも、オリビアという女性も未だよく理解していない能天気なチョロ賢者こと秋斗はソファーから立ち上がると「あれ? まさか気付いてない?」と頭に疑問符を浮かべる2人の婚約者もやや遅れて立ち上がった。
「では、訓練場に行こう!」
オリビアは待ちきれん! と言いたげに尻尾をぶんぶん振りまくる。
そんな興奮しっぱなしの彼女の後について訓練場へ向かった。
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向かう最中に出会ったカーラとクラリッサの親子とエルザを引き連れて、訓練場に到着した秋斗達は部下へ指導を行っていたアンドリューに事情を説明した後に訓練場の中央で対峙する。
王家の女子が全員揃い、秋斗達が訪れるまで訓練に励んでいた騎士達が視線を向ける中、2人は使い慣れた武器を持ってルールの確認を行う。
「殺しは無し。どちからかがギブアップするまでだ」
双剣を構えながら、いつも以上に真剣な眼差しで告げるオリビア。
「わかった」
対する秋斗はオリビアからの注文通り、ガントレットを装着した状態で頷く。
事前にオリビアからは魔獣の群れと戦っていた状態の秋斗と手合わせしたいと言われていた。
さすがに戦闘用システムは起動しないが、彼女からの要望を満たすにはガントレットを装着しなければ文句を言われてしまいそうである。
何日も待たせた挙句、要望すらも無視して何かしらの遺恨を残す結果に終わるのは避けたい、と秋斗は考えていた。
「アンドリュー殿。合図を頼めるか?」
秋斗とのルール確認が終わった後、オリビアはチラリと審判役を買って出てくれたアンドリューへ視線を向ける。
「承知した。だが、両者共に無理しないように」
アンドリューの心境としては不安でならない。
しかし、他国の姫と賢者に模擬戦を行うので場を貸してくれと言われてしまえば断れない。でも、どちらかが大怪我でもしてしまったらどうしようと内心ドキドキだ。
本当なら下手に首を突っ込んで厄介事は回避したいが、好き勝手にやられたり、部下が厄介事の生贄になるくらいなら自分が、と不安を押し殺して審判役を買って出たのだ。
苦労団長アンドリュー。ここ最近、緊張するシーンが多い。
ほんまにええんか? と自国の姫にチラチラ視線を送るが肝心の姫様は止める気配が無い。覚悟を決めてアンドリューは挙げていた腕を下ろしながら叫ぶ。
「はじめッ!!」
アンドリューは合図を叫んだ後、巻き込まれないようササッと後退。
両者相手の出方を見るかと思いきや、脳筋系女子のオリビアは即斬りかかる。
「ハァァァッ!」
「ッ!!」
秋斗は鋭い1撃目をバックステップで躱すが、オリビアの猛攻は終わらない。
(あの時の賢者様ではない……。だが、確かめたい)
あの北街防衛の際に見せた秋斗の戦う姿を見てから、あの口元に三日月を浮かべながら魔獣を屠る姿を思い出す度にオリビアの胸の高鳴りは激しくなる。
強い男と子を成すのがガートゥナ王家に生まれた女の命題。そう言われ続け、父と剣に励みながらも自分より強い男が現れるのを待っていた。
しかし、戦いの才能があったオリビアはメキメキと実力を上げて、今では国内問わず敵う相手はガートゥナ王かレオンガルド王のフリッツくらいだ。
同年代の貴族の息子はもちろん、騎士団所属の者ですら相手にならない。
そして現れたのは御影秋斗という名の偉大なる賢者。
賢者の戦いを見てから胸が高鳴る。しかし、その正体が『恋』なのか圧倒的な力を見た際の『恐怖』なのかは、その時のオリビアには判断できなかった。
北街防衛後もモヤモヤする気持ちを抱いていたが、賢者と戦えばわかる! と模擬戦を申し込んだが、ヨーゼフの邪魔と弟によって阻止される結果となった。
しかし、その夜。オリビアは伯爵邸のベッドの上で母の言葉を思い出していた。幼少期のオリビアが何気なく母と父の馴れ初めを聞いた時に告げられた言葉。
『私がそうだったように、アナタの前にも圧倒的な力を持った強い男が現れるわ。オリビア、その時を逃さないようにしなさい』
母の言葉を思い出し、この出会いがそうなのかと思いながらも賢者へ想いを馳せれば下半身に熱を感じるが、同時に圧倒的な賢者の力に身震いもしてしまう。
どっちなのかわからない悶々した夜を過ごす中、一向に正体のわからないモヤモヤと渦巻く自分の気持ちに苛立ちを覚え始める。
苛立ちながらも悶々と悩んだ末に出した答えは、自分が直接対峙したわけではなく力を見ただけだからだ、という結論に至った。
賢者と戦えばこのモヤモヤとした気持ちの正体がわかるはずだと脳筋の直感が告げるのだ。
自分の母だって、父と戦って負けたから妻になったのだと言っていた。
いつだってガートゥナ王家の女は一直線。一晩悩んだにもかかわらず結局行き着いた答えは一緒だった。
母親と似ている性格を持ったオリビアはそういう女なのだ。脳筋の中の脳筋。ハイパー脳筋女子、オリビア。
しかしながら、それに加えて自分の実力がどこまで通用するのか知りたかったのもある。
見せられた圧倒的な力。あれは自分が唯一勝てない両親以上の力だ。むしろ、両親達でさえ敵わないだろう。
遥か高みにいる実力者と戦って、実力差を肌で感じたい。そして、少しでも己の糧として更なる高みへ登りたい。
故に、賢者に断られてもしつこく毎日模擬戦を申し込んだ。
だからこそ、この模擬戦はいつも以上に真剣。己の力を全て出し切るつもりで初手から全力で攻める。
しかし、スピード重視、手数重視の戦闘スタイルの彼女はフェイントを織り交ぜながらどんどんと秋斗に迫って行くが、秋斗も彼女の攻撃を避け続けて決定打は生まれない。
迫り来るオリビアの猛攻を数分間避け続けていた秋斗は、ここで初めてガントレットでオリビアの剣を弾いた。
「クッ!」
思ったよりも弾かれる力が強かったのか、オリビアは顔を顰める。
そして、ここから秋斗の反撃が開始された。
「ラァッ!!」
身体強化がされるシステムは使わず、靴底の術式も一瞬起動するだけで体の負担を軽減している状態での戦闘。体の総合スペック的には獣人であるオリビアの方が高い。
しかし、右手の機能とガントレットの重さ、そこへ拳を振るう瞬間に一瞬術式で加速させる事で秋斗の攻撃は想像以上に重い。
苦肉の策であったが直撃よりはマシだ、と片手に握る曲剣一本で秋斗の拳を受け止めたオリビアは後方へと吹き飛ばされてしまった。
その後も、模擬戦なのに割とガチになりかけている秋斗の攻めは続く。
(なんて重いんだッ!)
片手でガードして以降、オリビアは秋斗の拳を受け止める事無く回避し続けながらカウンターを狙う形になった。
あんな重い攻撃を受けるなんて冗談じゃない、と未だガードした左手が痺れている状況に険しい表情を浮かべる。
(やはり、システム未起動だとキツいか)
オリビア同様、秋斗の表情も険しい。
戦闘システムを起動すれば、正直楽に倒せる。が、あれは加減が利かない。
故に、オリビアに傷を負わせず勝つには現状でどうにかするしかなかった。
いつしか2人の戦闘舞台は室内から外へ。
決定打が無いまま、攻撃がターン制のように互いに切り替わりながら激しく動き回った結果だった。
ガキン、ガキン、と金属の打ち合う音が鳴り響く中、ついに状況は大きく変化する。
「ぐッ!」
訓練場の外で戦っていた2人であるが、ここでオリビアの脇腹を秋斗の拳が掠る。
掠っただけにもかかわらず、拳が空気を切り裂いたことで生まれた風圧の衝撃がオリビアの脇腹を圧迫。オリビアは体勢を崩してしまう。
「獲ったッ」
秋斗はその隙を見逃さない。
オリビアとの模擬戦を続ける中で、システムは起動してないものの、完全に闘争スイッチが入った秋斗は引き込んだ拳を強く握り、渾身の一撃をお見舞いする準備動作へ。
これはマズイ、と体勢を崩しながら悟ったオリビアは瞬時に周囲へ視線を送ると何やら金属製の柱が目に入る。以前、秋斗が肘までめり込ませたアダマンタイト製の柱である。
(あれに隠れて仕切りなおしだ!)
オリビアは体勢を崩しながらも横飛びで柱の裏へと飛び込んだ。
さすがに賢者であろうと柱を殴るまい。溜めている力を不発させて、柱の影から飛び出した後に斬る! なんて考えていた。
「オラアアアッ!!」
しかし、完全にスイッチの入った秋斗は気合の入った雄叫びを上げながら拳を打ち出し、ドガン!! という破壊音と共に秋斗の渾身の一撃はアダマンタイト製の柱を粉砕した。
粉砕され崩れ落ちる柱。四方に飛び散る柱の破片。柱の裏に隠れていたオリビアへ伸びる秋斗の拳。
「なああッ!?」
流石にこの状況は想像していなかったオリビアは、飛び散る破片を受けながらも咄嗟に双剣をクロスさせて秋斗の拳をガード。
ガードした双剣から出たメキッという音を聞きながら、オリビアは後方へと吹き飛ばされ訓練場の壁に背中から激突して止まる。
「ガハッ」
一瞬呼吸が出来なくなる程の衝撃を背中に受ける。痛みを感じながら閉じていた瞼を開けば、目の前には秋斗が立っていた。
(なんという強さだ……)
オリビアは秋斗の力を体感して項垂れる。しかも相手は北街で見せた姿ではなく、本気で戦っていない。
手加減された上に圧倒された現実がオリビアを落ち込ませた。
(そうか、私は……)
しかし、オリビアの心の中で渦巻いていたモヤは晴れ、ついに正体を得たのであった。
「それまで!!」
アンドリューが慌てて2人の傍へと駆け寄り、模擬戦の終了を告げる。
王族、しかも他国の姫が怪我してはマズイとアンドリューは大声で医療師を呼び、そのアンドリューの様子を見て秋斗も次第に冷静になる。
サーッと血の気が引いた後の冷えた頭では「あ、ヤッベェ」と事の次第を理解した秋斗は、慌てて壁に背を預けて座り込むオリビアへ駆け寄ろうとした瞬間。
今まで項垂れていたオリビアの顔が勢いよく上げられ、彼女は秋斗の目をじっと見つめる。
そして、ガートゥナの姫騎士オリビアは高らかに宣誓した。
「私、ガートゥナ王国第一王女オリビアは賢者である御影秋斗殿の嫁になるぞ!!」
「ファッ!?」
リリとソフィアの宣言から1ヶ月程度空いた突然の嫁宣言に驚くのは秋斗だけで、戦いを見守っていたリリ、ソフィア、ガートゥナを含む4ヶ国の騎士達の反応は「ああ、やっぱり」と正解を知っていたかのように頷く。
散々にリリとソフィアからヒントを貰っていたのに微塵にもこの事態を想像していなかった偉大なる賢者。
偉大なる賢者(笑)のリアクションを見て、彼の恋愛関係の疎さに流石の婚約者2人も「お前マジか」とツッコミを入れたくなる。
「ね、ねぇ。秋斗様がめちゃくちゃ驚いてるけど……」
「お姉さま方、オリビアお姉さまの事を教えなかったんですか?」
「うーん。迷ってたみたいだからヒント出した」
「そうですね。でも、あれだけヒント出したのに気付かないなんて……」
「あう」
「キャウ~」
ヒソヒソ声でやり取りする王家女子達 + 1歳半の子供 + 愛犬。
リリとソフィアからヒントの内容を聞いて、気付かないのヤバくね? と王家女子から引かれる賢者。恋愛経験値の低い男への悲しい評価である。
「ふふふ。これから頼むぞ旦那様。手始めに今夜から交合うとするか」
「待て待て待て!」
先程の項垂れていた様子から一変し、オリビアはシュバッと立ち上がって秋斗の腕に自身の腕を絡ませた後からの子作り発言。
秋斗はリリとソフィアの時以上にぶっ飛んだ発言をする娘についていけない。
「安心してほしい。旦那様と私の子なら強い子が生まれるはずだ」
「聞いて。お願いだから話聞いて」
「ふふふ。これでガートゥナも安泰だな」
全く話を聞かないオリビアの様子を見て、秋斗は婚約者2人に顔を向けて助けを求めるが首を振られるだけだった。




