64 転換期
エルフニア王国王都に4ヶ国の王家が揃い、儀式が終了してから今日で1週間。
「ふむ。こんなところか。早急に決める事は他に無いか?」
「いえ、後はゆっくり時間を掛けて決めるべきでしょう」
ルクスがロイドへ確認を取り、ロイドも手元の資料に視線を落としながら答えた。
この1週間は朝から晩まで連日の会議が続き、ようやく本日でひと段落。
「これで奴隷問題は大きく進展しそうですね」
「ええ。この後、さっそく父上に手紙を送ります」
エリオットと、その隣に座るダリオが共に頷き合う。
連日行われた会議の議題は全て秋斗絡みの案件であった。
まずは秋斗が前々から提案していた奴隷問題への取り組み。
秋斗から提案された国境沿いに壁を作る案は速やかに4ヶ国王家が話し合って合意された。
この件は提案内容としてはすぐに合意を得ることが出来た。主に話し合っていた内容は、秋斗が作る壁の『材料』である。
壁を製作する際に使用される金属類などをどの国がどの程度都合するか、というものであった。
西側との国境に面しているエルフニア、レオンガルド、ガートゥナの3ヶ国は特に被害が多い。ラドールは東端にあり、海を挟んだ島国である為に直接的な被害があまりない状況。
この状況を鑑みて、ラドールが多くの資金提供をするとエリオットが提案したが「いやいや、うちもうちも」と他3ヶ国も資金提供に手を上げる。
これには何か政治的な考えがあるわけでもなく、ただ単に賢者が関わる大仕事なので気合が入っているだけだった。なんとも平和的な会議である。
結局はラドールが5、エルフニア2、レオンガルド2、ガートゥナ1という割合で決まる。
ガートゥナが一番低い訳は、東側最大の鉱脈を持つガートゥナ王国が多くの素材提供をするからだった。
つまりは「君んとこ素材提供で一杯目立ってズルイ! うちは金銭面しか援助できないのに!」みたいな感じだった。平和。
さらには今後、賢者との共同で行われる新魔道具開発に用いる開発素材を、ほぼ原価で譲るという約束をしたガートゥナの王セリオとその素材類を多く管理しているヨーゼフの同意。
この件もあってガートゥナ太っ腹すぎじゃね? と他の3ヶ国に言われてしまい、ショタ王子ダリオは圧力に屈した。
と、こんな経緯がありつつも秋斗の提案は合意となった。
次は秋斗と共同で行う魔道具製作と賢者時代の技術提供について。
まずは東側最大の研究機関の長であるヨーゼフとその息子のヨーナス、エルフニア王国魔道具製作室が技術を習得し、他の国の開発機関へ技術を教える事になった。
こちらは既にガートゥナからやってきたヨーゼフが秋斗本人から技術を学んでいる最中であり、全ての開発機関に秋斗が自ら教えるのでは大変だろうという気遣いもあった。
そして、現代の魔道具とマナマシンの区別。どちらも魔法技術を使った便利な道具を指し、意味的には同じ物であるが『現代人の生産した物』を魔道具と呼び『秋斗本人が生産した物』をマナマシンと呼ぶ事となった。
故に、今後この世にマナマシンという名の物が生まれるのは秋斗本人が作り上げた物のみとなる。例外があるとしたら、秋斗以外の賢者が作った物だろう。
最後に、魔石技術を使用した魔道具の運用について。
こちらも既にエルフニア王都でカートリッジ稼働時間のテストが行われている案件で、既に第一回のテスト結果は出ていた。
第二回目のテストは住民の使う給水魔道具にカートリッジを取り付けた際の稼動時間を測る事と決まっており、既に秋斗も製作室メンバーもテストに向けて動き出している。
このテスト結果を見た後、本格的に製品を作ってテスターを募集。それと平行して王都の商店にカートリッジの充填装置を設置しての運用テストを行う。
運用テストが終了すればエルフニア王都で先行販売を行いながら問題点を改善し、徐々に他国にも普及させていく事となった。
「秋斗様の話では壁の心臓部を王都で作り、外装は現地で組み上げるとの話でしたね」
「そうだね。3箇所の砦に材料を運搬するの時は護衛は厚くしよう。北街での魔獣の件もあったからね」
「ルクス様。北街の件はどうなりましたか?」
ダリオがルクスへ北街の件を問うと、ルクスは眉に皺を寄せながら首を振る。
「ダメだな。唯一手掛かりになりそうな崩れた洞窟の調査は難しそうだ」
北街領主であるブノワ伯爵の報告書には魔獣の分布や生態系に狂いは無いと書かれ、発生前と後に変化が見られた唯一手掛かりになりそうな洞窟を掘り起こすのも時間が必要だと書かれていた。
洞窟を掘り起こして何か手掛かりが掴めるかもしれないので、作業自体は進めさせているが結論が出るのは当分先になりそうだ、とルクスが王家の皆へ報告する。
「人為的に引き起こされた可能性もあるので、北街周辺に騎士団の者を派遣しているが……どうなるか予測できんな」
「壁の建設中に護衛に充てる人員は、エルフニア以外から多く派遣しましょう。さすがにあの規模のスタンピードを人為的に引き起こせる者がまだ国内にいるとしたら、エルフニアの防衛力を護衛に充てるのはマズイ」
ルクスの言葉を受け、イザークが提案する。
「うむ。我々は慎重に動かせて頂く。北街の件は秋斗様が動いて下さったからあの損害で済んだのだからな」
「そうだね。秋斗さんがいなければ……我々は今ここにいない」
ルクスとエリオットの言葉を聞いた全員が、北街に押し寄せる魔獣を思い出しながら頷く。
「ともかく、一旦休憩にしよう。昼を食べたらヨーゼフの所に行くのだろう?」
ルクスはそう言った後、連日の会議で溜まった疲れを取るように、目頭を手で揉み解す。
「ええ。あちらの進捗も確認しないと。夢中になってるヨーゼフが自ら報告しに来るなんて事無いだろうしね」
エリオットも疲れた顔をしながら、肩を叩いて己の体を労わった。
他の者達も腕を伸ばしたり肩を叩いたりしつつ、凝った体を解しながら席を立って会議室を後にした。
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「オヤジ、どうだ?」
「おう、こっちは完成だ」
製作室の机の上に魔石の山を乗せて、ひたすら作業をするヨーゼフに息子のヨーナスから声がかけられた。
現在、製作室では王都の住民達が使う新型給水魔道具の製作を行っている。
王都には給水魔道具が10箇所設置されており、住民の人々はそこで水を汲んでいる。
そのうち5箇所にある従来の物の隣にカートリッジ式を採用した新型を設置する。設置後は住民からの意見も取り入れ、意見をフィードバックした改良型も作られる予定だ。
ヨーゼフはその5箇所に設置する新型に搭載させるオンボード基盤の製作を行っていた。
「やっぱり、賢者様のマナマシンはすげえな」
「全くじゃな。精密な作業にかかる時間が段違いじゃわい」
ヨーゼフとヨーナスは自らの手に装着された手袋に視線を向ける。
2人の手に装着された手袋は秋斗がマナマシン作りの時に使う『物質加工』の術式が組み込まれた物。
今までの加工技術はドワーフらしくハンマーで叩くか、彫刻刀のような刃物で地道に加工するしか手段が無かったのだが、この手袋を渡されてからは粘土細工を作るようにグニグニと自由な形を手で作る事が可能となった。
マナマシン銘を『加工手袋』という。秋斗が最初に命名したのは『こねくり手袋君』であったがヨーゼフや王達に全力で命名変更された。
「剣や槍を作るには今までのように槌を振るが、魔道具は断然こっちじゃな」
「俺が賢者様のように手で自在に形を変えられるようになるとはなぁ……」
農夫がケリーを神のように崇めるように、ドワーフにとっては秋斗が神のような存在だ。物語で秋斗が金属の形を一瞬で変化させ、武器を作る姿は全ドワーフの憧れと言えよう。
その憧れを自らの手が可能にするとは夢にも思わなかった、と手袋を初めて使ったヨーナスは感激で涙を流していたのは記憶に新しい。
「あの御方は技術を秘匿する気が無い。必死に付いていかんと我々はあの御方に置いていかれるぞ」
「わかってる。ケリー様が現れた時のように、今は時代の転換期だ。死ぬ気で習得する」
「うむ。ワシもこの歳になって見習いに逆戻りとはな。人生何が起きるかわからんわい」
ドワーフ族の中では超ベテランとも言える技術を持っていたヨーゼフ親子も、今は見習い職人のように秋斗の講義を受けて日々研鑽を積んでいる。
それは決して悪い気分ではない。むしろ今まで知り得なかった未知なる技術の体験に心地良さを感じていた。
「カートリッジの出来はどうじゃ?」
「とりあえず目標の50は用意出来た。後は稼動確認と充填速度のテストだな」
「わかった。ワシは外装に取り掛かるからテストを頼む」
「おう」
ヨーゼフ親子が今後の作業工程を確認して、行動に移そうとした時。ズドンと何かが粉砕されるような大きな音が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
製作室にいた全員が音の鳴る方向へ顔を向けながら異常事態かと慌てるが
「ああ、秋斗殿じゃな」
と、ヨーゼフだけは落ち着いた様子で素材棚から外装に使う金属を取り出していた。
「け、賢者様?」
「ああ。今、訓練場でオリビアと模擬戦中じゃろう」
ヨーゼフの言葉を聞いて、他の者達も「ああ」と合点がいって作業に戻り始めた。
ヨーナスも連日オリビアがしつこいくらいに秋斗へ模擬戦をしよう、と迫っていたのを思い出した。
そして、現在進行形で行われているであろう模擬戦が終わった後の結末を父親に問う。
「どうなると思う?」
「嫁になる」
息子の問いにヨーゼフは、然も未来が見えているかのように軽く答えた。




