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63 青年の夢 2


 秋斗がパチリと目を開ければ、目の前に広がる景色はいつぞやのレトロな映画館のロビーだった。

 

(ああ、またか)


 ぼんやりとした意識の中、確か自分はケリーの手帳を読んだ後に寝たような……、と記憶の欠片を漁る。

 詳細に思い出そうとすると、あの時と同じように「夢か」と勝手に納得し、己の意志で自由に体が動く。

 キョロキョロと周りを見渡すと、ロビーには赤色の上等なソファーや背もたれの無い椅子が並び、奥には売店コーナーが見えるが人の気配は感じられない。

 周囲を見回した後、目の前にある両開きの扉に視線を向ければ不思議と早く中に入ろうという気が湧き起こる。


 両開きのドアを開くと、いくつも並ぶ客席と映写機の光に照らされた巨大なスクリーン。

 年季の入った室内の中央にはスクリーンまで伸びる一本の通路。

 通路を中央まで進み、途中で左側の客席へ顔を横に向ければ、あの日と同じ席に座る老人の姿が目に入る。

 

 老人の名はグレゴリー・グレイ。

 アークエル大陸で魔法を極め、魔王と呼ばれた秋斗の師。

 彼は生徒であり、親子のように仲の良かった秋斗が近くにいるにもかかわらず、じっとスクリーンを見つめていた。


 しかし、秋斗も何故と疑問に思うが話しかける事はしなかった。

 そのまま、通路右側にある客席に腰を下ろしスクリーンに注目する。

 すると、秋斗が席に座るのを待っていたかのように室内に映写機の回る音が鳴り響いた。

 

 ジジジ……というノイズ音と共にスクリーンに映し出されたのは在りし日の魔法科学技術院。

 人の喧騒が室内に充満し、秋斗もよく世話になっていた技術院の食堂だった。

 そして、賑やかな食堂のテーブルに座り、食事をする青年が映し出される。


『やぁ、君がグレゴリー先生の推薦で入った人かい?』


 青年が座るテーブルにトレイを持って現れ、にこやかに話しかけて来たのは青年と同年代の男性。


『そうだ』


『そっか。私はケリー・オルソン。君と同じくグレゴリー先生の教室なんだ。……ここ、いいかな?』


 突然話しかけ、自己紹介をしてきたケリーという男性の問いに青年はやや不機嫌そうな顔をしながらも頷きで返す。


『ありがとう。それにしても、こんな中途半端な時期に来るなんて何か理由があったのかい? 他の生徒からも噂になっているよ』


『知らん。俺は勧誘されたから来ただけだ』


 本当は目的があって来たのだが、答える気は無い。

 故に、青年は首を振りながら素っ気無く答えた。


『そうか……。まぁともかく、私も同じ教室なんだ。仲良くしてくれると嬉しい』


 ケリーという男性が青年の素っ気無い態度にも笑顔を浮かべる。

 この場面が映し出された後、スクリーンは暗転した。


 カラカラと映写機が回る音が室内に鳴り響く中、秋斗は暗転したスクリーンを見つめ続ける。


(ケリー……)


 映し出された映像に懐かしさと、親友への想いが湧き上がってくる。

 己の目的の為に技術院へ入った秋斗。

 目的を達成させるための手段を得る事にしか眼中になかった。

 それに当時は友人など作る気もなかったし、不要だと考えていた。


 講義の後や食事の時に何度も話しかけられ、うっとおしいヤツだと思っていた。素っ気無くしていれば、すぐに離れていくだろう。そう思っていた。


 しかし、素っ気無く無愛想な自分に何度も話しかけてくるケリーに、いつしか自分は心を許していた。


 気付けば休みの日には共に出掛けたり、互いの研究に意見を交わすような仲になる。

 ケリーという人物は、秋斗にとって技研時代の親友と呼べる程親しい間柄になったのだった。


 数秒暗転していたスクリーンには再び映像が映し出された。


『私の研究を手伝ってくれないか?』


 ノックも無しに部屋へ入って来たケリーは、何の前置きも無くストレートに本題を告げる。


『いいぞ。次は何をするんだ?』


 いつもの事だ、と慣れた様子の青年も軽く頷いて了承した。


『技研の敷地内に試験農場を作るんだ! そこで最強に美味いリンゴを作るぞ!!」


 ケリーは握り拳を高く掲げ、その顔には成功の算段があるのか自信に満ち溢れている。

 若かりし頃の彼は自身の夢に一直線だった。


 青年もそんな夢へと邁進する彼が眩しく、好ましく思っている。

 だからこそ、自身の研究を中断してでも手を貸していた。 


『わかった。わかった。それで? 農場に取り付けるマナマシンを作ればいいのか?』


『ああ! 話が早くて助かる! 実ったら私達2人が一番最初に食べるんだ! 食べた後はリンゴ酒を作る! 出来上がったら一番最初に乾杯だ!』


『そりゃ楽しみだ。なら、酒樽も作っておくか』


 研究室内で笑い合う2人が映し出された後、ジジジというノイズが鳴ってスクリーンは再び暗転する。


(最強に美味いリンゴか……)


 エルフ達に語ったように、当時の秋斗がケリーの作ったリンゴを食べたのは未完成の物だけ。

 彼の言う最強に美味いリンゴが完成したのは、氷河期が来る少し前のこと。

 世界の終わりを防ぐ為に奮闘していた秋斗は、ついに完成品を食べる事無く眠りについた。


 そして、秋斗は二千年後の世界で完成品を食べることになる。

 出来る事ならば、ケリーの言う通り完成品を2人で味わいたかった、と残念に思う。


 再びスクリーンに映写機の光が当てられると、映し出されるのはケリーとの楽しかった思い出。

 未完成の渋い果実を齧って2人とも盛大に口の中身を噴出したり、休日にケリーが作った野菜とスーパーで買った肉を持ってキャンプをしたり。

 映し出されるのは、もう戻れない楽しかった過去の記憶。

 スクリーンに映し出された光景に、思わず秋斗も当時を思い出して笑顔を浮かべる。

 

 だが、そんな楽しかった記憶の数々が終わってスクリーンが暗転すると、映し出される映像の雰囲気は一気に様変わりする。


『すまない……。すまない秋斗。私には君の死を見る勇気が無いんだ……ッ!』


 木々が生い茂る森の中に佇む廃墟の前で、歳を取ったケリーが涙を流しながら懺悔の言葉を繰り返していた。 

 彼は涙が枯れるまで、廃墟の前で頭を地面に擦りつけながら、何度も何度も繰り返していた。


 後悔の念と恐怖に挟まれ、彼が老人となってベッドに寝たきりになっても心残りは続く。

 彼は死ぬ直前まですまないと呟き、後悔の涙を流しながら死んだ。


 後悔に苦しむケリーの姿が映し出されたスクリーンを見続けていると、秋斗の隣から声がかけられた。


「私を恨んでいるだろう?」


 声のする方へ顔を向ければ、若かりし頃のケリーが秋斗をじっと見つめていた。


「私を恨んでいるだろう? 君は生きていたのに、助けなかったんだ」


 じっと見つめていたケリーが再び言葉を口にする。

 彼の顔は後悔の念に染まっていた。


「俺はお前の気持ちがよくわかる」 


 秋斗は首を振りながら呟いた。


「俺も、何度も仲間の死を見た。地面に転がる仲間へ希望を抱いて駆け寄ったが既に死んでいた事もあった」


 秋斗は最初に経験した戦場を思い出す。

 降り注ぐ炎に仲間を焼かれ、絶望に染まり、どんどんと心が壊れていった忌々しい戦場を。


「仲間の死は受け入れがたいものだ。お前の気持ちはよくわかる」


 彼が怖いと思う気持ちは、何より秋斗が一番理解している。


「だから、恨んでいない」


 秋斗が心の底から思っている言葉を告げると、隣に座るケリーはビクリと肩を震わせた。


「秋斗……」


「ケリー、俺はお前を恨んでいないぞ。恨むわけがない。俺達は……親友だろう?」


 共に技術を学び、共に楽しい日々を過ごした親友を恨むはずがない。

 例え彼が自分を助けなかったことで死んでいたとしても、恨まずに彼の幸せを願うだろう。

 戦場から帰還し、壊れた心を抱えた自分に、ケリー・オルソンという男はかけがえのない日々をくれた男なのだから。


「ウゥ……ッ! 秋斗……! 私は……私は……ッ!」


 秋斗の言葉を聞いたケリーは顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら呟く。


「2人でリンゴは食えなかったが、お前の残した物は受け取ったよ。俺が逝くまで待っててくれ。その時、約束を果たそう」


「ああ……ッ! ああ……ッ! もちろんだ……!」


 ケリーは何度も頷きながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔を服の袖で擦り続けた。

 袖で涙を拭き終えると、ケリーは秋斗のよく知る笑顔を浮かべながら告げる。


「秋斗。君は幸せになってくれよ。私のように後悔せず、幸せになれ!」


 ケリーが笑顔で告げた言葉を聞き終えると、秋斗の意識はゆっくりと闇へと沈む。

 そして、意識が闇へと沈む中で秋斗は親友へ笑顔を向けた。

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