62 ケリー・オルソン手記
年月 不明
私はアドリアーナに渡された睡眠カプセルで眠りについた。
朽ちた自宅地下で目が覚めて外に出ると、世界は変わっていた。
見知らぬ生物が跋扈し、繁栄を極めた故郷には荒れた大地が広がる。
僅かに残っていた食料と水を持って人の住む場所を探し、食料と水が尽きて彷徨った果てに見つけた1つの集落らしき場所。
私はレオンという青年に助けられた。
年月 不明
レオンに助けられた後、現在私が置かれている状況を整理しようと思う。
氷河期が訪れたあの日から何年何日経過しているかは不明。
私が研究者として生きていた時よりも、遥かに文明が衰退している。
作物を栽培する為の知識は全く無い。
しかし、何故か扱う武器や土を肥やすクワのような道具はレアメタルであるミスリルやアダマンタイトを見事に加工して使っていた。
魔法は元素魔法のみ。マナマシンは存在しない。
使用素材や技術面がチグハグで謎だ。
年月 不明
集落の人々とは友好的に生活できている。
長であるレオンのおかげだろう。
彼に助けてもらった恩を返すべく、畑の改善に取り組む事にした。
年月 不明
肥溜めで肥料を作ろうとしたら変な目で見られた。
年月 不明
畑の改善は順調。
狩りに連れて行かれたが、カバが二足歩行していた。
集落の者達が最弱と呼ぶウサギはドロップキックで的確に頭部を破壊しようとしてくる。
私には無理だ。
年月 不明
レオンに『遺跡』という場所に案内された。
到着してみれば、そこは私が生きていた時代にあった『誰かの家』だ。
レオン達は遺跡と呼ばれた誰かの家から、過去の時代にあったマナマシンを掘り起こしていた。
偶然見つけた地下室への入り口から地下室へ入ると、壊れていない第1世代型のマナデバイスを発見。
しかもプレミア復刻版の杖だ。
私も予約して買おうと思っていたが、数量限定で買えなかった物が現代で手に入るとは……。
年月 不明
別の遺跡に行った。建物は朽ちていたが恐らく集団シェルターのような施設だろう。
地下室には地上部分の崩落で壊れた多数の睡眠カプセルと大量の白骨死体を見つけた。
私もこうなる運命だったかもしれない、と考えると恐怖を覚える。
友人達はどうしているだろうか……。それを考えるとあの白骨死体が脳裏にチラつく。
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数ページに渡って土壌改善のメモが書き込まれている。
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年月 不明
尻尾が生えた人がいた。
年月 不明
現代には異種族と呼ばれる人間以外の『人』が存在している。
私はファンタジー世界に巻き込まれたのだろうか。
年月 不明
何故か賢者として崇められた。
理由を聞けば、過去に賢者の従者をしている最初の5人と呼ばれた人物が現代人を助けたらしい。
そして、彼らは過去の世界からやってくる賢者を助けろと言い伝えを残し消えたそうだ。
過去の世界からやって来た者 = 私のような存在だと推測する。
つまり、私のように眠りから覚めた者が過去にもいたか、氷河期を生き抜いた者の子孫がいるのだろう。
レオン達がその子孫だと思い、聞いてみたが彼らの祖先がどのような人物だったかは何も伝わっていないようだ。
昔からここに住んでいる、程度の情報しか得られなかった。
最初の5人が仕えていた主人が気になる。アークマスターの1人だろうか。
年月 不明
西から蛮族のような人間が集落に攻めて来た。
レオン達が追い払ったが犠牲者は多い。
蛮族はヴェルダ帝国という国の者達で、レオンの集落や他の集落から食料や女性を略奪しているらしい。
奴等に対抗する手段を考えなくては。
私に戦闘の心得が無い事が悔やまれる。秋斗がいれば、と何度も考えてしまう。
彼はどうしているのだろうか。まだ眠っているのだろうか。
仲間達に会いたい。
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国を興すためのメモ書きが乱雑に書き込まれている。
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新暦 1年
レオンガルド王国建国。
周辺の集落を吸収して国として機能させる。
軍の整備。
畑や農園の拡張を行い食料生産の向上。やる事は多い。
レオンから爵位を無理矢理渡された。
新暦 2年
嫁が出来た。
集落時代に世話になった女性。私には勿体無いほどの美人。
レオンが2人目の妻を、などと言ってくるが断った。
これ以上は夜がモタナイ。
新暦 6年
エルフニア王国の食料問題に取り組む。
ありがたい事に妻も子供もついて来てくれた。
肝心の食料問題だが、幸いにもレオンガルドに比べて大地は豊かである。
まずは自宅地下から持ち出した圧縮パックに入っているリンゴの種を植えよう。
その後は、小麦以外の主食を確立させたい。
食事が味気ないのは辛い。食事が豊かになれば少しだけでも幸せになれる。
せめて、私が生きている間に料理文化が浸透してくれるといいのだが。
私のような過去から目覚めた人達の為にも。
目覚めた際に世界の様子が変わっても、食事文化が変わっていなければ少しは安心出来るだろう。
きっと、みんな喜んでくれる。
新暦 7年
エルフニアの森の中で、秋斗の家を見つけてしまった。
家は朽ち果てていたが、辛うじて壁に残っていた『御影』の文字が刻印された表札で判明した。
だが、私は朽ち果てた彼の家を前にして行動には移せなかった。
君は地下で眠っているのか。
地面を掘り起こせば、君は生きているか?
もし、君が死んでいたらと思うと怖い。
遺跡で見た、潰れたカプセルと白骨死体がチラつく。
私は今まで仲間が生きて目覚め、再び出会える事を支えに生きてきたのだ。
それが無くなってしまったら、私はきっと耐えられない。
私は秋斗の死が怖くなって捜索を取りやめた。
もし生きていたら……。もし、私が行動しないせいで秋斗が死んでしまったら……。
それでも、明確な死を確認してしまったら私は耐えられない。怖い。怖いんだ……。
どうか、勇気の無い私を許してくれ。私の [ 何かの液体がポタポタと落ちた後があり、文字が消えている ]
新暦 25年
この時代の食料問題も少しずつ安定してきた。
レオンガルド王都を現在の位置から東へ移す事になった。
候補地は既に決まっている、とレオンに言われているので私はついて行くだけだ。
あれから秋斗の件が頭から離れない。
私の選択は間違っていたのはわかっている。
新暦 29年
レオンガルド王都の移転先には魔法科学技術院のあった場所だった。
私は昔を懐かしむように技術院の跡地へ足を踏み入れた。
農業科の研究所は既に崩れ、跡形も無い。
居住棟の地下にあったシェルターには睡眠カプセルと大量の白骨死体が見つかった。
過去の時代から生き延びたのは私以外にいないのだろうか……。
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おかしい。何かがおかしい。
グレゴリー先生の部屋は朽ちて崩壊したというよりも、何者かの襲撃を受けたような痕跡がある。
壁には魔法銃の跡があったし、机は斧か何かで両断されたような状態になっていた。
グレゴリー先生の部屋に残された薬品と破壊された冷凍ストッカーにはサンプルが入っていたと思われる壊れたDNA保存用の試験管が数本見つかった。
試験管ラベルには『レイチェル・ヘルグリンデ』と書かれている。アドリアーナの親類だろうか?
両断された机の引き出しに残っていたメモ用紙に書かれていた走り書きの内容を、読み取れる部分だけでも書き写しておく。
氷河期の到来 → 何故我らは気付かなかった?
アルカディア工業 認識の 魔素濃度
魔法の 始まりの存在
の存在?
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新暦 47年
私はもう長くない。
最後にアークマスター達に同様の内容を書いた手帳と、彼らに宛てた手紙を残す。
それと、彼らを認知させる為にエルフ族の歴史の語り手と共同でアークマスター達の本を書いた。
後悔からか、秋斗の本は特に力の入った作品となった。
私はあの日を後悔している。死んでも尚、後悔し続けるだろう。
彼は私を許してくれるだろうか……。
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最終ページに手紙が挟まれている。
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秋斗へ
もしも、君がこの手帳を読んでいるのなら私の愚かな判断を許してほしい。
私はどうしても君の死を見る事は出来なかった。もし、私が行動に移さなかった事で君が死んでしまっていたら。
勇気を出せなかった私を恨んでくれ。本当にすまない……。
私の事はいくらでも恨んでくれて構わない。
だが、今生きる人々に罪は無い。どうか彼らに力を貸してやってほしい。
その為に、私の子と各国の王家にアークマスターを保護するように頼んである。アークマスターを、過去に生きた者達を広く認知させるための本も書いた。
きっと悪い扱いはされないはずだ。
それと、これは私の私見であるが私達の時代の終わり、あの氷河期は何かがおかしい。
書き写したグレゴリー先生のメモを見てくれればわかる通り、先生も何かに気付いたようだ。
技研跡地で先生のメモを見つけてから、農業指導の旅の最中に遺跡をいくつか巡ったが手がかりは掴めなかった。
しかし、先生の別荘がアークエル大陸の東にあると昔聞いた覚えがある。もしかしたら、先生はそこにいるのかもしれない。
最後に。
この程度で、私の罪が浄化されるわけではないのは重々承知している。
もしも、あの世というものがあるのなら、そこで私は罪を償おうと思う。
君が生存しているか否かを確認出来なかった私が言える立場ではないのは理解している。
それでも、書かせてほしい。
私は君や先生達と過ごした日々を忘れない。あの日々に戻りたい。君と試行錯誤しながら農園を作る、楽しかった日々をもう一度過ごしたい……。
それが、もう叶わない願いだとしても。願わずにはいられないんだ。
我が親友、御影秋斗。
君の幸せを心から願っている……。




