61 儀式
北街から到着した3ヶ国の王家とエルフニア王家が、王都に揃った日の3日後。
目覚めた秋斗を正式に迎える為の儀式がエルフニア王都の教会で催される事になった。
この儀式は、賢者ケリーから伝わる5人の賢者のうちの1人であると東側4ヶ国に正式に秋斗がこの世に現れたことを認めるもの。
そして、彼の遺言にもある手帳『賢者の遺産』を渡す為の儀式である。
儀式の発祥はケリーが賢者として認識され、その後に東側最大、唯一の宗教となる賢者教が出来てから生まれた。
当時、賢者教を興し、初代大司祭となった者が『今後どうやったら素晴らしき賢者様を最大限に敬うことができるか』という発言が切っ掛けで誕生した行事の1つである。
賢者を迎える儀式『歓迎の儀式』 賢者に感謝を捧げる『賢者祭』 そして、ケリーが没した際に作られた、賢者を弔う『葬送の儀式』
特に、葬送の儀式は東側全街が1週間の喪に服し、聖職者達は聖地を巡礼して賢者への感謝と弔いの祈りを捧げた東側での歴史上最大の儀式である。
当時の大司祭に「これを行います!!」と強く言われ、各国の王も大賛成する場にいたケリーがどう思っていたかは想像に容易いだろう。
そして、現在。
エルフニア王都賢者教会にある窓からは日の光が差し込み、5体の巨像を照らし神秘的な雰囲気を演出する。
荘厳な空気が漂う中、秋斗はエリザベス特製である新品の洋服を身に纏い、いつもの服装――通常の服よりも豪華な金の刺繍が入った服――を正装と称して祭壇の前に立っていた。
秋斗の背後には5人の賢者を模す巨像と最初の5人を象った5体の小さな種族像。左右にはガストン司教と、レオンガルド王都にある賢者教本部からやって来た教会の長である女性。他の修道女とは違う、真っ白で所々に金の刺繍をあしらった修道衣を着用し、顔を白いベールで隠したエミル大司教が待機している。
そして、エルフニア王国王都の賢者教会内には、他国からもやって来ていた多数の聖職者と王城に勤める貴族達が赤絨毯の左右に立って秋斗を見つめる中、ガストン司教が儀式をスタートさせるべく口を開いた。
「これより、偉大なる賢者。魔工師 御影秋斗様を世にお迎えする儀式を始めます」
ガストン司教が儀式の開始を告げると、教会の入り口の扉が開かれる。
開かれた扉からは正装した各国の王家代表として、ルクス、ダリオ、エリオット、イザークの4名。
その4名にヨーゼフとケリーの子孫であるカールが1列になって、秋斗の前へと歩いて行く。
歓迎の儀式は秋斗が立っている場所、巨像の足元に作られた祭壇前を賢者の住まう聖域と称し、その場へ各国の王が迎えに行くというのが背景設定となっている。
迎える儀式なのだから、賢者が入り口から歩いて来るんじゃ? と当時の司祭が初代大司祭へ質問した際に「偉大な賢者様がこっちに歩いて来るわけねえだろ! こっちが迎えにいくだよボケェ!!」とガチギレしたという。
そう言った経緯もあって『王自らが賢者を迎えに行き、国に住んで頂く』という意味を含む儀式になっている。
この辺りの理由とケリーが忙しく人生を過ごした事が現在の『賢者には王よりも上の立場として、心安らかに過ごしてもらう』という決まりが出来上がった。
余談ではあるが、ケリーはレオンガルド王国の公爵位を受けていたが彼の没後に公爵位では不敬に当たるとされ、豊穣の賢者という当時広まっていた異名を位として最上位の権威となる。
そして、ケリーの息子が公爵位を改めて国から賜った。
祭壇の前に立つ秋斗へ辿り着くと、彼らは目の前で片膝立ちとなって頭を下げる。
秋斗の左右に立つガストン司教とエミル大司教を除いた全ての者達が、王家のように片膝をついて秋斗へ頭を下げた。
「偉大なる賢者。魔工師 御影秋斗様。長き眠りを経て、この世にお姿を現して頂けたこと感謝致します」
全員が秋斗へ頭を下げる中、ルクス王が4ヶ国を代表して感謝を述べる。
これは、最初に賢者が訪れた国が代表して告げる事になっているとリハーサルでガストン司教に教えられている事だった。
「我が友であるケリー・オルソンの意志を継ぎ、よくぞ民を導いた。王家にはこれからも、民に対し良き導き手になる事を望む」
「ハッ! 心して勤めて参ります!!」
これもリハーサル通りである。
特に秋斗の言葉は『威厳があるように』と婚約者2人とルクス達王家監修のもと、何度もダメ出しをされながら昨晩必死に練習したもの。
ルクスも満足そうに頭を下げているので、どうにか練習通り威厳を出すのは成功したのだろう。
「今日この時より、偉大なる賢者。魔工師 御影秋斗様をお迎えした事を歴史に刻みます」
秋斗とルクスのやり取りが終わると、大司教エミルが両手を開いて言葉を告げた後、5人の賢者像へ祈りを捧げる。
大司祭エミルと同じように、秋斗以外の全員がたっぷり祈りを捧げた後、ガストン司教が再び儀式を進めた。
「全員お立ち下さい。豊穣の賢者ケリー様のご遺言にあります『賢者の遺産』の継承を行います」
ガストン司教がそう告げると、カールが最高級品質の白い布に包まれた物を恭しく手で持ちながら秋斗の前へとやってくる。
「我がオルソン家より継承して参りました、初代オルソン家当主、豊穣の賢者ケリー様の手帳です。魔工師 御影秋斗様に継承できたこと、身に余る光栄に存じます」
「オルソン家現当主、カール・オルソン。我が友の願いを守り続けてくれた事、深く感謝する」
「ははぁー!」
婚約者2人のプロデュースする秋斗の威厳を受け、手帳を渡し終えたカールはボロボロと涙を流しながら深々と頭を下げる。
秋斗の威厳と初代から脈々と続いたオルソン家の悲願が達成したという事実が、カールの涙腺を破壊してしまったようだ。
「今ここに、賢者の遺産が正当なる御方へ継承された!!」
エミル大司教が大声で告げると、教会内にいた全ての者達からの盛大な拍手が鳴り響く。
その後、大司祭や各国の王都支部で司祭を務める者達の歓迎の挨拶が続き、全員終えると儀式は終了となる。
「これにて儀式終了となります」
ガストン司教が儀式の終了を告げると、教会入り口の扉が儀式用の鎧を着用した騎士達によって開かれる。
「偉大なる賢者様がご退場なされます!」
ガストン司教の言葉の後、全員が片膝をついて秋斗へ頭を下げる中、秋斗はゆっくりと赤絨毯の上を歩いて外へ向かった。
外へ出ると、教会の周りには秋斗や王家を守護する多くの騎士達が待機していた。
彼らは秋斗が外へ出て来ると騎士礼をした後に、護衛体勢に移る。その後、少し待つとソフィアとリリが教会から出て来た。
「秋斗様。お疲れ様でした。とてもカッコ良かったですよ」
「うん。練習通りカッコよかった」
彼女達は赤絨毯の左右に並ぶ者達の最前列で今回の儀式を見ていて、威厳たっぷりにセリフを言う秋斗を見ながらウンウンと何度も頷いてるのが秋斗の目に入っていた。
「うん、まぁ、みっちり練習した甲斐があったな……」
秋斗はどこか遠くを見ながら、婚約者2人によるスパルタ指導を思い出す。
「この後は王城でパーティーですので戻りましょうか」
ソフィアの提案に頷き、秋斗は王家専用の馬車に乗り込んで王城へと戻って行った。
その後のパーティーは、初めて秋斗がエルフニアへ訪れた時のように出席者が制限されるわけではなく、街のギルド支部長から教会の司教達、各国からやってきた騎士団所属の者で爵位持ちならば参加出来る大規模な催しとなった。
秋斗はイザーク、エリオット、ヨーゼフと主催者のルクスと共に談笑しつつ挨拶にやって来る者達と会話する。
特に賢者教の司祭やエミル大司祭には「街に来たら是非、教会を訪れて下さい」と言われた。
一番年下のダリオはパーティーに出席している貴族や騎士のお姉様方に囲まれて、やや強引に料理を『あ~ん』されたりして開始直後から捕まっている。
「秋斗様。明日から数日は4ヶ国王家と共に今後についての会議を行いたいのですが、よろしいですか?」
挨拶に来る者が途切れたところで、ルクスが秋斗へと顔を向けて話しかけた。
「ああ、大丈夫だ。製作室での講義も一段落したしな」
王家が到着するまでの間、秋斗は製作室メンバーとヨーゼフに賢者時代の技術に関する講義を行っていた。
アランが写本した基礎編を教本にして、科学知識を少々。それに加えて、現代魔道具とマナマシンの違いに焦点を当てた内容の講義と製作室メンバーには既に伝えてある制御装置と魔石研究の成果を解説していた。
これを朝から晩まで実技も含めてみっちり行っていた。そのせいで構ってもらえなくなった婚約者2人は不満そうにしていたが、全てはヨーゼフのせいである。
「うむ。全くもって有意義な時間じゃった」
ワイングラスに酒をドバドバと継ぎ足しては水のように飲むヨーゼフが、秋斗の行った講義に満足気に噛み締めていた。
「魔道具の改善はどんな感じなんだい?」
「既にいくつか試作した魔道具がテスト中じゃ。秋斗殿のカートリッジとオンボード式を用いれば民にも安価で提供できるだろう。後はテストを重ねつつ、各国で検討した策に合わせて開発を進める」
エリオットの質問に、ヨーゼフが答える。
「普及させる速度は全国で足並みを揃えたいですね。明日からは忙しくなりそうです」
イザークもやる気十分、と会話に加わる。
「それと、北街から報告が上がってきました」
北街からの報告とは、魔獣の襲撃の件だろう。
何故、あんなに多くの魔獣が北街を襲ったのかは謎に包まれていた。
秋斗が王城に戻った後に北街の傭兵ギルドと国が協力して周辺の調査や魔獣の生態系を調査を行っているとルクスから言われていたのだが。
「どうだった?」
エリオット達も注目する中、秋斗がルクスに問う。
「特に異変が見つかりませんでした。新たにS等級魔獣が縄張りを作り、魔獣が追い出されたというわけでもなく。森の中にあった洞窟が1つ崩れていた、という報告はありましたが……」
「崩れた洞窟か。関連性があるのかはわからんな」
「その議題も明日話し合いましょう。と、また挨拶に来るようです」
ルクスの報告聞いた秋斗が思案を始めようとするが、イザークの言葉で中断となった。
再び挨拶に来る者達の対応を開始して、パーティーの時間は過ぎていく。
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パーティーが終わり、自室に戻った秋斗はアレクサに淹れてもらったコーヒーを机に置く。
そして、その横には茶色い革の手帳。
友であるケリーが秋斗へ残したという賢者の遺産。
今夜はこれを1人で読む為に、リリとソフィア、アレクサには席を外して貰っていた。
ハナコも彼女達の部屋に連れていってもらった。リリとソフィアがオリビアとエルザを部屋に誘っていたので、きっと女子会でもしているのだろう。
ともかく、明日の朝までは秋斗は1人でケリーの残した痕跡に触れる。
「一体何が書かれているやら」
秋斗はコーヒーを一口飲んでから、手帳を手に取る。
この時代に目覚め、リリ達に出会ってから度々話題に出ていたケリーの遺言。
彼が秋斗に伝えたかった事とはなんだったのだろうか。
その答えがついに今夜明かされる。
「ふぅ……」
秋斗は深呼吸をして、静かに手帳の1ページ目を開いた。




