60 叙勲式 / 帰還
ブノワ伯爵と話し合っていた勲章の件はソフィアからも許可を得られたので、その日の夜に人数分作り上げ、翌日の朝から叙勲式を街の広場で行っていた。
死亡者67名。手足の欠損を抱え、戦闘員としての職を全うできなくなった退役者が54名。計121名に勲章を秋斗自らが手渡す。
死亡した者の遺族が北街にいれば遺族に。騎士団の者で、エルフニア所属でない者に対しては所属国の王家に手渡す。
傭兵であるならば、北街傭兵ギルドの支部長が受け取って遺族のいる国へ届ける手筈となった。
「国を守り、国防の為に尽くした者達こそ真の英雄である。家族、そして仲間の為に戦ってくれた諸君は俺の誇りだ」
秋斗は全ての者へ受勲を終えた後、遺族と戦った者達への挨拶の中でそう告げた。
魔工師という称号を持ち、賢者時代から常に降りかかる理不尽と戦っていた秋斗の本音であり、少ない時間でありながらも共に同じ戦場で戦った戦友に対しての敬意。
生き残った者は散った戦友の誇りを胸に生きなければならない。
生き残った者は散った戦友の分も幸せにならなければならない。
受勲会場に来ていた者達へそう告げて挨拶を締め括る。
そして、英雄達と生き残った戦士達へ向けられた万雷の拍手と共に受勲式は終了した。
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その後、領主の館で昼食を食べて、昼過ぎから王都に戻る準備を行っていた。
といっても、秋斗達は街の外に絶賛放置中の装甲車で帰るだけなのだが。
準備中に、王家の者達へ一緒に行くかどうか問うと
「私達はこちらに向かっている騎士団と合流し、護衛の再編をしてから向かいますので3日ほどズレると思います」
との返答。
どうやら、魔獣襲撃の日に一番近いレオンガルドへ応援を出したらしく、その応援の騎士団が現在向かっている最中らしい。
既に魔獣殲滅の旨は伝えてあるが、王家の無事を確認する事と勲章の件もあるので一旦合流する事に決めたようだ。
だが、ここでヨーゼフの一言が引き金となり問題が発生する。
「ワシは秋斗殿と一緒に行くから」
何とも軽い調子で全員へ告げるヨーゼフ。
それもそのはず。彼は昨晩のパーティーが終了した後、秋斗のいる客室に訪れて勲章作りを見学させてもらっている際に
「明日は秋斗殿の くるま とやらに乗せてもらって王都に連れてってくれんか? 王都にはワシの息子もいるし」
「いいよ」
秋斗はヨーゼフから様つけをやめてもらえたのと、魔法工学についての意見交換などでヨーゼフと意気投合したので、特に深く考えずにOKを出していた。
こんなやり取りが皆の知らないところで昨晩行われていたのだ。
「というわけじゃ。ワシは一足先に王都へ向かうぞ」
だが、オリビアがヨーゼフに待ったをかける。
「何を言っているんだ! 私だって手合わせしてもらいたいのだぞ!? だったら私も同行して王都で手合わせして頂く!」
早朝、オリビアが秋斗の寝室のドアをぶち破るように襲撃し「賢者様! 手合わせしよう!」と元気よくお願いしてきたのだが、彼女がやって来た時間が朝早かったのもあり丁重にお断りしていた。
賢者は朝に弱いのだ。昨晩は勲章作りに勤しんでいたのもあって寝不足だったのだ。
ションボリするオリビアに、王都に来たら良いよと返して二度寝した。
秋斗はオリビアの主張も理解できる。どうしようか、と悩んでいるとヨーゼフがオリビアに
「すまんなオリビア。秋斗殿の くるま は4人乗りなんだ」
と、どこぞの金持ちな親を持つ子供みたいな事を言って一刀両断。
当然の如くキレたオリビアがヨーゼフに殴りかかって喧嘩になった。
「わかった。クジで決めよう」
たっぷり30分以上の攻防を繰り返した2人であったが、ヨーゼフの提案で一時休戦となる。
「いいだろう!」
オリビアもヨーゼフの案を受け入れると、ヨーゼフはどこからともなく取り出した木の棒が無数に刺さった木のコップを取り出す。
「この中に先が赤く染められた棒が入っておる。それを引いた方が勝ちじゃ。当たりを引くまで繰り返すルールじゃ」
「わかった」
先攻で良い、とヨーゼフに先攻を譲られたオリビアは無数にある木の棒から1本を選び、引き抜く。
が、ダメ!! 棒の先には当たりを示す赤い印は無い。
悔しそうな表情を浮かべて、木の棒を折るんじゃないかというくらい強く握り締めていた。
刺さっている木の棒の数から、この勝負は長引くかと思っていたが秋斗は見てしまった。
オリビアが棒を引く際にヨーゼフがほくそ笑んでいるのを。
そして後攻のヨーゼフが棒を引くと――
「おお、当たってしまったわい。これは運がいい!」
ヨーゼフの引いた棒の先には赤い印。
「な、なんだとぉ!?」
崩れ落ちるオリビア。腰に手を当ててガハハと勝ち誇るヨーゼフ。
(ひでえ、あれ絶対に当たりがわかるよう細工してあるだろ……)
秋斗の感想通り、ヨーゼフは棒に細工をして当たりがわかるようになっていた。
そこまでして勝ちたいのか。きたねえ! というのが勝負を見守っていた者達共通の感想だった。
「勝負とは悲しいですね」
「あれは気付かないオリビアが悪いんじゃあ……」
「姉さん……」
愛すべき脳筋女子オリビアへ向けられる憐れみの視線。
彼女が王都に来た際は出来るだけ優しくしよう、と秋斗は心に決めたのだった。
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「じゃあ、王都で待ってるからな」
「はい。秋斗さんもお気をつけて。申し訳ありませんが、ヨーゼフを頼みます」
王都へ出発する準備も整い、外に駐車しておいた装甲車を背に一時的に別れとなる者達と挨拶を交わしていた。
皆と握手を交わし、装甲車に乗り込んでいく。
「また会おう!」
秋斗が窓から顔と手を出して再度挨拶をすれば、見送りに来ていた街の住民達も一斉に手を振ったり、秋斗への別れと感謝の言葉を叫ぶ。
「賢者様! 助けてくれてありがとうー!」
「また来て下さいね~!」
「次来た時はもっとゆっくりしていって下さいね~!」
笑顔を浮かべて手を振ってくれる彼らに、秋斗も手を振り返しながら王都へと出発する。
王都への帰り道、助手席に乗るヨーゼフは装甲車とスピードに大興奮。
「まさか賢者時代の乗り物に乗る事ができようとは……。ワシ、感激!!」
少年のように目を輝かせながら車内を観察するヨーゼフ。
「王都の製作室に行けば俺の渡した教本もあるし、マナマシンもいくつかあるから見てみると良いよ」
「もちろん、真っ先に行くぞ。息子だけ新技術を楽しもうなど許せん」
「息子?」
秋斗がヨーゼフの言葉に疑問を抱くと後部座席から声がかけられる。
「ヨーナスさんですよ。あの方はヨーゼフ様のご子息ですので」
秋斗の疑問に答えたのはハナコを抱きしめて後部座席に座るソフィアだった。秋斗もソフィアの返答を聞いて、よく似ているのは息子だったからか、と合点がいく。
「なるほどな。製作室のメンバーと今は魔石研究の成果をテストしているから、ヨーゼフの意見も欲しいな」
ガートゥナ王国で、現代の魔道具研究の最前線にいるヨーゼフの意見は貴重だ。
秋斗は魔石研究の成果としてカートリッジやオンボードを生み出したが、それらの活用方法や普及方法についても相談したい。
「ククク。これから魔道具技術に革命が起きると思うと血が滾るわい」
そう言って、ヨーゼフはさらにソワソワと体を揺らし始めた。
ユラユラ、ソワソワとヨーゼフが体を揺らして1時間程すれば、秋斗達は王都へと到着した。
王都の入場門前で停車し、装甲車をシェオールへと戻す。
いつものように空からコンテナが落ちて来て、コンテナ内に収納された装甲車は再び空へと戻っていく。
一連の回収模様を唖然とした様子で眺めていたヨーゼフだったが、正気に戻ると
「もう何が起きても驚かんぞ……」
と、小さな声で呟いていた。
そのまま4人+1匹は王都住民からの挨拶を受けながら王城へと向かう。
王城に到着すると、街の警備兵から連絡を受けたのであろうルクス王が王城の入り口で待っていた。
「おかえりなさいませ。秋斗様。北街の兵からほうこ――」
「おう。ルクス。ワシだけ先に来たぞ。ワシは息子の所におるから何かあったら言ってくれ」
ルクスが言葉を言い切る前にヨーゼフは自分の用件を伝えて、一目散に製作室へ繋がる廊下を歩いて行ってしまう。
迷いなくズンズンと目的地に向かう姿から、どうやら製作室へ何度か赴いた事があるのだろう。
「はぁ……。全く、相変わらずなヤツだ。秋斗様、ソフィア達もお疲れになられたでしょう。北街からの連絡は受けておりますが、会議室でゆっくりとお茶でも飲みながら報告をお聞かせ願えますか?」
もはやヨーゼフの態度には慣れていると言わんばかりに、1つ溜息を零しただけで気を取り直すルクス王。
全員で王城内へと入り、会議室で北街での出来事を話すべく階段を登って行った。
そして、この日から5日後。
北街に残っていた3ヶ国の王家がエルフニア王国王都へと到着した。




